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第17話「追悼コンサート」
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(前回のあらすじ)
僕「みお」と愛する「琴子」は久しぶりに大学のキャンパスに行った。
しかし大学は夏休みの間に学内を牛耳る「セクト」の手により大きく変わっていた。
僕たちは部室に行った。そこには変わらないいつもの日常があったのだが__
「それでね~、有栖ちゃんすっごく可愛かったんだよ~☆」
部室の中に琴子の声が響く。
「琴子センパ~イ、それ水着の時の写真は無いんですか~?」
「や~ね~、も~男子って~」
部室の中が笑い声に包まれる。
琴子はいつも僕が楽しい時だって、苦しい時だって周りを笑顔にしてくれる。
「そーいや、みお先輩、お二人は花火どこで見ました?隅田川花火大会。」
「いやあ、それが急なバイトで見れなくって。最後の瞬間だけかな?見れたの。」
「ありゃ、そりゃ残念。来年はあらかじめ予定入れてみんなで見に行きましょうよ。お二人の浴衣姿見たいし。」
「結局浴衣目当てか~い。彼女と行け、彼女と!」
「それができたら苦労しませんよ~。全く~。」
楽しい時間はどんどん過ぎていく。あっという間だ。
セクトのアジトを監視していた時は1時間が永遠に感じられたのに大違いだ。
このままずっとこうしていられたら良かったのに__。
しかしその時間は突然終わりを迎えた。
廊下の方から複数の男たちの怒声が聞こえてきたのだ。
「スパイかお前は!」「自己批判が足りてないぞ!」
そんな大声と共に何かを叩く音がする。
部室の全員がビクッとして黙り込む。
恐らくまた誰かが些細な理由で槍玉に上げられてリンチされているのだろう。
こういう場での暴力を連中は「予期しなかった突発的なショック的状況」といって正当化する。
しかしここは自治会のある建物ではなく、ただの部室棟なのだ。
山田氏がそっと部屋を出て様子を見に行く。
僕は黙っていることしかできなかった。
なにせ僕と琴子は、権力のスパイを通り越して本物の憲兵隊員なのである。
ここは山田氏に頼るしかない。
山田氏は5分ほどすると戻ってきた。
「ただの行き違いみたい。もうみんなで座ってタバコ吸ってる。大丈夫。」
「自治会の連中?」
「いや違う。哲学研。でも連中だから何かしらどっかの分派と関わりあるんだろ。」
「学校の中、ピリピリしてるね__」
琴子が悲しそうに言う。
「まあねえ。いや~、実際自治会の連中も参るよな~、一昨日の新田の葬式もひどかったし・・。」
僕と琴子はぎょっとして山田氏の方を見た。
「えっ、山田君、新田さんの知り合いだったの?」
琴子が驚いて尋ねる。
「ああ、語学のクラスが一緒だったからね。もっとも彼はここ最近セクトの方にのめり込んでて授業はかなり前から出てなかったけど・・。一昨日クラスのメンバーは全員彼の葬式に行ってたんだ。部長も一緒だったよ。」
「えっ?部長って、ウチの部長?」
「そうそう、部長も顔が広いからね。知り合いだったみたい。」
僕は居心地が悪くなっていくのを感じていた。会ったことも無い他人の死が、どんどん身近になっていくこの感じ・・。僕は自分が手のひらに汗をかいているのに気が付いた。
「それで、山田君、どうだったの新田さんのお葬式・・?」
琴子が神妙に尋ねる。
「それが、もう他人の葬式なのに親族そっちのけで自治会の連中が勝手に仕切ってて・・。
マイク握ってアジ演説とか始めるんだよ。人の葬式でだよ?」
「そんな・・・ひどい・・。」
琴子が泣きそうな顔で言う。
「結局葬式でまともだったのは飯島さんの追悼の言葉だけだったな。あの時はみんな思わず泣いてたけど・・。」
僕は思わず口を挟んだ。
「ちょっと待った、山田君、飯島さんってあの自治会の飯島さん?」
「そうそう、副委員長の飯島さん。眼鏡かけてる女の人。新田さんとは恋人だったんだって?見ていてつらそうで本当に可哀そうだったな・・。」
僕は驚いた。
彼女が定時連絡も取れない状況でそんな所に顔を出すなんて。
しかも新田さんの恋人と認識されている。
彼女がそんなことを吹聴する人物でないのは、僕たちが一番よく知っている。
「で、セクトの連中が彼女を昨日の追悼集会でまつり上げる訳だ。
恋人を権力に虐殺された正義の女闘士だってね。
ひでえよな。人倫の道にもとるとか思わないのかね、アイツら?」
僕と琴子は震える手でコーヒーカップを手にしていた。
さっきまで山田氏が持ってきてくれた芳醇なコーヒーがもう泥水にしか見えない。
僕は飯島准尉の意向を正確に理解した。セクトの懐に潜り込むために彼女はあえて、新田さんを利用したのだ。
まさに修羅の道だ。
「それで__そのお葬式はどうなったの?」
「最後は悲惨だよ。新田のお袋さんが、お前たちのせいで死んだんだ、息子を返せって自治会の連中に掴みかかるし、親父さんは空の棺を蹴っ飛ばすし・・。それでメチャメチャになって終了。部長もブチ切れてたな。」
「親御さん可哀そう__」
琴子の言葉が部室の中に響いた。
その時だった。
「山田君、声が大きい。部室の外まで聞こえてるよ、まずいって。」
入口から部長が入ってきた。
しかし__
「ぶ、部長!?」
「ど、どうしたんです、そのアザ!」
部室の中の人間が全員驚いて立ち上がる。
部長の右目のあたりにハッキリと青あざができており、顔のあちこちが腫れあがっていたからだ。
「部長さん!一体どうしたの!?」
琴子が叫ぶように尋ねる。
無理も無い。どうみても殴られた跡だ。
「あ、いや、心配は不要だ。昨日ちょっと自治会の委員長と一悶着あってな。」
「い、委員長って・・・まさかセクトと揉めたんですか!?」
「いや、あくまでも学生同士だ。大丈夫、委員長とは古い仲だ。揉めた後、きちんとテッテー的にサシで話し合いをしてるから問題ない。君たちの心配するようなことはないよ。」
「い、いや、しかし・・。」
「大丈夫、あくまで話し合いだ。いや、昨日委員長にあの葬式は何だ、お前はあの親御さんの姿を見て何も思わないのか、そんなので何が革命だ、と思わず苦言を呈してしまってね。自治会館に乗り込んだんだ。」
「そ、そんなリスキーな・・・。」
山田氏が呆然と呟く。
でも僕は思った。それがこの目の前にいる部長という男であることを。
「いや、何。取り巻きが暴れただけだ。ちょうど飯島さんがどこかに出かけるときに助けてくれたから問題ない。委員長とはその後、暴力抜きできちんと話し合いをした。だから大丈夫だ。」
一先ずすぐに部長の身に危険が及ばない事が確認でき、僕は少しだけ安心した。
飯島さんが部長のことを助けたのなら、委員長の取り巻きがまた部長に危害を加える可能性は低いだろう。
しかし僕は思った。飯島さんが出かけた?この状況でどこへ?
「あの、部長、飯島さんどこへ行ったか分かりますか?」
「何だ、君たちも彼女の知り合いか?彼女大きな荷物持ってたから近くでは無いんじゃないか?周りも明らかに学内じゃない連中が一緒だったし・・。」
「まさか・・セクトの方とかですか?」
「わからんが可能性は高いだろう。山田君も言ってたと思うが、セクトは今、彼女を都合よく祭り上げている状態だ。
しかし良くわからんのが、彼女がそれにあえて乗っているように見えることだ。
彼女はとてもそういう人には見えないし、僕の周りで彼女を知っている人も全員不思議に思ってるよ。」
「そうなんですか・・。」
琴子が呟く。
やっぱり彼女はこれまで潜入捜査といいつつも、学内では素で通していたのだろう。
だから彼女を悪く言う人は誰もいないのだ。
「あ~、それでこれから本題に入る。君たちこれからちょっと時間空いているか?一曲つきあってもらいたい。」
「えっ?もちろんいいですけど・・。どんな曲ですか?」
「いや、今から有志で新田君の追悼の為に演奏しようという話になってね。学長の銅像の所で学内の音楽系が今から集まるんだ。急ですまないが、みんなにお願いしたい。」
部長はそう言うとペコリと頭を下げた。
「そんな・・部長!頭なんか下げないでください!」
琴子が涙目で言う。
「いやいや、そうですよ。部長、そんな話ソッコーでOKに決まってるじゃないですか!」
山田氏も立ち上がって言う。
「部長、その演奏会は何時からです?今、曲を決めて練習しましょう。人数は揃ってます」
僕はキャビネットを開けて楽譜の山に手をかけた。
部長が指先であごを触りながら思案する。
「そうだな・・何の曲にするか・・。鎮魂だとバラードか。
ヴィクター・ヤングのMy Foolish Heart(マイ・フーリッシュ・ハート)か、
セロニアス・モンクの'Round Midnight (ラウンド・ミッドナイト)か・・。」
「部長、チャールズ・ミンガスのGoodbye Pork Pie Hat (グッバイ・ポーク・パイ・ハット)とかどうでしょう?」
「おっ、それがいいかもしれないな。うん、それで行こう。みんな問題ないか?」
「ええ、大丈夫です。」
「じゃ、早速音を合わせてみようか、みお君、楽譜を出してくれ。」
僕たちは楽譜と楽器を取り出す。
楽器を触るのは夏休み前以来だ。
まさか次に演奏する曲が鎮魂歌になるとは・・。
しかし考える時間は無い。
コンサートまでの僅かな時間で音を合わせなくてはならない。
僕と琴子は全神経を指先に集め、演奏に没頭した。
昔の学長の銅像前に皆が集まったのはもう日没後であった。
新田君の巨大な肖像画の周りに数えきれないロウソクの灯りがともる。
夏休み中だというのに思った以上に多くの人たちが訪れていた。
この追悼コンサートを企画した人らしい、大学の合唱団の団長がマイクを握る。
「語るべき言葉は多いですが、今は新田君の安らかな旅立ちを祈って。」
団長はそれしか言わず、すぐに団員が肖像画の前に集まる。
合唱が始まった。
その後も、クラシック演奏部、グリークラブ、演歌愛好会。
様々な演奏や歌が静かに行われていく。
時おり皆の中からすすり泣きが聞こえる。
そして僕たちの順番がきた。
チャールズ・ミンガスのGoodbye Pork Pie Hat (グッバイ・ポーク・パイ・ハット)。
レスター・ヤングへの追悼として書かれた曲だ。
部長の指揮の元、演奏が静かに始まる。
僕のピアノに合わせ、部員の皆のトランペットやサックスの哀しい調べが響く。
[
しかしその内、サックスの調子が少しずつ乱れ始めた。
僕は慌ててサックスの方を見る。
そこでは琴子が目から涙を流しながら、指先を震わせていた。
観衆の中から、
「君島さん!気持ち伝わってるぞ!」
「琴子ちゃん、頑張って!」
という声が出て、それに合わせすすり泣きの声は大きくなった。
琴子の涙は誰の為の涙なのだろうか。
セクトにいいように利用されて死んだ新田君か、
新田君の為に修羅の道を歩むことになった飯島さんか、
理不尽な暴力を振るわれた部長か、
それともみんなを前に何もできない僕たちの不甲斐なさか。
琴子のサックスの哀しい音色が、ただ夜のキャンパスの空に響いていた。
追悼コンサートは終わった。
演者は片付けをはじめ、観客はその場を後にしていく。
銅像の前で、昼間のバンダナ男がこの人数が学生の力だ、とかマイクで喋っているが誰も聞いていない。
「君たち、今日は久しぶりに来てくれたのに、いきなりコンサートに参加してくれて本当に助かったよ。どうだ、これからみんなでバーにでも行かないか?」
そう言って部長は僕たちを誘ってくれた。
見ると合唱団や他の演者の人たちの一緒のようだ。
「今日ぐらいはいいんじゃない?みお。」
琴子が甘えるように僕の肩に、頬をすり寄せてくる。
「そうだね・・。」
僕は琴子に優しく微笑んだ。
これくらいは五十嵐少将も大目に見てくれるだろう。
「じゃ、皆さん、部室に楽器戻しに行きましょうか!」
山田氏の号令で皆が部室に向おうとする。
その時だった。
「あ~、皆さんお待ちください、お待ちください、我らがW大自治会のホープ、飯島副委員長から、この大成功に終わった追悼コンサートにメッセージが届いています!」
バンダナ男の声に半分ぐらいの人数が足を止める。
僕と琴子もその一人だった。
何だ?この追悼コンサートは今日、急遽開催が決まったのに、なぜ昨日学校を後にした飯島准尉がこのコンサートの事を知っている?そして何故メッセージなんかを?
バンダナ男は手渡された紙をただ棒読みしていく。
中身は昨日の追悼集会のメッセージと変わらない。
しかし僕はひっかかる物を感じた。なぜ昨日と同じメッセージを今日も急遽わざわざ発信しているのか?
昨日と同じメッセージは続く。
そして最後にメッセージはこう終わった。
「血塗られた14番ゲージの弾丸に倒れた新田君の無念を思って。飯島尚子。」
琴子の血相が変わった。
「みお、これって・・・!」
そう、これは明らかにおかしいメッセージだ。
まず彼が銃弾で倒れたという話は今まで全く出ていない。
飯島准尉は新田君の死因を誰よりも詳しく知っている。
そして「14番ゲージ」なんて弾丸は存在しない。
よく散弾銃で12番ゲージと言うが14番は無い。
彼女がそんな誤字をする筈が無い。
答えはこのメッセージは別の事を僕たちに知らせようとしているのだ。
そしてこの14という数字から導き出されるものとは・・。
僕の脳裏に完全に暗記している、ニワトリ頭のリストの⑭の内容が浮かんでいた。
四国の徳島県と高知県の県境。
その森林のどこかにセクトの小規模な訓練キャンプがある。
正確な場所が特定できていないのと、規模が小さいこと、県境の森林地域は政府の統制外で怪異が蔓延る危険地帯であることから後回しになっていた所である。
「琴子、すぐ五十嵐少将に連絡だ。四国へ飛ぶぞ」
琴子が力強くうなずく。
僕はジャズサークルのみんなに声をかけた。
「すいません!僕と琴子は急用ができて・・!今すぐ向わなくてはいけないんです。」
「わかった。」
部長は短く頷いてくれた。
「よし、こっちのことは俺らに任せてくれ、気をつけろよ!」
「ありがとう!山田君、みんな!」
僕と琴子は、サークルの面々にお辞儀をすると、脱兎のごとく正門に向った。
キャンパスの頭上に半月が輝く、
僕と琴子は二人の平穏な生活を守るために、今走り出した。
(続く)
僕「みお」と愛する「琴子」は久しぶりに大学のキャンパスに行った。
しかし大学は夏休みの間に学内を牛耳る「セクト」の手により大きく変わっていた。
僕たちは部室に行った。そこには変わらないいつもの日常があったのだが__
「それでね~、有栖ちゃんすっごく可愛かったんだよ~☆」
部室の中に琴子の声が響く。
「琴子センパ~イ、それ水着の時の写真は無いんですか~?」
「や~ね~、も~男子って~」
部室の中が笑い声に包まれる。
琴子はいつも僕が楽しい時だって、苦しい時だって周りを笑顔にしてくれる。
「そーいや、みお先輩、お二人は花火どこで見ました?隅田川花火大会。」
「いやあ、それが急なバイトで見れなくって。最後の瞬間だけかな?見れたの。」
「ありゃ、そりゃ残念。来年はあらかじめ予定入れてみんなで見に行きましょうよ。お二人の浴衣姿見たいし。」
「結局浴衣目当てか~い。彼女と行け、彼女と!」
「それができたら苦労しませんよ~。全く~。」
楽しい時間はどんどん過ぎていく。あっという間だ。
セクトのアジトを監視していた時は1時間が永遠に感じられたのに大違いだ。
このままずっとこうしていられたら良かったのに__。
しかしその時間は突然終わりを迎えた。
廊下の方から複数の男たちの怒声が聞こえてきたのだ。
「スパイかお前は!」「自己批判が足りてないぞ!」
そんな大声と共に何かを叩く音がする。
部室の全員がビクッとして黙り込む。
恐らくまた誰かが些細な理由で槍玉に上げられてリンチされているのだろう。
こういう場での暴力を連中は「予期しなかった突発的なショック的状況」といって正当化する。
しかしここは自治会のある建物ではなく、ただの部室棟なのだ。
山田氏がそっと部屋を出て様子を見に行く。
僕は黙っていることしかできなかった。
なにせ僕と琴子は、権力のスパイを通り越して本物の憲兵隊員なのである。
ここは山田氏に頼るしかない。
山田氏は5分ほどすると戻ってきた。
「ただの行き違いみたい。もうみんなで座ってタバコ吸ってる。大丈夫。」
「自治会の連中?」
「いや違う。哲学研。でも連中だから何かしらどっかの分派と関わりあるんだろ。」
「学校の中、ピリピリしてるね__」
琴子が悲しそうに言う。
「まあねえ。いや~、実際自治会の連中も参るよな~、一昨日の新田の葬式もひどかったし・・。」
僕と琴子はぎょっとして山田氏の方を見た。
「えっ、山田君、新田さんの知り合いだったの?」
琴子が驚いて尋ねる。
「ああ、語学のクラスが一緒だったからね。もっとも彼はここ最近セクトの方にのめり込んでて授業はかなり前から出てなかったけど・・。一昨日クラスのメンバーは全員彼の葬式に行ってたんだ。部長も一緒だったよ。」
「えっ?部長って、ウチの部長?」
「そうそう、部長も顔が広いからね。知り合いだったみたい。」
僕は居心地が悪くなっていくのを感じていた。会ったことも無い他人の死が、どんどん身近になっていくこの感じ・・。僕は自分が手のひらに汗をかいているのに気が付いた。
「それで、山田君、どうだったの新田さんのお葬式・・?」
琴子が神妙に尋ねる。
「それが、もう他人の葬式なのに親族そっちのけで自治会の連中が勝手に仕切ってて・・。
マイク握ってアジ演説とか始めるんだよ。人の葬式でだよ?」
「そんな・・・ひどい・・。」
琴子が泣きそうな顔で言う。
「結局葬式でまともだったのは飯島さんの追悼の言葉だけだったな。あの時はみんな思わず泣いてたけど・・。」
僕は思わず口を挟んだ。
「ちょっと待った、山田君、飯島さんってあの自治会の飯島さん?」
「そうそう、副委員長の飯島さん。眼鏡かけてる女の人。新田さんとは恋人だったんだって?見ていてつらそうで本当に可哀そうだったな・・。」
僕は驚いた。
彼女が定時連絡も取れない状況でそんな所に顔を出すなんて。
しかも新田さんの恋人と認識されている。
彼女がそんなことを吹聴する人物でないのは、僕たちが一番よく知っている。
「で、セクトの連中が彼女を昨日の追悼集会でまつり上げる訳だ。
恋人を権力に虐殺された正義の女闘士だってね。
ひでえよな。人倫の道にもとるとか思わないのかね、アイツら?」
僕と琴子は震える手でコーヒーカップを手にしていた。
さっきまで山田氏が持ってきてくれた芳醇なコーヒーがもう泥水にしか見えない。
僕は飯島准尉の意向を正確に理解した。セクトの懐に潜り込むために彼女はあえて、新田さんを利用したのだ。
まさに修羅の道だ。
「それで__そのお葬式はどうなったの?」
「最後は悲惨だよ。新田のお袋さんが、お前たちのせいで死んだんだ、息子を返せって自治会の連中に掴みかかるし、親父さんは空の棺を蹴っ飛ばすし・・。それでメチャメチャになって終了。部長もブチ切れてたな。」
「親御さん可哀そう__」
琴子の言葉が部室の中に響いた。
その時だった。
「山田君、声が大きい。部室の外まで聞こえてるよ、まずいって。」
入口から部長が入ってきた。
しかし__
「ぶ、部長!?」
「ど、どうしたんです、そのアザ!」
部室の中の人間が全員驚いて立ち上がる。
部長の右目のあたりにハッキリと青あざができており、顔のあちこちが腫れあがっていたからだ。
「部長さん!一体どうしたの!?」
琴子が叫ぶように尋ねる。
無理も無い。どうみても殴られた跡だ。
「あ、いや、心配は不要だ。昨日ちょっと自治会の委員長と一悶着あってな。」
「い、委員長って・・・まさかセクトと揉めたんですか!?」
「いや、あくまでも学生同士だ。大丈夫、委員長とは古い仲だ。揉めた後、きちんとテッテー的にサシで話し合いをしてるから問題ない。君たちの心配するようなことはないよ。」
「い、いや、しかし・・。」
「大丈夫、あくまで話し合いだ。いや、昨日委員長にあの葬式は何だ、お前はあの親御さんの姿を見て何も思わないのか、そんなので何が革命だ、と思わず苦言を呈してしまってね。自治会館に乗り込んだんだ。」
「そ、そんなリスキーな・・・。」
山田氏が呆然と呟く。
でも僕は思った。それがこの目の前にいる部長という男であることを。
「いや、何。取り巻きが暴れただけだ。ちょうど飯島さんがどこかに出かけるときに助けてくれたから問題ない。委員長とはその後、暴力抜きできちんと話し合いをした。だから大丈夫だ。」
一先ずすぐに部長の身に危険が及ばない事が確認でき、僕は少しだけ安心した。
飯島さんが部長のことを助けたのなら、委員長の取り巻きがまた部長に危害を加える可能性は低いだろう。
しかし僕は思った。飯島さんが出かけた?この状況でどこへ?
「あの、部長、飯島さんどこへ行ったか分かりますか?」
「何だ、君たちも彼女の知り合いか?彼女大きな荷物持ってたから近くでは無いんじゃないか?周りも明らかに学内じゃない連中が一緒だったし・・。」
「まさか・・セクトの方とかですか?」
「わからんが可能性は高いだろう。山田君も言ってたと思うが、セクトは今、彼女を都合よく祭り上げている状態だ。
しかし良くわからんのが、彼女がそれにあえて乗っているように見えることだ。
彼女はとてもそういう人には見えないし、僕の周りで彼女を知っている人も全員不思議に思ってるよ。」
「そうなんですか・・。」
琴子が呟く。
やっぱり彼女はこれまで潜入捜査といいつつも、学内では素で通していたのだろう。
だから彼女を悪く言う人は誰もいないのだ。
「あ~、それでこれから本題に入る。君たちこれからちょっと時間空いているか?一曲つきあってもらいたい。」
「えっ?もちろんいいですけど・・。どんな曲ですか?」
「いや、今から有志で新田君の追悼の為に演奏しようという話になってね。学長の銅像の所で学内の音楽系が今から集まるんだ。急ですまないが、みんなにお願いしたい。」
部長はそう言うとペコリと頭を下げた。
「そんな・・部長!頭なんか下げないでください!」
琴子が涙目で言う。
「いやいや、そうですよ。部長、そんな話ソッコーでOKに決まってるじゃないですか!」
山田氏も立ち上がって言う。
「部長、その演奏会は何時からです?今、曲を決めて練習しましょう。人数は揃ってます」
僕はキャビネットを開けて楽譜の山に手をかけた。
部長が指先であごを触りながら思案する。
「そうだな・・何の曲にするか・・。鎮魂だとバラードか。
ヴィクター・ヤングのMy Foolish Heart(マイ・フーリッシュ・ハート)か、
セロニアス・モンクの'Round Midnight (ラウンド・ミッドナイト)か・・。」
「部長、チャールズ・ミンガスのGoodbye Pork Pie Hat (グッバイ・ポーク・パイ・ハット)とかどうでしょう?」
「おっ、それがいいかもしれないな。うん、それで行こう。みんな問題ないか?」
「ええ、大丈夫です。」
「じゃ、早速音を合わせてみようか、みお君、楽譜を出してくれ。」
僕たちは楽譜と楽器を取り出す。
楽器を触るのは夏休み前以来だ。
まさか次に演奏する曲が鎮魂歌になるとは・・。
しかし考える時間は無い。
コンサートまでの僅かな時間で音を合わせなくてはならない。
僕と琴子は全神経を指先に集め、演奏に没頭した。
昔の学長の銅像前に皆が集まったのはもう日没後であった。
新田君の巨大な肖像画の周りに数えきれないロウソクの灯りがともる。
夏休み中だというのに思った以上に多くの人たちが訪れていた。
この追悼コンサートを企画した人らしい、大学の合唱団の団長がマイクを握る。
「語るべき言葉は多いですが、今は新田君の安らかな旅立ちを祈って。」
団長はそれしか言わず、すぐに団員が肖像画の前に集まる。
合唱が始まった。
その後も、クラシック演奏部、グリークラブ、演歌愛好会。
様々な演奏や歌が静かに行われていく。
時おり皆の中からすすり泣きが聞こえる。
そして僕たちの順番がきた。
チャールズ・ミンガスのGoodbye Pork Pie Hat (グッバイ・ポーク・パイ・ハット)。
レスター・ヤングへの追悼として書かれた曲だ。
部長の指揮の元、演奏が静かに始まる。
僕のピアノに合わせ、部員の皆のトランペットやサックスの哀しい調べが響く。
[
しかしその内、サックスの調子が少しずつ乱れ始めた。
僕は慌ててサックスの方を見る。
そこでは琴子が目から涙を流しながら、指先を震わせていた。
観衆の中から、
「君島さん!気持ち伝わってるぞ!」
「琴子ちゃん、頑張って!」
という声が出て、それに合わせすすり泣きの声は大きくなった。
琴子の涙は誰の為の涙なのだろうか。
セクトにいいように利用されて死んだ新田君か、
新田君の為に修羅の道を歩むことになった飯島さんか、
理不尽な暴力を振るわれた部長か、
それともみんなを前に何もできない僕たちの不甲斐なさか。
琴子のサックスの哀しい音色が、ただ夜のキャンパスの空に響いていた。
追悼コンサートは終わった。
演者は片付けをはじめ、観客はその場を後にしていく。
銅像の前で、昼間のバンダナ男がこの人数が学生の力だ、とかマイクで喋っているが誰も聞いていない。
「君たち、今日は久しぶりに来てくれたのに、いきなりコンサートに参加してくれて本当に助かったよ。どうだ、これからみんなでバーにでも行かないか?」
そう言って部長は僕たちを誘ってくれた。
見ると合唱団や他の演者の人たちの一緒のようだ。
「今日ぐらいはいいんじゃない?みお。」
琴子が甘えるように僕の肩に、頬をすり寄せてくる。
「そうだね・・。」
僕は琴子に優しく微笑んだ。
これくらいは五十嵐少将も大目に見てくれるだろう。
「じゃ、皆さん、部室に楽器戻しに行きましょうか!」
山田氏の号令で皆が部室に向おうとする。
その時だった。
「あ~、皆さんお待ちください、お待ちください、我らがW大自治会のホープ、飯島副委員長から、この大成功に終わった追悼コンサートにメッセージが届いています!」
バンダナ男の声に半分ぐらいの人数が足を止める。
僕と琴子もその一人だった。
何だ?この追悼コンサートは今日、急遽開催が決まったのに、なぜ昨日学校を後にした飯島准尉がこのコンサートの事を知っている?そして何故メッセージなんかを?
バンダナ男は手渡された紙をただ棒読みしていく。
中身は昨日の追悼集会のメッセージと変わらない。
しかし僕はひっかかる物を感じた。なぜ昨日と同じメッセージを今日も急遽わざわざ発信しているのか?
昨日と同じメッセージは続く。
そして最後にメッセージはこう終わった。
「血塗られた14番ゲージの弾丸に倒れた新田君の無念を思って。飯島尚子。」
琴子の血相が変わった。
「みお、これって・・・!」
そう、これは明らかにおかしいメッセージだ。
まず彼が銃弾で倒れたという話は今まで全く出ていない。
飯島准尉は新田君の死因を誰よりも詳しく知っている。
そして「14番ゲージ」なんて弾丸は存在しない。
よく散弾銃で12番ゲージと言うが14番は無い。
彼女がそんな誤字をする筈が無い。
答えはこのメッセージは別の事を僕たちに知らせようとしているのだ。
そしてこの14という数字から導き出されるものとは・・。
僕の脳裏に完全に暗記している、ニワトリ頭のリストの⑭の内容が浮かんでいた。
四国の徳島県と高知県の県境。
その森林のどこかにセクトの小規模な訓練キャンプがある。
正確な場所が特定できていないのと、規模が小さいこと、県境の森林地域は政府の統制外で怪異が蔓延る危険地帯であることから後回しになっていた所である。
「琴子、すぐ五十嵐少将に連絡だ。四国へ飛ぶぞ」
琴子が力強くうなずく。
僕はジャズサークルのみんなに声をかけた。
「すいません!僕と琴子は急用ができて・・!今すぐ向わなくてはいけないんです。」
「わかった。」
部長は短く頷いてくれた。
「よし、こっちのことは俺らに任せてくれ、気をつけろよ!」
「ありがとう!山田君、みんな!」
僕と琴子は、サークルの面々にお辞儀をすると、脱兎のごとく正門に向った。
キャンパスの頭上に半月が輝く、
僕と琴子は二人の平穏な生活を守るために、今走り出した。
(続く)
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