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連載
パン屋のおばさんと再会2
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着替えなどを済ませた私とライは、王都の庶民よりの区間を歩いていた。
食堂や雑貨屋などがある庶民の生活の場となっている通りだ。
お父様が庶民に寄り添う貴族だったため、小さい頃から連れてきて貰っていたけれども、最後に歩いたのは追放決定後にお兄様と買い物に訪れて以来。
今日は王女達の結婚式のためか、お祝いの飾りつけがちらほら窺える。
「まだ時間帯が早いせいか、人があまりいないな」
隣を歩いているライの言うとおり、通路にはまだ人がおらずひっそりと静まりかえっている。
――元気かな。あのパン屋のおばさん。
「もう少しで到着する? なんか、パンの良い香りがしてきたからさ」
「うん。そこのお店。良かった! お店開いているみたい」
お店の扉にはオープンと記された看板が。
リムスでは朝食にパンを購入する人のために、パン屋さんの朝は早いから開店していると思ったけど、定休日の可能性もあったから不安だったのだ。
「おはようございます」
ライが扉を開けてくれたのでお礼を言って中へと入れば、「いらっしゃい」という声がカウンターの奥から聞こえてくる。
「ちょうどライ麦パンが焼けたばかりなんだ。朝食にどうだ……」
両手で焼きたてのパンがのったプレートを持ったおばさんが奥から出てきたんだけれども、私の顔を見て言葉じりをだんだん弱めていく。
「ティア様っ!?」
「ご無沙汰しています。今日は、ご挨拶と朝食を買いに。元婚約者よりも遙かに良い人が見つかりました」
「あっ……」
おばさんはライを知っていたようで、目を一瞬だけ大きく見開いたがすぐに柔らかい笑みを浮かべる。
「初めまして。ライナスと申します。ティアから話は聞いていたのでお会いできるのを楽しみにしていました」
「いやー。新聞で見るよりも数倍良い男だね! ライナス様は」
「新聞ですか?」
「そうさ。私達はティア様の活躍を新聞越しで見てきたからね」
おばさんが視線をカウンターの右側へと向ければ、そこには私の新聞切り抜きが貼られていた。
見てくれていたんだと嬉しくなり、視界がにじんでいくのをぐっと堪える。
今日はおばさんに笑って報告したかったから。
「これよかったら……エタセルで作っている名産品です。以前いただいたパンのお礼に」
私は手にしている紙袋を差し出せば、おばさんは首を左右に振る。
「いいよ、気にしなくても」
「気持ちですので。あの時は声をかけて頂いて嬉しかったです。私が関わらせて貰った商品も入っていますので、是非旦那さんと一緒に食べて下さい」
「ティア様が? そうかい。では、いただくよ。ありがとう」
おばさんは顔を緩めると受け取ってくれた。
「エタセルという国を知らなかったけれども、ティア様の影響で知る様になったよ。長い間鎖となり残っていたエタセルのハーブ問題を解決したり、保養施設を作ったり……最近では酒造工場。大活躍だね。本当にリムスは惜しいことをした」
「なんとか周りの人に協力していただきながらやってきました」
「伯爵様達はお元気かい?」
「えぇ、変わりなく」
「そうか。良かった……」
おばさんは、ほっと安堵の表情を浮かべる。
「しかし、なんとも奇妙なタイミングだね。王都を見てわかると思うが、今日は王女殿下達の結婚式だよ」
「えぇ、実はそのためにリムスへ。実は二年前に招待状を貰いまして」
「……あの二人、ティア様に渡したのかいっ!?」
「頂きました。斬新ですよね」
私はにっこりと微笑んだ。
「まさか、そこまでとは……」
おばさんは呆然としてしまっている。
私も彼女の気持ちは十分理解することができた。
婚約破棄した女に結婚式の招待状を渡すなんてって。
直々に招待状を渡しに来た時、正気か? と思ったし。
「ライも招待されているから一緒に参列する予定なんです。朝食はこちらで頂こうと思うのですが、よろしいですか?」
「勿論だよ! ライ麦パンの他にも焼きたてパンがいくつかあるから、是非食べていってくれ。どれも全部おすすめだよ」
「お魚のフライが挟まれているパン美味しかったです。あれありますか? もう一度食べたいんです」
「今奥でうちの人が作っている最中さ。奥の飲食スペースで待っていて貰えれば、持って行くよ。飲み物は何がいい?」
「私は紅茶を御願いします。ライは?」
「俺も同じものを」
「二人とも紅茶だね」
「はい。おねがいします」
カウンターの方に向かっていくおばさんを見て、再会できてお礼を言えて良かったと思う。
あのとき、優しい言葉を書けて貰ってすごく嬉しかった。
元婚約者に裏切られただけじゃなくて、家も名誉も全部を一気に失ったから。
だから、人の優しさが深くしみたんだ。
+
+
+
パン屋で朝食を食べ、私達は屋敷へと戻ることに。
二人で手を繋ぎながら来た道を歩いているんだけれども、さっきと違い人の往来も多くなり、あちらこちらから視線を感じ始めている。
「美味しいパンだったな」
「うん。でも、お礼をしに行ったのにまたいっぱいパンを貰っちゃった」
私は視線をライの開いている手へと向ける。
するとそこには紙袋が。
お祝いだからと朝食をごちそうになった上に、パンのお土産まで頂いてしまったのだ。
「今度、買い物に行ってたくさん買おう。リストや伯爵達と共に」
「うん」
お兄様とお父様達、きっとびっくりするだろう。
まさか屋敷が残っているなんて。
屋敷があるから、またみんなでいつでも来られる。
「あの!」
ライとおしゃべりをしながら歩いていると突然背後から声をかけられ、私とライが足を止めて振り返れば、私と同じ年頃の少女が三人立っていた。
三人は瞳を不安げに揺らしながら私達を見詰めている。
「ティア様とライナス様ですか……?」
「はい」
私が返事をすれば、周りから悲鳴のような歓声が上がる。
平然としているライと違って、こういうのに慣れていない私は動揺してしまう。
「やっぱり、ティア様とライナス様だったわ!」
「噂は本当なのかしら?」
彼女達の悲鳴が周りに波紋となり広がっていった。
私とライは双方の国から婚約の話が出ているけれども、まだ関係を他国に公表してはいない。
隠してはいないけれども、匂わせているという感じだ。
エタセルのことが落ち着いたら……と思っていたけれども、ライから王女達の結婚式でいっぱい新聞社が来るから、二人で参列すれば絶対に記者から関係を聞かれるからその時にしようって。
食堂や雑貨屋などがある庶民の生活の場となっている通りだ。
お父様が庶民に寄り添う貴族だったため、小さい頃から連れてきて貰っていたけれども、最後に歩いたのは追放決定後にお兄様と買い物に訪れて以来。
今日は王女達の結婚式のためか、お祝いの飾りつけがちらほら窺える。
「まだ時間帯が早いせいか、人があまりいないな」
隣を歩いているライの言うとおり、通路にはまだ人がおらずひっそりと静まりかえっている。
――元気かな。あのパン屋のおばさん。
「もう少しで到着する? なんか、パンの良い香りがしてきたからさ」
「うん。そこのお店。良かった! お店開いているみたい」
お店の扉にはオープンと記された看板が。
リムスでは朝食にパンを購入する人のために、パン屋さんの朝は早いから開店していると思ったけど、定休日の可能性もあったから不安だったのだ。
「おはようございます」
ライが扉を開けてくれたのでお礼を言って中へと入れば、「いらっしゃい」という声がカウンターの奥から聞こえてくる。
「ちょうどライ麦パンが焼けたばかりなんだ。朝食にどうだ……」
両手で焼きたてのパンがのったプレートを持ったおばさんが奥から出てきたんだけれども、私の顔を見て言葉じりをだんだん弱めていく。
「ティア様っ!?」
「ご無沙汰しています。今日は、ご挨拶と朝食を買いに。元婚約者よりも遙かに良い人が見つかりました」
「あっ……」
おばさんはライを知っていたようで、目を一瞬だけ大きく見開いたがすぐに柔らかい笑みを浮かべる。
「初めまして。ライナスと申します。ティアから話は聞いていたのでお会いできるのを楽しみにしていました」
「いやー。新聞で見るよりも数倍良い男だね! ライナス様は」
「新聞ですか?」
「そうさ。私達はティア様の活躍を新聞越しで見てきたからね」
おばさんが視線をカウンターの右側へと向ければ、そこには私の新聞切り抜きが貼られていた。
見てくれていたんだと嬉しくなり、視界がにじんでいくのをぐっと堪える。
今日はおばさんに笑って報告したかったから。
「これよかったら……エタセルで作っている名産品です。以前いただいたパンのお礼に」
私は手にしている紙袋を差し出せば、おばさんは首を左右に振る。
「いいよ、気にしなくても」
「気持ちですので。あの時は声をかけて頂いて嬉しかったです。私が関わらせて貰った商品も入っていますので、是非旦那さんと一緒に食べて下さい」
「ティア様が? そうかい。では、いただくよ。ありがとう」
おばさんは顔を緩めると受け取ってくれた。
「エタセルという国を知らなかったけれども、ティア様の影響で知る様になったよ。長い間鎖となり残っていたエタセルのハーブ問題を解決したり、保養施設を作ったり……最近では酒造工場。大活躍だね。本当にリムスは惜しいことをした」
「なんとか周りの人に協力していただきながらやってきました」
「伯爵様達はお元気かい?」
「えぇ、変わりなく」
「そうか。良かった……」
おばさんは、ほっと安堵の表情を浮かべる。
「しかし、なんとも奇妙なタイミングだね。王都を見てわかると思うが、今日は王女殿下達の結婚式だよ」
「えぇ、実はそのためにリムスへ。実は二年前に招待状を貰いまして」
「……あの二人、ティア様に渡したのかいっ!?」
「頂きました。斬新ですよね」
私はにっこりと微笑んだ。
「まさか、そこまでとは……」
おばさんは呆然としてしまっている。
私も彼女の気持ちは十分理解することができた。
婚約破棄した女に結婚式の招待状を渡すなんてって。
直々に招待状を渡しに来た時、正気か? と思ったし。
「ライも招待されているから一緒に参列する予定なんです。朝食はこちらで頂こうと思うのですが、よろしいですか?」
「勿論だよ! ライ麦パンの他にも焼きたてパンがいくつかあるから、是非食べていってくれ。どれも全部おすすめだよ」
「お魚のフライが挟まれているパン美味しかったです。あれありますか? もう一度食べたいんです」
「今奥でうちの人が作っている最中さ。奥の飲食スペースで待っていて貰えれば、持って行くよ。飲み物は何がいい?」
「私は紅茶を御願いします。ライは?」
「俺も同じものを」
「二人とも紅茶だね」
「はい。おねがいします」
カウンターの方に向かっていくおばさんを見て、再会できてお礼を言えて良かったと思う。
あのとき、優しい言葉を書けて貰ってすごく嬉しかった。
元婚約者に裏切られただけじゃなくて、家も名誉も全部を一気に失ったから。
だから、人の優しさが深くしみたんだ。
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パン屋で朝食を食べ、私達は屋敷へと戻ることに。
二人で手を繋ぎながら来た道を歩いているんだけれども、さっきと違い人の往来も多くなり、あちらこちらから視線を感じ始めている。
「美味しいパンだったな」
「うん。でも、お礼をしに行ったのにまたいっぱいパンを貰っちゃった」
私は視線をライの開いている手へと向ける。
するとそこには紙袋が。
お祝いだからと朝食をごちそうになった上に、パンのお土産まで頂いてしまったのだ。
「今度、買い物に行ってたくさん買おう。リストや伯爵達と共に」
「うん」
お兄様とお父様達、きっとびっくりするだろう。
まさか屋敷が残っているなんて。
屋敷があるから、またみんなでいつでも来られる。
「あの!」
ライとおしゃべりをしながら歩いていると突然背後から声をかけられ、私とライが足を止めて振り返れば、私と同じ年頃の少女が三人立っていた。
三人は瞳を不安げに揺らしながら私達を見詰めている。
「ティア様とライナス様ですか……?」
「はい」
私が返事をすれば、周りから悲鳴のような歓声が上がる。
平然としているライと違って、こういうのに慣れていない私は動揺してしまう。
「やっぱり、ティア様とライナス様だったわ!」
「噂は本当なのかしら?」
彼女達の悲鳴が周りに波紋となり広がっていった。
私とライは双方の国から婚約の話が出ているけれども、まだ関係を他国に公表してはいない。
隠してはいないけれども、匂わせているという感じだ。
エタセルのことが落ち着いたら……と思っていたけれども、ライから王女達の結婚式でいっぱい新聞社が来るから、二人で参列すれば絶対に記者から関係を聞かれるからその時にしようって。
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