王太子と公爵令嬢は我らがお守りします!

照山 もみじ

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47.あの日から、今も……(下)

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 立太子の礼同様、就任パーティーも無事開催出来たジェラルドは、貴族や各国の要人たちと一通り言葉を交わした後、人知れずテラスに出て来ていた。
 歩きながら、懐にしまってある物を服の上からそっと撫でる。
 布越しに感じるそれを渡したい相手を追いかけて来た彼は、大切なその人の姿を暗い庭に探した。

(ヴァイオレット……)

 愛しい人の姿を思い浮かべながら、暗闇を進む。
 式典の始め……ファーストダンスはヴァイオレットと決めていたジェラルドは、迷わず彼女に手を差し出した。
 その手を取ったヴァイオレットにも迷いはなく、踊る間も交わした目線が外れる事はない。
 言葉はなくとも、重ねた手が、眼差しが、二人の想いを告げていた。
 そんな今だからこそ、ジェラルドは意を決してヴァイオレットを追いかけて来た。
 十年もの間抱えていた、一番伝えたかった想いを打ち明けるために、彼は来た。

「殿下……」

 テラスを進んだ奥。小さな池の前に、彼女は佇んでいた。
 ジェラルドの気配に気付いたヴァイオレッが、彼を真っ直ぐ見つめて、名を呼ぶ。
 何処か熱を感じる声音に、ジェラルドの心が一度震えた。

「……今日は、お誘い下さりありがとうございました」
「いや……俺が、誘いたかっただけだ」

 カーテシーをしようとした彼女を、ジェラルドが制止する。
 ファーストダンスに誘ったのはジェラルドが本当にそう願ったからで、他意はなかった。

「……隣、良いだろうか」

 暗に側に寄る事の許可を求めれば、ヴァイオレットは僅かに視線を逸らして、小さく頷いた。
 夜空に浮かんだ月が水面に反射して、彼女の青い瞳を輝かせている。
 
「この一ヶ月……いや、十年。お前の頑張りは見てきた」

 隣に並び、月明かりに輝く水面を眺めながら、ジェラルドは静かに話し始めた。
 バクバクと激しく鼓動が高鳴るが、本当に伝えたい事のために、言わなければならなかった。

「徐々に塞ぎ込んで行くのも、知っていた。だが俺は、何もしてやれなかった」
「いいえ、そんな事は」
「だというのに、お前は十年前の言葉を守ってくれていた」

──私も、殿下のお隣で、殿下のお役に立ちとうございます

 ヴァイオレットは王宮に身を置いている間、王族の仲を取り持ったり、勤めている者の管理を行っていた。
 本来であれば、それらは王妃の務めだ。だが王妃はシリルを産んで間もなく亡くなってしまい、暫くの間、多忙なジェラルドがその職務をこなしていた。
 弟王子の我が儘に振り回され、国王からの差別を受けているジェラルドに管理されるのが気に食わないのか……ジェラルドへの対応は、どんどん悪くなってく。
 そんな日々忙しい彼の仕事を請け負ったのが、ヴァイオレットだった。
 ヴァイオレットは兄のアベル経由で徐々に仕事を分けてもらい、従者たちの管理をし始めた。
 王族でない者の勝手な決まりに腹を立てる者がいない訳ではない。だが国で唯一の聖女であるヴァイオレットに手を出せる者もおらず、彼女は己の権力を思う存分使って、王宮内の改革を進めていった。
 そんな甲斐あって、王宮内にはジェラルドを下に見る従者が徐々に減り、今ではしっかりと統制の取れた環境になっている。
 アベル同様、本当に子どもなのかと、疑問以上に悪寒を覚える事もあったが、ジェラルドにとって彼女の働きは助けであり、救いだった。

「……ありがとう、ヴァイオレット」

 向き合った彼女に膝を付き、手を取った。
 剣や乗馬をこなすヴァイオレットの手は、普通の令嬢の手よりしっかりしている。しかしジェラルドからすれば華奢な事に変わりはなく、その尊い手の甲に、そっと口付けた。

「殿下……私は、貴方が私を見て下さっていたから、頑張ってこれたのです」

 ヴァイオレットの声は震えている。しかしこれは、彼女にとって言わなければならない事なのだと、ジェラルドは何も言わず、ただただヴァイオレットの揺れる声に耳を傾けた。

「王妃の……国母の、民を第一に考える心得として、たとえ相手が王であり伴侶であろうとも、一人の者に全てを捧げる事が間違いであるのは承知しております。けれど……私は、愛する貴方の隣で、貴方のために知恵と力を使いたいのです」

 溢れた想いが、頬を伝い、地面に落ちて行く。
 あまりにも純粋で独占的な想いが何とも愛しく思え、ジェラルドは立ち上がると、濡れた瞼に唇を寄せた。

「……それを言えば、俺も同じだ。国を第一に考え行動しなくてはならない立場でありながら、常に心にいたのはヴァイオレットだった。情けなくも、この十年間、離れていながらずっと想い続けていた……あの時告げた心は、今もお前の下にある」

 一度離れ、隠し持っていた物を取り出す。
 再び彼女の手を取って、小さな掌にそれを持たせれば、ヴァイオレットは息を飲んで、ジェラルドを見上げた。

「十年前から今まで、ずっと渡したくてたまらなかった」

 彼女の手にあるのは、国の象徴である黒曜石と、ジェラルドの象徴であるアメジストを使ったペンダント……。
 つい最近作ったものではない。婚約する時に渡そうと、ジェラルドが十年前に作り、その後ずっと大切に持っていたものだった。
 月明かりに照らされるヴァイオレットの顔には、驚きと歓喜の色が浮かんでいる。
 熱の籠る頬を一撫でして、ジェラルドは十年前に言えなかった想いを告げた。

「……愛している」

 これからも、ずっと……

「わ……私も、殿下……ジェラルド殿下を、愛しております。だから……私を、お側に置いて下さい」

 十年間空いていた距離を縮める様に、ジェラルドはヴァイオレットを抱き寄せ、腕の中に閉じ込めた。

 空には雲一つなく、相変わらず、月がぽっかりと浮かんでいる。
 そんな月が見守る中、二つの影が、どちらからともなく重なった。

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