サムライ×ドール

多晴

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第一夜『星巡りの夜』

其之十一:笹鳴りの町へ①

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急いで外務の制服に着替え、髪を梳かすのもそこそこに前髪だけをいつも通り結ぶと、皆を起こさないようにそうっと勝手口に向かった。
それぞれ自室で寝ているクロ兄さんと蒼太はいいとして、階段を降りてすぐのリビングでごろ寝しているだろうハク兄さんが難関だ。…と思ったけれど、何故かそこにハク兄さんの姿はなかった。外で電子煙管でも蒸かしているのかと恐る恐る外に出たがそこにもおらず、幸い誰にも見つからずに抜け出すことが出来た。

何だかとても悪い事をしているようで、いや実際悪いことなので非常に気が咎めるけれど、ここから天岐多邸のある桃園寺までは歩いて20分ほどだ。行って様子を見て帰ってくる程度なら、1時間ほどで済むだろう。
天岐多様に会うのは難しいだろうけど、現場に行きさえすればひとまず綺也さまも納得するはずだ。…納得すると思いたい。

綺也さまは、店の入り口の前で静かに空を見上げて待っていた。
普段は明るい駅前の照明も今は落とされ、空には満天の星が瞬いていた。どこからともなく、しゃらしゃらと風が笹の葉を奏でる音が響いてくる。

ここ桃園谷では、毎年七月七日から一か月間の間『桃園谷星まつり』が開催され、町中が七夕飾りで彩られる。大通り沿いには笹が並木のようにずらりと立ち並び、桃園谷のみならず新東京中から集められた色とりどりの短冊が、行き交う人々の目を楽しませる。
大破壊前、桃園谷が陸にあった頃から続く祭りだそうで、当時は駅の南側にあるアーケード街で月遅れの一週間程度のみ行われていたらしい。雨で装飾が痛むからというのが理由の一つだったらしいけれど、後に伝統の和紙にがっつり防水加工された素材が開発されて、吹き流しや提灯といった昔ながらの装飾も今や町中に飾られるようになった。桃園谷を代表する祭りとあって、商店街を歩けば祭りの数ヶ月も前からハリボテ作りに精を出す町人達の姿が見られ、こちらも風物詩となっている。
それに加えて、現代の祭りはプロジェクションマッピングやARによる装飾が主流だ。この桃園谷星まつりも例外ではなく、なんの遠慮もなくむしろ容赦なく街の隅から隅まで光と映像で飾り立てられ、流石に風情に欠けるのではという苦言が出るほどだ。

とはいえ、それはあくまで人通りの多い時間帯の話。深夜を回ったこの時間は流石に照明や映像は消されるし店も閉まる。何より今日は七夕当日の夜。人工の明かりを消して星空を楽しもうという粋な計らいから、むしろ今夜の桃園谷は普段より暗いのだ。
そんな町中を綺也さまと二人並んで歩く。生まれてこの方ずっと見てきた筈の風景が、月並みな表現ながら全くの別世界のように思えた。折角だからこの不思議な夜のひと時を味わいながら…と行きたいところだけど、綺也さまの歩みには一切の迷いも冷やかしも無かった。脇目も振らずただ真っ直ぐに天岐多邸に向かっている。

──そう言えば、何故綺也さまはわざわざあたしを連れ出そうとしたのだろうか。こんな風に一人で歩いて帰れるなら、黙って抜け出してしまえば良かっただろうに…いや、それも困るけれど。
そもそも何故、わざわざ飛脚問屋に依頼するなんて遠回しなことをしたのだろう。帰り道を知らないのかとも思ったけれど、このスムーズな足の運びはどう見ても道はちゃんとわかっている。通常モードで機能がどうのと言っていたけれど、それが関係しているのだろうか?

…いくら考えても、自他ともに認める機械音痴のあたしにドールの行動理念なんて分かる筈もない。おそらく説明されても分からないだろう。
あたしは空を仰ぎ見た。細かい事を考えて頭がこんがらがった時は、やっぱり星を見るに限る。

「素敵な星空ねー!今夜は月の出が遅いそうだから星がよく見えるわ。…去年の七夕は十七夜だったから、月が明るすぎてよく見えなかったのよね…お月様も時には野暮なことをしたいのかしら~なんて思ったっけ」

星の恋人たちが主役の夜に月が一人で皓々と照り渡っているなんて、流石に少しばかり無粋だろう。そう言うと、綺也さまはじっとこちらを見つめてきた。特に変なことを言ったつもりはなかったのでその視線が気まずい。

「綺也さま、どうかした?」
「………いや」

綺也さまは視線を前方に戻すと、淀みない口調で続けた。

「…月の満ち欠けを元にしていた旧暦では、七月七日は必ず上弦の月だ。半月の姿を渡し船に見立て、織姫が月の船に乗って天の河を渡っていくとする伝説もあるそうだ」
「へえぇ~~!そうなんだ!知らなかったわ。そんなロマンチックな話だったら、お月様もあたしに悪口言われずに済んだのにね」

流石はドール、色んなデータを持っているようだ。
綺也さまは感心するあたしをさっきと同じ目でじっと見ると、やがてまた前方に向き直り、そのまま押し黙ってしまった。しばらくそのまま並んで歩いたが、やがて沈黙に耐え切れなくなったあたしは再び雑談を試みることにした。

「ねえ、綺也さま。天岐多様ってどんな方?」
「…天岐多太一。天岐多家の現当主で13代目にあたる。平咸へいかん二年1月3日生まれ、満31歳。旧幕府時代から続く中級武士である天岐多家の嫡男として生まれる。桃園寺寺子屋を卒業の後、埜之薔薇ののばら私塾へ進学。文武共に優秀な成績を修め、中等部・高等部ともに生徒会長を…」
「ハイそこまで」

またしても、まるで原稿を読み上げるかのように滔々と羅列される情報に、あたしは呆れて笑ってしまった。

「あのね、そんなウィ〇ペディアの記事みたいなことを聞きたいんじゃなくて、えーとそうね…綺也さまは天岐多様をどんな方だと思ってるの?」
「…ふむ。……一言で言うなら、とても大きなお方だ。何もかもが…」
「あー、分かるわそれ」

あたしは天岐多様のことをテレビの中の姿でしか知らないけれど、確かにそんなイメージがある。
まず、見た目が大きかった。身の丈2メートルはあろうかという大柄で、しかも全身ムッキムキでまさに巨漢と呼ぶにふさわしい。不思議な十字の剃り込みの入った坊主頭といういかにも厳つい外見なのに、笑うとニコニコと人懐こそうな笑顔で、そのギャップがむしろ親しみを持てた。
そして声も大きかった。何年か前、選挙活動中の街頭演説をしている姿を見たことがあるが、騒がしい駅前広場であるにもかかわらずマイクも使わず豪快に声を張り上げていた。当時のあたしはまだ幼くて言ってる内容は当然全く分からなかったけど、スピーカーを通さない文字通りの生の声で熱心に語り掛ける姿は、何となくヒーローのようで格好良かった。大きな男の人が大きな声を出しているのに、全く怖くなかったことも印象に残っている。
そしておそらく度量も大きいお人なのだろう。由緒正しいお武家様なのに気取ることなく、平民や町内会とも気さくに交流していたと聞いている。

ふと、垂れ下がる七夕飾りから落ちてきたらしいカラーテープが、あたしの頬をふわりと掠めた。
天岐多様は商店街の活性化にも力を入れていた。祭りにも毎年参加されていて、初日にアーケード街を人々と笑顔を交わしながら歩く姿の映像が、祭りの開始を告げるニュースの定番になっている。
という事は、今年はあの映像は流れなかったのだろう。──そしておそらくは、もう二度と流れることはないのだろう。
そう言えば、毎年この日は夜中でも星を見ようと結構人が出歩いていると、前にハク兄さんが言っていた。しかし今夜は人影はほとんど見えない。やはり前日にあのようなことがあったので、皆自粛しているのだろう。
いつもとは明らかに違う七夕の夜になってしまった事に、あたしは改めて胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
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