その娘、今日より地獄の下僕となりて

歌月碧威

文字の大きさ
10 / 28

怪しげなイケメンお兄さん

しおりを挟む
「綺麗……」
ひやりとする無機質な感覚を両手に受け止めながら、私はその透明な厚い板越しにあるものに魅了されていた。その呟きにより吐き出された空気が、すぐ目の前にある硝子へとぶつかり、ほんの一瞬だけわずかに白く濁り拡散されていく。
本来ならこんな近くで子供のようにしてみる事はないんだけど、理由はわからないが無性に強く惹きつけられる魅力がある。

それはディスプレイされている玩具を羨ましく見つめるような、そんな感じがする。
そんな年齢はもうとっくに越えてしまっているのだが。
それなのになぜか、たった一枚の硝子に邪魔されているのが口惜しいぐらいに感じてしまっていた。
それほど私を魅了するのは、『復元・着物』と書かれたパネルの横にある物――若草色をした着物だ。
解説を見れば、どうやら蝶乃姫ゆかりの代物らしい。

それは裾の部分に桜の花びらと共に黄色い二羽の蝶が、まるで草原をゆらゆらと遊んでいるように舞っている。大きさ的に見ると、たぶん子供用だと言う事が見て理解出来た。
けれども昔の人は、現代人と違い欧米食じゃなかったから、身長高くなかったって話も聞いた事があるので、もしかしたら大人用だという可能性もある。

「ねぇ大原見てよ。これ蝶乃姫の着物だって。何か関係あるかも」
ということでこの着物のいきさつについて知りたくなった私は、後ろを振り返りその先にいる彼を見た。
きっと大原ならわかるかもっていう、実に他人まかせ。
大原なら私よりは確実に詳しいだろうし。だからきっと教えてくれるはず。

だけど、彼は私に後ろ姿を見せたまま動かない。
どうやら壁に貼ってある大型パネルを、ゆっくりと何かを探すように見つめているよう。
大原が見ているそれは、人物画と文字を線で結んである。
どうやら家系図のようなものらしい。たぶん古河氏の一族についてのものだろう。
この辺りの展示物は全て彼らに関するものばかりだから。

遊んでいたつもりは決してないけど、静かに探そう……

気を取り直し次の展示物に移ろうと大原から視線を外した瞬間、ふとすぐ背後に何者かの気配を感じた。
そのせいで、私は猫の如く素早い動きで振り返り、それと距離を取らざるを得なかった。
人間には境界線があるって聞いた事がある。
仲が良い人と、見ず知らずの人ではその境界線の範囲が違うらしい。

たとえば満員電車がそうだ。あれは見ず知らずの人が自分の領域を侵しているから不快に感じると。
たしかに仲が良い子と、見ず知らずの人では距離感が違う。
その心理的作用が働いたのか、私はその場からすぐに離れたくなった。
意外と俊敏な動きを出来ることに褒めてあげたいが、そこで目にした光景に眉がぴくりと動いた。

――だ、誰……?

早鐘のように体で鳴り響く心臓の音を感じながら、私は目の前の人に対し失礼を承知で凝視した。
そこに居たのは、紺色の麻で出来た着物を身に纏う青年。
シャープな輪郭に、すっとした鼻に薄い血の通わないような色をした唇。
そしておしろいでも塗りたくったような顔。艶のある胸下まで長い漆黒の髪は、一つに赤い紐で結われそのまま左肩に流れるようにかけられている。
そんな風貌のため、ただでさえ一度目にしたら忘れられないような人なのだけれども、それを以上に印象的な部分がある。
それは、兎のような赤い瞳。
カラコンなのか。色が血のように濃すぎて光が入ってないように窺える。
そのお兄さんは距離を取った分、自らタイルを踏みしめこちらへ向かうと、私を見て微笑んだ。
誰もが綺麗だなと見惚れるはずの表情なのに、私にはそれがホラー映画でも見てしまったかのような気分。肌を撫でてくる冷気に鳥肌が立っている。
綺麗すぎて人形のようだからなのか、まるで生気が感じられない。

「――ねぇ、知っている?」
「え?」
「この着物はね、蝶乃姫が死の直前まで胸にかき抱いていたんだ。もちろん複製これじゃなく、本物をね」
さっきの私と同じように、彼は硝子に触れうっとりとそれを眺めている。それはまるでそこに最愛の人が佇んでいるかのように。
「成長し大人になった彼女には、もうすでにサイズが合わない。でも彼女はずっと肌身離さずそれをずっと持っていた。それがなぜだかわかるかい?」
細い折れそうな白い指でガラスを撫でると、彼はこちらへと顔を向けた。
雪のような純真さと冷たさを含む声。それなのに身震いするほどの威圧的だ。
見ず知らずの他人なのに、その人に従わなければという妙な忠誠心を働かせるぐらいに。
しかもやたら美声。私は声フェチというわけではないけれども、この声は魅力的。
もし仮にこの人が洋画の吹き替えやってくれれば、絶対に見るよっていうぐらい質がいい。
ただ一つ問題が。

――この人誰……?

やたら詳しいから史学科の大学生か、歴史に詳しいお兄さんって事はわかる。
ただ、人形が動いているって言われても違和感ないぐらいに人っぽくない。
故にほんのりとした恐怖に駆り立てられる。

――まさか、幽霊とか? でも、私霊感ないし。

小首を傾げていると、「月山!」という何かを焦るような、いやそれを通り越して怒鳴るようなそんな声音が耳に届く。
切羽詰まった大原のその様子に、ただ事でない様を感じた私は、それを確かめようと体を動かそうとした。だが、その前に大原に腕を掴まれ、引きずられるように彼の背に庇われてしまっていた。

「なぜ此方へ? 一刻も早く御戻りを」
「姫を背に庇って、まるで王子様のようだね。せっかくこちらの世界に来たばっかりなんだ。そんなに邪険にしなくても構わないじゃないか。僕は悪役ではないのだから」
「秩序の問題です。ここは人間界。貴方様では歪みが生じ、この世界に綻びが生じ始めてしまいます」
「大丈夫。ある程度力を押させている。だから問題ない。でもさすがはあの大原の血を引く者だね。僕がわかるなんて。褒めてあげるよ。どこからどう見ても人間の姿なのに」
「全てを隠し切れてはいませんので」
「あ、やっぱ完全には無理かぁ。僕って、地獄その物かってぐらいに、空気が強いものねぇ。一応こちらの世界に負担かけないように、ある程度押さえているのだけれども。やっぱ漏れちゃっているのかぁ……じゃあやっぱ、この世界には長くは滞在出来ないかもしれないね」
「歪みを生む可能性を持つのに、何故わざわざ? まさか、月山に?」
「うん、まぁ。ほら、アレが世話になるようだから挨拶に来たのだよ。きっと面倒をかけると思ってね」
ずっと大原は堅い口調でお兄さんと話していた。そのせいで私まで妙な緊張感に支配になる。

――ん? そう言えばこの人、地獄の空気って言わなかった? しかもアレが世話になるって。まさか!






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...