インスタント・ラブ

橋本鴉

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インスタント・ラブ

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 「はぁ~寒みぃ…。ったく、何が飲みニケーションだよ、ふざけんなよ老害が。」
俺の名前は慎也。23歳の社会人1年生だ。
今日俺は、上司の急な誘いによって飲み会に参加させられた挙句、乗り込んだ終電の列車で3駅寝過ごしてしまった。
歩いて帰れない距離ではないが、今は1月。外は凍えるほど寒く、アルコールを大量に含んだ体では道中、倒れてもおかしくはない。
そう思い、懐は寒くなってしまうが、俺は駅前でタクシーをつかまえた。

 「お客さん、どちらまで?」運転手の問いかけに俺は「△駅までお願いします。」と答える。
「ハックション!ハークション!」くしゃみが止まらない。風邪でもひいたのだろうか?
その時だった、ルームミラーに映る運転手の眉毛と瞳がピクリと動き出した。
「お客さん、インスタントラブって知ってます?若い人の間で流行ってるらしいからお客さんも気をつけなーね。」
それまで無言だった運転手が突然、そう俺に言う。
「イ、インスタントラブ?ですか?」俺は運転手が何を言っているのか分からず、聞き返す。
「そうよ、インスタントラブ。おっと、△駅着いたよ。2900円ね。」
俺は、運転手の話が気になったが、一刻も早く家に帰って眠りたかったため、さっさと料金を払ってタクシーを降りた。

 朝になり、目覚めると酷い頭痛だ。完全に二日酔い。せっかくの休日が台無しだ。俺は薬を飲んで昼まで寝ることを決意する。
再び布団に潜ると、昨夜のタクシー運転手の話が脳裏に浮かんでくる。
「あの運転手、インスタントラブが流行ってるとか言ってたが、何のことだ?」
気になってネットで検索をかけてみるが、ヒットしたのは往年の人気ロックバンドのアルバムタイトルだった。

 「あのおっさん、もしかしてインスタグラムのこと言ってたんかな。そんで青春時代に聴いてたこれとごっちゃになったとか?
いや、でも気をつけてって言ってたな。インフルエンザのことか?」
純粋に俺が酔ってて聞き間違えただけなのかもしれないが、あの運転手の奇妙な話し方と相まって、頭から離れてくれない。
「えーい。もうどうでもいい。ただの聞きまちがえだ!」そう言い聞かせ俺は毛布にくるまった。

 目覚めると時刻は午後4時を回っていた。最悪だ。せっかくの休日が何も出来ないまま寝て終わりになってしまった。
窓の外の夕日が目にしみるように輝いていた。
結局することが何もなくなってしまった俺は、テレビを見ながら冷蔵庫のあまりもので作った飯を食いながら
孤独感で胸がいっぱいになった。
こんな感じで社会人の生活は続いていくのだろうか。いつ俺は昇格し、今よりまともな暮らしを送れるのだろうか。
今のままでは死んでしまっても、誰にも見つけられずに孤独死として片付けられるのだろうか。恋人もいないし。
そんな不安に駆られ、数週間前にインストールしたマッチングアプリを開く。
悲しみと苛立ちが俺の指先を加速させていく。顔写真すら見ずに手当たり次第『いいね』を押していく。

 しばらくし、一人の女の子とマッチングしたようだ。2つ上の25歳。名前はえみというようだ。すぐさま相手からメッセージが来た。
『いいねありがとうございます!仲良くしてもらえるとうれしいです!』ありきたりな定型文だと思いつつ俺はこう返信した。
『こちらこそ☆ 昨日上司に無理やり飲み会参加させられて二日酔いやばかったですw』
大抵、俺はチャットのセンスがないのか知らんが、すぐに会話が途切れてメッセージが来なくなる。
だが、1分もしないうちに返信が来た。『それ最悪ですよね、、、私もたまにあります(泣) 一緒に愚痴りませんか?』

 俺は苦手なチャットで愚痴などこぼし合うよりも直接会った方がいい。ふざけてこう送ってみる
『では俺の家でお話しましょー☆』返事は来ないだろう。と思いきや通知が。
恐る恐る開いてみると、『行きます行きます!どこですか?』との返信が来た。
まさか本当に来るつもりなのか?と疑いながらも俺は『△駅が最寄です』と返した。
すると『慎也さん、疲れてると思うので私が行きます!10時くらいになっちゃうけどいいですか?』との返信が。
あまりにも食い気味に来るので、俺はまさか美人局ではないか?と疑いながらも『では△駅で待ち合わせしましょう!』と返した。

 現在時刻は午後8時半。約束の時間までに部屋を掃除しないと。ドキドキする。一人暮らしを始めて5年になるが、この部屋に
女の子を呼ぶなんて初めてのことだ。狭い部屋だが、できるだけ綺麗にして迎え入れたい。
テレビの横に重ねて置いたアダルトDVDは押入れに隠した。
「よし、これでいいだろう。」俺はソワソワしながら待ち合わせの時刻を待つ。
9時45分だ。家を出よう。部屋が冷えないようにエアコンはつけたままにして出かける。


 駅に着くと入り口のところにもう既にマフラーを巻いたショートカットの女の子がいる。この子なのだろうか。
チャットを送る。「南口に着きました!マフラーの方ですか?」
すると俺が見ていたマフラーの女の子がゆっくりと振り返り、言う。「慎也さんですか...?」
極度の緊張状態にいた俺は「そうです。」と一言だけ答える。
それを見て彼女も緊張したのか、小さな声で「本当にお家行ってもいいですか?」と聞いてきた。
俺は少し焦りながら「もちろんです!さ、行きましょう!」と言う。
すると、彼女も緊張が解けたように笑いながら、俺についてきた。

 コンビニに寄り、二人分の飲み物を買い、アパートまで歩く。久しぶりだこの感じ。
部屋に着くなり、用意していた布団の上に彼女はチョコンと座る。さすがに早すぎると思ったが俺は
「えみちゃんも疲れてるでしょ?マッサージするね!」と言い、肩に手を回した。きっと緊張で声が震えていたと思う。
無言のまま彼女はモゾモゾと身体を揺らした。何だ、この感じ。
どうすればいいか俺はよく分からなかったが、もしかして早く脱がして欲しいという合図なのではと思い、服に手をかけた。
するとどうだろう、彼女は抵抗する素振りもなくされるがままに応じる。
前にホックがついているブラの外し方に、てこずるが、自分も脱ぎながら雰囲気を作り上げていく。

 そして俺たちはついに一つになった。なんだろう。今までの劣等感や憎しみが一気に浄化されていくような感じ。
日付が変わる頃には夢から醒めた子供のように、二人でお菓子を食べながらお茶を飲んだり、会話を楽しんだ。
そして、二人で一緒に眠った。なんという幸せだろう。
家族の指図も受けない自由な一人暮らし。しかし、日々孤独との闘い。そこに一人の女の子が舞い降りて共に朝を迎える。
こんな日がずっと続けばいいのに。みんなこんな幸せなことしてるんだろう?
俺だって味わっていいじゃねえか。

 朝だ。8時に目が覚めた。昨日の慣れない行為による疲れが残っている。しかしそんな俺の寝顔を彼女は犬のように舐めてくる。
幸せだ。こんな幸せ味わったことがないのだ。
そのまま2人で浴室へ。華奢な体つきも相まって、化粧を落とした彼女は女子中学生に見えなくもない。
よこしまな気持ちを静めるように俺は浴槽に潜る。
そして、風呂から上がった俺たちはまた布団に潜り込む。2度目の行為が始まる。どちらからともなく始まった。
幸せだ。間違いなく今俺は幸せの絶頂にいる。
そうしているうち、時刻は昼12時になる。「私、そろそろ帰るね。」彼女が言う。
別れは寂しいものだ。深くハグをする。
「あ、そうだ。まだLINE交換してなかったね。しよっか。」俺が言うと、彼女も喜んで携帯を取り出し、連絡先を交換する。
「これでいつでもまた連絡取れるね!」そう俺が言うと彼女は頷くだけだった。

 そして最寄り駅まで彼女を送っていく。「元気でね。」と一言残した彼女。まるで旅立ちのシーンのよう。
彼女を見送った俺は余韻に浸りながら昨日撮ったツーショット写真を送った。
家に帰ったあとは少し寂しい。さっきまで確かにこの部屋に女の子がいたのに。また現実に引き戻されたように一人ぼっち。

 そうこうしながら朝になり、月曜日だ。俺は仕事に行く準備をしながら携帯を開く。
一向に彼女の既読がつかない。何故だ。忙しいのだろうか。
会社に着いて、昼休憩のときに見てもまだつかない。メッセージを追加で送ってみるがやはりつかない。
肩を落として俺は仕事から帰る。捨てられたのだろうか、俺は。
でも行為中はあんなに好きって言ってくれたじゃないか。何故だ。
最寄り駅を出るといつもの道が続く。またこの道を一人で歩くいつもの日々が始まってしまう。
一昨日、二人で寄ったコンビニにひょっこり現れてくれないだろうか、なんて考えれば考えるほど辛くなる。
辛い。涙が溢れて前は見えず、過呼吸になりそうだ。

 そんな時、クラクションが鳴り響いた。危ない。目の前が見えず車に轢かれるところだったか?
涙を拭き、俺は前を見るとその車はタクシーだった。
運転手席の窓が開き、運転手がこっちを見ながら言う
「ふふふ、お兄さんこの前のお客さんでしょう?インスタントラブ、気をつけてって言ったのにぃ。
んま、若いうちはこれも経験だわな。ほいじゃ、さいなら~!」

 俺は驚愕した。その運転手は紛れもなく俺が酔って寝過ごした日に「インスタントラブに気をつけろ」と言ってきた奇妙なおっさん
だったのだ。
その後、走馬灯のように2日間の記憶が頭の中を駆け巡り、俺は意識を失うように道に倒れこんでいたらしい。
今ではマッチングアプリはアンインストールしている。
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