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第二幕 幼少期

76.物臭女の結婚しない理由 ❤︎

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 アウロラは驚きのあまり固まっていた。

 こんな奇跡みたいな事が起こる事があるのだろうか? 結婚したくない独身女性ナンバーワンが、結婚したい独身男性ナンバーワンと結婚出来るなど、夢の様だ。

 ブー子姉様には幸せになって欲しい。

 しかし、姉の結婚が決まって、アウロラは内心焦っていた。

 リュシアン様が婿養子に入る?

 アウロラの将来の計画は、姉が結婚して家を出れば、母と一緒に2人で暮らすし、姉が結婚出来なければ、姉も一緒に暮らす、というものだった。

 困ったな......これでは、家にいては邪魔になる。

 しかし、自分も結婚して家を出るという選択肢はアウロラにはなかった。生涯、独身でいようと心に決めていたのである。

 皆が喜んでいる中、1人浮かない表情でアウロラが動かずにいると、それにアントニオが気が付いた。

アントニオ
「アウロラ嬢、どうしたのですか? お気分が優れないですか? 寒いとか? 料理が口に合わないとか?何かありましたら、遠慮せずに仰って下さいね。」

アウロラ
「いえ、大丈夫です。ちょっと姉様の結婚が決まって、感傷的になっていただけです。」

アントニオ
「.....もしかして.......アウロラ嬢は本当はご自分がリュシアンと結婚したかった?」

アウロラ
「とんでもないです! だったら姉様との結婚を提案したりはしませんよ! 私はむしろ、結婚などしたくないのです。特に、軍人とは絶対に嫌です!だから、お気になさらず。」

アントニオ
「何故、結婚したくないのですか?」

アウロラ
「あ、あぁ~、それは............面倒臭いからです。」

ディアナ
「アウロラ!」

アウロラ
「いや、だって、そうじゃありませんか? 自分の面倒だって十分に見切れないのに、結婚して旦那のお世話とか、子供のお世話なんて、私には無理ですよ。」

ディアナ
「本当にこの子は、いつも、いつも! 魔導騎士団に入れるくらいの実力を持ちながら、王都に行くのが面倒だからと、王立学校を受験しなかったり、領内の武官学校を卒業したのに、毎日通勤するのが面倒臭いからと、魔導騎士団の入団試験を受けなかったり、どうしてそんなにやる気がないのですか!? 家の管理をするだけなら、文官の学校に入ればよかったのに、一体何がしたいの!? 将来どうするつもりなのですか!?」

アウロラ
「うわぁ~、母様が面倒臭い...」

ディアナ
「アウロラ!!!」

グリエルモ
「まぁ、まぁ、今日はリュシアンの婚約が決まっためでたい日なのですから、そんなに怒らないで!」

アウロラ
「そうです母様! 怒ったっていい事なんてありゃしないんですから。そもそも、なんで結婚しなくてはいけないのでしょうね?」

ディアナ
「結婚した方が幸せになるからです!」

アウロラ
「そりゃ、母様は、父様と結婚出来て幸せだったかもしれないですけど、皆がそうだとは限らないでしょ? 少なくとも私は結婚しない方が幸せなんです。

出来るだけ楽に、効率よく、生きるために必要最低限のことをしたら、後はゴロゴロして暮らしたいんですよ、私は。

息を吸うのも面倒臭いと思うときがあるくらいなのに、結婚なんて無理です。」

 アントニオは、アウロラという人物が、どういう人物なのか、非常に興味が湧いた。

 こんな封建的な社会で、何て自由な考え方をする人なんだ! しかし、アウロラ嬢の話には、何か違和感を感じる。一体何だろうか?

 ディアナが再び怒り出しそうになるのを制するように、アントニオはアウロラに話しかけた。

アントニオ
「実に興味深いお話しですね。既成概念に囚われない、面白い発想です!」

 ディアナは、次期領主であるアントニオがアウロラの意見に好意的なので、『何言ってくれちゃってるんだ! この坊ちゃんは! 私の娘が結婚出来なくてもいいと思っているのか!?』と思った。

アウロラ
「有難うございます。」

アントニオ
「私も、死なないために、ただ生きるのではなく、人は、幸せになるために生きるべきだと思っています。」

ディアナ
「死なないために生きるのではく、幸せになるために生きる?」

アントニオ
「そうです。生きていれば、沢山苦しい思いをしますよね? お腹は空くし、眠たくなるし、疲れるし。病気になるし、怪我もする。人から傷付けられたり、人を傷付けたり。

何のために生きているんだろう? って思ったことありませんか?

毎朝起きて働き、食べるために仕事をする。仕事をもらうために頭を下げ、敵を作らないために頭を下げ、敵と戦うために辛い戦闘訓練に耐える。死なないためだけに生きていると、苦しみに耐えるだけの人生に嫌気がさして、死にたくなることだってある。

アウロラ嬢も仰っていた『息をするのも面倒』という状態になるほど、生きている事が辛くなることは、誰にでも起こり得るのです。

ですから、幸せに生きるために、自分に必要なことを知るという事はとても大切なことです。

何が自分を幸せにしてくれるのか、という事を知っていれば、人生は素晴らしいものになる。

私にとって、それは音楽です。

美しい音楽は私を幸せにします。歌っていると、時には、私だけでなく、私の愛する人達や、名前も知らない赤の他人まで幸せになることがある。

こんなに幸せなことがあるならば、苦しい事があっても、死ぬのが勿体ないから、頑張って生きようって思えるんです。

アウロラ嬢にとって、面倒なことを避けて効率よく暮らすことが幸せならば、無理に結婚は勧められないですね。非常に残念ですが.....」

 アウロラは、アントニオのことを話しの分かる坊ちゃんだと思った。

 頭がいいとは聞いていたが、11歳の子供が、ここまで人生というものを考えているものだろうか? 人の幸せについて、こんな風に真剣に考えてくれる人が、次期領主なのだ。ジーンシャン領の領民は幸せだ。トニー様が神の御使だという噂は本当なのかもしれない。

バルド
「そうだな。幸せってやつは、本当にいいものだ。」

リン
「面倒を嫌って結婚したくないと思う気持ちはよく分かる。俺の一族は皆、自由でいるのが好きだからな。」

 戦争のあった時代に生まれたディアナにとっては、アントニオの言葉は新鮮だった。しかし、娘が結婚しないということには納得は出来ないと思った。

アントニオ
「アウロラ嬢。でも、いくつか疑問に思ったことをお訊きしてもよいですか?」

アウロラ
「もちろんです。」

アントニオ
「効率的に暮らしたいのに、どうして文官の学校ではなく、武官の学校に行かれたのですか?」

アウロラ
「私は魔力が人より高いので、楽に卒業出来るかなと思いまして。」

ディアナ
「この子は魔力が500もあるのです! 氷属性の魔法が得意で、亡き夫のヨナスによく似ているのです。ヨナスもアウロラのことを氷の妖精と言って可愛いがっていました。武官学校に行くと言った時は、ヨナスの跡を継いで竜騎士になるんだとばかり思っていたのに!」

 500という魔力は、魔導騎士団でもトップクラスの数値である。100あれば王都の魔導騎士団に入れるし、300あればジーンシャンの魔導騎士団にだって入れる。リュシアンは600あるが、天才と言われているレベルである。グリエルモの800やメアリーの900という魔力数値は、もはや人間離れした数値と言ってよい。因みに人外であるルドとリンはそれ以上の魔力があるが、いずれも神話級の特別な存在である。

アウロラ
「父様の跡なんて、絶対に嫌ですよ。死にたくないし。」

アントニオ
「そんなに魔力があるのでしたら、王都の王立学校に行って、女性は屋敷にこもって手芸でもしていて欲しいと考える貴族の男性と結婚した方が、面倒がなかったのでは? ジーンシャン領では、女性が結婚しないでいると色々と面倒がありますよね?」

アウロラ
「あ、いや、王都はちょっと遠いし、王立学校の男性は卒業したら皆軍人になるから絶対に嫌だといいますか.....」

アントニオ
「お父上のことが大好きだったのに、軍人との結婚が絶対に嫌なのは何故ですか?」

リン
「おい、エスト。意地悪な質問はよせ。人には、本音と建前がある。」

アントニオ
「本音?」

リン
「アウロラの鍛え上げられた身体を見れば分かるだろう?」

アントニオ
「?」

 アントニオがアウロラを見ると、アウロラはバツの悪そうな顔で小さくなった。

 確かにアウロラの身体は、厳しい訓練を積んでいる女性魔導騎士のように逞しい。

リン
「武官学校に行ったのも、王都に行かないのも、身体を鍛えているのも、皆家族を守るためじゃないか。アウロラは俺の母親に似ている。非常にいい女だ!」

アントニオ
「え!? では、何故強い男性と結婚するのが嫌なんですか?」

リン
「愛する家族が戦争で死ぬのが耐えられないからだろ? 俺の一族でも、よくあるんだ。子供を失った母親が、二度と子供を作らなくなってしまう事が。アウロラ嬢は父親が死んで悲しかったんだろう。」

ディアナ
「アウロラ、あなた......本当に?」

 アウロラは否定も肯定もせずに、遠い目をした。

ディアナ
「何て馬鹿な子なの......」

アントニオ
「でしたら、ジュゼッペは本当にお勧めですよ? 1番安全な城から、ジュゼッペはほとんど出ないで生活していますし。それに、住まいはお城住まいになりますし、通勤の面倒はないです。

リュシアンがブレンダ嬢と結婚すれば、ブレンダ嬢はリュシアンが守ります。アウロラ嬢は姉君を守る必要がなくなりますし、ディアナ様も、ブレンダ嬢も、ご自宅よりも、城にいらっしゃる時間の方が長いので、今までよりも、一緒にいられる時間が増えますよ!」

 アウロラは、亡きヨナスが『氷の妖精』と呼ぶに相応しい美人である。プラチナブロンドの緩やかなウェーブロングに、意思の強そうなアイスブルーの瞳。色白で、173cmの長身。面長でカッコイイ顔だ。適度に肉付きがよく、引き締まった身体をしている。

 今まで、アウロラに結婚の話がなかったのは、理由がある。

 本人に結婚の意思がなかったこともあるが、アウロラが男好きする可愛い顔でない上に、武官学校のバトルの授業で誰よりも強かったこと、ハイヒールを履くと、大抵の男を見下ろす身長だということで、プライドの高いジーンシャンの男性にはモテなかったのだ。そして何より、モルナール家に結婚の申し入れをするとブレンダの方を勧められてしまうことが原因だった。

アントニオ
「ジュゼッペはどうですか? アウロラ嬢は、ジュゼッペの理想に近いのでは?」

ジュゼッペ
「その通りでございます。私に異論はありません。」

アントニオ
「アウロラ嬢はどうですか?」

アウロラ
「私は....その......。」

 アウロラは、ずっと結婚しないつもりでいたので、どうしたらいいのか、わからなくなってしまった。

リン
「ダメだな......ジュゼッペ! そんな適当な結婚の申し入れで、女性が落とせると思っているのか!?」

バルド
「そうだな。今のが良くないことくらい、俺でも分かる。」

アントニオ
「あ、やっぱり?」

リン
「プロポーズのやり直しを要求する!」

ジュゼッペ
「リン様、アウロラは愛する男とは結婚したくないのですから、惚れさせるようなプロポーズは逆効果では?」

リン
「お前は女性を舐めているのか! プロポーズごときで、女性が男に惚れることなどあり得ない! 自惚れるな! 例え、便宜上の結婚であったとしても、誠心誠意、礼を尽くせ!」

アントニオ
「ジュゼッペ頑張って!」

ジュゼッペ
「はぁ......では、そうですね........」

 ジュゼッペは、しばらく考えてから、口を開いた。

ジュゼッペ
「アウロラ.......」

優しい声で語りかける。

ジュゼッペ
「私と結婚して、一緒にトニー様にお仕えすれば、内政や外交面からご家族を守れますよ? いかがですか?」

 ジュゼッペは、いつもの飄々とした笑顔で、右手をアウロラ嬢に差し出した。

 アウロラ嬢は少し考えてから、ジュゼッペの手を取って握手した。

アウロラ
「その話に乗りましょう!」

 こうして、アントニオの仲間にアウロラが加わることとなった。
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