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ステップ1 拠点を造ろう
001 無能男と三匹の獣
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見渡す限りの全てが荒れ果てた広大な野を風が撫でる。舞い上がった砂塵が遠方にそびえ立つ山脈の姿を曇らせ、フードローブを纏った人物の視線を遮った。
「いやはや。正に不毛の大地だな」
男は視野を確保するために目深にかぶっていたフードを頭から取り払い、黒髪が乗った冴えない顔をさらけださせた。
中から現れたのは20歳前後と見られる男の顔。生気にあふれない若々しい外見は十代後半を思わせるものではあったが、その表情は老成した落ち着いたもので子供の甘さとは無縁の大人の顔に、見えた。
「んまあ、自分で選んだ土地だ。誰の物でもない場所なんて他にあるわけもないし、贅沢は言うまい」
男は自分を納得させるようにそう言うと後ろを振り返り、同行者である3匹の獣に呼びかけた。
「さあ、行こうか。俺たちの国を創りに」
「あい、父」
「カメェ」
「クマッ」
……返事に突っ込んではいけない。真面目な空気が台無しになるから。
▼
死の大地。そう呼ばれる大島がセンランド大陸から離れた東の海に存在する。その大島の大地は渇き果て作物が育たず、島の中心にそびえ立つのは極小規模な噴火を繰り返す活火山であり、激しい生存競争を繰り広げる獣たちの気性は獰猛極まりなく人を寄せ付けない。
育たず、狩れず、資源の採取も出来ない正に不毛の大地。それでも過去の人々は数度に渡って開拓を試みたが、持ち込まれる物資をひたすらに消費するだけで大した成果を得られず、挫折と撤退を繰り返していた。
そうして時が流れること幾年月。周辺の国家から得る物無しと放置され、人間社会の中で誰の物にもなっていない土地と言う奇妙な大島が出来上がっていた。
だがそれも今日この日までの事。その不毛の大地へと挑む一人の風変わりな男と三匹の獣が常識を覆す。
時に新王歴292年。後の歴史にその名を刻む、メディオクリタス選帝国の建国が始まったとされる年である。
▼
「ふむ。此処まで三日。120キロメートルくらいか」
荒野の終着点である山岳の麓。そこで自らが踏破してきた道筋を振り返った男が顎に手を当てて思案する。
人の歩行速度が時速で4キロメートルほど。不幸中の幸いにも荒野には迂回すべき遮蔽物は少なく、男がひたすらに真っ直ぐ歩いてきた距離を移動時間から計算した数値が120キロメートルだった。
「と言う事は……なんだ? 四国地方くらい……かな? …………多分」
「父?」
男は四国地方と言う存在しない土地を脳裏に浮かべ、手の中にスッポリと収まってしまう小さな獣の頭を撫でながら空を見上げた。
この死の大地は活火山であるインフェルヌ山脈を中心に、東西南北とほぼ円形に広がっている大きな島である。その広さは不毛の大地でさえなければ小国の二つや三つが存在していても不思議ではない面積だ。
それからほんのしばらく、男は自分の学の無さに情けなくなって肩を落とすと、ただの人以外の何者でもない自分を護ってくれる頼もしい家族たちを見やった。
「さて、此処からは死地だ。十分に気を付けて行こう。頼むぞお前達」
他力本願極まる無能男の言葉に、しかし有能なる三匹の獣は恭順の意志を示す。
「あい! 父をまもるのはモモたちのてんめーだよ! ねっ? シマ、キンタ」
大亀シマの背に乗った小さな小さな女の子モモが長い尻尾で甲羅を叩き、直立している大熊キンタに向けて腕を掲げた。それに応えるため開かれた二匹の獣の口からは同意の鳴き声が上がる。
「カメェ……」
「クマッ!」
……色んな意味で喧嘩を売っているとしか思えない鳴き声だが、別にこの二匹は世界を馬鹿にして鳴いている訳ではない。偽りなく素の鳴き声だ。
奇縁あって家族となった男も最初はそれってどうなのよ?と悩みもしたが、その答えはまあいっか!と全てを投げ捨てたものだった。
何時聞いても力が抜ける鳴き方だよなあと肩をすくめた男は、背に女の子を乗せながら大きな荷車を引く大亀と、特注の大背嚢を背負って二足歩行する大熊を連れて険しい山脈へと昇って行った。
▼
「うっは、麓から見てても思ったけど、ものすんごい山だな!」
遥か遠くに見える山頂では赤い溶岩が煌々と流れ、山中のいたる所で水蒸気が噴出しているその山は、不毛としか表現のしようがない岩山だった。まだ麓辺りだと言うのに微かにだが硫黄の刺激臭が漂っており、山外の荒野ですら散発的に生えていた草木の類も全く存在しない。
「父~、くさい~」
「カメェ?」
「クマァ……」
「そっかぁ……。でもごめんな、もうちょっとだけ我慢してくれ」
街の中で暮らしていては決して見れない光景に軽く興奮する男とは違い、同行者である獣たちは大亀を除いて鼻を手で押さえていた。鋭い嗅覚をもつ獣たちの鼻には硫黄の刺激臭はきついようだ。
しかし男は彼女たちに謝罪しながらも鼓舞した。なにしろ男は特別な力を一切持たない常人であり、この死の大地に生息する獣たちに遭遇すれば大した抵抗もできずに食い散らされる事になってしまうからだ。
そう、今まさに彼等の前に立ちふさがった、岩の如き獣のように。
「グルルルル……」
男たちを威嚇するために直立したその高さは人の倍ほどもあろうか、体毛の代わりに岩が張り付いている体から伸びる手足は太く、その先からは鋼の光沢を持つ鋭い爪が伸びている。血走った琥珀色の目は男たちを凝視し、鋭い牙を覗かせる裂け口からは久方ぶりの獲物に対する興奮の鳴き声が漏れていた。
「岩大熊か。……デカいな」
言いつつ大亀の後ろに身を隠す情けない男は、結果として小さな女の子を凶獣の前面に出すと言う鬼畜な真似をしていた。男うんぬんよりも人としてどうなのかと言う行いだが、小さな女の子は不満をおぼえるどころか当然の行動として受け止め、男を護るように大亀を移動させると敵ではない仲間の大熊に指示をだした。
「キンタ!」
「クマッ」
背負った背嚢をゆったりとした動作で下ろした大熊キンタは、のそりと余裕のある動きで今にも襲い掛かってきそうなストーンベアーの前に歩き出る。その歩みは熊とは思えない滑らかな歩行で、中に人が入っていると言われても信じてしまいそうな自然……不自然さだった。
「ごはん……おにくだよ……キンタ」
「クマァ」
「グルっ?!」
自分よりも遥かに小さな女の子と二回りは小さい大熊の不穏な気配に怯えた声を出したストーンベアーが野生の本能で危険を感じ、くみしやすしと定めた獲物から距離をとろうと隙をうかがいだした。
しかし残念ながら不毛な山肌には身を隠す場所は少なく、種として単独行動を行うストーンベアーには助けを求めれるような仲間も居なかった。
「にがしちゃダメだよ、キンタ!」
「クマ!」
本来なら人間の方が逃走しなければならないストーンベアーなのだが、しかしてその逃走を許す彼女たちではなかった。なにせ此処に来るまでの3日の旅では不運にも?凶獣とは遭遇せず、新鮮な《肉》を得る事が出来なかったからだ。その前の4日の海旅も合わせれば7日も生肉を食べていない計算になる。
ゆるりとした動きで間合いを詰める大熊キンタと、逃げ時を逸して戦う事を決めたストーンベアーが交差する。
「グルァッ!」
「……クマ」
それ一本で大人一人分はあろうかと言うストーンベアーの右腕が一閃し、己と比べれば子供ほどの大きさの大熊を叩き斬ろうと殺到する。しかし熟練の戦士の一閃にも匹敵する速さとそれを遥かに凌駕する重たい一撃は虚しく大地を叩き山肌を砕いた。
大熊キンタがとても獣とは思えない滑らかな歩法でぬるりと躱したのだ。そして放たれるカウンター。大熊の右腕が打たれた杭の様に真っ直ぐに突き出され、岩に覆われたストーンベアーの体の隙間を的確に打ち抜いた。
「クマァッ!」
「グォガッ?!」
大熊キンタの一撃は自分よりも二回りも大きなストーンベアーの体内に破壊的なダメージを浸透させ、体の自由を失ったストーンベアーがその巨体を山の岩肌へと沈み込ませる。そこに放たれる大熊キンタの追撃がストーンベアーの頭部を横から叩き、脳震盪を起こさせて意識を失わせた。
……そして大熊キンタは極自然な動作でストーンベアーの後ろに回り込み首に両腕を回すと、それぞれを反対方向に回して頸椎をねじ折った。
ビクンと一瞬だけ体を跳ねさせ、事切れるストーンベアー。確実に止めを刺したクールな大熊キンタがついていた膝を立ててのそりと体を起こした。
「クマァ……」
恐ろしい大熊である。自分よりも半分ほど大きな、それも単純に種として上位のストーンベアーを瞬殺してのけたのだから。だがその光景を見学していた男たちは全く驚きを感じる事もなく、至極当然の結果として受け止めた。
「わーい! ひさしぶりのなまにくだよー!」
「カメェ」
「……何回見てもシュールだ」
大亀シマの上で小躍りする小さな女の子モモが甲羅を尻尾で叩き、物言わぬ生肉と化したストーンベアーへと移動させる。その後ろに付いて行く男は華麗なる大熊キンタの活躍に苦笑を浮かべていた。頼もしいのが半分、もうこいつ熊じゃねえよと呆れるのが半分である。
「キンタいわとってー」
「クマッ」
小さな女の子モモの指示でストーンベアーの死体から外皮である岩を剥いでいく大熊キンタ。大亀シマは眠そうな眼で周囲を警戒している。無能な男が入る余地のない完璧なチームワークだ。
男は解体されていくストーンベアーを三匹の獣たちに丸投げすると、一時の安全を手に入れたその場を観察しはじめる。男の本来の目的は食料調達ではなく現地調査なのだから。
「しかし予想よりも危険な山みたいだな。こんな麓であれだけの大物か。これはアレを見つけたらさっさと退散すべきだな」
相手が一匹で助かったと男は思った。ストーンベアーなどの熊種は基本的に群れを作らず単独行動だ。男の家族である三匹の獣なら多少の数はものともしないだろうが、此処は人間種が存在しない#僻地__へきち__であり薬などの類の補給が一切できないのだ。もしもがあるような行動は直接命に関わってしまうので取らない事が大前提なのである。
この山の本格的な探索は補給の目途がついてからだなと判断した男は、小躍りしながらスプラッタな光景を繰り広げる三匹の獣が落ち着くのを待ち、近くで目的の物を見つけると早々に山の探険を切り上げた。
次はこれから行う荒地開拓実験の現場であり我が家となる拠点造りである。
「いやはや。正に不毛の大地だな」
男は視野を確保するために目深にかぶっていたフードを頭から取り払い、黒髪が乗った冴えない顔をさらけださせた。
中から現れたのは20歳前後と見られる男の顔。生気にあふれない若々しい外見は十代後半を思わせるものではあったが、その表情は老成した落ち着いたもので子供の甘さとは無縁の大人の顔に、見えた。
「んまあ、自分で選んだ土地だ。誰の物でもない場所なんて他にあるわけもないし、贅沢は言うまい」
男は自分を納得させるようにそう言うと後ろを振り返り、同行者である3匹の獣に呼びかけた。
「さあ、行こうか。俺たちの国を創りに」
「あい、父」
「カメェ」
「クマッ」
……返事に突っ込んではいけない。真面目な空気が台無しになるから。
▼
死の大地。そう呼ばれる大島がセンランド大陸から離れた東の海に存在する。その大島の大地は渇き果て作物が育たず、島の中心にそびえ立つのは極小規模な噴火を繰り返す活火山であり、激しい生存競争を繰り広げる獣たちの気性は獰猛極まりなく人を寄せ付けない。
育たず、狩れず、資源の採取も出来ない正に不毛の大地。それでも過去の人々は数度に渡って開拓を試みたが、持ち込まれる物資をひたすらに消費するだけで大した成果を得られず、挫折と撤退を繰り返していた。
そうして時が流れること幾年月。周辺の国家から得る物無しと放置され、人間社会の中で誰の物にもなっていない土地と言う奇妙な大島が出来上がっていた。
だがそれも今日この日までの事。その不毛の大地へと挑む一人の風変わりな男と三匹の獣が常識を覆す。
時に新王歴292年。後の歴史にその名を刻む、メディオクリタス選帝国の建国が始まったとされる年である。
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「ふむ。此処まで三日。120キロメートルくらいか」
荒野の終着点である山岳の麓。そこで自らが踏破してきた道筋を振り返った男が顎に手を当てて思案する。
人の歩行速度が時速で4キロメートルほど。不幸中の幸いにも荒野には迂回すべき遮蔽物は少なく、男がひたすらに真っ直ぐ歩いてきた距離を移動時間から計算した数値が120キロメートルだった。
「と言う事は……なんだ? 四国地方くらい……かな? …………多分」
「父?」
男は四国地方と言う存在しない土地を脳裏に浮かべ、手の中にスッポリと収まってしまう小さな獣の頭を撫でながら空を見上げた。
この死の大地は活火山であるインフェルヌ山脈を中心に、東西南北とほぼ円形に広がっている大きな島である。その広さは不毛の大地でさえなければ小国の二つや三つが存在していても不思議ではない面積だ。
それからほんのしばらく、男は自分の学の無さに情けなくなって肩を落とすと、ただの人以外の何者でもない自分を護ってくれる頼もしい家族たちを見やった。
「さて、此処からは死地だ。十分に気を付けて行こう。頼むぞお前達」
他力本願極まる無能男の言葉に、しかし有能なる三匹の獣は恭順の意志を示す。
「あい! 父をまもるのはモモたちのてんめーだよ! ねっ? シマ、キンタ」
大亀シマの背に乗った小さな小さな女の子モモが長い尻尾で甲羅を叩き、直立している大熊キンタに向けて腕を掲げた。それに応えるため開かれた二匹の獣の口からは同意の鳴き声が上がる。
「カメェ……」
「クマッ!」
……色んな意味で喧嘩を売っているとしか思えない鳴き声だが、別にこの二匹は世界を馬鹿にして鳴いている訳ではない。偽りなく素の鳴き声だ。
奇縁あって家族となった男も最初はそれってどうなのよ?と悩みもしたが、その答えはまあいっか!と全てを投げ捨てたものだった。
何時聞いても力が抜ける鳴き方だよなあと肩をすくめた男は、背に女の子を乗せながら大きな荷車を引く大亀と、特注の大背嚢を背負って二足歩行する大熊を連れて険しい山脈へと昇って行った。
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「うっは、麓から見てても思ったけど、ものすんごい山だな!」
遥か遠くに見える山頂では赤い溶岩が煌々と流れ、山中のいたる所で水蒸気が噴出しているその山は、不毛としか表現のしようがない岩山だった。まだ麓辺りだと言うのに微かにだが硫黄の刺激臭が漂っており、山外の荒野ですら散発的に生えていた草木の類も全く存在しない。
「父~、くさい~」
「カメェ?」
「クマァ……」
「そっかぁ……。でもごめんな、もうちょっとだけ我慢してくれ」
街の中で暮らしていては決して見れない光景に軽く興奮する男とは違い、同行者である獣たちは大亀を除いて鼻を手で押さえていた。鋭い嗅覚をもつ獣たちの鼻には硫黄の刺激臭はきついようだ。
しかし男は彼女たちに謝罪しながらも鼓舞した。なにしろ男は特別な力を一切持たない常人であり、この死の大地に生息する獣たちに遭遇すれば大した抵抗もできずに食い散らされる事になってしまうからだ。
そう、今まさに彼等の前に立ちふさがった、岩の如き獣のように。
「グルルルル……」
男たちを威嚇するために直立したその高さは人の倍ほどもあろうか、体毛の代わりに岩が張り付いている体から伸びる手足は太く、その先からは鋼の光沢を持つ鋭い爪が伸びている。血走った琥珀色の目は男たちを凝視し、鋭い牙を覗かせる裂け口からは久方ぶりの獲物に対する興奮の鳴き声が漏れていた。
「岩大熊か。……デカいな」
言いつつ大亀の後ろに身を隠す情けない男は、結果として小さな女の子を凶獣の前面に出すと言う鬼畜な真似をしていた。男うんぬんよりも人としてどうなのかと言う行いだが、小さな女の子は不満をおぼえるどころか当然の行動として受け止め、男を護るように大亀を移動させると敵ではない仲間の大熊に指示をだした。
「キンタ!」
「クマッ」
背負った背嚢をゆったりとした動作で下ろした大熊キンタは、のそりと余裕のある動きで今にも襲い掛かってきそうなストーンベアーの前に歩き出る。その歩みは熊とは思えない滑らかな歩行で、中に人が入っていると言われても信じてしまいそうな自然……不自然さだった。
「ごはん……おにくだよ……キンタ」
「クマァ」
「グルっ?!」
自分よりも遥かに小さな女の子と二回りは小さい大熊の不穏な気配に怯えた声を出したストーンベアーが野生の本能で危険を感じ、くみしやすしと定めた獲物から距離をとろうと隙をうかがいだした。
しかし残念ながら不毛な山肌には身を隠す場所は少なく、種として単独行動を行うストーンベアーには助けを求めれるような仲間も居なかった。
「にがしちゃダメだよ、キンタ!」
「クマ!」
本来なら人間の方が逃走しなければならないストーンベアーなのだが、しかしてその逃走を許す彼女たちではなかった。なにせ此処に来るまでの3日の旅では不運にも?凶獣とは遭遇せず、新鮮な《肉》を得る事が出来なかったからだ。その前の4日の海旅も合わせれば7日も生肉を食べていない計算になる。
ゆるりとした動きで間合いを詰める大熊キンタと、逃げ時を逸して戦う事を決めたストーンベアーが交差する。
「グルァッ!」
「……クマ」
それ一本で大人一人分はあろうかと言うストーンベアーの右腕が一閃し、己と比べれば子供ほどの大きさの大熊を叩き斬ろうと殺到する。しかし熟練の戦士の一閃にも匹敵する速さとそれを遥かに凌駕する重たい一撃は虚しく大地を叩き山肌を砕いた。
大熊キンタがとても獣とは思えない滑らかな歩法でぬるりと躱したのだ。そして放たれるカウンター。大熊の右腕が打たれた杭の様に真っ直ぐに突き出され、岩に覆われたストーンベアーの体の隙間を的確に打ち抜いた。
「クマァッ!」
「グォガッ?!」
大熊キンタの一撃は自分よりも二回りも大きなストーンベアーの体内に破壊的なダメージを浸透させ、体の自由を失ったストーンベアーがその巨体を山の岩肌へと沈み込ませる。そこに放たれる大熊キンタの追撃がストーンベアーの頭部を横から叩き、脳震盪を起こさせて意識を失わせた。
……そして大熊キンタは極自然な動作でストーンベアーの後ろに回り込み首に両腕を回すと、それぞれを反対方向に回して頸椎をねじ折った。
ビクンと一瞬だけ体を跳ねさせ、事切れるストーンベアー。確実に止めを刺したクールな大熊キンタがついていた膝を立ててのそりと体を起こした。
「クマァ……」
恐ろしい大熊である。自分よりも半分ほど大きな、それも単純に種として上位のストーンベアーを瞬殺してのけたのだから。だがその光景を見学していた男たちは全く驚きを感じる事もなく、至極当然の結果として受け止めた。
「わーい! ひさしぶりのなまにくだよー!」
「カメェ」
「……何回見てもシュールだ」
大亀シマの上で小躍りする小さな女の子モモが甲羅を尻尾で叩き、物言わぬ生肉と化したストーンベアーへと移動させる。その後ろに付いて行く男は華麗なる大熊キンタの活躍に苦笑を浮かべていた。頼もしいのが半分、もうこいつ熊じゃねえよと呆れるのが半分である。
「キンタいわとってー」
「クマッ」
小さな女の子モモの指示でストーンベアーの死体から外皮である岩を剥いでいく大熊キンタ。大亀シマは眠そうな眼で周囲を警戒している。無能な男が入る余地のない完璧なチームワークだ。
男は解体されていくストーンベアーを三匹の獣たちに丸投げすると、一時の安全を手に入れたその場を観察しはじめる。男の本来の目的は食料調達ではなく現地調査なのだから。
「しかし予想よりも危険な山みたいだな。こんな麓であれだけの大物か。これはアレを見つけたらさっさと退散すべきだな」
相手が一匹で助かったと男は思った。ストーンベアーなどの熊種は基本的に群れを作らず単独行動だ。男の家族である三匹の獣なら多少の数はものともしないだろうが、此処は人間種が存在しない#僻地__へきち__であり薬などの類の補給が一切できないのだ。もしもがあるような行動は直接命に関わってしまうので取らない事が大前提なのである。
この山の本格的な探索は補給の目途がついてからだなと判断した男は、小躍りしながらスプラッタな光景を繰り広げる三匹の獣が落ち着くのを待ち、近くで目的の物を見つけると早々に山の探険を切り上げた。
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