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第7章
第86話
しおりを挟む『叛逆譜』の発動によって本来ならば魔王として覚醒して自我を失う筈だった。そう、例に漏れず古い文献通りの表記にユウも信じて疑っていなかった。
「何だっ、この状況はっ!?」
「まさか、200年前を寸分の狂いなく再現出来るとでも思ってたのか。」
体に大量の魔力が流れてきたが俺は余裕そうな表情を崩すことなく喋り続けた。
「なんでなんだっ。間違いなく発動したのにっ。」
「答えを教えてやるよ。勿論だが.........。」
「っ!?」
ユウとメシス以外の魔法使いの脳天に魔力で作った槍を刺し、絶命させる。その一瞬の事に動揺したところを見計らいメシスに切迫し顔を鷲掴み転移を発動させる。メシスの姿が消え、捕らわれていたユリナをだき抱える。
「俺が油断したせいですまない。こんなものまでつけられて。」
「い......いえ。来てくれるって.....分かって...ましたし。」
ぎゅっと抱き締め、頭を撫でると堰を切ったように泣き始める。宥めながらユウを見ると理解できない様子で狼狽えていた。その様子を見ながらユリナの枷を外す。
「な、何が。」
「説明しないと分からないか?」
「有り得ないだろうっ!!! なんで平然と動くことが出来てるんだっ!!」
「受け入れる器を作ったからだ。お前たちが知っている俺の情報は最早過去の俺だ。その時と比べて魔力量は十数倍だからな。そして、俺は儀式の詳細を知っていた。だからこそ逆に魔力を殆ど空にさせてから来た。抵抗しなかったのは遠距離攻撃の手段が無かったからだ。」
「受け入れる、だと? ただの魔力の塊じゃ無いんだぞっ。」
「そうだな。もしかしたらこの後に暴走するかもしれないだろう。」
わざと後悔したように言うとユウは自分が上に立っているという勘違いをして冷静になる。
「そうなる運命だもの。気にしなくて良いんだよ?」
「ああ。その運命は俺の強い意志によってねじ伏せたがな。」
「は?」
「どんなに責められても俺はそれを否定し、肯定もする。取捨選択をする訳じゃない。俺が俺でいる為の怨嗟の言葉は否定するが、それを甘んじて受け入れ肯定する。」
「意味が分からないっ。」
「分からなくても構わんさ。」
怪しげな笑みを浮かべ片手を前に掲げる。ビクついたユウを見たのを最後にずるりと上半身が落ちていくのを黙って見ていた。長い溜息を思わずついてしまう。
「ノト....さん?」
「何だ?」
「本当に大丈夫なんですよね?」
「ああ。200年前と比べるとさほど多く、無い......魔力..............。」
そこまで言って俺は黙ってしまう。200年前に確かに同じ儀式である『叛逆譜』を受けた。許容量を超えた魔力や魔王としての本能が暴れたがっており当時は苦労した。
そう、当時でさえ、苦労したのだ。今は対策を練ってきたとは言え、当時と比較すれば魔王としての力のせいか今程では無いが十分に魔力が高かった。なのに、200年間もの長い時間をかけ、準備してきたというのに受けた魔力は当時より少ないくらいだった。
「どうしました?」
ユリナの呼び掛けにも答えることなくこの違和感の正体を必死に考える。前にエルシリラで俺は『邪王』のスキルに関して説明した場面をふと思い出す。
「発動型? な訳があるか。基本固有なスキルは常時発動されているものだ。俺が使ったのは『邪王』に含めれている別種の発動型スキル。酔いという状態異常は力を制御していた為に常時発動だったが効きにくかった。」
考えがその内言葉に出ており、ブツブツと呟く。段々と核心に迫っている感覚を捉えゾクッと寒気を感じる。
「アハハ........今、気付いたのかな? でもね........もう.......遅いよ? 『トレース』っ!」
ユウは息絶え絶えになりながら自分の勝利を疑わず最後に『トレース』と言って今度こそ息を引き取った。死と引き換えに発動する様にでもしていたのだろうか。
「駄目っ、駄目ですっ!」
急にユリナが狼狽したように俺に縋り大声をあげる。急な事で意味が理解できなかった俺は続くユリナの言葉を聞かずして察する。
「ああ、そういう事か。」
縋ってしがみついていたユリナを引き剥がし離れるように押す。なおも焦燥の絶えない表情で近付いてこようとするのを魔力の結界を張り近付けさせない。
「なんでっ!!」
「ここにいた魔法使いは俺とシファルで全員殺した。生命反応がひとつも残っていないのがその証明だ。だからか。誰かが持っていたのか、存在はしっていたが直ぐに、いや前から兆候はあって覚醒気味だったのか。」
「そうですよっ。こんな力があっても、なんにも出来無い。いや、非常な現実を突きつけられてるだけでちっとも嬉しくないっ!!」
「『未来予知』。俺の未来でも見たか? 自分に危機が迫った時に発動するってもんだから危険を察知して発動したんだろう。スキルの影響なら想定した事が起こるっていう認識で良さそう......だ......な........。」
俺自身は確かに立っている。だが、俺という意識は微睡み、静かに闇の中へ落ちていくのを感じる。最後に聞いた言葉は一番俺自身が知っており、聞きたくない声音だった。
「アハ、ようやく堕ちてきてくれた。後は任せてね、僕が君の奥底の願いを叶えてあげるから。」
俺はお前が望むものは願っていない。言葉として発せられなかったそれを言い返したところで完全に意識が切れた。
「アハ、アハハ。漸く出れた。強情だったけど流石に今回は出てこれないだろうね。」
目の前の人は誰? 姿格好はそのまま変わっていない彼だ。だけど違う。子供のように無邪気に笑い喜んでいる姿を見せる彼は、私の知る彼は居ないことを悟った。それは最早私の姿など目に入っておらずユウの亡骸に近づき優しく撫でている。
「ありがとーね。君のお陰で僕は此処にいることが出来る。感謝の意を示してあげよう。」
そう言ってそれは既に死んでるユウの亡骸を原型無くぐちゃぐちゃにしていった。血が飛び散り、それにも掛かるが楽しそうに笑う。
「アハハ、やっぱりヒトはこれが一番キレイだ。上に沢山人が居るみたいだしグチャグチャにしてあげよう。」
私には目もくれず地下空間を爆発させ崩壊させる。突然の事と喪失感で動けなかった私はただ現状を受け入れるしか無かった。
(目を閉じるなっ、現実をきちんと見ろっ。俺はまだ死んでないっ!)
声なき声が聞こえた気がして正気を取り戻すと崩壊した筈の瓦礫は、私の周囲にいつの間にか張られた結界により崩れる事が無く、私は生きていた。
「なん、で?」
(これは俺が意識を完全に失う前に施した、ユリナの身を守るため自動で発動させる魔力で一回きりだ。情けないことに抗う意志すら今の状態ではまともに保っていられないだろう。だから打破する方法を教える。)
「ノト、さん。」
(彼奴は銘付きの魔剣を付けたままのはずだ。銘は『鴉羽』。だが以前、魔に染まる前は聖剣だった意志ある剣。それを呼び起こせ。その聖剣の銘を詠唱しろっ。銘は....................。)
「え、聞こえない。ノトさん?」
その後完全に声が聞こえなくなりただ私を守る結界が張られているだけだった。魔力封じは助けてくれた時に壊してくれていたため、自由に魔力を行使できる。立ち上がり魔法で水を作り出し顔に勢いよく押し当てる。いつの間にか近くにあった取り上げられていた筈の魔法の鞄を下げて杖を取り出す。
「まずはここから出ることっ!」
今はまだ涙を流さない。自分が一番得意な魔法は[青]魔法。これ以上崩れてこないよう凍らす。その後、圧縮した水のレーザーを放つ。自分一人が通れるだけを確保すると張っていた結界が次第に薄らぎ瓦礫の中を進んでいる時に完全に消失した気配を感じた。最後に残したメッセージを思い出しながら地上へと辿り着くとそこには荒廃した地があった。だが随分前からこのままだったのが分かる。ところどころ煙が上がっているのはあの時感じた地響きに関係していると考えられる。
「どこに行った?」
魔力を存分に使い気配を探ると集団になっている人の塊とさっきのそれがいた。
「あれは魔王、という認識でいいのかな。自我は持たない筈だったと思うけど。この際ノトさんじゃないしそれしか適す言葉が無いし魔王でいいか。」
走り出しながら独り言のように呟くと集団の方の気配も天野君を始めとしたクラスメイトが集合していた。既に戦闘に入っている様子だったが魔王の戦い方が一方的な急所を狙った攻撃ではなく相手をいたぶるような戦いの為何とか凌いでいるという雰囲気だった。
私は近づきながら気配を完全に絶つ。戦闘が見える位置で気配を断ちながらノトさんが最後に言いかけた言葉を思い出す。
魔剣の銘は『鴉羽』。これは人化した時の姿と同じ名だ。
以前は聖剣だった。そう言ったノトさんの言葉を疑いはしなかった。それは彼の言葉だったからとも言えるし、何より意志ある剣と言われるのだ。なんでもない剣が意思疎通を図れるわけでは無い。例え、魔剣と称してしても。
以前、『S級昇格試験』と称したお祭りで私は英雄3人の過去をしっかりと聞いていた。その際、銘は言っていなかった。誰しもが。話として関係なかったとも言える。
違う、私はちゃんと聞いていた。疑うこと無く彼の言葉を、人化していた鴉羽さんを目の前に聞いたのだ。そしてノトさんは答えたのだ。
「元々の聖剣の銘は『朱雀』。そして、確か聖剣の真の力を引き出す言葉は------。」
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