猫と異世界 〜猫が絶滅したこの世界で、ウチのペットは神となる〜

CHAtoLA

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第一章 冒険の始まり編

第27話 剣

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「フフフ。――キャアアは無いな」

「すみません。あまりにもその……あれで……霊とか……あれだし……」

「気のせいだろう。森の中でそんな毎回驚いていたら――」

「――本当にいたんだよ! 映画なら作り物として見れるけど、その後お風呂とか行けなくなる感じのやつなんだ俺はっ!」

「わかったわかった。エーガとやらはわからんが、ニホンの娯楽、劇か何かか」

「そう……」


 二人と一匹は森の入口で、歩みを止めていた。
 ヨシタカが森に入る手前で歩みを止めたからだ。

 ヒナタはヨシタカの悲鳴に驚いたらしく、カバンから飛び出てからは彼の足元を歩いている。



 少し前、ヨシタカの視界には髪の長いワンピース姿の女性らしきシルエットが、樹の影に隠れるような形で見えていたが、彼よりも視力の良いサティナには見えていなかった。

 また人の気配に敏感な猫――ヒナタが一切反応しなかった。その二点だけで『気のせい』という結論に至るには十分だったのだ。


「本当に気のせいだったら良いんだけど……あのシルエットはまじやばい」


 ガクガク、と膝が笑っているヨシタカは未だ不安が取れない様子だ。
 

「あはは。怯えすぎだヨシタカ。大丈夫だ。『魔法の使える』私がいるんだからなっ!」

「あ、うん。頼りにしてるし、とりあえずずっと魔力流しとくね」


 そう言いながらヨシタカはサティナの背中に触れて魔力を流す。
 ヨシタカから魔力を貰わないと回復以外の魔法が使えない彼女は、この数日で魔力を流される事にも慣れて――


「ひぅっ! だから急に触るな! 返事を待ってから触れろ」


 ――はいなかった。
 が、すぐに前を向き直し、体勢を整える。


「ごめんごめん。――そういえば、魔力入れすぎて破裂とかしないよね?」


 素朴な疑問。そして嫌な疑問。
 風船に空気を送り込みすぎて破裂するアレを、人体への魔力供給という形でも起こるのかは二人には分からない。
 

「お、おい怖いことを言うな。……大丈夫だよな?」

「いや、分からんけど……破裂しそう! ってなったら教えて」

「おいそれじゃあ遅いだろ」


 サティナが振り返り、ガバッとヨシタカの手を振りほどくと、焦った様子で、


「て、敵が来てからでいいっ!」

「幽霊来てからじゃ遅いよ!」


 ピトッと、ヨシタカは改めてサティナの背中に触れる。


「ひんっ! ……だから! 幽霊などおらん! 急に触るのをやめろと! 大丈夫だから!」


 ガバッと、また腕で振りほどかれる。


(……服越しだから別に素肌に触れてる訳じゃないのに……いや、痴漢かこれ? 嫌われたくないからこれ以上はやめておこう……)


「わ、わかった。じゃあ魔力を込めたり光らせる練習でもしながら歩くよ。何かあればすぐに魔力あげるから」

「それでいい! ――触れられる事に慣れてないのだ……」


 後半、ヨシタカには聞こえないように、小声でサティナが呟く。

 ヨシタカはそのまま、体内に魔力を巡らせる訓練をしながら森の中へと歩みを進めた。


「ニャ~」


 ヒナタがそれを見て、彼が肩から提げているカバンの上に飛び乗った。

(ヒナ、魔力を循環させると身体が熱を持つから、近くにいると暖かいのかな?)



 ………………

 …………

 ……



 森を進む。

 ヨシタカとヒナタが初めて入った森――エルフの森とは違い、虫や鳥の鳴く声など森らしい音が耳に心地よい。
 何度も人や馬車が通ったのだろうその道は、日本の道路ほど快適ではないが、土で固められた広めの道。
 草の上など獣道を歩くよりは大分快適だ。

 だが、ここは異世界の森。日本の森よりも危険なのはヨシタカも承知している。
 その為の警戒は怠らない……が――


「おふっ!」

「っ! ……どうした!?」


 ヨシタカの警戒網を潜り抜けで襲う『モノ』。
 彼のその奇声にサティナが驚き後ろを振り返る。

 森を進む陣形は、一番戦闘力の高いサティナが先頭で、ヨシタカとヒナタがその後ろを歩いている形だ。


「いやなんか……さっきからちょこちょこさ。――肩付近が濡れるんだよ。冷たいの」

「木の枝、葉からの水滴か何かだろう? 毒を持った虫とかであれば注意だが、気にしなくても大丈夫だろう」

「そうかな? 異世界だからって怖がりすぎ? 格好悪くてごめんね」

「そんな事は無い。平和な場所から来たのだ。警戒はし過ぎるくらいでいい。――キャアアなどという悲鳴じゃ無ければな」

「うるせぇ……」

「ふふふ。――っと。お出ましだ。気を付けろ」


 サティナが手を水平に挙げ、ヨシタカへ止まるように合図をする。
 二人が目を凝らし先を見据えると、約百メートル程先の木の影からイノシシのような獣が現れた。
 さすがのサティナの視力だが、ヨシタカにも辛うじて見えるその姿は、


「イノシシ……? ん? デカくない?」


 ――大きかった。
 百メートル程も先にいるのにも関わらず、ハッキリ見えるほどの大きさ。
 顔を下に向けて何かしている様子だが、恐らく食事中だろうその姿。

 咄嗟に隠れたヨシタカ達は、その木の影から対象を確認する。


「しかも……角……生えてるし……」
(イノシシなら最悪タックルだけでしょ? とか甘く見てた俺は間違いなく平和ボケだな)

 日本の軽自動車くらいかなと、ヨシタカは想像する。
 それ程の大きさのイノシシに、その頭よりも長い角が一本、鼻先から生えていた。
 仮にただの体当たりだったとしても、角付きの軽自動車が、アクセル全開で自分に向かって走ってくるのを想像すれば分かりやすいだろうか。

 冷静に考えれば、その程度の脅威はあるのだ。
 角も含めて見るとサイの様にも見えるが、体毛や顔など、間違いなくイノシシである。


「そうだな。あれはホーンボア。……まぁ、私も生きてるところは初めて見たが……」

「どうする? 魔法か接近戦か……毒とかないよね?」

「毒は無かったはずだが、あの図体での体当たりと角が武器みたいだな。……よし! 二人の訓練も兼ねて接近戦で行く。――ヨシタカはヒナタ様を連れて、援護を頼む」

「援護……石投げたり、後ろからナイフで切るとかでいい?」

「それでいい。実戦経験はまだ殆ど無いが、私の剣の腕は信じろ。――互いの邪魔にならないようにお前の動きを見て私も動く」

「わかった!」
(初エンカウントはこうでなくちゃ! ワイバーンとかなんだったんだよ!)


 角のあるイノシシ――ホーンボアに気付かれるまではなるべく近付き、あわよくば後ろからの奇襲。
 気付かれた場合はすぐさまサティナが斬りかかり、ヨシタカは後ろから攻撃といった挟み撃ちの作戦で行く事となった。


「ヨシタカ。さっきも言ったがホーンボアは恐らく体当たりが主な武器だ。走り出す様な仕草が分かれば、横に避けろ」

「なんとなく……わかった。……ヒナ、カバン入ってくれる?」


 ヨシタカはモンスターをハントするゲームや、アニメを思い浮かべる。突進する系のモンスターのお約束だ。
 更にヒナタへ危険が及びぬようにカバンへ入ってもらう。
 カバンの上のヒナタはヨシタカの言葉を聞き、器用に隙間から中へと入った。


「いくぞ」


 それを確認したサティナが前を向き、顔付きを変えた。


「やってやるぞ……。俺らの冒険はここがスタートだ」

「っ! そうだな! これは、冒険だ」


 ヨシタカがナイフを握りしめ、そう意気込む。
 彼の意気込みに、サティナがその金色の瞳を輝かせた。


 彼女は思い出していた。


『仲間と共に冒険がしたい』


 過去に願ったその気持ちを。


 ――胸が高鳴る。


 …………


 ホーンボアまで、残り十メートル程。


 サティナがヨシタカへと目で合図する。
 ヨシタカが首肯し、いざ構えた時――


「――ニャ」


 カバンの中のヒナタが鳴いた。


「「!?」」


 その声に二人が驚いたと同時。


「ブモッ」


 ヨシタカ達の目の前の存在に、その声が聞こえないはずもなく。
 食事中だと思われたホーンボアが顔を上げ、その凶悪な角と顔をヨシタカ達へ向けた。


(あ、やば。正面からの見た目……結構怖いかも。ってか、デカ!)


 慣れていかなくてはいけないのだろう。
 今後も、このような遭遇は常日頃からあるのは目に見えている。
 初めてだからとサティナに任せっきりではダメだ、とヨシタカは目の前の恐怖に足がすくみながらも、その巨体を視界から決して外さない。


 ホーンボアがこちらに気付き、三秒も有ったかどうか。
 足で自分の足元を蹴り始めた。

 闘牛なんかが突進する前にやるアレだ。


「――恐らく突進の前行動だ。させる前にいくぞ! 私の剣が届く前に奴が動き出したら横へ跳べ!」

「わかった! ……ヒナぁ~、なんでぇ~!」


 そう嘆きつつヨシタカはカバンを一瞥する。
 宝石の様な二つの瞳は、カバンの隙間――その暗闇からヨシタカを見据えていた。


 唐突なヒナタからの試練。
 相手をわざと気付かせるという謎の鳴き声にヨシタカは焦った。


 やはり猫は猫である。


 焦ったまま、無意識に魔力を循環させる。
 いつでもサティナに渡せるようにする為だ。
 彼女に魔力さえ渡せれば、最悪接近戦が失敗しても魔法でどうにかして貰える。
 そんな甘えから来るものだろうが。



 ――彼は単純に、無意識に、そう思っていた。



 『サティナに渡すための魔力』と。



 ヨシタカの少ない経験上――実質まだ一、二回程度だが、自分が戦うよりもサティナに魔力を渡す機会を作るのがベストだと。
 彼自身は自分の戦闘能力をよくわかっている。
 獣と戦った事など無い、戦闘能力の無さを。

 それがもしも、ワイバーンの様な『死』が身近になるような強大な相手なら特にだ。
 だが、相手はサティナが『接近戦で戦える』と判断した獣。
 ワイバーンの時とは違う。囮ではなく自分自身も戦うんだ、と。

 ヨシタカは自分の中の覚悟に火を灯す。

(……ヒナを守るために。……やらなくちゃ。……可愛そうだなんて考えるな。相手も襲ってくる。ここは異世界。殺らなきゃ殺られる。……ここから、冒険を始めるんだ)


 
 手の震えを誤魔化すように、ヨシタカは走り出した。
 サティナが正面切って向かう中、彼は回り込むように進み、ホーンボアの背後へ。

(体当たりの軸……足の付け根……ナイフを突き刺せばサティのフォローにはなるかな)



 覚悟を決めたヨシタカは、身体の熱を上げた。
 

 ここ最近は毎日の様に練習していた体内の魔力の循環。ヨシタカは『常に』と言って差し支えないほど、一日中魔力の循環を行っていた。

 力んだ際に、癖で魔力の流れが激流となる程に。



 ヨシタカの能力――高い魔力、魔力の譲渡。
 ほぼ無意識下での魔力循環の激流化。
 更にその手にはナイフ。



 ――もし、武器にも魔力が譲渡出来たら?



 この世界では、人から人へ魔力の受け渡しは出来ない。
 だが、人から物体へは魔力を込められるのだろうか?
 仮に物体――武器にも魔力を譲渡出来たとして、その結果どうなるのか。ただ光るだけなのか?

 ヨシタカはそこまで頭は回っていない。
 そもそも、その手のナイフに魔力を流し込もうなどとは微塵も思っていないのだ。

 ただ、力んだだけ。
 このナイフで敵を斬ってやろう。そう考えて。
 力んだ。

 魔力を巡らせながら。

 ヨシタカはサティナからの合図を待つ。

 ナイフの柄を力いっぱい握り込み――。


 ―――

 
 サティナはその脚をバネの様に弾かせ、数メートル先のホーンボアへと一瞬で迫る。
 そしてそのままホーンボアへと斬りかかった。
 突進などさせまいと、その首元へ剣を叩き込むために。


 だが、ホーンボアの首を狙ったサティナの剣は、その大きな角に弾かれ、甲高い音を辺り一帯に響かせた。
 ホーンボアは相手の剣を見て、角で弾こうと判断したのだ。

 猪突猛進――そんな日本のイノシシとは格が違った。
 戦いに対する判断力を持っている。


「くっ! 戦い慣れているのかっ……まだまだ……っ!」


 サティナがサイドステップで横に移動し、再度その剣を振りかぶる。
 切れ味の良い綺麗な刃は、敵の首へと――


 ――届かなかった。


 二度目の甲高い音が、辺りに響いていた。

 ホーンボアはその巨体に似合わず、二人の想像を超えた速度で身体・首の向きを変えていた。
 結果、鼻先の角でサティナの剣を二度も防いだのだ。


「ぐっ……ヨシタカ!」


 防がれたと同時、サティナが叫ぶ。

 二度攻撃を弾かれた彼女は、斬れなかった事にはショックを受けたが、自分の攻撃によりホーンボアの意識が自分に集中したと判断した。
 そのままヨシタカへ、援護要請の合図を送る。

 

 ガサッ……と。
 ヒナタの入ったカバンを地面に置いたと同時。

 合図を聞いたヨシタカが木の影から飛び出した。


(足の付け根、足の付け根、足の付け根!)


 ナイフを逆手に持ち、斜め上から振り下ろす袈裟斬りのような角度。
 軽自動車程もある巨体の足の付け根、それは人の肩ほどの高さにある。
 臀と足の付け根の間付近、その場所目掛けて、巨体の後ろからヨシタカはナイフを振り下ろした。


 ヨシタカは必死だった。


「刺されえぇぇぇ!!」


 必死だったが故に、気が付かなかった。
 自分の手にあるナイフの変化に。


 ホーンボアを挟んだ反対側にはサティナがいる。
 彼女もまた、ホーンボアの動きを止める事に意識を集中させていた。
 それ故に、反対側にいるヨシタカの状況にも気付けない。
 ヨシタカの援護が成功した場合。
 敵の姿勢が崩れるはず。即座にそこを狙うためだ。
 目の届かない場所にいるヨシタカへの信頼から成る形だ。
 
 その為、誰もヨシタカの手元に気付かないまま、状況は動き続ける。


 そして――

 ヨシタカは、その『光り輝くナイフ』をホーンボアの足に突き刺した。


「へ?」

 
 突き刺した瞬間、ヨシタカは気の抜けた声を上げる。
 何故か?
 彼の手に、刺した感触が伝わらなかったからだ。
 刺した感触どころか、何の抵抗も感じなかった。
 例えるなら、豆腐にナイフを入れた様な、そんな感覚。

 空振りかとも考えたが、間違いなくナイフは目の前の巨体へと突き刺さっている。


「あ、あれ? それになんか光って……。サティごめん! 成功したかわからん! 刺さってはいる!」
(失敗した!? ひええええ!)

「承知した! 一度下がるから――」


 サティナが一度距離を取ろうとしたその時、彼女に向けて物凄い力で抵抗していたホーンボアの動きが、止まった。


「む? ……動きが止まった? ヨシタカも一度距離を取れ!」

「わ、わかった!」


 サティナからの言葉に、ヨシタカがナイフを引き抜こうと腕を振った瞬間。
 またも抵抗無く、スルッと抜けた。

 そのナイフだったはずの姿を見て、ヨシタカが唖然とする。


「あ、あれ? うそ? なにこれ……」

 
 ヨシタカの手にあるナイフ――否、剣と呼ぶべきそれは、長さは一メートル以上。

 ナイフが光のオーラを纏い、更にそのナイフの刃の先には光の刃が伸びていた。


 ズシーンという地響きと共に、ホーンボアは血を吹き出しながら――その命を落とした。

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