ビジネス トリップ ファンタジー[ 完結]

秋雨薫

文字の大きさ
12 / 106
2.奇妙な仲間と喋る花

喋る花

しおりを挟む
  願いを探し始めて数時間。しばしばする目を擦りながら、燈達は根気よく探していた。時々皆と談笑しながらだったので苦痛には感じないが、この量はきつい。
  やっと天井から数センチ離れたと思ったらウィルが「まだあるよ」と魔法で紙を積み上げ。これは叶えた方がいいんじゃないかと聞けば「そうでもないよ」と仮上司に却下され。本当に叶えなければならない願いはあるのだろうか。最初はやる気に満ち溢れていたのに、今ではそんな疑問しか湧き上がらなかった。

「どう燈?  見つかった?」
「……いえ、全く」

  部長椅子に座るウィルがそう尋ねてくるのが恨めしい。ウィルは自分の席に積み重なっている紙に手を付ける事無く、皆が散らばせた紙を魔法で綺麗に整理整頓をしているだけだった。

「始めからそんな感じだと疲れるでしょ?  少し庭を散歩してきたら?」
「わーい!  行くー!」

  燈の代わりにラビィが待ってましたとばかりに元気に返事をした。

「ラビィは駄目」
「ええ!  何でぇ!?」
「花壇に植えられている草をつまみ食いしたいだけだろう?  だから駄目」
「ぶー!  ウィルのケチ!」

  ラビィは白い頬を膨らませてぷいとそっぽを向いた。

「庭なら私がついて行かなくても大丈夫だろう。結構広いから散歩にもなるし」
「いいんですか?」

  ここへ来てから外には出ていなかったので、是非とも行きたい。それに、ミレジカの雰囲気を少しでも味わいたかった。

「いいよ。ただ、庭の外には出ちゃ駄目だよ」
「分かりました」

   座りっぱなしでお尻が痛くなっていた所だったので、気晴らしには丁度いい。燈は立ち上がると、意気揚々と外へと出て行った。


******


  青々とした芝生。花壇に植えられた鮮やかな花々。庭の端には水の澄んだ池がある。広々としていて、まるで何処かのお城の庭園のよう。綺麗だ。燈はほんのりと微笑んだ。都心に住む燈にとって、この雰囲気はなかなか味わえないものだった。空気が美味しい気もする。
  本当に、自分の住む所とは大違いだ。高層ビルが全く建っていないので、空が幾分広く感じる。
  ぐるりと回って庭全体を見る。ウィルと来た時少しだけ見た庭。事務所の散らかりようが嘘かと思えるくらい、庭は小綺麗に整えられていた。
  誰が庭を整えているのだろう。燈はふと考える。
ウィルだろうか。彼なら魔法を使えば一瞬で庭を綺麗に出来そうだ。……いや、事務所の中があんな事になっているのだから、出来たとしても彼は行動に起こさないかもしれない。
  ラビィとリックは無さそうだし、ライジルがやっているのだろうか。強面だけど、マメなようだし、花の世話をしているのかもしれない。

「……プ」

  想像して噴き出してしまった。いけない。こんな所を虎模様の彼に見られたら怒られてしまう。
  腰を屈めて花壇の花を覗き込む。見た事の無い花ばかりだ。昨日ウィルがくれた虹色の花もある。
綺麗な花々が咲く一方で、茎がねじれて奇妙な形をした草も生えていた。
  花の良い匂いに、燈は目を閉じてそれを肺いっぱいに吸う。甘い果実のような匂い。地球上で存在する匂いに例えると、南国になる果物に近いかもしれない。花の匂いを堪能しているとーー

「ねぇ」
「……え?」

  突然、誰かに話し掛けられた。顔を上げて周りを確認してみるが、人の気配なんて全く無い。穏やかな風が、燈の肩にかからないくらいの髪をふわりと撫でる。気のせいかと思ったが、

「気のせいじゃないわよ」

  また聞こえた。ラビィとは違う、落ち着いた女の人の声。しかし、やはり周りに人はいない。

「こっちよ、こっち」

  ここでやっとその声が花壇の方から聞こえている事に気付いた。燈は花壇を目を凝らしながら見つめる。そんな中ーー綺麗な花々の隅に、小さな花が植えられている事に気付いた。赤い花弁が……まるで口のように閉じたり開いたりしている。怪訝な面持ちで見つめていると、

「こっち!」

  その花から探していた声が聞こえてきた気がした。

「え!?  もしかして、あなたが喋っているの!?」
「……え?  ……やっと気付いた?  全く…早く気付きなさいよね」

  見つかった事に驚いたのだろうか。何故か戸惑った声を漏らしてから、ふぅと可愛らしい溜め息を吐いた。燈が探していた声の主は、何と花だった。赤い花は声を出していない時もパクパクと花弁を動かしていたが、確かにこの花が喋っていた。

「花も喋るんだ…」

  唖然としながら呟くと、花はクスクスと可笑しそうに笑った。

「あなたの世界の常識に囚われては駄目よ」
「そっか…」

  橘にも、ウィルにも言われた言葉だ。私の住む世界とは違うのだから、深く考えるなと。ふと、違和感に気が付き、燈は首を傾げた。

「あれ?  何で私が別の世界から来たのを知っているの?」

  燈が違う世界から来たのは、ウィル達しか知らないはずだ。ミレジカにも少ないが人間はいると言っていたから、何も言わなければ分からないと思ったのにーー花はパクパクと口(?)を動かしながら言う。

「あなたはミレジカの住人とは違う雰囲気を纏っているからよ」
「違う雰囲気…」
「まあ、あなたには分からないでしょうけど」

  そう言って花は笑ったような気がした。…まあ、口と声しか判断する事が出来ないので、もしかしたら違うかもしれないが。

「あなた名前は?」
「私は燈。あなたは?」
「セイラよ。よろしくね」
「よろしく…」

  花に自己紹介をするなんて変な感じだ。燈は気恥ずかしくなって、後頭部を掻いた。

「あなたはここで働いているの?」
「まさか。ここで陽の光を浴びているだけよ。ここは日当たり抜群だし、いい場所を見つけたわ」
「へぇ…」

  確かにここは陽の光が充分に差し込まれているので、ぽかぽかとして気持ちがいい。花にとっては絶好の光合成スポットなのかもしれない。そんな事を考えていると、セイラはポツリと呟いた。

「それにしても、また違う世界の人間がここに来るなんてね」
「え…?  やっぱり、ここに来た事ある人いるの…?」
「ええ。随分昔の話らしいけどね」

 妙な違和感に、燈は首を傾げる。確か橘はミレジカと取引していると言っていた。てっきり自分以外の人もこうやって出張に来ているのかと思ったが……燈の頭の中でハテナマークが大量にひしめく中、セイラはふぅ、と軽く息を吐いた。

「まぁそんな話はいいか。…どう?  あなたの世界と全く違うでしょう?」
「そうだね。…違いすぎて、夢でも見ている気分だよ」
「そうでしょう?  そんなに違うのかしら?    私も行ってみたいわ…」

  落ち着いた声が夢心地に言う。そう言われると、セイラを自分の世界に連れて行きたいように思えた。

「あ、私の家なら行けるよ。多分外には出られないと思うけど…」

  ドアがここと繋がっているのだから、現実世界の外には恐らく出られないのだろう。窓が開くか、今日試してみようと思う。

「本当?」

  セイラの声が幾分明るくなったような気がした。表情が分からないので判断するのは難しいが、その声は喜んでいるようだった。

「うん、今度鉢植え持って来るね」
「ありがとう、燈」

  これも住人の願いを叶える事だ。やっとここで仕事のような事が出来ると思えて、燈は顔を綻ばせた。

「…ねぇ、あなたの世界ってどんな所なの?」
「ここよりも自然が少なくて、たくさんのビルが建っているの」
「ビル?  何それ?」
「ビルはね……」

  燈は自分の世界について話した。自分がどんな生活をしているのか、ミレジカとは何が違うのか……色々な事を。
  セイラは燈の話を興味深く聞いていた。時には驚き、笑い。燈も楽しくなってしまい、時間も忘れてセイラと話をしていた。


「……燈?」

  セイラと話し込んでいた時に突然声を掛けられたので顔を上げると、ドアの近くで不思議そうに燈を見つめているウィルの姿があった。

「あ、ウィルさん…」
「何をしているんだい?」
「あ、今この子と……」

  話していたんです、とセイラを指差そうとした時、

「燈!  私の事は……ウィルには言わないで」

  セイラが切羽詰まった小さな声で燈の言葉を止めた。

「……え?」
「お願い」

  あまりにも鬼気迫るものがあったので、燈は戸惑いながらも軽く頷いた。

「燈……?」

  花壇をずっと見つめているのを不審に思い、ウィルは怪訝な表情で燈に近付く。燈は慌てて立ち上がった。

「あ、ちょっと花壇に見とれてしまって…!」

  目が泳ぎまくっているので、どう見ても怪しい。
嘘をつくのが苦手な燈には精一杯の誤魔化し方だった。普通なら燈が嘘をついているのはバレるはずなのだが、ウィルは「そう?  それならいいんだけど」とあっさり燈を信じた。

「それはライジルが世話しているんだよ。彼に言ったら喜ぶよ」

  やはりりライジルが手入れをしていたようだ。衝撃的な事実に、燈はまた笑いそうになってしまった。

「そろそろ戻っておいで。みんなで昼食を食べよう」
「あ、はい!」

  燈は背を向けたウィルに気付かれないように、セイラに向かって手を振った。セイラは何も言わなかったが、ただ口だけが喋っているかのようにパクパクと動いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃

ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。 王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。 だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。 ――それでも彼女は、声を荒らげない。 問いただすのはただ一つ。 「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」 制度、資格、責任。 恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。 やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。 衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。 そして彼の隣には、常に彼女が立つ。 派手な革命も、劇的な勝利もない。 あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。 遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、 声なき拍手を聞き取る。 これは―― 嵐を起こさなかった王と、 その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。

処理中です...