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2.奇妙な仲間と喋る花
敬語の無い世界
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昼食は紙だらけの事務所でとる事になった。デスクの僅かなスペースに、昼食の盛られた皿を置く。昼食と言われて出されたものはロールキャベツのようなものとパンだった。しかし中に肉は入っておらず、ただキャベツの葉が巻かれているだけのもの。
少し物足りなさを感じながらも、燈は全て平らげた。
「美味しかった? 私が作ったんだよ?」
燈の席に椅子を持ってきて一緒に食べていたラビィがキラキラ目を輝かせながら言う。そんな目を見て本当の事を言えるはずがなく、燈は「はい」と頷いた。
「お昼御飯は交代制で作るの! 今日は私だったから燈の為にお勧めを作ってみたんだ!」
ラビィは兎だから葉物を好むようだ。ーーとすると、残りの二人は……
「おい! 俺は肉がいいって言っているだろ!?」
「僕も肉がいいよ! 野菜なんて味気ないし!」
燈の思った通り、虎と犬の男達はぶーぶーと不満を言い始めた。
「何言っているのよこの肉食共ー! 野菜は体にいいっていうでしょ!」
「そうだけど、少しくらい肉があってもいいだろ!」
「嫌よ! 私は草食なの! そんなの食べられるわけないじゃない!」
ラビィはふんぞり返って肉食達にキッパリと言い放つ。この光景を見ていると、ラビィこそが真の肉食系ではないのか…と思ってしまう。そんな肉食疑惑のラビィは燈に顔を向け、可愛らしく首を傾けた。
「食べられるだけでも有り難いって思わなくちゃ!
ねー燈」
「そ、そうですね」
口元を引きつらせた笑みを浮かべていると、ラビィの赤い瞳がすぅっと細められた。そして眉間に皺を寄せ、難しい表情になる。
「ど、どうしたんですか?」
まさか合わせているだけなのがバレたのかと内心ひやひやしたが、ラビィから出てきた言葉は予想していないものだった。
「あのさぁ、燈のそれって何?」
「え? 何がですか…?」
“それ”の正体が分からず、困惑した表情で首を傾げると、ラビィが突然燈に人差し指を向けた。
「それ! “です”とか“ます”とか語尾に変なのくっ付けて! そっちの世界では流行ってるの?」
「……それって、敬語の事……ですか?」
「ケーゴ? 何それ?」
聞いた事がない、と言いたげにラビィは目を瞬かせた。燈は思わずライジルとリックに視線を送るが、彼らもきょとんとしていた。どういう事なのだろう、と考えていると、部長席で黙ってロールキャベツもどきを食べていたウィルが口を開いた。
「ミレジカに敬語は存在しないんだ」
「そ……そうなんですか?」
新たに知った事実に、驚きを隠せない燈。そして、燈が自己紹介をした時、何故きょとんとしていたか合点がついた。だから皆、敬語を知らないからあんな不思議そうにしていたのか。上司であるウィルにも敬語を使わないのは、仲がいいからではなく、単に敬語そのものが存在しないから。
「うん。だから私達には普通に話してくれ」
ウィルは難しい事をにこやかに言う。ラビィ達にはタメ口で話せるが、仮にも上司であり年上(だと思われる)ウィルに敬語を使わないのは、真面目が取り柄の燈には難しい事だった。
「もしかして……王様とかにも、普通に話し掛けるんですか?」
「まぁ、そうだよね」
ケロリと言うウィルに、軽く目眩を覚えた。
(あ……有り得ない!! 国を治める王様に、タメ口なんて……!!)
「ねーウィル! 敬語って何?」
ショックを受ける燈をよそに、リックが丸い目をくりくりとさせながらウィルに尋ねる。
「燈の住む日本っていう国はね、尊敬する人や目上の人には敬意を表す為に敬語を使うんだ」
「へぇ、そんなのがあるんだ! 燈、今度僕にも教えてよ!」
「あ、はい是非……」
ショックから立ち直れない燈が覇気の無い返事をすると、リックは「やったぁ!」と両手を上げて喜んだ。リックの機嫌に合わせて臀部の丸まった尻尾が振られる。人懐こい笑顔を見せるリックを見ていたら、何だか笑みが零れた。
「さ、そろそろ仕事を始めるよ」
ウィルの一声で、また作業が始まった。住人達のどうでもいいような願いを見つめながら燈は思う悩みが無い事は良い事かもしれない。だが、それにしても無さ過ぎじゃないだろうか。ミレジカの治安がいいという事なのだろうか。それとも……
結局この日は一つも願いを見つける事が出来なかった。昨日よりはかなり遅いが、燈の世界よりは少し早い日の入りと共に、今日の仕事は終わりを迎えた。
*****
「ふう……」
皆と別れて家に戻った燈は一息ついた。ここへ来ると、一気に現実に戻ったような気になる。コップに水を入れ、それを一気に飲み干す。生温い水が、ここは日本なんだと教えてくれるような気がした。
ミレジカと扉を繋がれた自分の家で気付いた事。それは外の景色が見れない事だった。ベランダに繋がる窓にはカーテンが引いてあるのだが、それを動かそうとしてもピクリとも動かない。カーテンが無い窓の景色は真っ黒で、呆けた自分の姿が映るだけだった。
ここは本当は自分の家じゃないのか。ふと湧き上がる疑問。よそよそしい部屋は、何だか自分の部屋じゃないように思えた。だが、いくらウィルの魔法でもここまで再現は出来ないはずだ。
「……」
燈はタンスの一番下の下着が入った棚を開けた。ここまで再現した魔法だとしたら、ウィルを一生軽蔑するだろう。
「はぁ…それにしても……せめて誰かと話せたらなぁ…」
親にも友人にも何も告げずこんな異世界に来てしまった。せめて一ヶ月いない事を言えたらいいのに……そう思った時だった。
ピルルルルル…と聞き慣れた電子音に、燈は耳を澄ませた。
「この音……私の携帯!?」
燈は弾かれたように立ち上がり、バッグの中を漁った。自分のバッグの奥底には、着信を告げるランプと電子音を鳴らし続ける携帯電話。燈は着信者の名前を見ずに通話ボタンを押した。
「……もしもしっ!」
『柊さん、私だ』
「ぶ…部長……!」
電話の主は橘だった。二日ぶりだったのだが、燈には久し振りのように感じられた。
「どうして電話が繋がるんですか……!」
『今は君の部屋にいるのだろう? そこは日本に変わりないから、電波も繋がるんだよ。…まあ、外には出れないがね』
そういえばバタバタしていて携帯電話を全く触っていなかった。現実世界と繋がる術があるのか…と燈は酷く安堵をした。
『それより…どうだい? 上手くやっているかい?』
橘の落ち着き払った声に、燈は思わずムッとする。忘れかけていた橘の最後の姿が蘇る。異世界に行く自分を引き止めもせず、笑顔で見送った橘を思い出し、怒りが込み上げてきた。
「やっていますけど…! こういう事は最初から教えてくれませんか!? 私の心臓が持ちません!!」
『まあまあ、落ち着いて柊さん。すぐに言えなかったのは申し訳なかったよ。ミレジカの存在を知られない為だ。万が一情報が漏れてはならないからね。君にも話せなかったんだ』
憤る燈とは真逆で、橘は冷静になだめる。妙に余裕を持ったその対応に、燈の怒りのボルテージは更に上がろうとしていた。
「でも……!」
『それより、ミレジカはどんな所だい? 私も行った事がないのだよ』
その言葉に、燈の怒りは一気に冷めた。この人は…こちらの不満を聞く気が全く無い。こんな人に怒りをぶつけても無駄だ。燈はふぅと長く息を吐いてから、ゆっくりと口を開いた。
「……随分と変わっていますよ。人と動物が混じったような人がいるし、職場は紙で埋もれているし、王様の気分で夜がすぐに訪れるし……」
『ほう……それは噂以上のようだね』
橘はミレジカに相当興味があるようだった。いくつか質問してきたので、燈は自分の知っている事を答えた。質問を聞いているうちに、燈は一つの疑問を抱いた。
「……あの、ここに来た事ある人っているんですか?」
確かセイラが昔、人間がここに来たような事を言っていた。取引をしているのに、ミレジカに最近来た事は無いのだろうか。そう思い尋ねると、橘は「ううん…」と唸った。
『確か専務や今の社長は行った事があると思うぞ?
若い人は柊さんが初めてだよ』
「随分昔……ですか?」
『いやぁ? 多分ちょくちょく行っていると思うけど…?』
そう言われ、燈の疑問は増すばかりだった。じゃあ何でセイラは随分昔と言ったのだろう。そういえば、ラビィは燈を見た時、「今度は女の子だ」と言っていた。ーーセイラの勘違いだろうか。
「あの…」
いい機会だからもっと質問してみよう、と思った時、部長の背後でドアが開くような音がした。
『おっと妻が来た。……じゃあ、頑張ってくれよ』
「あ、部長!!」
引き止め虚しく、橘は電話を切ってしまった。
「……もう」
終了ボタンを押し、携帯電話をテーブルの上に置く。
明日セイラに聞いてみよう。そうすれば、この疑問も晴れるかもしれない。
「よし、とりあえず夕飯作るか」
燈は明日にやるべき事を思いながら、冷蔵庫の中にある物で適当に夕飯を作り始めた。
少し物足りなさを感じながらも、燈は全て平らげた。
「美味しかった? 私が作ったんだよ?」
燈の席に椅子を持ってきて一緒に食べていたラビィがキラキラ目を輝かせながら言う。そんな目を見て本当の事を言えるはずがなく、燈は「はい」と頷いた。
「お昼御飯は交代制で作るの! 今日は私だったから燈の為にお勧めを作ってみたんだ!」
ラビィは兎だから葉物を好むようだ。ーーとすると、残りの二人は……
「おい! 俺は肉がいいって言っているだろ!?」
「僕も肉がいいよ! 野菜なんて味気ないし!」
燈の思った通り、虎と犬の男達はぶーぶーと不満を言い始めた。
「何言っているのよこの肉食共ー! 野菜は体にいいっていうでしょ!」
「そうだけど、少しくらい肉があってもいいだろ!」
「嫌よ! 私は草食なの! そんなの食べられるわけないじゃない!」
ラビィはふんぞり返って肉食達にキッパリと言い放つ。この光景を見ていると、ラビィこそが真の肉食系ではないのか…と思ってしまう。そんな肉食疑惑のラビィは燈に顔を向け、可愛らしく首を傾けた。
「食べられるだけでも有り難いって思わなくちゃ!
ねー燈」
「そ、そうですね」
口元を引きつらせた笑みを浮かべていると、ラビィの赤い瞳がすぅっと細められた。そして眉間に皺を寄せ、難しい表情になる。
「ど、どうしたんですか?」
まさか合わせているだけなのがバレたのかと内心ひやひやしたが、ラビィから出てきた言葉は予想していないものだった。
「あのさぁ、燈のそれって何?」
「え? 何がですか…?」
“それ”の正体が分からず、困惑した表情で首を傾げると、ラビィが突然燈に人差し指を向けた。
「それ! “です”とか“ます”とか語尾に変なのくっ付けて! そっちの世界では流行ってるの?」
「……それって、敬語の事……ですか?」
「ケーゴ? 何それ?」
聞いた事がない、と言いたげにラビィは目を瞬かせた。燈は思わずライジルとリックに視線を送るが、彼らもきょとんとしていた。どういう事なのだろう、と考えていると、部長席で黙ってロールキャベツもどきを食べていたウィルが口を開いた。
「ミレジカに敬語は存在しないんだ」
「そ……そうなんですか?」
新たに知った事実に、驚きを隠せない燈。そして、燈が自己紹介をした時、何故きょとんとしていたか合点がついた。だから皆、敬語を知らないからあんな不思議そうにしていたのか。上司であるウィルにも敬語を使わないのは、仲がいいからではなく、単に敬語そのものが存在しないから。
「うん。だから私達には普通に話してくれ」
ウィルは難しい事をにこやかに言う。ラビィ達にはタメ口で話せるが、仮にも上司であり年上(だと思われる)ウィルに敬語を使わないのは、真面目が取り柄の燈には難しい事だった。
「もしかして……王様とかにも、普通に話し掛けるんですか?」
「まぁ、そうだよね」
ケロリと言うウィルに、軽く目眩を覚えた。
(あ……有り得ない!! 国を治める王様に、タメ口なんて……!!)
「ねーウィル! 敬語って何?」
ショックを受ける燈をよそに、リックが丸い目をくりくりとさせながらウィルに尋ねる。
「燈の住む日本っていう国はね、尊敬する人や目上の人には敬意を表す為に敬語を使うんだ」
「へぇ、そんなのがあるんだ! 燈、今度僕にも教えてよ!」
「あ、はい是非……」
ショックから立ち直れない燈が覇気の無い返事をすると、リックは「やったぁ!」と両手を上げて喜んだ。リックの機嫌に合わせて臀部の丸まった尻尾が振られる。人懐こい笑顔を見せるリックを見ていたら、何だか笑みが零れた。
「さ、そろそろ仕事を始めるよ」
ウィルの一声で、また作業が始まった。住人達のどうでもいいような願いを見つめながら燈は思う悩みが無い事は良い事かもしれない。だが、それにしても無さ過ぎじゃないだろうか。ミレジカの治安がいいという事なのだろうか。それとも……
結局この日は一つも願いを見つける事が出来なかった。昨日よりはかなり遅いが、燈の世界よりは少し早い日の入りと共に、今日の仕事は終わりを迎えた。
*****
「ふう……」
皆と別れて家に戻った燈は一息ついた。ここへ来ると、一気に現実に戻ったような気になる。コップに水を入れ、それを一気に飲み干す。生温い水が、ここは日本なんだと教えてくれるような気がした。
ミレジカと扉を繋がれた自分の家で気付いた事。それは外の景色が見れない事だった。ベランダに繋がる窓にはカーテンが引いてあるのだが、それを動かそうとしてもピクリとも動かない。カーテンが無い窓の景色は真っ黒で、呆けた自分の姿が映るだけだった。
ここは本当は自分の家じゃないのか。ふと湧き上がる疑問。よそよそしい部屋は、何だか自分の部屋じゃないように思えた。だが、いくらウィルの魔法でもここまで再現は出来ないはずだ。
「……」
燈はタンスの一番下の下着が入った棚を開けた。ここまで再現した魔法だとしたら、ウィルを一生軽蔑するだろう。
「はぁ…それにしても……せめて誰かと話せたらなぁ…」
親にも友人にも何も告げずこんな異世界に来てしまった。せめて一ヶ月いない事を言えたらいいのに……そう思った時だった。
ピルルルルル…と聞き慣れた電子音に、燈は耳を澄ませた。
「この音……私の携帯!?」
燈は弾かれたように立ち上がり、バッグの中を漁った。自分のバッグの奥底には、着信を告げるランプと電子音を鳴らし続ける携帯電話。燈は着信者の名前を見ずに通話ボタンを押した。
「……もしもしっ!」
『柊さん、私だ』
「ぶ…部長……!」
電話の主は橘だった。二日ぶりだったのだが、燈には久し振りのように感じられた。
「どうして電話が繋がるんですか……!」
『今は君の部屋にいるのだろう? そこは日本に変わりないから、電波も繋がるんだよ。…まあ、外には出れないがね』
そういえばバタバタしていて携帯電話を全く触っていなかった。現実世界と繋がる術があるのか…と燈は酷く安堵をした。
『それより…どうだい? 上手くやっているかい?』
橘の落ち着き払った声に、燈は思わずムッとする。忘れかけていた橘の最後の姿が蘇る。異世界に行く自分を引き止めもせず、笑顔で見送った橘を思い出し、怒りが込み上げてきた。
「やっていますけど…! こういう事は最初から教えてくれませんか!? 私の心臓が持ちません!!」
『まあまあ、落ち着いて柊さん。すぐに言えなかったのは申し訳なかったよ。ミレジカの存在を知られない為だ。万が一情報が漏れてはならないからね。君にも話せなかったんだ』
憤る燈とは真逆で、橘は冷静になだめる。妙に余裕を持ったその対応に、燈の怒りのボルテージは更に上がろうとしていた。
「でも……!」
『それより、ミレジカはどんな所だい? 私も行った事がないのだよ』
その言葉に、燈の怒りは一気に冷めた。この人は…こちらの不満を聞く気が全く無い。こんな人に怒りをぶつけても無駄だ。燈はふぅと長く息を吐いてから、ゆっくりと口を開いた。
「……随分と変わっていますよ。人と動物が混じったような人がいるし、職場は紙で埋もれているし、王様の気分で夜がすぐに訪れるし……」
『ほう……それは噂以上のようだね』
橘はミレジカに相当興味があるようだった。いくつか質問してきたので、燈は自分の知っている事を答えた。質問を聞いているうちに、燈は一つの疑問を抱いた。
「……あの、ここに来た事ある人っているんですか?」
確かセイラが昔、人間がここに来たような事を言っていた。取引をしているのに、ミレジカに最近来た事は無いのだろうか。そう思い尋ねると、橘は「ううん…」と唸った。
『確か専務や今の社長は行った事があると思うぞ?
若い人は柊さんが初めてだよ』
「随分昔……ですか?」
『いやぁ? 多分ちょくちょく行っていると思うけど…?』
そう言われ、燈の疑問は増すばかりだった。じゃあ何でセイラは随分昔と言ったのだろう。そういえば、ラビィは燈を見た時、「今度は女の子だ」と言っていた。ーーセイラの勘違いだろうか。
「あの…」
いい機会だからもっと質問してみよう、と思った時、部長の背後でドアが開くような音がした。
『おっと妻が来た。……じゃあ、頑張ってくれよ』
「あ、部長!!」
引き止め虚しく、橘は電話を切ってしまった。
「……もう」
終了ボタンを押し、携帯電話をテーブルの上に置く。
明日セイラに聞いてみよう。そうすれば、この疑問も晴れるかもしれない。
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