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平民街の猫事情(4)
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人間はそれぞれ趣味嗜好が異なるのだから、それは致し方ない。二十二回も人生を繰り返したため、ソマリは重々承知している。
しかし、嫌悪しているからといって猫を虐げることには、やはり怒りを覚えてしまう。嫌いならば放っておけばいい、関わらなければいいのだから。
そこまでして猫を厳しく取り締まっていたサイベリアン王国には、何か隠された事情があるのだろうか?
しかし、マンクスも五十年ほど前の取り締まり強化の理由は不明だと言っていた。
「しかし、そんな風に猫に対して厳しい状況になってもサイベリアンの民衆たちが猫好きなことは変わりませんでした。かわいい猫が身近にいない生活には、耐えられない者ばかりだったのです。僕もそうですけどね」
「わ、わかります。私だってもう、猫がいない暮らしなんてまったく耐えられる気がしませんわ」
マンクスの言葉に、うんうんと深く頷くコラット。もちろんソマリだってそうだ。
「というわけでサイベリアンの民たちは皆、自宅でこっそりと猫を飼うようになりました。厳重に注意して猫を外に出さないように。その風習が今でも続いているというわけです。国王が当代になってからは、以前ほど厳しくは取り締まっていないようですが、まだ一応当時の『猫を見つけ次第捕えること』というお触れが撤回されたわけではないですからね」
「なるほど……。もしかしたら猫ちゃんが火あぶりにされる可能性があるもの。それは外には出せないわよね」
「その通りです、ソマリさん。まあそれでもすべての猫を家の中に閉じ込めるのは難しいですから、多少は外にいるようですが」
「そういうわけだったのね……」
猫が平民街でほとんど見かけなかった点については、マンクスの説明で腑に落ちた。
だが、なぜ先王の時代にそこまで猫を目の敵とする取り締まりが行われていたのだろう。
フレーメン王国でも、悪魔の使いだと信じて疑わない貴族たちには猫は毛嫌いされていたが、平民はわりと自由に猫と暮らしていた。
(これは何か理由がありそうね。今度スクーカム様に尋ねてみよう)
今でこそ厳しい取り締まりはされていないようだが、五十年前のこととはいえ国をあげての事態だったのなら、スクーカムも知っている可能性が高い。
そしてできることなら、当時出されたお触れはもう撤回させたい。猫好きらしいサイベリアンの民衆たちに、思う存分猫を愛でて欲しい。心からソマリはそう思った。
しかし、お触れを出したのは先王なのだから、王太子であるスクーカムにソマリがお願いしただけでは状況を変えるのは厳しいだろう。
とりあえず五十年前の出来事については背景を調べるなどして、腐った制度の廃止に向けて慎重に事を進めなければ。
「この街の猫事情について詳しく教えてくれてありがとう、マンクスさん」
ソマリがぺこりと軽く頭を下げると、マンクスは柔和な笑みを浮かべた。
「いえ。猫好きに悪い人はいませんから、事情を知らないあなた方が危険な目に遭ったら大変かと思いましてね。外で猫をかわいがっているところを、頭の固い衛兵に見つかりでもしたらどうなるかわかりませんから」
まあ、たぶん衛兵が自分の素性を知ればそう酷い事態にはならないだろうが。
しかし自分が魔女だという噂がさらに加速することになるだろう。面倒ごとが増えそうだし、やはりマンクスに事情を聞けてよかった。
そして親切で猫好きな彼が肉屋だったことも非常に幸運だ。
だって猫は肉食動物なのだから。
「ええ、大変助かったわ。……ところで、肉屋のあなたにお願いがあるの」
「なんでしょうか?」
「鶏のささ身をあなたから定期的に購入したいのよ。猫のご飯用にね」
「ご飯用? 確かに肉は猫の好物ですが、なぜささ身なのですか? 処分するしかないような細切れ肉などでも、十分においしそうに食べますが……」
確かに、猫の食事は人間の残りでも事足りる。マンクスが疑問に思うのももっともだ。
しかしソマリは過去二十一回の人生経験から、猫のご飯は茹でた鶏ささみ肉と、少量の茹で野菜を混ぜたものがもっとも健康にいいと知っていた。
それを知らなかった頃は、人間用に味付けされた残飯を適当に猫に与えていた。猫たちはそれらをとてもおいしそうに食べていたが、好んで味の薄い物を食べる猫と比べて、病気がちで短命な個体が多かった。
(まあそれも、確か十二回……いえ十三回目の人生でやっと分かったのだけれど)
勉学は好きだが、ほとんど研究されていない猫の生態については自分で試行錯誤をして結果をまとめる他なかった。それも、とてつもなく長い時間をかけて。
結局、修道院の調理場で味付け前の余った鳥ささみ肉と野菜を与えていた猫が、他に比べて圧倒的に長く生きた。肉は肉でも、脂肪分の少ないささ身肉が一番猫の食事として適しているようだった。
繰り返しの人生を経て得た猫の食に関する結論について、ソマリはマンクスに簡単に説明した。
もちろん、何度も生き死にしていることなどは伏せて話したが。
しかし、嫌悪しているからといって猫を虐げることには、やはり怒りを覚えてしまう。嫌いならば放っておけばいい、関わらなければいいのだから。
そこまでして猫を厳しく取り締まっていたサイベリアン王国には、何か隠された事情があるのだろうか?
しかし、マンクスも五十年ほど前の取り締まり強化の理由は不明だと言っていた。
「しかし、そんな風に猫に対して厳しい状況になってもサイベリアンの民衆たちが猫好きなことは変わりませんでした。かわいい猫が身近にいない生活には、耐えられない者ばかりだったのです。僕もそうですけどね」
「わ、わかります。私だってもう、猫がいない暮らしなんてまったく耐えられる気がしませんわ」
マンクスの言葉に、うんうんと深く頷くコラット。もちろんソマリだってそうだ。
「というわけでサイベリアンの民たちは皆、自宅でこっそりと猫を飼うようになりました。厳重に注意して猫を外に出さないように。その風習が今でも続いているというわけです。国王が当代になってからは、以前ほど厳しくは取り締まっていないようですが、まだ一応当時の『猫を見つけ次第捕えること』というお触れが撤回されたわけではないですからね」
「なるほど……。もしかしたら猫ちゃんが火あぶりにされる可能性があるもの。それは外には出せないわよね」
「その通りです、ソマリさん。まあそれでもすべての猫を家の中に閉じ込めるのは難しいですから、多少は外にいるようですが」
「そういうわけだったのね……」
猫が平民街でほとんど見かけなかった点については、マンクスの説明で腑に落ちた。
だが、なぜ先王の時代にそこまで猫を目の敵とする取り締まりが行われていたのだろう。
フレーメン王国でも、悪魔の使いだと信じて疑わない貴族たちには猫は毛嫌いされていたが、平民はわりと自由に猫と暮らしていた。
(これは何か理由がありそうね。今度スクーカム様に尋ねてみよう)
今でこそ厳しい取り締まりはされていないようだが、五十年前のこととはいえ国をあげての事態だったのなら、スクーカムも知っている可能性が高い。
そしてできることなら、当時出されたお触れはもう撤回させたい。猫好きらしいサイベリアンの民衆たちに、思う存分猫を愛でて欲しい。心からソマリはそう思った。
しかし、お触れを出したのは先王なのだから、王太子であるスクーカムにソマリがお願いしただけでは状況を変えるのは厳しいだろう。
とりあえず五十年前の出来事については背景を調べるなどして、腐った制度の廃止に向けて慎重に事を進めなければ。
「この街の猫事情について詳しく教えてくれてありがとう、マンクスさん」
ソマリがぺこりと軽く頭を下げると、マンクスは柔和な笑みを浮かべた。
「いえ。猫好きに悪い人はいませんから、事情を知らないあなた方が危険な目に遭ったら大変かと思いましてね。外で猫をかわいがっているところを、頭の固い衛兵に見つかりでもしたらどうなるかわかりませんから」
まあ、たぶん衛兵が自分の素性を知ればそう酷い事態にはならないだろうが。
しかし自分が魔女だという噂がさらに加速することになるだろう。面倒ごとが増えそうだし、やはりマンクスに事情を聞けてよかった。
そして親切で猫好きな彼が肉屋だったことも非常に幸運だ。
だって猫は肉食動物なのだから。
「ええ、大変助かったわ。……ところで、肉屋のあなたにお願いがあるの」
「なんでしょうか?」
「鶏のささ身をあなたから定期的に購入したいのよ。猫のご飯用にね」
「ご飯用? 確かに肉は猫の好物ですが、なぜささ身なのですか? 処分するしかないような細切れ肉などでも、十分においしそうに食べますが……」
確かに、猫の食事は人間の残りでも事足りる。マンクスが疑問に思うのももっともだ。
しかしソマリは過去二十一回の人生経験から、猫のご飯は茹でた鶏ささみ肉と、少量の茹で野菜を混ぜたものがもっとも健康にいいと知っていた。
それを知らなかった頃は、人間用に味付けされた残飯を適当に猫に与えていた。猫たちはそれらをとてもおいしそうに食べていたが、好んで味の薄い物を食べる猫と比べて、病気がちで短命な個体が多かった。
(まあそれも、確か十二回……いえ十三回目の人生でやっと分かったのだけれど)
勉学は好きだが、ほとんど研究されていない猫の生態については自分で試行錯誤をして結果をまとめる他なかった。それも、とてつもなく長い時間をかけて。
結局、修道院の調理場で味付け前の余った鳥ささみ肉と野菜を与えていた猫が、他に比べて圧倒的に長く生きた。肉は肉でも、脂肪分の少ないささ身肉が一番猫の食事として適しているようだった。
繰り返しの人生を経て得た猫の食に関する結論について、ソマリはマンクスに簡単に説明した。
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