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牡丹とセオ

里からの旅立ち

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時は戦国―。
 1467年から11年間続いた内乱―応仁の乱。
数々の兵士が倒れ、京は火の海となった―。
血を血で洗う戦争。殆どの者が死を覚悟し、戦った。

だがしかし!!そんな大戦の最中、“彼ら”は平和に暮らしていた。“彼ら”というのは―。

―“忍”である。

                        ・・・

「ふわぁ~。眠い~」
 伊賀埼 道円は地べたに座り、あくびをしながら呟いた。

「全く…今まさに京で派手に戦が起こっているというのに貴方はねぇ…」
出浦 牡丹は道円に聞こえるよう、わざと嫌味を言った。

「いや、でも俺ら、忍だろう?戦に出る事なんて早々ないぞ」
道円は大分余裕そうである。
そんな余裕そうな道円に、牡丹はこう言った。
「違う違う。畑に何か植えるか、井戸で水汲むか…とにかく何か仕事しろって言ってんの!!」

ここは、伊賀國(現在の三重県)にある、忍者の里。
牡丹は、この里で暮らしている女忍者・“くノ一”の一人。
「まあいいや。私、丸薬作ってくるね」
「おう」
そこで牡丹、渾身のノリツッコミ。
「いやお前は手伝わんのかーい」
道円はこの後、雑草の中で寝始め、大量の蚊に刺されることとなる。そりゃもう全身痒くてたまらないであろう。

 そういう会話をした後で、牡丹は屋敷に戻った。
牡丹は、『道円よりかは』しっかりしている。例えば、常に武器を複数所持している、など。
それに胸がでかい。
彼女らが住んでいるのは、立派な忍者屋敷である。勿論、罠を作動させないよう用心しながら入るのだが、ヒヤヒヤする事に変わりはない。

「ひゃっ!!」
屋敷に入ろうとした牡丹の足元で、「カチリ」と音がした。
おっと危ない。扉の前に設置されていた罠が作動してしまったようだ。すると牡丹は冷静になり、呆れたような顔でこう言った。
「はぁー…こんな所に落とし穴作るんじゃなかった…」
そして落ちた。落とし穴の内部は石造りのため、落ちた時の反動は凄いものである。

『あー。こりゃ終わったな』
と誰もが思うだろう。
その時!!

 牡丹は、爪の先を曲げた手甲鉤(てっこうかぎ)に縄を括り付け、投げ縄の要領で落とし穴の外へ投げた。
すると手甲鉤の先は茂みの中へ入り、絡まっている数多の蔓に引っ掛かり、力を入れても抜けなくなった。
この場合必然的に、牡丹は落とし穴の中に縄でぶら下がった状態になる。そこで―。

 牡丹は縄ごと体を振り子のように揺らし、ブランコのような状態になった。
さて、ここからだ。大分勢いがついてきたところで―。
 ブランコから、タイヤへと変貌した(比喩)。大回転!!そして―。

牡丹は高く跳んだ。
結果、見事着地!!

「ふうー。危なかったー」
本人的には、大分ビビったようだ。
「今度は、ちゃんと罠を避けないとね」
言っておくが、彼女の運動神経と戦闘に関する頭脳はくノ一の中でも上位なのだ!!訓練の賜物である。

 そして牡丹は、薬を作る道具―薬研(やげん)がある部屋へ行った。そこには先客がいた。
「よっ、牡丹」
青山 虎蔵である。

「また惨い毒の丸薬作ってるの?」そう言う牡丹の服は砂まみれだった。
「おう、当たり前だ。毒草をすり潰してな。いつ暗殺の指令が下っても対応できるようにな。まだその辺の俵の中に数百はあるぞ。全部効果も違ってだな…食うか?」
すると牡丹はすぐ答えた。
「食うか。たわけ。それに、毒は丸薬だけじゃどうにもならないでしょうが!!」

「だよな~。すまない。で?お前、今日も屋敷の罠にハマって抜けてきたのか?」
虎蔵はにやりと笑いながら言った。

「そうだけど…何?」
牡丹は少しキレ気味である。

「何処の罠だよ?」

また牡丹は冷たく言い放った。
「扉の手前の落とし穴」

すると虎蔵はにやけでは止まらず、爆笑し始めた。
「ははははは!!それお前、自分で作った罠じゃねぇか!!ぶははは…ダッセー!!」

牡丹は完全にキレた。顔が炎のような朱色になっている。おまけに怒りで小刻みに震えている。
「うるさい」
そのまま牡丹は怒りを堪えながら、無理に笑顔を作った。大分ぎこちなかった。そして続けた。
「丸薬、作っていい?(怒)」


現在牡丹は、虎蔵と丸薬作りをしている。虎蔵は毒薬作り。そんな作業の真っ只中。
「なあ…少しお前に、訊きたい事があるんだが」虎蔵は言った。
「え…」

「……」
沈黙。

 すると牡丹は、サイコ的ガチトーンで虎蔵の耳元に囁いた。
「…毒草は何が好きか?とか?]
生温かい牡丹の吐息が、虎蔵の耳に触れた。
「んな訳ねぇじゃろがい!!」

すると、牡丹の表情がいつも通り可愛くなった。さっきまでの怒りは無かったかのように、牡丹は可愛い笑顔で訊ねた。
「で?結局、何なの?」

そして虎蔵は口を開いた。
「…なんでもない」
その声は、聞き取れないほど小さかった。

「は?」
当然、この反応である。しかも、可愛い笑顔のままなので余計に怖い。
「あ、いや…あのな?本当にしょうもないことだったから…やめとく」
すると牡丹がキレた。
「なんだよ。言ってみなよ」
それから数分、牡丹はむっとしながら虎蔵の方を見ている。だがそこも可愛い。
「……」

さらに数分。
牡丹の威圧感に負け、虎蔵は仕方なく口を開いた。
「…お前って―戦に出たいと思う?」

「うん。っていうか、全然しょうもなくないじゃん」
即答!!

自分から訊ねたはずであるが、虎蔵は牡丹の回答にぎょっとした。
「は!?マジか!?」
虎蔵のこの発言には、遠回しに『戦に出てほしくない』という意図が込められていたのだが、牡丹はそのことには一ミリも気付かず、こう返した。
「え?私、言ってること変?」

余りにも回答が予想を外れていたため、虎蔵は今までで最も真面目な顔でこう言った。
「分かるか?戦に出るということはな…お前が死ぬ可能性があるってことだ」

すると牡丹は、軽く動揺した。体は恐怖のあまり震えている。が、その瞳は否定を躊躇わせる程に覚悟に満ちていた。そして牡丹はこう言った。
「分かってる。その覚悟はもうある。やり残したことも無いから、私は大丈夫。心配しないで」
そうして牡丹は立ち上がり、武器だけ持って歩き出した。すると、服が何かに引っ張られている感じがした。振り返ると―。

―虎蔵が牡丹の服を引っ張っていた。
「待てよ」

「…?」牡丹は、困惑しているようだ。

そして虎蔵は続けた。今までに見せたことのない、真剣な眼差しで。
「お前はそれで良い事は分かった。だが、俺は良くねぇんだわ。死にに行くようなもんだ。やめておけ。そっちの方が賢明だ」
虎蔵は、牡丹の服を掴んで放さない。
牡丹は、少し悲しそうな表情でこう言った。
「うん。そうだね。でも、ごめん」
最後にそう言い残し、服を掴む虎蔵の手を払い、牡丹は京へ歩いていった―。

 そんな事も露知らず、道円は未だに近所迷惑程度のいびきをかいて寝ていた。地べたで。
「ガ~~~~~~ゴ~~~~~~」

 牡丹が、忍者の里を出て数分。
彼女は後ろを振り返ると、こう思った。
『忍者の里が見えなくなった…』
現在牡丹は、伊賀の街中にいる。

数分後。
 牡丹は、人気__ひとけ__のない山の中へ入った。
当然の事だが、山というのは人間が作った罠もあれば、野生の動物も沢山いる。上る時には気を付けなければならないのだが、牡丹はそんな事も知らず、山に入った喜びと感動を原動力に燥ぎ_はしゃぎ_出した。
「わ~い!!山だ~!!」
まるで子供のはしゃぎ様である。現在、誰も彼女を止める事は出来ない。というか、先程までの切ないような雰囲気は何処へ行ったのか。それは誰にもわからない。

 最初は楽しそうな牡丹だったが、山頂に近づく度に表情に恐怖が蓄積されていく。そして―。
『ああ、やっぱり私には無理かな…』
そう思った瞬間。
 突然、目の前に青い光が現れた。しかも牡丹よりも大きな。
※牡丹の身長は155㎝。
目に入った時、牡丹は自分が寝ぼけているか、又は『戦に出たい』事を否定する(?)、単なる被害妄想だと思っていたが、いくら目を擦っても消えないので、この光が本物だという確信をもった。
 そこで、真顔でこう言った。
「……なにこれ?」
当然の疑問である。
 するとその光は、現在牡丹がいる位置よりも少し山頂付近に着地した。いや、『停止した』と言った方が良いのか。

そして―。

―その光が段々と人型になって来たかと思うと、次の瞬間!!
 なんとその光の中から、一人の男が出てきたではないか。
その男は、蒼い髪に、緑の瞳。そして何より、服装が忍者とはかけ離れていた。
簡単に言えば、上は白衣に青い柄がついたもの。裾が膝くらいまである。下はごく普通のズボンである。だが、今は戦国時代。白衣も、『ズボン』という言葉すらも無いと考えられる。そのため、男の姿を見るなり牡丹はこう言った。

「…その着物、何処で買ったの?」

普通、謎の光から現れた事を不思議に思うが、牡丹は普通ではないため、何よりも気になったのがそこなのであった。
 すると男は口を開いた。
「あっれぇ~?ここどこだよ~?」
牡丹は彼の第一声を聞くなり、こう思った。
『聞いてねぇ!!』
その事にムカついたのか、牡丹は男にこう言った。
「あんた誰?そもそも何でいきなり出てきたの?」
今度は質問がまともである。すると男は、自己紹介を始めた。
「俺?あー俺はー、えーっと。セオ」
牡丹による質問は続く。
「どこから来たの?」
すると“セオ”と名乗る男は、こう言った。
「あー、えーっと…今って何時代?」
その質問に、牡丹はキレ気味で答える。
「……知らないけど。今、細川氏と山名氏が対立して京で戦ってるのよ」
この時の牡丹の心の中。
『やっぱり聞いてねぇ!!』
 その時、牡丹は怒りが爆発し、セオにこう怒鳴った。
「貴方ねぇ!!ちょっとくらい話聞きなさいよ!!それに、質問を質問で返さない…ウニャウニャ…」
 牡丹が怒鳴り終わり、息を切らしている最中。セオは牡丹の方を見て、小声でこう言った。
「可愛い…」
その時の牡丹の心の中。
『ぜ、全然話聞かねぇじゃんコイツ!!うぅ~!!(半泣き)』
大分腹は立っていたが、それでも悪い気はしない牡丹であった。
それは恐らく、『可愛い…』と言われた事が理由に当たる。
それはさておき。

「で?どこから来たの?」

 流石に今度はまともに答えた。
「う~ん…。今の時代で言う、『尾張』かなぁ~。多分…」
※尾張…現在の愛知県の一部。三河じゃない方。
結局セオは、自身が愛知県出身である事を言いたいのである。だが牡丹は、今のセオのセリフで一つ引っ掛かった事がある。それは―。

「今の時代で言う…?」

 その時、牡丹の脳がフル稼働した。全神経を通り、脊髄から脳へとものすごい速度で情報が伝わっていく。
『今の時代で言う』という事は、彼が今ではない“いつかの時代”の人間である事が分かる。
そこで、牡丹はセオにこう尋ねた。

「『今の時代で言う』とはどういう意味?まるで貴方が今の時代の人ではないみたい」

その時のセオは、こう呟いていた。
「細川…勝元…?と、山名…宗全…。ハッ!!つまり、今って…戦国時代!?」
 その時牡丹は、セオを優しく、可愛い笑顔で見つめていた。が、心の中はどうなっているのかというと…。
『…後でボコす。(冷静)』
大分キレていた。というか、怒りが殺意へと変貌しかけていた。
「…で?貴方、いつの人?」
今度は真面目に聞いていたのか。もしくは、何となく牡丹のセリフが耳に入ったのか。どちらか定かではないが、今度は訊かれたことに対して答えた。

―誰もが聞いて驚く、予想外の答えを。

「ん~と…簡単に言えば西暦3000年かな…」



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