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2.奇妙な仲間と喋る花

亀の手紙を届けに

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「もう、何でこんな所にいるんだよ!  心配したんだよー?」
「おろろん……ごめんよー。道に迷っちゃったんだろーん」

  オロロンのつるんとした頭を撫でるリックは、お兄ちゃんのように見えて、何だか微笑ましかった。

「見つかって良かったよ。じゃあ帰ろうか」

  リックがそう言うと、オロロンは泣くのを止め、首(?)を力無く振った。

「んろろ……。それは駄目だろん…」
「どうしてだい、オロロン?」

  ウィルが口を開くと、オロロンはようやく彼の存在に気付いたようだった。

「あぁっウィルだぁー!  ウィルもボクを探しに来てくれたのー?」

  リックから離れ、今度はウィルに飛び付く。抱きついているよりも、足にしがみついているように見える。

「まあね」
「おろろーん!  ウィルが来てくれたなんて嬉しいろぉぉん!」

  オロロンは感激でまたおいおいと泣き始めた。

「やっとボクを探そうと動いてくれたんだね!」

  涙声で、嬉しそうに言う。まるで、ウィルに探しに来て欲しかったかのような言い方。ウィルは微笑んだまま、首を左右に振った。

「いや。探そうって言い出したのは、そこにいる燈だよ」

  ウィルが燈を指差すと、オロロンはやっとこちらに顔を向けた。オロロンと初めて目が合う。

「ろろ?  その子は誰なの?」
「この子は柊燈。うちの会社で一ヶ月働く事になったんだよ」
「ああ、前に話が出た子だ!」

  オロロンはウィルから離れ、燈の目の前にやってきた。

「初めまして!  オロロンだろん。燈、よろしくね!」

  そう言って黒々とした手を差し出す。その手は、五本指がきちんと揃っていた。

「うん、宜しくね」

  燈は身体を屈めてオロロンの手を握る。オロロンの手は人間の感触とさほど変わらなかった。

「……で、話は戻すけど、何で帰る事が出来ないんだい?」

  ウィルがそう聞くと、オロロンは悲しそうに瞼で瞳を半分覆った。

「んろろ…。だってボク、まだ願いを叶えてないのだろん」
「願い……?」

  オロロンはオーバーオールの前ポケットから封筒を取り出した。薄緑色の小綺麗な封筒だ。

「この手紙を届ける事だろん。レイアスに相手がいるからその人に渡しってってお願いされたんだけど……」

  言っている途中でまた目に涙が浮かぶ。泣き虫だと聞いていたが、まさかここまでとは…隣のリックが宥めようとつるんとした頭を撫でていた。

「地図を貰ったのかい?」
「これだろん」

  ポケットから今度は紙きれを出す。どうやら手書きの地図のようだ。ウィルがそれを受け取り、広げてみる。

「これは……」

  ウィルが珍しく困惑した表情を見せた。

「どうしたの?」

  リックがつま先立ちをして地図を覗き込む。そして、リックの表情が難しくなった。

「ええ……。これじゃあ見つかるものも見つからないよ」
「何て書いてあったの?」
「行き先への簡単な地図が書いてあるんだけどね…。目印がもの凄く少ないの。…しかも、その人の家の目印が三毛猫っていうんだから…困ったよね」

  リックが渇いた笑みを浮かべて頬を指で掻いた。

「三毛猫って…置物?」
「ううん、生きている方」
「ええ!?」

  燈は目を思い切り見開いた。まさか目印が生きている猫とは。猫なのだから何処かに行ってしまうに決まっている。依頼主は一体何を考えているのだろうか。

「それほど、ここに目印が無いんだろうね」

  ウィルは強張った笑みを浮かべながらオロロンに地図を返した。

「この地図はアテにならないだろうね。レイアスは頻繁に訪れるけれど、さすがの私もこれでは分からないよ」
「この三毛猫っていうのを見つけないと始まらないね…」

  オロロンの受けた依頼はとんでもなく高度な願いだったらしい。あのウィルでさえ頭を悩ませている。リックの丸まった尻尾は力が抜けてダランと垂れてしまっていた。

「依頼主にもう一度道を聞いてみるとかは?」
「無理だろん…。その人はもうおじいちゃんで、道は忘れてしまったらしくて。この地図は忘れないように書いたものらしいろん」

  その地図がかなり曖昧なのだから困ったものだ。燈も頭を悩ませた。

「…じゃあ、やっぱりその三毛猫を探して道を聞いた方がいいよね?」
「それが一番手っ取り早いだろうね」

  燈の呟きに、ウィルが賛同した。するとリックの力無く下がっていた尻尾が、くるんと丸みを帯びた。

「よし、みんなで探そうか!」
「お、おろろーん!    ありがとうリックー!」

  オロロンはまた大粒の涙を流してリックに抱きついた。

「でも一人で行ったらまた迷っちゃうだろうから僕と一緒に行くよ?」
「おろろん…。分かったろん!」

  オロロンは嬉しそうに頷いた。

「じゃあ二手に分かれようか!僕はオロロンと行くから…」
「燈は私とだね」

  ウィルが微笑みながら燈の肩に手を置いた。いつもの笑顔だが、燈には少し嬉しそうに見えたのは願望からだろうか。頬を朱に染めて、燈はこくりと頷いた。

「じゃあ、どちらかが見つかった時の為に…何か連絡出来るもの……あ」

  言いかけて、ミレジカに携帯電話のような連絡手段はあるのかと疑問が浮かぶ。しかし、その心配は杞憂だった。

「連絡出来るもの、ね」

  ウィルはパチンと指を鳴らす。するとリックの目の前に小さな箱のような物体が現れた。箱に、ボタンの様な赤い突起物がついている。重力に逆らわず地面に落ちそうになり、リックは慌ててそれをキャッチした。

「これを渡しておくよ。もし見つかったらこのボタンを押して。私に伝わるようになっている。私達の方が見つかったら思念で呼ぶよ」
「うん、分かった!」
「皆ありがとうだろん…。この恩は絶対に返すろん!」
「じゃあ燈、行こうか」
「うん…」

  燈はウィルの差し出した手を取った。こうして家探しでは無く、三毛猫探しが始まった。

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