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第4章

第40話

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 微睡んでいた意識がはっきりしてきて、俺はゆっくり目を開ける。目を開けたのにも関わらず、周囲が真っ暗だった。今は夜か、そう思いながら部屋の明かりをつけようとしたらなんか凄く温かいものを抱いてる感覚がして視線を落とす。すると寝息を立てて静かに寝ているユリナの姿が有った。


「...何故にっ!?」


 俺が思わず大きめの声で言ってしまった事も有り、起こしてしまった様だ。少し身じろぎするとゆっくり目を開けているユリナをじっと眺めていたらユリナも寝ぼけているのかボケーっとしながら目線を上げた。パチッとお互いの目が暗い中でも合う。


「お、おはよう?」

「....おはよう、ございます?」


 何かお互い疑問系になりながら声を掛けるとユリナが何かに気付いた様にして静かな声で声を掛ける。


「えっと、師匠? 離してはくれないんですか?」

「えっ、ああ、悪い。」


 ユリナの腰に回していた手を離しながらお互い起き上がると俺は状況を知るために部屋の明かりを点ける。明るくなった部屋になり、こっそりホッと息を吐いているユリナを横目で見ながら外の様子を見るため窓を開けバルコニーに出ると街の一部だけがキラキラと光るのみだった。時間的に真夜中か、大分寝てたな。若干の肌寒さを感じているとユリナもバルコニーに出てきていて街の様子や星空を眺めている。

 ちょっと腕を擦っているのでバルコニーに出るのに羽織った服をユリナに掛ける。一瞬驚いた表情を見せながらも「ありがとうございます。」と言って羽織った服をしっかりと羽織い直していた。そこからお互い何も言わず静寂な時間が流れた。何となく居たたまれない様な雰囲気の中、最初に口を開いたのはユリナだった。


「エルシリラと全然違いますね。」

「んー? そうだなー。」

「....どういう意味か分かってます?」

「寒いとかそういうんじゃねえのか?」

「まあ、それも有りますけど街の雰囲気が昼はあんなに騒がしくて、でもそれが心地好くて、夜は一部を除いて、ですけど。凄く静かになる。あんまり街に降りないのでエルシリラもそうだったら申し訳無いですけど。何となくこの街を造り上げたのが師匠って言われても納得できるなあって。」

「言っただろ? 俺は此処までの発展に手は貸しちゃいない。だから俺に似るとか無いと思うけどな。」


 ぼんやりとしながら街の様子を眺めていると少し距離を取って夜空を眺めていたユリナが近付いて見上げてくるので顔だけ向ける。


「師匠は200年以上前から生きているんですよね。」

「そこは疑問系で聞くとこじゃねえのか? ユリナの中ではもう確定してんじゃねえか。」

「....もう、嘘は通用しませんからね。」

「歳を教えたとき言っただろ? 嘘は言ってない。ただ、」

「ただ?」


 一度言葉を区切り体ごとユリナに向き直る。


「ただ、27歳の姿のままで200年以上、生きてるだけだ。そして俺は不老だけでなく、不死でも有り、死にたい筈だったのにいつの間にか死ねなくなっていた。今では何で死にたかったのかも覚えてないけどな。それだけ長く生きすぎたって事かな。」


 そう言って場が凍らないように苦笑してみせる。ユリナは俯いてしまったので表情が見えない。しかし、次の瞬間キラッと光るものが落ちたので俺はぎょっとする。


「お、おい。どうした!?」

「簡単に死にたいって言わないで下さいっ。」


 ユリナが顔を上げると目から大量の涙を流していて俺はその様子を見て何も言えず頭を掻く。涙を一生懸命拭っているのを逸らした視線の端で捉えながら言葉を紡ぐ。


「...もうそんなこと思っちゃいねえから心配すんな。それにな、」

「?」

「こんなに、俺を思って泣いてくれる可愛い弟子がいるのに死のうとする訳が無いだろう? 俺はそんな薄情な人間だったか?」


 指で涙を拭ってやりながら言うとユリナの顔が赤く染まっていった。そしてプイと顔を横に向けて言った。


「そうですねっ! 師匠は誰の目から見ても薄情だと思ってますよ!」

「おい、そこは違いますと言うところだろう。」

「自分の事は自分が一番分からないものですよ! 私も賢者様に色々と教えてもらいましたし.....。」


 何やらゴニョゴニョと言っているユリナに首を傾げる。一体あの爺に何を言われたのか。そういえば仕事兼監視中にも自分の気持ちにも素直になれとか否定して考えを簡単に曲げないだとか散々言われた気がする。俺は目を細めて言われた事を思い出していると服の袖口をちょいちょいと引っ張られ現実に引き戻される。


「どした?」


 ユリナに袖口を引っ張られたので目線を向けると視線が激しく泳いでおり顔を赤くさせて、服の袖口を未だに掴まれたままでいるので黙って見ていると何かを言おうとして口を開いては閉じてを繰り返している。益々、行動の意味が分からず疑問符を浮かべていた。


「.....えーっと、う゛ぅー.......。」

「? 何が言いたいかは分からないが、言わないと何にも分からねえぞ?」

「あのですねー、私って元々此方の人じゃ無いじゃないですか。」

「ああ、そういえばそうだったな。」

「それで前の世界では人との関係も上手くいってなくて友達と呼べる人はいませんでした。」

「.....。」

「だから、そのー.....人の事を想うっていう気持ちが分からなくて...、」

「.....。」

「最初は、最初はですよ! 面倒とか面と向かって言われたり、修行するとか言って午前中放置されるとか滅茶苦茶、不満有ったんですよ? 教えるってこんなに雑だったっけって思いましたし。でもそう言っておきながら何故か過保護にされるし、いつも急に驚かされる事ばかりで。いろんな意味で心臓が無事で持たなそうになる事が何度も有ったんですよ?」

「お、おう?」


 ずいっと頬を少し膨らませながら近付いて来るので俺は思わず後ずさり上体を軽く反らす。そんな俺の反応を気にせず言葉を繋いでいく。


「でも、凄く安心できてたんです。今まで不安だらけで、毎日退屈で、惰性で生きていたのに。勿論、魔法なんて存在する世界に、はしゃいじゃったりしましたけど自分に才能が無くて何も出来ない事に嫌気が差して。そんな私に道を示して、強くしてくれて。まあ、師匠に比べたらまだまだと言われるかも知れませんが。.....感謝してるんです。偶々こういう結果になったとしても。」

「.....そうか。」

「だけど賢者様と話している時に言われたんです。本当に感謝だけの気持ちしか抱いてないのかって。」

「それってどういう...?」

「最初の方に言ったこと覚えてます? 私が人の事を想うって分からないって。」

「言ったな。」


 俺が何か言ってる訳でも、暑いわけでも無いのにツーと汗が流れる感覚がした。


「わ、私...いつの間にか師匠の事、好きになってしまったみたい、なんです.....。」

「っ! みたいってなんだっ!?」

「わ、私だって分からないんですって!! 言ったじゃないですか。人を想うのが分からないって!!」

「何故、逆ギレされるっ!?」

「キレてないですっ!!」


 そこまで言うとお互い息を切らして深呼吸する。落ち着いたところで俺は口を開く。


「はあ、分かった。それで、俺にどうしろと?」

「え?」

「いや、え? じゃねえだろ?」

「特に、変わらない、のかな?」

「俺に聞くなよ。聞いてんの俺だぞ。」


 暫しの沈黙に包まれる。そうするとユリナが一瞬ニコッとしたので俺は何故か危機を感じた。が、未だに服の袖口を掴まれたまま、さっきよりしっかりと掴まれているので逃げることも叶わず、内心冷や汗を流しながら何かを言われるのを待っていた。本当にニコッとしたのは一瞬だった。今は不安そうな表情を浮かべている。


「師匠は私の事、まだ面倒だと思ってますか? 今の言葉も含めて。」


 やや上目遣いで言われた言葉への返答に詰まる。面倒と思うことは俺の通常なのでそのまま考えればイエスなのだが。この場合求められている答えはきっと違うのだろう。今になって分かった。俺が鈍感という意味が。何時からこう思われてたんだ。誰もそういう感情を俺に向けるなんて思いもしなかった。だからこの状況は驚きが強かった。強さに惹かれたものの近寄ってきた理由は力を借りたいから、有効利用したいからとか自身の為しか思っていない考えばかり。そんなのものに飽きれ、疲れていたのも事実。だから目立たずひっそりと暮らしていた訳だ。

 少し返答について考えていると、そういえば、とある時の考えを思い出して言葉を発する。


「ちょっと前、なるか? 城に行った時が有るだろう。授業をしに行くと言って城に泊まって寝れないユリナを寝かした時。」

「はい、有りましたね。魔法で眠らされたやつ....起こし方が過去一で最悪だったやつですね。」

「前日、俺に対して笑った仕返しだ。と、そんなことじゃ無くて寝かせた後、俺が寝れなくなって少し城の中散歩してたんだよ。その時に、俺は不死だから出会っても直ぐ死ぬか居なくなるユリナの事を長い生のほんの退屈しのぎ位しか思ってなかったんだよ。どうせ出会った人間は皆俺より早く死んで目の前から居なくなるんだから出来れば親しくなりたくなかった。そいつの死を看取ってやる立場なんて死ねない俺への当て付けかと考えて苛々してしまうしな。」


 俺は大袈裟に肩を竦めて見せる。


「それが今はどうだ。本当に自分の事は自分で分からないの意味が分かったよ。ちょっと、たった一週間離れてただけで早く帰りたいと願っていた。家に、ではなくユリナの元に、だ。馬鹿らしいよな、人との関わりを持たないようにして避けていたのに自分から求めるなんてな。」


 茶化すように笑って言うとユリナは真剣な表情で見ていた。黙ってただただ話を聞いていた。


「.....ユリナ、ルギシニラの魔王と不定期に出現する魔王の違いって知っているか。」

「え?」


 俺が急に話を変えたことで困惑した表情を浮かべるも記憶を思い出す様にしながら話すのを聞く。


「確か、ここの街の魔王はヒト以外が住まう亜人達の魔の街だから王様は魔王と呼ばれている。逆にもうひとつの魔王というのは世界に災厄をもたらし破壊の限りを尽くすとか。聖剣を持つ勇者によってしか倒すことの出来ない強敵で何時、何処に現れるか分からない存在。私たちが呼ばれたのは魔王復活の兆候が有ったからで何時でも対応できるよう訓練を重ねると言われました。師匠がその復活の兆しは嘘だと言ってましたけど。今回の騒動は兆しじゃないのかと疑いましたよ。」

「では、後者の魔王の外見的特徴とかは教えてもらったか?」

「えっと。先ずスキルとして魔王特有のスキルを発現し元々の力よりも大幅に高まり、この力の差に耐えきれず自我を失い暴走するとか。後、外見的に言うとこの世界ではオッドアイ、両目の色がそれぞれ違う人は存在しないので、もし片目の色が変わっていったり、変わったらその人は魔王になる兆候が有るか、既に魔王としてなり得た可能性があると教えて..もらい..まし...た.......。」


 ユリナは自分の知識を思い出しながら語り終わると語尾の方が萎んで何かに気付いた様に俺の事をじっと見る。


「どうした?」


 俺はニコッと笑い、見るとユリナはおもむろに手を伸ばし俺の右目に掛かっていた前髪を横に流す。俺はゆっくり瞬きをして目を開けるとユリナはピタッと動きを止め目を大きく見開き驚いた表情のまま口を開く。


「え、そんな、だって。」

「それでも俺を変わらず見ることが出来るか、ユリナ。」











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