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ステップ1 拠点を造ろう

006 商業都市エブリ

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 世界の中心にして最大の面積を誇る、センランド大陸。その東端の南側にエブリ商王国が在る。
 大国と言うほどに広い国土は無いが、小国と言うにはいささかながらに国力の大きいその王国は、世界中から物資が集まる商業都市として遥か昔の時代より栄え続けていた。
 しかし富が集約されると言う事は、同じだけのうみも集まると言う事でもある。
 エブリ商王国は大戦後に廃止された奴隷制度が最後まで残った国でもあり、戦後の太陸の治安を大いに乱れさせた犯罪者たちの温床国としてもまた名高かった。
 そのため大陸3大国の一つである宗教国家、ブレス神主国からは背徳の都として禁忌指定を受ていた。

 だがそれも今は昔の話である。2代前までの悪欲にまみれた醜悪なる王は友和を尊ぶ息子王子に討たれ、大陸最後の奴隷国家と言う汚名を捨てるに至っている。
 それから50年。英断なる新王の統治の元、人身売買以外の商業をより盛んにしたエブリ商王国は更なる発展を遂げ、近年代替わりした若き王の采配の下で大いなる飛躍をとげようとしていた。

 ……余談ではあるが、エブリ商王国を背徳の都と呼んだブレス神主国は50年前の大戦終結のおり、神の名を騙り悪徳を働いた国として真の神の使徒たる裁きの竜王によって処断され、大国から小国へと国力を大減させている。
 “悪徳を責めた者もまた悪徳を働いていた”その実に皮肉がきいた一連の出来事から、「おまえもなー」と言う言葉が一時期流行っていたのは余談も余談であろう。

 とまあ、話は長くなったが。そのエブリ商王国の首都である商業都市エブリの近海に二匹の《超獣》を連れた男が辿り着いていた。

「あーしまったなあ……夜に来れば良かった……」
「おふねいっぱーい」
「カメェ……」

 商業都市エブリを遠目にして海の上に漂っている一匹の陸亀..が引く一台の大きな荷台。その中には十数の木樽に挟まれて一人の男が乗っており、男の膝の上に乗った小さな少女が海岸沿いを行き来する無数の船を楽しげに眺めていた。
 海運業で賑わう世界最大の商業都市エブリの港が大量の商業船で埋め尽くされている事など少し考えれば解ったと思うのだが、男はわずか一月程度の無人島生活ですっかり腑抜けていたようである。

「遠回りするしかないか。シマ、悪いけど北側に回って人気の少ない浜に上がってくれるか?」
「カメ」

 男の指示を受けた大亀のシマが海の上を進む。しかしその姿は死の大地を離れた時の海面の上を飛翔したものではなく、下半身を海につけた見た目上は,,,,,泳いでいるように見えるものだった。
 当然であろう。空を飛ぶ大亀と言うどこからどう見ても《超獣》が、人間が大勢住む都市に前触れなく訪れれば混乱必至である。治安良く国力も高い商業都市エブリの場合だと、《超人》を含む上級冒険団が出張って来て戦闘になってしまうことだろう。それは世俗にまつわる煩わしさを捨てて死の大地に移住した男たちの望むところではなかった。
 ……船ではなく大亀に引かれた荷台に乗って海を越えて来る時点で異常なのだが、《超人》や《超獣》と言う《超越種》が存在するこの世界では有り得ない事ではないので、船や都の遠眼鏡を使う監視員たちを大いに驚かせながらもかろうじて誤魔化しがきいていた。

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「そんじゃあシマ、ここからはただの亀で頼むぞ。モモも変身は無しな」
「カメ」
「あい!」

 商業都市エブリから北に少々離れた海岸。そこで海から上がった男たちは、整備された陸地の街道へと移動していた。偽装と保険のために取り付けた浮き袋は外し、上がって来た砂浜に埋めている。

「おー久しぶりの人間だなー」
「あい」

 のっしのっしと当人からすれば牛歩の如き速度で進むシマに引かれ、男たちは旅人や荷馬車たちが行き交う街道を進む。幸いにもこの辺りには大陸亀系の獣が生息しているので、高さはそれ程でもないがちょっとした馬車ほどもある大亀のシマを見ても驚く人間は居ない。《超能力》を使わなければただの大亀ですんでいた。ここに大熊のキンタが居ればそう簡単ではなかっただろうが。

「しっかし何時来ても人が多いな、此処は」

 男が人が歩く速度で進む荷台の上から行き交う人々を見て言う。
 これは人が居ない無人の大島からやって来た事で出て来た感想ではない。実際に人が多いのだ。世界最大の商業都市の名は伊達ではなく、陸路海路、時には空路すら使われて大陸中の人々が訪れているのである。
 今では呼び方が統一されて全ての人種が人間と呼ばれているが、大戦前では基人、森人、土人、獣人、などの様々な族に別れていた人種が雑多に混じって移動している様は圧巻の一言に尽きる。

「おっ見えてきた」

 人でごった返す街道を進む事数十分。大亀のシマがすれ違う子供たちに甲羅をペチペチと叩かれながらも、商業都市エブリの街並みが見える場所にまでたどり着いた。

「おっきいー父ー」

 どんどんと大きくなっていく街の外観を見てモモが興奮する。彼女が商業都市エブリに訪れるのは初めてではないのだが、《超獣》を三匹も連れた男は様々な問題を回避するために大きな街には近づかないので珍さが中々消えないのであろう。

「はいはい、大人しくな。お前も静かにしてたら小人と獣人の子供くらいに見えるんだから」
「あーい!」

 そう言って興奮するモモをなだめる男。《超獣》であるモモはかつては獣人と呼ばれていた族どころか人間ですらないのだが、体を違う種に変異させる変身さえしなければ小人と小型の獣人の間の子ほどに見える。
 かなり珍しくはあるが不審に思われるほどではなかった。実際にすれ違う人々は小さなモモを物珍しげに見やるが騒ぎ立てる者は居ない。

「はーい! いらっしゃい! いらっしゃい!」
「安いよ安いよー! エブリ特産のキングマンゴーが一個、何と100センだー!」
「いらんかねー! 砂漠駝鳥の串焼きいらんかねー!」

 男がそうこう言っている間に一行は商業都市エブリの街中に入っていた。このエブリの街には外壁などなく、東西北に続く大街道がそのまま街中を横断している。騒がしいのはその街道沿いにずらりと並んだ出店の客寄せだ。
 世界中から物だけではなく人も集まるこの街では、祭りの様な喧噪が日常であった。

「……流石に静かな無人島から着た後のこの喧噪は耳に来るな。モモは大丈夫か?」
「みみいたいー」

 耳にする物と言えば荒野に吹く風の音くらいの物だった最近の男たちには、幼子が泣きだす様なこの喧噪は耳痛かった。男は少々人に酔ったくらいですんでいるが、元々人混みに強くないモモは男の胸に顔を押し付けて耳を押さえている。

「ありゃりゃ。これはちょっと休憩したほうが良いな。んんっと……お? ここは……シマ、あそこの路地を右に曲がってくれ」

 何時も泰然自若たいぜんじじゃくに落ち着いているシマに指を指して進行方向を伝える男。その指先は大きく空いた露天と露天の間にある街路を示していた。

「カメ」

 人が多く馬車も頻繁に行き交っているので直ぐに進行方向は変えられないが、街中での馬車は速度規制や一時停車の義務があるのでタイミングにさえ気を付ければ危険なく移動できる。
 それでも好きにあっちこっちに行ける無人島生活をしていた男たちには何かとストレスの溜まる行動ではあったが。

    ▼

「おー此処だ此処」
「ふーしずかになったー」
「カッメェ……」

 街を横断する大街道から外れたエブリの街路に入った男たちは、耳痛い喧噪が遠くに聞こえる場所にまで入り込んでいた。
 そこで男が感慨深げに見上げたのは、少々と言う頭言葉がつかない古ぼけた看板だった。そこには供用語で大衆茶店スウィート&ビターと薄れた文字で書かれており、そのすみの方には比較的新しい文字で動物可と書かれていた。

「シマ、そのまま店の右側に回ってくれ」
「カメ」

 男に言われた通り看板のある店先から右手に回り込むシマ。その先は街道や街路と違って石が敷き詰められてはおらず土がむき出していたが、良く踏み固められた平らな地面で十近い数の茶卓が並べられていた。

「いらっしゃーい。お二人様と一匹ですかー?」

 いわゆるテラス席と呼ばれる場所に入った男たちの元へ給仕嬢が近寄り、接客としてはどうなのだろうか?と言う語尾が伸びた声をかける。

「ええ、そうです」
「お好きな所にお座りください」

 それに男が当たり障りのない言葉を返すと、給仕嬢が人気のないテラス席全体を示した。
 昼を少々過ぎたこの時間。茶店であるなら午後の時間を持て余した中流家庭の奥様方が居るのが普通だが、この店には店内も含めて人っ子一人居なかった。
 ガランと人気のないテラス席の一番庭側を選んだ男は、荷台を付けているので座れないシマを直ぐ近くに置いて、モモを胸に抱いて席についた。

「こちらメニューですー」
「ありがとう」
「ありがとー」

 給仕嬢が丸いテーブルの上に置いたメニュー表を手に取った男は、給仕嬢に満面の笑顔を向けるモモを横目に何を注文しようかと思案した。

「かわいい!?」
「あい?」

 男が以前この店によったのはモモたちと出会う前、5年以上も前で、その時には実に美味しい珈琲を飲ませてくれた事を思い出す。

「はぁはぁはぁ……」
「おねえちゃんだいじょーぶ?」
「はぁうんっ?!」

 珈琲と一緒に遅めの昼食でもとメニューを呼んでいた男だったが、何だか回り……と言うか給仕嬢がうるさい。メニュー表に落としていた頭を上げて傍に控えていた給仕嬢に視線を向けた男の目に、頬を赤らめながら胸を押さえ息を荒げる給仕嬢ふしんしゃが映った。
 選ぶ店を間違えたかもしれない。男はそう思ってメニュー表を閉じた。
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