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3章 ルダマン帝国編
第223話 逃走の機会
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琉海の足元の矢も彼女が放ったのだろう。
「それ以上動けば、次は当てるわ」
弓をこちらに向ける女性。
「なぜ、貴様がここにいる!」
矢はグライハルトにも放たれていたようだ。
彼も逃げようとした体勢から動けずにいた。
(知り合いなのか?)
琉海は彼女が何者なのかを知らない。
成り行きを見守るしかなかった。
「私がいると困るのかしら?」
「いや――」
グライハルトは否定しようとしたが、何かを思いついたのか、口角を上げて琉海のほうに向き直った。
「そうだな。ちょうどいいところに来た。あいつを捕らえろ。それが貴様の役目だろ。〝弓帝〟」
「…………ッ!?」
(〝弓帝〟だと!)
琉海は〝弓帝〟と呼ばれた女性に視線を向ける。
「私の役目は帝国を守ることよ。あなたを守ることではないわ」
「何を言う。俺たちを守れば、帝国の繁栄は約束されたようなものだろ。つまり、俺たちを守ることがお前たち〝帝天十傑〟の役目だ」
グライハルトはそれが当たり前だというかのように、堂々と言い張る。
「この七光りが……」
〝弓帝〟は小声でそう呟いた。
グライハルトには聞こえていないようだが、琉海の耳にはしっかり聞こえていた。
(貴族と〝帝天十傑〟は仲が悪いのか?)
「それで、俺たちを守ってくれるのか? 〝弓帝〟」
「答えはそっちの人の返答も聞いてからよ」
〝弓帝〟は琉海に視線を向けた。
「あなたはなぜ彼らを襲っているのかしら?」
(正直に答えるべきか?)
喧嘩するような仲でも帝国のためとなれば、こちらを排除するかもしれない。
信用できないが何も答えないわけにもいかない。
こちらも隠したいことはある。
帝国側がどれだけの情報を持っているのかもわからない。
(ある程度は正直に言うか)
「彼らの雇った傭兵に襲われまして、抗っていたところです」
こちらには何の非もないことを伝える。
「そうなの?」
〝弓帝〟はグライハルトに視線を向けた。
「この俺がそのようなことをすると思うか? 平民にそんなことをして何の得がある」
両者の言い分を聞いた〝弓帝〟は数舜の沈黙の後――
「わかったわ。現場の確認と事実確認のために二人とも大人しく付いて来てもらうわ」
〝弓帝〟の言い回しは柔らかだったが、拘束するという解釈で問題ないだろう。
琉海には進行中の計画がある。
ここで大人しく捕まったら、明日の収容所救出作戦は中止するしかなくなる。
さすがにそれは許容できない。
「すみませんがこちらにも都合がありまして、同行できません」
琉海はできるだけ角が立たないように言った。
しかし――
「申し訳ないけど、その予定は取り止めにしてもらうわ」
弓の照準はいまだに琉海に向けられている。
少しでも動けば矢を放つと視線が訴えてくる。
これでは身動きが取れない。
そんなとき――
『そっちはどう?』
エアリスの念話が聞いてきた。
状況を一通り説明した後――
「ここから逃げることになりそうだから、先に二人と一緒にそこから離れてくれ。明日の潜伏予定場所で合流しよう」
琉海は周囲に聞こえないほどの小声でエアリスに伝えた。
『わかったわ』
(さて、ここからどうやって逃げるか……)
現状、危険なのは〝弓帝〟と呼ばれる女性のみ。
異名の通りなら、弓が得意なのだろう。
周囲は建物が乱立している。
それらを遮蔽物にすれば逃げ切れるかもしれない。
ただ、〝剣帝〟と同じように何かしらの特殊能力を持っている可能性がある。
とはいれ、ここは帝国民の居住地だ。
広範囲の攻撃はできないだろう。
あとは、〝弓帝〟とのスピード勝負。
〝剣帝〟のように高速移動ができると逃げるのに苦労しそうだ。
「グライハルト殿も来てもらうわ」
「いや、俺は――」
「拒否権はないわよ。事実確認が終わるまでは逃がさないから」
「チッ……」
グライハルトは舌打ちをするものの、〝弓帝〟に逆らうことはしなかった。
さすがに父親が権力を持っているとはいえ、逆らえる相手ではないということだろう。
「あなたも来てもらうわよ」
「ああ、わかった」
琉海は頷いた。
琉海が了承したことで〝弓帝〟は弓を下げた。
ただし、警戒の視線は消えていない。
逃げられることを警戒しているのだろうか。
「ついてきなさい」
〝弓帝〟が先に屋根上から降り、ボレガスがグライハルトを担いで飛び降りた。
琉海もそれに追随する。
リーリアたちが逃げる時間も必要だ。
〝弓帝〟の背後を大人しく着いていく。
監視の目が常にあるのか、琉海が歩く以外の予備動作をすると視線がこちらに向けられる。
〝弓帝〟の進行方向は兵舎だった。
兵舎は皇宮の近く。
そこに辿り着くまでには隙を見て逃げる。
琉海はそのタイミングが来るまで〝弓帝〟に従う。
数分間、真夜中で誰もいない町を歩き続ける。
「そういえば、あの辺りに彼らの雇った傭兵が倒れていたんですが……?」
琉海は現場はどうするつもりかと暗に聞く。
「あそこには私の部下が向かっているわ。現場の確認は部下に任せれば問題ないわよ」
「そうですか」
〝弓帝〟の部下がすでにこの周辺にいるようだ。
あまりにも兵舎に近づきすぎれば、逃げる機会を失う。
(そろそろ、ここを離れるか)
琉海は精霊術で身体強化を行う。
マナを感知することのできない〝弓帝〟たちには琉海の行動に気づけない。
後は一歩踏み出すタイミングのみ。
「ここを左に曲がるわ」
〝弓帝〟が角を曲がった。
琉海は歩幅を狭めて、〝弓帝〟の次にグライハルトたちが先に曲がるように調整する。
そして、グライハルトとボレガスが曲がった瞬間――
琉海は全力で逆方向にダッシュした。
すぐにT字路が見えてくる。
(あそこを曲がれば……)
背後から視線を感じた。
琉海はT字路を曲がるときに背後を覗いた。
その瞬間、三本の矢が琉海の眼前まで来ていた。
(うお……)
反射で避けて、その勢いのままT字路を曲がり、さらに先の角も曲がる。
ジグザグに住宅区域を駆け巡り、〝弓帝〟を撒く。
「あそこで振り返ってなかったら、危なかったな」
一瞬で頭に照準を合わせてくる正確さ。
狙いを完璧に実行できる技量。
偶然ではないだろう。
つまり、〝弓帝〟には琉海の動きが見えていたということだ。
〝弓帝〟と呼ばれるだけのことはある。
琉海は帝都からの脱出を考えながら、逃げ続けた。
「それ以上動けば、次は当てるわ」
弓をこちらに向ける女性。
「なぜ、貴様がここにいる!」
矢はグライハルトにも放たれていたようだ。
彼も逃げようとした体勢から動けずにいた。
(知り合いなのか?)
琉海は彼女が何者なのかを知らない。
成り行きを見守るしかなかった。
「私がいると困るのかしら?」
「いや――」
グライハルトは否定しようとしたが、何かを思いついたのか、口角を上げて琉海のほうに向き直った。
「そうだな。ちょうどいいところに来た。あいつを捕らえろ。それが貴様の役目だろ。〝弓帝〟」
「…………ッ!?」
(〝弓帝〟だと!)
琉海は〝弓帝〟と呼ばれた女性に視線を向ける。
「私の役目は帝国を守ることよ。あなたを守ることではないわ」
「何を言う。俺たちを守れば、帝国の繁栄は約束されたようなものだろ。つまり、俺たちを守ることがお前たち〝帝天十傑〟の役目だ」
グライハルトはそれが当たり前だというかのように、堂々と言い張る。
「この七光りが……」
〝弓帝〟は小声でそう呟いた。
グライハルトには聞こえていないようだが、琉海の耳にはしっかり聞こえていた。
(貴族と〝帝天十傑〟は仲が悪いのか?)
「それで、俺たちを守ってくれるのか? 〝弓帝〟」
「答えはそっちの人の返答も聞いてからよ」
〝弓帝〟は琉海に視線を向けた。
「あなたはなぜ彼らを襲っているのかしら?」
(正直に答えるべきか?)
喧嘩するような仲でも帝国のためとなれば、こちらを排除するかもしれない。
信用できないが何も答えないわけにもいかない。
こちらも隠したいことはある。
帝国側がどれだけの情報を持っているのかもわからない。
(ある程度は正直に言うか)
「彼らの雇った傭兵に襲われまして、抗っていたところです」
こちらには何の非もないことを伝える。
「そうなの?」
〝弓帝〟はグライハルトに視線を向けた。
「この俺がそのようなことをすると思うか? 平民にそんなことをして何の得がある」
両者の言い分を聞いた〝弓帝〟は数舜の沈黙の後――
「わかったわ。現場の確認と事実確認のために二人とも大人しく付いて来てもらうわ」
〝弓帝〟の言い回しは柔らかだったが、拘束するという解釈で問題ないだろう。
琉海には進行中の計画がある。
ここで大人しく捕まったら、明日の収容所救出作戦は中止するしかなくなる。
さすがにそれは許容できない。
「すみませんがこちらにも都合がありまして、同行できません」
琉海はできるだけ角が立たないように言った。
しかし――
「申し訳ないけど、その予定は取り止めにしてもらうわ」
弓の照準はいまだに琉海に向けられている。
少しでも動けば矢を放つと視線が訴えてくる。
これでは身動きが取れない。
そんなとき――
『そっちはどう?』
エアリスの念話が聞いてきた。
状況を一通り説明した後――
「ここから逃げることになりそうだから、先に二人と一緒にそこから離れてくれ。明日の潜伏予定場所で合流しよう」
琉海は周囲に聞こえないほどの小声でエアリスに伝えた。
『わかったわ』
(さて、ここからどうやって逃げるか……)
現状、危険なのは〝弓帝〟と呼ばれる女性のみ。
異名の通りなら、弓が得意なのだろう。
周囲は建物が乱立している。
それらを遮蔽物にすれば逃げ切れるかもしれない。
ただ、〝剣帝〟と同じように何かしらの特殊能力を持っている可能性がある。
とはいれ、ここは帝国民の居住地だ。
広範囲の攻撃はできないだろう。
あとは、〝弓帝〟とのスピード勝負。
〝剣帝〟のように高速移動ができると逃げるのに苦労しそうだ。
「グライハルト殿も来てもらうわ」
「いや、俺は――」
「拒否権はないわよ。事実確認が終わるまでは逃がさないから」
「チッ……」
グライハルトは舌打ちをするものの、〝弓帝〟に逆らうことはしなかった。
さすがに父親が権力を持っているとはいえ、逆らえる相手ではないということだろう。
「あなたも来てもらうわよ」
「ああ、わかった」
琉海は頷いた。
琉海が了承したことで〝弓帝〟は弓を下げた。
ただし、警戒の視線は消えていない。
逃げられることを警戒しているのだろうか。
「ついてきなさい」
〝弓帝〟が先に屋根上から降り、ボレガスがグライハルトを担いで飛び降りた。
琉海もそれに追随する。
リーリアたちが逃げる時間も必要だ。
〝弓帝〟の背後を大人しく着いていく。
監視の目が常にあるのか、琉海が歩く以外の予備動作をすると視線がこちらに向けられる。
〝弓帝〟の進行方向は兵舎だった。
兵舎は皇宮の近く。
そこに辿り着くまでには隙を見て逃げる。
琉海はそのタイミングが来るまで〝弓帝〟に従う。
数分間、真夜中で誰もいない町を歩き続ける。
「そういえば、あの辺りに彼らの雇った傭兵が倒れていたんですが……?」
琉海は現場はどうするつもりかと暗に聞く。
「あそこには私の部下が向かっているわ。現場の確認は部下に任せれば問題ないわよ」
「そうですか」
〝弓帝〟の部下がすでにこの周辺にいるようだ。
あまりにも兵舎に近づきすぎれば、逃げる機会を失う。
(そろそろ、ここを離れるか)
琉海は精霊術で身体強化を行う。
マナを感知することのできない〝弓帝〟たちには琉海の行動に気づけない。
後は一歩踏み出すタイミングのみ。
「ここを左に曲がるわ」
〝弓帝〟が角を曲がった。
琉海は歩幅を狭めて、〝弓帝〟の次にグライハルトたちが先に曲がるように調整する。
そして、グライハルトとボレガスが曲がった瞬間――
琉海は全力で逆方向にダッシュした。
すぐにT字路が見えてくる。
(あそこを曲がれば……)
背後から視線を感じた。
琉海はT字路を曲がるときに背後を覗いた。
その瞬間、三本の矢が琉海の眼前まで来ていた。
(うお……)
反射で避けて、その勢いのままT字路を曲がり、さらに先の角も曲がる。
ジグザグに住宅区域を駆け巡り、〝弓帝〟を撒く。
「あそこで振り返ってなかったら、危なかったな」
一瞬で頭に照準を合わせてくる正確さ。
狙いを完璧に実行できる技量。
偶然ではないだろう。
つまり、〝弓帝〟には琉海の動きが見えていたということだ。
〝弓帝〟と呼ばれるだけのことはある。
琉海は帝都からの脱出を考えながら、逃げ続けた。
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