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ライナスとレイガルド2

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首を傾げながら玄関に向かい扉の鍵を開けて取っ手を引けば、ゆっくりと青年の姿が現れる。

「レイ」
 訪問者はレイだった。
 手にはフルーツが入った籠を持っている。


「どうなさったのですか?」
「果物を頂いたからおすそ分けに。途中で知人にあって、ティアが家に向かった事を聞いたん……」
 レイの言葉じりが段々と弱まり、聞こえなくなってしまう。
 彼は私越しに何かを見て目を大きく見開いている。


 そんなに驚くほど部屋が散らかっているのか? と思って振り返れば、同じように目を大きく見開いているライの姿が。
 二人とも視線を交わらせ固まってしまっている。


「……すまない。来客中だったんだな」
「はい」
 ライのことを紹介しても良いのか? いや、変装中だから駄目なのだろうか。
 でも、明日のパーティーでは会うことになるし。
 どうするべきかと考えていると、レイが視線を彷徨わせ唇を開く。


「来客中のようだから、失礼するよ。では」
 レイは張り付けた笑みを浮かべるとライへ会釈をし、そのまま立ち去ってしまった。


「『レイ』って、もしかしてあの方がレイガルド様か」
「うん。ライのことを紹介しようか迷ったんだけど……」
「よく来るのか?」
「時々、さっきみたいにおすそ分けしてくれるの。薪割りとか手伝ってくれるんだ」
「やっぱり一日早く来てよかったかも」
「え?」
「なんでもない。ティア、時間は?」
「そろそろ行かなきゃ駄目かも。ゴアさん達とハーブを採りに行く約束をしているの。ごめん、お茶を入れる時間ないや」
「いいよ、気にしなくて。夕食準備して待っているから。いってらっしゃい」
 ライが手を軽く振れば、彼の肩に乗っているコルもバサッと羽を広げた。


 コルはここでライと一緒に居てくれるようだ。



「うん、いってきます。お兄様に連絡しておくね!」
 私は手を振って家を出た。






 +

 +

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 エタセルで主に輸出されているハーブは、山から採取してくる種類と種から育てる種類がある。
 昼休みが終わり、私はゴアさん達に野性のハーブ採りを案内して貰っていた。
 王都が山に囲まれているため、郊外の山林で主にハーブを収集しているようだ。


 数か所あるそうだが、今日私が連れて来て貰ったのは珍しい場所。


「ここって神殿ですか……?」
 隣に立つゴアさん達に尋ねれば、彼らは頷く。


 私の目の前には木々に囲まれた人工的な建物があった。
 石を組み合わせた四角い箱のようなもので、ぽっかりと黒く入口があいているのだが、立ち入り禁止なのかロープが張られている。


「そうです。エタセルで信仰されているミィファ教の元となったサズナ神を信仰するサズナ教の古代神殿なんですよ。サズナ教は今から二千年前にエタセルだけではなく他国にも広まっていたと言われているんです。ですが、今はもう……」
「二千年前ですか。なるほど、神殿保護のためにロープが張っているんですね」
「いえ、実はこの神殿はいわくつきなんです。サズナ教以外の信者が立ち入ると出られなくなるという噂がありまして」
 もしかしたら、中が迷路のようになっているのかもしれない。
 通っていたサズナ教の人ならば、慣れているから迷わずに済むけど他の人では迷ってしまうんだろう。


「曾祖父が子供の頃に聞いた話だと、神殿の『通路が動く』と教えられたそうですよ。だから中には絶対に入ってはならないと」
「俺も聞いたなぁ。でも入らなければ問題はないと思うので、俺達はハーブを採りに来ています」
「そうですよ、入らなければ問題ありません。夜に星を見に来る若者達もいるくらいですし」
「確かに神殿と星では映えそうですね。私も今度夜に来てみます」
「一人では危ないので、必ず誰かと一緒に来て下さいね」
「はい」
 私は頷き視線を神殿へと向ければ、入口に人影を見たような気がした。


 ――今、女の人が居なかった? 


 いわくつきと聞いてしまったので、頭の中で勝手に幻影を生み出してしまったのだろうか。
 深く考えるのをやめようと、私は頭を切り替えた。


「ティア様。俺達はハーブを採っているので、散策して頂いても良いですよ。神殿も中に入らなければ大丈夫ですし」
「ありがとうございます。古代神殿見るのって初めてなので気になっていたんです」
 私はゴアさん達の言葉に甘えて、神殿の方へと向かって行った。
 すると、視界の端にウサギが映し出される。


 真っ白でふわふわとした綿のようで、円らな瞳が可愛らしい。
 リムスでは野性のリスは見たことがあったが、ウサギは初めて見る。


 ――もしかして、仲間でもいるのかな?


 ジャンプするように飛んでいくウサギを追いかければ、ウサギは神殿の脇をとおり過ぎ進んでいく。
 人の手によって手入れされている神殿前と違い、神殿の横は草が生え放題だった。俗にいう獣道というものなのだろう。


「……あれ? 湖だ」
 兎を追って辿り着いたのは、湖だった。
 位置としては神殿の斜め後方部分くらいだろう。



「ピピッ」

 突然響き渡った鳴き声に対して、私は条件反射的に右手へと体を向けた。
 すると、そこには可愛らしい小鳥の姿が。



「岩……?」
 小鳥は私の膝くらいの高さの岩にとまっている。


「何か岩に文字が書いてあるわね」
 私はワンピースのポケットからハンカチを取り出すと、湖へと向かうと屈み込んで水にハンカチを浸す。
 そして再び岩の元へ戻り、ハンカチで汚れや苔を落とした。


「東大陸の文字? えっと……最高神サズナ様に逆らいし神の子。彼が安らかな死後の世界へ旅立てるように心から祈るって……まさか……」
 私の顔がだんだんとこわばってしまう。


「お墓なのっ!?」
「お墓ですね」
 辺り一面に響き渡った私の声に、川のせせらぎのような落ち着いた声が返事をしてくれる。
 予想もしていなかった第三者の存在に、私は弾かれたように声の発生地である湖の方へと顔を向ける。


 そこには神官服に身を包んだ青年が立っていた。










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