何でも屋

ポテトバサー

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第四章:サイコロ振ったら家買います 

桜咲く梅公園

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 春容しゅんようにうつつを抜かす街の大通りを、知哉の運転する軽トラが緩やかに進んでいく。ハンドルを握る知哉の横では、椎名が型の古いカーラジオのつまみを捻っていた。

ラジオ『だーはっはっはっは! 猪俣いのまた、何を考えてんだよお前は! はぁーあ、はい、それじゃ今週も始まります、「私のポカ様」のコーナー!』

 カーラジオを聞きながら、二人は相変わらずの昨日を話していた。

知哉「いやー、昨日は気持ちのいいくらいに負けちゃったなぁ」

椎名「良い粘りだったけど、あのタイミングで税金カードを引いちゃうってのはねぇ」

知哉「そうなんですよぉ。調子こいて何軒も家とかホテル建てちゃったもんですから、一瞬で何もかも失いましたから」

椎名「ボードゲームとはいえ、お金を持っちゃうと人ってのは変わっちゃうから」

知哉「やっぱり、生活は乏しくとも心は豊かに、じゃないとダメですね」

椎名「おっ、良いこと言うねぇ知哉君」

知哉「まぁ、生活も心も豊かが一番良いんですけど」

椎名「良いねぇ、それ良いねぇ。じゃ知哉君、どうぞよろしく!」

知哉「おんぶに抱っこか!」

 知哉は笑いながらハンドルを切り、十字路の先にあるホームセンターの駐車場に入っていった。平日昼間のホームセンターはやはり空いていて、店の入口付近に車を停めることが出来た。

知哉「あーい、到着。空いてると楽でいいですね」

椎名「店側からしたら大変なことだけどね」

知哉「確かに……」

 車を降りた二人が店内に入っていくと、『春のレジャー特集』と銘打った特設コーナーがあった。

知哉「はぁ、最近は桜じゃなくて、企業の商戦で春に気づきますよ……」

椎名「桜前線ならぬ桜商戦だからねぇ」

 クーラーボックスにブルーシート、虫除けスプレーから保冷剤まで、様々な商品が陳列されていた。

椎名「そういえば事務所の裏手にある公園は、そろそろ八重桜が咲きそうだよ」

知哉「あぁ、梅公園ですか」

椎名「そうそう梅公園。でもなんで梅公園っていうの? 一本の梅の木も無いのに」

知哉「発注ミスらしいですよ。梅だって言ってるのに八重桜を頼んじゃって、しかも、先に『梅公園』っていうプレートが出来上がっちゃってからの発覚。もうどうしようもないですよ」

椎名「あらぁ、そういうことだったんだ」

知哉「さて、お目当ての工具と裁ちバサミを見に行きましょう」

椎名「あと軍手ね。修君に頼まれたやつ」

知哉「そうでした。ったく、軍手なんて何でもいいじゃねぇか」

椎名「まぁサイズもいろいろあるし、質もあるし」

知哉「よく俺に言いますよ修は」

椎名「なんて?」

知哉「お前は安物買いの銭失いだって」

椎名「だから昨日のボードゲームで負けたんじゃないの?」

知哉「………くそぉ、アゴヒゲとピエロの資産を全部奪ってやる!」

椎名「なんで僕のまで?!」

 その頃、ヒゲの修は事務所に昼休みの札を掛け、知哉の実家である『八番亭』に向かっている最中だった。

修「はぁーあ、陽気に『春』なんぞやりやがってよぉ… 春先はバカが増えるから嫌なんだよ、バカがよぉ」

 中年オヤジみたいな文句を言いながら、八番亭の引き戸を開ける修。

修「こんにちは」

 暖簾のれんをくぐって入ってきた修に、知哉の父である勝が、厨房でネギを刻みながら迎えた。

勝「よぉ修ちゃんか、いらっしゃい」

修「こんにちは」

 修は会釈をして引き戸を閉めると、いつものカウンター席に腰を掛けた。

修「えーっと、それじゃ‥」

勝「どうせチャーシューメン頼むんだろ?」

修「惜しい! 惜しいなぁおじさん! チャーハンが足らないですよ」

勝「食うなぁ若ぇのはよぉ。胃おかしくならねぇのか」

修「胃だけは丈夫なんですよ」

勝「あぁ、ウチの息子と一緒で他はおかしいっつーパターンか」

修「ま、そういうことですねぇ」

勝「ったく、楽しそうでいいよなぁ」

 勝が調理を始めると、修は邪魔をしないよう、壁に設置されているテレビを見始める。

修「おじさん、チャンネル変えてもいいですか?」

勝「おう、いいぜ」

 修はカウンターに置いてあったリモコンで次々とチャンネルを切り替えていく。だがどれも似たような番組で、最新・話題・今注目といった情報ばかりだった。

修「なーにが情報番組だよ? 世の中ミーハーばっかが住んでんじゃねぇんだよ。もっと他に、こう、なんかあるだろ?」

勝「修ちゃんよぉ、これからチャーシューメンとチャーハン食うんだから、血圧上げんなっての」

修「俺が上げてるんじゃないんですよ。アイツらが上げさせてんですよ」

勝「ま、気分良く食ってくれよ。あい、お待ち!」

修「相変わらず早いですねぇ」

勝「おうよ!」

修「それに美味い!」

勝「そりゃ当たり前!」

 修はチャーシューメンとチャーハンを軽快に食べ始める。勝は修の美味しそうな物の食べ方が好きだったりする。

勝「んで? どうなんだい、何でも屋の方は?」

修「月によっちゃギリギリの時もありますけど、とりあえず教授さんの計算通りにいってまして。まっ、楽しく真面目にやってます」

勝「ウチの出来損ないは、役に立ってんの?」

修「そりゃもちろん。小っ恥ずかしいですけど、知哉のことは頼りにしてますから」

勝「はい、今の発言を一斉送信っと……」

修「どこにですか! いいからネギを切っててくださいよ! ったく今の団塊世代はおっかねぇーなぁもう……」

 修がズルズルッと麺をすすった時、店の引き戸が開き一人の男が気怠そうに入ってきた。

勝「おう、ノブか」

 ノブと呼ばれた男は大沢信男おおさわ のぶおといって、八番亭の裏にあるグラグラ商店街でたたみ屋を営んでいる。勝と信男の関係は『昔からの付き合い』というやつだ。

信男「よぉマサちゃん。なんでぇ、ガラの悪い兄ちゃんがいると思ったら修ちゃんじゃねぇか」

修「余計なお世話ですよ」

 言われた信男は笑いながら、修から一つ開けた左の席に腰を掛けた。

信男「味噌ラーメン」

勝「あいよ…… うい、お待ち!」

信男「早ぇな! 旨ぇな!」

 二人のやり取りを聞きながら、修はセルフサービスの水を取りに立った。

修「はい、お水」

信男「おっ、気が利くねぇ修ちゃん、ウチの娘とは大違いだ。どうだ、ウチの娘にならねぇか?」

修「ならねぇよ! なんで性転換をしなきゃならねぇんだ! 大体、そういうときは、娘と結婚してくれとかじゃないんですか?」

信男「え? 籍入れてくれるの?」

修「入れねぇよ!」

信男「入れさせねぇよ!」

修「訳がわかんねぇなもう!」

 疲れた修はチャーハンを勢い良く食べ始めた。

勝「つーかよノブ、さっき疲れた顔してたけどよ、なんかあったのか?」

信男「ん? いやな、最近注文が多くて大変なんだわ。忙しいったらねぇの」

修「仕事が無いより良いじゃないですか」

信男「それにしたってキツイんだよ。明子あきこも客を増や…… あ、明子ってのは俺の28歳の娘ね」

修「知ってますよ! 誰に言ってるんですか?」

信男「んで客を‥」

修「なんで無視?」

信男「増やしてくれるのはいいんだけどよ、期日に間に合わなかったらどーすんだっての」

 ズズッとスープを飲み込んだ信男の口に、濃厚な味噌の味が広がっていく。

修「若い二人は何してるんですか? それにとおるさんが…… あ、徹さんってのは32歳の息子さんのことね」

勝「知ってるよ! 俺の息子なんだからよ! つーか誰に言ってんだ?!」

修「んで徹さんが‥」

勝「あ、こういう気持ちだったのね……」

修「いるんだから大丈夫なんじゃないんですか?」

 あっという間にチャーシューメンとチャーハンを食べ終えた修は、水を飲み干した。

信男「いや、若い衆も徹も気ぃ張ってやってくれてるけどよ、明子の連れてくる客、受ける仕事のほとんどが海外のお客と依頼なんだよ……」

勝「へぇー、海外?」

信男「おう。んでもって、注文する畳のデザインが複雑なもんばっかなんだよ」

勝「なるほどな、それで時間くっちまうってことか」

信男「そーゆーこと… そういや修ちゃんとこはどうなんだよ? あのーほら、あのー何とか屋……」

修「何でも屋! あと二文字どうにかならなかったんですか!?」

信男「そうそう、何でも屋。んで調子は?」

修「まぁ、ようやく風に乗ったって感じですかねぇ」

信男「訳の分からねぇ仕事も来んだろ?」

修「そりゃもう、肝を冷やすもんから骨折り損なもんまで……」

信男「ハハハッ、楽しそうだなぁオイ!」

 その時、三人の話に句点をつけるかのように引き戸が音をたてた。

男「こんにちはー」

 三人が引き戸へ視線をやると、頭をツルピカさせた男が入ってきた。信男はその男を見るなり、目を細めて手をかざした。

信男「眩しいんだよ毛利もうり! 電球かお前は!」

 電球扱いの毛利実は同じグラグラ商店街で床屋を営んでおり、信男の小学・中学時代の同級生。つまりは親友というやつだ。

毛利「LEDだよ俺は!」

 ハゲの自虐ネタを言いながら、毛利はわざわざ信男と修の間の席に座る。

修「ちょっと、何で間に座るんですか!? むこうに空いてるでしょ席が!」

毛利「えぇ? いやポルトガル語を言われてもわかんないよ俺は」

修「言ってねぇよ!」

勝「おう毛利、何食うんだ?」

毛利「五目を」

勝「あいよ!」

 さっそく出来上がった五目そばを『美味い美味い』とすすり出す毛利。だが突然パッと頭を上げ、頭を擦りながら何やら考え出した。

信男「ん? どうしたんだよ、出るもん出ねぇような面しやがって」

毛利「いやさノブちゃん、俺ってほら、昔からおっちょこちょいだろ?」

信男「おう」

毛利「よく頭とかぶつけてたろ?」

信男「あぁ」

 味噌ラーメンを食べ終えた勝は、爪楊枝をくわえながら話を聞く。

毛利「けどさ、若いころに比べて、ぶつけた時の痛みが増してるんだよなぁ」

信男「ハゲたからだよ! ハゲちゃったのお前は!」

毛利「あ、なるほどね」

信男「なるほどね、じゃねんだよ! 人様の髪を切ってる場合かお前は!」

毛利「いやぁ、もうね、来る客来る客、全員丸坊主にしてやろうと思うんだよ」

 毛利はヘラっとした笑いを見せると、再び五目そばをすすりだした。だがまたしてもパッと顔を上げ、今度は修に話しかけた。

毛利「そうそう修ちゃん、どうだいノンポリ屋のほうは?」

修「何でも屋だよ! 間違うにも、もすこし似た言葉があるでしょ!」

毛利「あぁ、何でも屋ね何でも屋。…………というかノンポリって何?」

修「知らないで使ったんですか! 辞書をひきなさい辞書を! というか、俺に突っ込ませないでくださいよ!」

毛利「いやぁ、修ちゃんは年の差超えて、的確で短い気持ちの良い言葉で返してくれるからさぁ。ねぇノブちゃん?」

信男「そうそう。それによ、俺らがバカを言って、修ちゃんに突っ込ませれば突っ込ませるほど、はたから見りゃ『年上にヒドイ言葉使うねぇ』なんて修ちゃんの株が下がるんだ。一石二鳥だよな」

修「俺の株主総会が黙っちゃいねぇぞ畳屋! 畳作れないようにい草を買い占めるぞ!」

信男「ゴメンゴメンゴメン!」

 こののやり取りは毎度のことで、まぁ、バカ話をしてガスを抜いているということだ。

毛利「ふぅ、食べた食べた。ごちそうさま。相変わらず美味しいねぇ」

勝「あんがとよ」

 毛利は水を飲みほし、腹をさすりながら姿勢をくずす。その両隣では信男と修が爪楊枝をくわえて満腹感にひたっている。

ガラガラガラガラッ……

男「はぁー困った困った。もう本当に嫌になっちゃうなぁー」

 ため息まじりに男が入ってきた。それに気づいたカウンターの三人は一斉に立ち上がる。

修「それじゃ、おじさん」
信男「それじゃ、マサちゃん」
毛利「それじゃ、勝ちゃん」

男「ちょちょちょちょちょっと! 座んなさいよ! いいから座んなさいよ!」

 男は慌てて帰ろうとする三人を無理やり席に戻らせた。だが勝が言った。

勝「わりぃねお客さん、看板なんだわ」

男「14時! まだ、じゅーよじ!」

 やかましい男に信男がだるそうに聞いた。

信男「なんだよイカ? 何かあったのかよ?」

 イカと呼ばれたその男の名は太宰松太郎だざい しょうたろう。小さな部品工場を営んでいる。あだ名のイカは最終形。もとはゲッソリ痩せていることからゲッソと呼ばれ、そのうちにゲソ。そしていつの間にかイカと呼ばれるようになった。もちろんゲッソ、ゲソと呼ぶ者もいる。

太宰「いやぁ、最近は銀行をまわってばっかなんだよ。もうね、いっそのこと首でもくくりたいぐらいなんだよ!」

信男「なに言ってんだ、いつもの事じゃねぇか。なぁ?」

毛利「そうそう、もう何回首をくくったと思ってんの?」

太宰「はぁーあ! バブル崩壊後の時も、不景気の時も、お互いを支え合って乗り越えてきた戦友に対する言葉かい?! それが!? 修ちゃんはわかってくれるよね?」

修「わかるもわからないもないですよ。バブルだなんだの頃に俺は生まれたんですから。大体、俺と知り合った時からでさえ、五十回以上は首くくってますからねぇ」

太宰「かーーっ! しどい、しどいな最近の若者は! 勝さんはわかって……」

勝「知らん」

 同情してもらいたかった太宰は、イカなのに茹で上がったタコみたく顔を赤らめていった。

太宰「わわわわわかったよ! えぇ? 所詮ねぇ、君たちみたいなねぇ、ちょろっと仕事して後は極楽とんぼみたいな雇われ社員に、中小企業の経営者の悩みなんかわからないんだよ!」

 その言葉に勝がネギを切りながら静かに返す。

勝「俺たちゃ全員、自営業だ」

 その言葉に太宰は汗を拭きながら静かに返す。

太宰「あ、そっか……」

 その頃、渡と重の二人は、新しく買った中古の商業ワゴン車に乗って弁当配達の代行をしていた。これは駅近くにある『ハイカラ弁当屋』からの依頼で、主に一人暮らしの高齢者に弁当を届けている。また市や自治会からの要望もあって、安否確認や市の高齢者向けのサービス・イベントなどの案内もしていた。

重「まぁ、何と言ってもがめ煮、筑前ちくぜん煮でしょうなぁ。里芋にたけのこ蒟蒻こんにゃく牛蒡ごぼう、鶏肉・人参・絹さや… いい加減にしてほしいよ!」

 弁当のおかず話に花を咲かせていた二人だったが、もう「弁当」という囲いは取っ払っていた。

渡「いい加減にしてって、好きなんでしょ?」

 信号が青に変わり、渡は静かに車を発進させる。

重「好きだよ。だから、どれから食べようか迷わせないでっていう意味」

渡「あぁ、そういうことね」

重「んで、『和』でいったら教授さんは何が好きなの?」

渡「うーん、あれかな、銀ダラの味噌漬けかなぁ」

重「ズルいぞ! ズルいぞコノ!」

渡「う、うるさいなぁ、何がズルいの?!」

重「次に私が言おうとしていた御銀御ダラの御味噌御漬けをおっしゃられお遊び…」

渡「うるさいっての! 何が御銀御ダラの御味噌御漬けなんだよ!」

重「だって先に言っちゃうからでしょ?!」

渡「そりゃ言うよ! 好きなんだから!」

重「はぁ、まぁいいや。どれ、銀ダラちゃんをどれほど愛しているか、おじさんに言ってごらんなさい」

渡「………次の信号で停まったら、すぐにメガネを外せよ?」

 低い声を出す渡に、重は咳払いしながら姿勢を正した。

重「………えー、銀ダラの味噌漬けのどこが好きなんですか? ぜひ教えてください、インテリ野郎」

渡「よーし、分かった! 今そこのコンビニに入って‥」

重「ゴメンゴメン分かったから! 銀ダラの美味しさをさぁ、ね?」

渡「何を可愛い子ぶって『ね?』だよ」

重「それで?」

渡「えぇ? まぁ、何と言っても脂がのった身だよね。火を通すと甘みを増してさぁ。それと同時に味噌も焼けて香ばしくなって。少し焦げた感じが良いんだよねぇ。それに‥」

重「金時生姜きんときしょうがね。あの付け合せの細長いやつ」

渡「おいコラッ! ズルいぞ! ズルいぞコノ!」

重「う、うるさいなぁ、何がズルいの?!」

渡「御金時御生姜の御発言権は俺にあるでしょ!」

重「さっきっから御御御ってうるさいよ?」

渡「今すぐメガネ外せ! 引っ叩いてやるぞ!」

重「ま、まぁ、まぁ、ね? ラジオでも聞きましょうよ! ね!」

 重が慌ててラジオをつけると、まだ『私のポカ様』をやっていた。
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