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サイベリアン王国での生活開始(4)
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「はあ……」
コラットはサイベリアン王国が所有する離宮の前に立ち、深く嘆息した。
この離宮には、王太子であるスクーカムの婚約者である令嬢が昨日フレーメン王国から移住した。
コラットはその令嬢――ソマリ・シャルトリューの侍女に任命されたのだった。
常に冷静沈着で、鉄仮面の下は美男だと噂されているスクーカムが、やっと婚約者に迎え入れた女性は、なんと魔女だと噂されていた。
なんでも、悪魔の使いである猫を飼いならすとんでもない女性なんだとか。
コラットは元々は男爵家の令嬢だったが、領地が大地震の被害を受け、実家が没落してしまった。
その後、サイベリアン王家に侍女として仕えていたが、今回成り行きでソマリの侍女となった。
(将来の王太子妃候補の女性に仕えるなんて、本来は名誉なことだけれど。ソマリ様が魔女だって噂があったせいで、押し付けられちゃったのよね……)
没落令嬢であるコラットは、サイベリアン王宮の他の侍女たちに常に爪はじきにされていた。面倒な雑用は自然とコラットの仕事となるし、失敗を擦り付けられることも珍しくなかった。
そういういつもの流れで、誰もが嫌がった魔女の世話もコラットが担うことになってしまったのだ。
(私だって魔女の相手は怖いのに……。まだ王宮でいじめに逢っている方がマシよ)
しかし弱い立場であるコラットが、王太子妃の侍女を断る手段などあるはずもない。
この地方の貴族は皆そうだが、コラットも猫を一度も見たことが無かった。
悪魔の使いだと称されているのだから、きっと文献に描かれているようなおどろおどろしい魔物の姿をしているのだろう。
(そんな邪悪な生き物を飼いならす女性……。きっと魔女のような気味の悪い方に違いないわ)
なぜスクーカムがそんな恐ろしい女性と婚約したのかは理解できないが、ここまでくればもう侍女の仕事をこなすしかない。
コラットは恐る恐る、立派な鉄門を開けて離宮の敷地内へ足を踏み入れた。
すると薔薇が咲き乱れる庭園の一角で、大きなシャベルを持って土を掘り起こしている女性の姿があった。
麻素材の作業着を着用していたが、金髪碧眼の彼女は気品が溢れていて美しかった。
(他の侍女の方かしら? だけど確か、ソマリ様につく侍女は自分ひとりだったはず。えっ、じゃあまさかこの方がソマリ様? いやでもそんなまさか……?)
将来王妃となる予定の女性が野良仕事をしているわけはないのだが、この場にいる以上はそれ以外ありえない。
「あ、あの~」
少々混乱しつつも、コラットはシャベルで土をならしている女性に話しかけた。すると屈んでいた彼女は立ち上がり、コラットに向けて破顔した。
「あ! もしかして今日から来てくださる予定の侍女の方? 確かコラットというお名前だったわよね。ふたりきりになっちゃうけど、よろしくね!」
「え、ええ。私コラットと申します。……もしかしてあなたがソマリ様ですか?」
「ええ、そうだけれど」
この場所にいるのならソマリしかありえないが、思い描いていた魔女のような女とは様相がだいぶかけ離れていたので、コラットは戸惑う。
また、恐ろしい女性らしい思い込んでいた件はさておき、王太子の婚約者が作業着で野良仕事をしているのも貴族令嬢としてはありえない。
「えーと……。なぜソマリ様が土いじりの真似事を?」
コラットに向かって親し気に微笑むソマリはとてもかわいらしく、微塵も怖さは感じない。しかし一体なぜ、シャベルで土を掘り返しているのだろう。
「ああ。これはね、猫ちゃんが食べる草の種を植えていたところなのよ」
「猫……ちゃん……?」
本人に魔女らしさは全く無いが、猫を飼いならしているという噂は本当だったらしい。コラットにまた恐怖心が生まれた。
「ええ。猫ちゃんってね、自分で体の毛づくろいをするのだけれど、どうしてもその時毛を飲み込んじゃうのよね。この草を食べればそれを吐き出すことができるの」
(毛づくろい? 草を吐き出す……?)
世にも恐ろしい姿の魔獣が、裂けた口から長い舌を出して自らの体を舐め回している光景をコラットは想像してしまった。思わず身震いしてしまう。
(や、やっぱりこの人は魔女なんだわ……。善良そうな姿に騙されちゃ危ないのかも)
「さ、左様でございますか」
「ええ。……あ、ちょうどよかったわ! あなたも種を植えるのを手伝ってくださらない?」
「は、はい」
気乗りはしなかったが、自分はソマリに仕える侍女なのである。命令には従うしかない。
ニコニコと微笑むソマリから渡されたのは、何の変哲もない麦のような細長い種だった。
しかし猫が食べるのだから、魔草の種なのかもしれない。コラットの脳内に、触手を伸ばし人を飲み込もうとする人食い花が浮かぶ。種自体は安全なのだろうか……。
「はあ……」
コラットはサイベリアン王国が所有する離宮の前に立ち、深く嘆息した。
この離宮には、王太子であるスクーカムの婚約者である令嬢が昨日フレーメン王国から移住した。
コラットはその令嬢――ソマリ・シャルトリューの侍女に任命されたのだった。
常に冷静沈着で、鉄仮面の下は美男だと噂されているスクーカムが、やっと婚約者に迎え入れた女性は、なんと魔女だと噂されていた。
なんでも、悪魔の使いである猫を飼いならすとんでもない女性なんだとか。
コラットは元々は男爵家の令嬢だったが、領地が大地震の被害を受け、実家が没落してしまった。
その後、サイベリアン王家に侍女として仕えていたが、今回成り行きでソマリの侍女となった。
(将来の王太子妃候補の女性に仕えるなんて、本来は名誉なことだけれど。ソマリ様が魔女だって噂があったせいで、押し付けられちゃったのよね……)
没落令嬢であるコラットは、サイベリアン王宮の他の侍女たちに常に爪はじきにされていた。面倒な雑用は自然とコラットの仕事となるし、失敗を擦り付けられることも珍しくなかった。
そういういつもの流れで、誰もが嫌がった魔女の世話もコラットが担うことになってしまったのだ。
(私だって魔女の相手は怖いのに……。まだ王宮でいじめに逢っている方がマシよ)
しかし弱い立場であるコラットが、王太子妃の侍女を断る手段などあるはずもない。
この地方の貴族は皆そうだが、コラットも猫を一度も見たことが無かった。
悪魔の使いだと称されているのだから、きっと文献に描かれているようなおどろおどろしい魔物の姿をしているのだろう。
(そんな邪悪な生き物を飼いならす女性……。きっと魔女のような気味の悪い方に違いないわ)
なぜスクーカムがそんな恐ろしい女性と婚約したのかは理解できないが、ここまでくればもう侍女の仕事をこなすしかない。
コラットは恐る恐る、立派な鉄門を開けて離宮の敷地内へ足を踏み入れた。
すると薔薇が咲き乱れる庭園の一角で、大きなシャベルを持って土を掘り起こしている女性の姿があった。
麻素材の作業着を着用していたが、金髪碧眼の彼女は気品が溢れていて美しかった。
(他の侍女の方かしら? だけど確か、ソマリ様につく侍女は自分ひとりだったはず。えっ、じゃあまさかこの方がソマリ様? いやでもそんなまさか……?)
将来王妃となる予定の女性が野良仕事をしているわけはないのだが、この場にいる以上はそれ以外ありえない。
「あ、あの~」
少々混乱しつつも、コラットはシャベルで土をならしている女性に話しかけた。すると屈んでいた彼女は立ち上がり、コラットに向けて破顔した。
「あ! もしかして今日から来てくださる予定の侍女の方? 確かコラットというお名前だったわよね。ふたりきりになっちゃうけど、よろしくね!」
「え、ええ。私コラットと申します。……もしかしてあなたがソマリ様ですか?」
「ええ、そうだけれど」
この場所にいるのならソマリしかありえないが、思い描いていた魔女のような女とは様相がだいぶかけ離れていたので、コラットは戸惑う。
また、恐ろしい女性らしい思い込んでいた件はさておき、王太子の婚約者が作業着で野良仕事をしているのも貴族令嬢としてはありえない。
「えーと……。なぜソマリ様が土いじりの真似事を?」
コラットに向かって親し気に微笑むソマリはとてもかわいらしく、微塵も怖さは感じない。しかし一体なぜ、シャベルで土を掘り返しているのだろう。
「ああ。これはね、猫ちゃんが食べる草の種を植えていたところなのよ」
「猫……ちゃん……?」
本人に魔女らしさは全く無いが、猫を飼いならしているという噂は本当だったらしい。コラットにまた恐怖心が生まれた。
「ええ。猫ちゃんってね、自分で体の毛づくろいをするのだけれど、どうしてもその時毛を飲み込んじゃうのよね。この草を食べればそれを吐き出すことができるの」
(毛づくろい? 草を吐き出す……?)
世にも恐ろしい姿の魔獣が、裂けた口から長い舌を出して自らの体を舐め回している光景をコラットは想像してしまった。思わず身震いしてしまう。
(や、やっぱりこの人は魔女なんだわ……。善良そうな姿に騙されちゃ危ないのかも)
「さ、左様でございますか」
「ええ。……あ、ちょうどよかったわ! あなたも種を植えるのを手伝ってくださらない?」
「は、はい」
気乗りはしなかったが、自分はソマリに仕える侍女なのである。命令には従うしかない。
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