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番外編:リクスの一日
しおりを挟むこれは渚がこの学園に来て、数か月が経った頃の話である。
朝5時。
学園の食堂が開くまでにはあと1時間ある。
リクスはベッドから起き上がると、顔を洗い歯を磨いた。
同室のクラスメイトであるカイルは眠りが深く、この程度の物音では起きない。
リクスにとってこの1時間は、一杯のコーヒーをゆっくりと楽しみながら読書や課題を進められる有意義な時間である。
「今日はどのコーヒーにしよう」
リクスは、渚のコンビニで買っておいたコーヒーのストックから、気になっていた一本のブラックコーヒーを取り出す。
昨日は部屋へ戻るなり、課題をして、気が付くと日付が変わっていた。
楽しみにしていたコーヒーは、明日の朝の楽しみに、と取っておいたのだった。
渚に教えてもらった通り、軽くペットボトルを振ってから蓋を開ける。
その瞬間、いつものコーヒーとは違う、スモーキーで力強い香りがリクスの鼻をくすぐった。
そして待ちきれず一口口に含むと、いつもとは違ったコクが口の中に広がる。
「おいしい…」
リクスはパッケージを眺めるが、残念ながらその文字はこの世界のものとは異なっており、何一つ理解が出来ない。
後で渚に翻訳してもらおう。
カバンにコーヒーを忍ばせると、リクスのいつも通りの一日はスタートした。
朝9時。
一限目が始まる。
リクスは一番後ろの席に座ると、隣にカイルがやってきた。
「隣空いてるか?」
「ん?あぁ、空いているよ」
魔法理論の授業は退屈である。
座学は嫌いではないし勉強そのものも嫌いではないが、魔法理論だけは実践をしないことには身に付かない、とうリクスは考えているからである。
隣のカイルも講義に飽きたのか、爆睡である。
「ねぇ、起きた方がいいんじゃないかい…」
「…」
「君、この単位は落とせないって言ってただろう」
カイルは起きない。
「…はぁ…」
仕方ない、とリクスはがら空きのカイルの脇腹をつん、とつつく。
「んひゃぁっ!?」
カイルは驚いてその場に立ち上がると、生徒は一斉にカイルに注目した。
「…カイルくん」
「あっ…はい…」
「ちゃんと先生の授業は起きて聞いてくださいね」
「はい…」
しょんぼりとカイルは席に着くと、リクスに小声で怒る。
「怒られたじゃねぇかよ!普通に起こせって!」
「起こしたよ。でも起きなかった。ふふ、君は昔から脇腹が弱いね」
「うるせー」
午後になり、リクスの今日の授業は全て終える。
この学園では生徒がそれぞれ好きなように授業を選択するため、同級生だとしても丸一日顔を見ない事もある。
しかし、突如渚のコンビニがこの学園に出現してからは、そんな生活に少し変化が起きた。
どうやら渚はリクスと同い年で、リクスの同級生もコンビニの手伝いをしているらしく、自然と同級生がコンビニへ集まるようになっていったのだ。
「今日は誰がコンビニにいるのかなぁ」
リクスはワクワクしながらコンビニへ入ると、そこにはバイト中のノクタールと買い物中のレオンがいた。
「おー、いらっしゃい」
「今日はノクタールだけかい。渚くんは?」
「今日は休みだ。明日はあいつも出勤する」
「それは残念。この翻訳をお願いしようと思ったのに」
そういうとリクスはカバンから、朝飲んだコーヒーのペットボトルを取り出す。
「おそらくこのラベルには原材料が書かれていると思うから、それを読み上げてほしかったんだけれど…」
「なら明日だな。俺にもそれは読めねぇ」
「そうだね。じゃあせっかく来たんだし、カレーパンでも買って帰ろうかな」
「おー」
リクスはカレーパンを手に取る。
すると、誰かがコンビニに入ってくる音がした。
「あれ、カイル」
「お、今日はノクタールがバイトしてんのか」
「そうなんだよ。今日は俺一人」
「やぁ、カイル」
「なんだ。リクスとレオンもいたのか」
「ねぇ、ノクタール。カレーパンの在庫ってこれだけかい?」
「やべ、もう無かったか?」
「ないねぇ、一個だけしか」
裏に在庫はないのかい、とノクタールへ尋ねると、ノクタールはどこかぎこちなく答える。
「あっ…とー…、無い!無いな!明日増やしておく!」
明らかに様子のおかしいノクタールだったが、リクスは深く追求しなかった。
このコンビニの経営において一番不思議なのが、在庫の補充である。
おそらく、きっと、学園長かもしくは誰かが在庫をどうにかして増やしているのであろうことは、うすうす気づいていた。
そしてきっとノクタールも、その方法を知っているのであろう。
しかし、人生において知らなくていい事というのはたくさんある。
リクスはそう思い、カレーパンを一つだけ買ってコンビニを後にした。
「おーい」
後ろからカイルが追いかけてくる。
「な、ポテチ買ったから一緒に食おうぜ」
「いいのかい?」
「おう」
「…どうせ課題を写させてほしいだけでしょ」
「バレたか…」
「いつもの事だからねぇ。いいよ、その代わり僕が困った時には、カイルがちゃんと助けてね」
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