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第四章:サイコロ振ったら家買います 

マンドリル帰郷

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 椎名が一人勝ちしてしまった『是、人生なり』から一夜明けた朝。何でも屋は休業日だったが、事務所には五人の姿があった。気持ちよく晴れた朝の微かな賑わいの中、事務机で和気あいあいと朝食をとっていた。

渡「はぁ、ダメだよなぁ。朝からジャンクフードなんて食べてちゃ」

 そう言いながら、ものすごい勢いでジャンクフードを頬張る渡を、椎名はコーヒを飲みながら眺めていた。

椎名「本当にダメだと思ってるの?」

渡「もちろんですよ! 修、ケチャップ取って! というか、オニオンリングフライをさぁ、もっと真ん中に置いてよ、取りづらいじゃない!」

 修はマフィンを噛んだまま、渡の言う通りにしてやった。

知哉「まったく、手が掛かるよなぁお坊ちゃんはよぉ。なぁ修」

修「本当だよ、至れり尽くせりじゃなきゃスグに文句言うからな」

渡「うん!」

 子供のような笑顔で答える渡は、ガラナサイダーをストローで飲み、ゴクゴクと喉を鳴らす。

修「何が『うん!』だよ」

渡「君たちの尽くし方じゃ足らないんだよねぇ。仮に足りていたとしても、今度は誠意が足らないんだよ。言われてやるんじゃなくてさ、進んで自らやらないと」

知哉「……………あ、修ちゃん、もうオニオンどかしていいから」

修「うんうん、知哉ちゃん大丈夫、わかってるから」

渡「待ってよ、ねぇ! 冗談を真に受けないでよ!」

修「はい椎名さんどうぞ」

椎名「じゃあチョットもらおうかなぁ」

 チョット。椎名の口からこぼれたその言葉に、三人の表情は険しくなる。

渡「チョット?」

修「チョットをもらう?」

椎名「い、いや、チョットをもらうんじゃなくて…」

知哉「何万チョットですか?」

椎名「違う違う! オニオンリングフライが欲しいってことだよ!」

渡「あぁ、オニオンリングフライですか。オニオンですか……」

知哉「本当かな? 本当にオニオンなのかな?」

椎名「本当も本当だよ!」

修「……どうぞ椎名さん、オニオンリングフライです」

椎名「あ、どうもどうも……」

 椎名はフライの入った箱に手をのばし、付属のマスタードソースを付けて食べ始めた。

修「………それで?」

 修はマフィンをもう一口食べると、重に目をやった。

修「どうにかなんねぇのか、その頭は?」

重「………………」

修「聞いてんのか重ちゃんよ?」

 重はフォサフォサ天然パーマを爆発させたまま、自分が頼んだマスカットジュースをチビチビ飲んでいた。そしてまだ眠いのか、まばたきの動きは鈍かった。

修「毎回毎回よぉ」

重「毎回毎回じゃないでしょ」

 ぶっきらぼうかつ早口で答えた重は、椎名の方に寄せられていたオニオンリングフライの箱を自分の方に持ってくると、渡の事を見つめながら食べ始める。よくわからない重の行動に、渡はいぶかしげな表情のままオニオンリングフライに手をのばした。

重「タァンッ!!」

 突如として大声を出し威嚇した重。当然、渡は驚いて手を引っ込める。

渡「なんだよ!」

重「まぁまぁ」

渡「まぁまぁじゃないよ。そんな髪してさ」

修「どうにかならねぇのか? その野良犬みたいな髪」

重「誰が群れを相手に一匹で立ち向かう孤高の野良犬だ!」

修「良いように解釈するな!」

重「まったく。この爆発する髪に一番迷惑してるのは俺様なんだよ。チョットでも髪が濡れて‥ チョット!?」

 自分の言葉にわななく重は、慌てて自らを弁護する。

重「ち、違うんだ! ワザとじゃないんだ! だってそうだろ、サイコロの出目なんて操作しようもないじゃないか! それに、私が最下位になったんだ! な、なぜ自分自身を陥れる必要あるんだ!」

 口で『ワナワナ』と言いながら、重はオニオンリングフライを次々に頬張っていく。

渡「ちょっと! 全部食べないでよ!」

重「ハアァッ! チョット、チョットォッ!」

 フライの箱を遠ざけられた重は、再びマスカットジュースを飲み始める。

知哉「情緒不安定か、おのれは」

重「……はい、もう満足しましたので、送別会のお話をしに会議室へ行きましょうか」

修「なんでだよ、ここでいいだろ?」

重「会議室に移動しようか」

椎名「あの、少し待ってもらえるかな? まだ食べてるもんで……」

重「待ちますよ。ただ、会議室に移動してもらいます」

知哉「同じことしか言えないのか、おのれは」

 知哉の言葉に、ギッと視線を向けた重だったが、哀愁の声を出した。

重「可哀想に……」

知哉「どういう意味だコノ野郎! どういう意味で言ったんだよ!」

重「まっ、元気をだしてさぁ……」

知哉「落ち込んでねぇよ!」

 ジャンクなフードで朝食を済ませた一同は、昨夜、熱戦が繰り広げられた会議室へと移動した。
 会議室は昨夜の熱が未だに残っているのか、少しばかり暑かった。その為、入り口のドアを開けたままにして、壁に設置されている換気扇を回した。

渡「どうですか? 風は通ってますか?」

椎名「うん、大丈夫だよ」

渡「はーい、わかりました」

重「それじゃあ座ってもらえるかな。いまホワイトボードに議題を書くからさ」

 そう言って重は、専用の黒色マーカーを使い、ホワイトボードの上部に議題を書いていく。ただ、重の特徴的な丸文字は、会議に対するやる気をほんのり奪っていった。

修「……もっとよぉ、こう、ビシッと書けねぇのかよ? 気合いが入んねぇよそれじゃ」

 重は会議室に響くよう舌打ちをすると、書き終わった議題の後に『ビシッ』の言葉を書き足した。

重「ではでは、これから『フミおばあちゃん送別会に関する会議ビシッ』を始めたいと思います。えー、そこのアゴにビシッを生やしている君!」

修「ヒゲだよ!」

重「これで文句はないビシな?」

修「……チッ、ありませんよ」

重「よろしい。さて、送別会の様々なことを決めていきたいわけですが、まずは場所」

 重はホワイトボードの左上に、箇条書きで丸文字の『場所』を追加した。

重「場所はもちろんフミおばあちゃんの家だね。引っ越しってのは家とのお別れでもあるからね。泣いて笑った思い出が詰まってる家とね」

 先程までの調子は何だったのか、重は真面目な口調で話し始め、流れるようにマーカーを滑らせていく。そんな重に、四人はキョトンとした様子で互いの顔を見た。

重「次は催し物を決めようと思うんだけど、その前に教授さんにお願いしたいことがあるんだよね」

渡「ん、なんだろ」

重「教授さんに一筆お願いしたいんだよ。大きい書道紙を用意するから書いてもらえる?」

渡「もしかして送別会の横断幕?」

重「察しが良いねぇ教授さん。あと、その他にも細々した物も書いて欲しいんだけど」

渡「オッケー。腕がなるよ」

重「ありがと。んで、次は……」

 重はサッと渡の事をホワイトボードに書き足すと、『修』の文字も書き足した。

修「次は俺か?」

重「そう。修には招待状を作って欲しいんだよ。得意でしょ、そういうの」

修「まぁな。じゃあ二、三日中に見本を数パターン作っておくよ」

重「サンキューベリーマッチ! そして椎名さん!」

椎名「はいはい、何でしょう?」

重「椎名さんにお願‥」

椎名「皆まで言うな、皆まで言うな」

 椎名は大げさな動きで重の言葉を止めさせると、文字通り、襟を正す身振り、いやパントマイムをしてみせた。

椎名「いくつかの芸を披露すればいいのかな?」

重「お願いできますかぁ?」

 口元を緩ませ手をこねる重。満更でもない椎名。

椎名「もちろんだよ!」

重「いやぁ楽しみだなぁ人間砲弾!」

椎名「はい?」

 修の頭の中に、地平線の彼方まで飛んで行く椎名の姿が浮かび上がった。

重「椎名さん十八番の爆破大脱出!」

 知哉の頭の中に、脱出に失敗して、空の彼方へ飛んでいく椎名の姿が浮かび上がった。

椎名「ごめんなさい、専門外です! それはもう、ピエロ死んで終わりです!」

重「あ、すみません、間違えました! えー、大道芸とパントマイムをお願いできますか?」

椎名「もちろん、喜んでお受けいたします!」

重「ありがとうございます!」

 重は笑顔でホワイトボードの方へ振り返り、修と椎名への頼み事を書いていった。そして、その下に、知哉と自分の名前を書き足すと、無意味に声を張り上げた。

重「はーいッ!! 知ちゃんッ!!」

知哉「距離の感覚ゼロか! 声がデカイんだよ!」

重「私が知ちゃんに料理の事をお願いしたいと、私は聞いたのさ風の噂でぇ……」

 一息で続けた重の声は、後半の部分は殆どかすれていた。

知哉「意味がわかんねぇよ。なんで自分の‥」

重「一つ返事で済むものだとぉ、私は思っていたのさ秋の夜長にぃー」

知哉「春だよまだ! 夏も来てねぇんだよ!」

重「やってくれるのかぁくれないのかぁ、私は感じて‥」

知哉「やるやるやる! うるせぇなぁもう! やるに決まってんだ、いちいち聞くな!」

重「なら早く言え!」

 笑うのを我慢しながら言い放った重は、ホワイトボードへと振り返る。知哉は自分と同じく笑っている他の三人に問いかけた。

知哉「おかしいだろ? なんだよアレ?」

修「天才とバカは紙一重なんて言うからな」

知哉「何が天才とバカだよ。あんなかた焼きそばみたいな髪型してるやつに…」

重「誰が予約の取れない高級中華料理店のかた焼きそばだよ!」

知哉「勝手に格を上げんな! そこらのかた焼きそばに決まってんだろ!」

重「おっ、そのこころは?」

知哉「ねぇよ! つーかよ、人に頼んでばっかで、大先生は何をやるんだよ?」

 重は腕を組んで考え始めた。雰囲気としては真面目に考えているようであったが、知哉は念のためにと口を開いた。

知哉「果報は寝て待て、なんて言ってみろ? そのかた焼きそばにトロットロの餡をかけてやるからな? 親父特製の餡をよぉ」

 プッと吹き出した重は、マーカーで知哉の事を指した。

重「そのかわり平らげなさいよ? 一滴も残すな」

修「もういいからよ、早くしろよ!」

重「わかってるよ。私はね、日時と予定を決めて、招待客リストの作成して、資金繰りもやりますよ? 発案者ですからね」

椎名「おぉ、さすが発案者。でも何かあったら言ってね、手伝うから」

重「ありがとうございます! それじゃドンドン煮詰めていきましょうか!」

 その後も続いた会議により、なんとか送別会の形は整えられた。それから五人は、日々の仕事の合間を縫い、送別会の準備を進めていった。
 送別会当日。会場となるフミの家で、何でも屋五人は午前中から忙しなく動き回っていた。しかし、事前に立てていた計画のおかげで、ほとんどの準備は完了していた。

知哉「もう少し左だろ、やっぱり」

修「左じゃなくて上なんだよ。少し上げりゃいいんだよ」

 二人は縁側で幕の取り付け作業を行っていた。一度は完了したものの『どうもしっくりこない』ということで取り付け直していた。

知哉「こんなもんか?」

修「もうちょい…… はい、ストップ! オッケー大丈夫! こっちから見てみ?」

 知哉は小型の脚立から降りて修の横に立った。

知哉「おう、いいじゃん。じゃあ俺は料理の具合を見てくるからよ。佐紀に頼んだやつをさ」

 知哉は実家の八番亭だけでなく、同級生の佐紀がコックを勤めているNight&Dayにも料理を依頼していたのだった。

修「あいよ。あ、知哉」

知哉「あ? なんだ?」

修「教授さんは?」

知哉「智明に呼ばれてフミおばあちゃんのとこ行ったよ」

修「そうか、じゃあ、お化粧が終わったのか」

 これは先の会議で渡が出したアイデアで、主役であるフミに、より美しくなってもらおうということだった。なので化粧品売場で働いている同級生の智明に来てもらい、メイクアップを頼んでいたのである。

渡「それで、フミおばあちゃんは一段と美人になった?」

 智明の後に続いて廊下を行く渡は、なんとなく丁寧な声を出した。

智明「それは自分の目で確かめてよ」

 智明は襖の前で立ち止まると、部屋の中のフミに話しかけた。

智明「失礼します」

フミ「はい」

 智明は立膝を付いて襖をそっと開けた。

智明「渡君を連れてきました」

渡「どうも、お化粧が終わったと聞きまして……」

 先に入るよう智明に促された渡は、畳の縁を踏むこと無く、静かに中へ入っていった。

フミ「……どうかしら?」

 照れと不安が混じったような表情を見せるフミ。しかし、渡の反応がフミの不安を取り除いた。

渡「いやぁ、フミおばあちゃんはやっぱり美人ですねぇ」

智明「そうでしょ! 私もお化粧しながら思ってたの!」

フミ「もう、褒めても何も出てきませんよ」

 照れと嬉しさが混じった表情を見せるフミに、渡も微笑んでいた。が、フミの奥のある存在に気づき、渡は驚き大声を上げた。

渡「うわああっ!」

 渡のその声に、奥にいたその存在も声を上げた。

椎名「うわああっ! なに!? どうしたの!?」

 手鏡と化粧用のスポンジを持ったピエロは、畳の上で正座をしたまま渡を見つめていた。

渡「な、なにをやってるんですか?」

椎名「え?」

渡「え? じゃないですよ! ここで何をやってるんですかって聞いてるんですよ!」

椎名「い、いやぁ、プロのメイクに興味があってね。だからまぁ、ちょっとこう、見学をさせてもらっているうちに、自分のピエロのメイクを見てもらってて……」

 椎名は立ち上がると、フミの前に移動して再び正座をした。

椎名「どうですか、僕のピエロのメイクは?」

フミ「そうねぇ、楽しげだけど、もう少し目元にインパクトが欲しいわねぇ」

智明「付けまつ毛なんてどうですか?」

椎名「なるほど、付けまつ毛!」

フミ「良いかもしれないわねぇ!」

 三人が和気あいあいと話していると、部屋に続く廊下を誰かが走ってくる音が聞こえてきた。

修「なんだ今の叫び声は!?」

 慌てて部屋に入ってきたのは修だった。

渡「……ゴメン、俺」

修「教授さん? でも二回聞こえたぞ?」

椎名「あぁ、修君、二回目は僕」

修「……なんでここにいるんですか?」

椎名「えっ?」

修「サプライズでピエロ登場じゃなかったんですか?」

椎名「そうだよ。だから今メイクをしてるんじゃない。今日は驚かせるよぉ?」

修「サプライズする相手の横でピエロのメイクをしてどうするんですか! サプライズにならないでしょ!」

渡「そうですよ! 俺はさっきそれを言おうとしてたんですよ!」

 陽気なメイクをしていても分かる椎名の『しまった』という表情。ごくりと唾を飲んだ椎名は、パチパチと音が聞こえてきそうなほど、何度もまばたきを繰り返した。

椎名「フミさん、こ、これ実は素顔なんですよ」

 自らをさらに追い詰める発言に、渡と修の表情は洞窟内部の岩のように硬く冷たくなっていた。

修「このピエロどうする?」

渡「解雇だな。クビだよクビ」

椎名「チョット、チョット待って! 二人共待って!」

修「チョット? チョットだぁ!?」

椎名「違う! 違うって! そのチョットじゃないよ!」

渡「とんでもないピエロだね、本当に」

 フミと智明がクスクスと笑い、ピエロが渡と修に睨みつけられていると、再び廊下から足音が聞こえてきた。その足音の正体は知哉だった。

知哉「おい、何を騒いでんだよ? 料理の準備は出来たし、お客さんの方も座って待ってるぞ。あとサプライズのピエロさんはどこにいんだよ? 早く準備して隠れてくれねぇと」

修「ここにいるよ、ピエロなら」

知哉「あ?」

椎名「……ど、どうも、こんにちは」

 正座姿で挨拶をするピエロを、背の高い知哉が二つの意味で見下ろす。やはりその視線は酷く冷たいものだった。

知哉「…‥教授さん、今さっき、フミおばあちゃんの娘さん夫婦から連絡があって、大先生が玄関先で待ってるからよ」

渡「うん」

知哉「後は俺と修に任せてくれ」

渡「オッケーわかった。それじゃフミおばあちゃん、そろそろお願いします。智明ちゃんもお願い」

 渡は二人を連れて部屋を後にした。

修「……いいですか椎名さん、招待客の人達もピエロのことは知らないんですから、気をつけてくださいよ?」

知哉「せめてそっちのサプライズだけでも成功させてもらわないと」

椎名「あ、はい、それはもう、サプライズの一番搾りをお届けします……」

 その頃、重はフミの娘夫婦、美歌と司郎を玄関先で迎え、挨拶を済ませたところだった。

美歌「すみません。私の母の送別会なのに、お手伝いも出来なくて……」

重「いえ、お気になさらないでください。それより、遠路はるばる…… といっても、美歌みかさんのご実家ですから、あの……」

美歌「えぇ、でも、あの、今回の送別会を……」

 互いの立場が少し複雑なために、美歌と重のやり取りは少し長引いた。その間、夫の司郎しろうはというと、微笑みを崩さず、美歌の斜め後ろで会釈をしていた。

重「では、お庭の方にお願いします。そちらに料理なども用意してありますので」

美歌「わかりました」

司郎「あ、あの、これ、高知のお土産でして……」

 今まで微笑んでいただけの司郎が、手に持っていた紙袋を重に差し出した。

重「これはどうも、ありがとうございます!」

司郎「ゆずを使った餅菓子なんですが……」

重「そうなんですか! それではこれもテーブルの方に並べて、他の招待客の皆さんにも食べて頂けるようにしておきます!」

司郎「ありがとうございます。それで、実は‥」

 司郎が何かを言いかけたときであった。庭先の方から「準備が整ったのでお座りください」という渡の声が聞こえてきた。

重「準備が整ったようなので、お庭の方へどうぞ。お話は後ほど伺いますので」

 重に促された二人は、庭へ移動して用意されていたパイプイスに座るも、どこか落ち着かないようだった。

美歌「ちょっと」

 美歌は小声で司郎に話しかけた。

美歌「困るじゃない、ちゃんと言ってくれないと!」

 声量は押さえているものの、美歌は強い口調で続けた。

美歌「あなたが言ってくれるって言うから、私は黙ってたのに!」

司郎「い、いやだって、すごく言い辛いんだもの…… せっかくの送別会だから、お義母さんには楽しんでもらいたいし……」

美歌「だけど、送別会が始まっちゃったら手遅れでしょ!」

 だが、司郎がもたついているうちに、招待客は全員イスに座り、何でも屋たちの準備も完了してしまった。

渡「えー、それでは皆さん!」

 縁側に立つ渡は、重が土産の餅菓子を並べ終えたのを目で確認すると、話を続けた。

渡「本日はご足労いただき、誠にありがとうございます。これより、フミおばあちゃんの送別会を始めたいと思います!」

 フミの為に集まった招待客たちから、自然と拍手が湧き上がる。

渡「では、本日の主役、フミおばあちゃんに登場してもらいましょう! どうぞ!」

 渡の言葉を合図に、脇で待機していた修と知哉がゆっくりと襖を開けると、着物姿のフミが照れくさそうに立っていた。

渡「どうぞ、こちらへ」

 拍手と笑顔で迎えられたフミは、智明のメイクでより美しくなっていた。いつもの柔らかなフミの印象を壊すこと無く施された化粧は、髪型や着物との調和も考えられていた。年齢に合った、且つ年齢を感じさせない智明のメイクは見事というほかなかった。

フミ「皆様、本日はこのような会を開いていただき、感謝の言葉しかございません。引っ越しをするのは少し先になりますが、夫と娘と暮らしてきたこの家ともお別れでございます。なので、私の大切な皆さまとの楽しく賑やかな一日を、この家にプレゼントしたいと思っております。もちろん、皆さまと‥」

司郎「あ、あの、ちょっと、お義母さん、すみません!」

 司郎はフミの挨拶を遮ると、イスから立ち上がって縁側のそばまで足早に移動した。一同がキョトンとしていると、司郎はフミと招待客に一礼をして声を張った。

司郎「わ、私はフミさん、あ、いや、お義母さんの娘の美歌の夫さんの司郎と言います! 本日は、皆さま、そしてお義母さんに引っ越さなければならないことがあります。実は、お義母さんが謝るのではなく、私たち送別会の二人がこちらへ夫婦するのです!」

 緊張のあまり、言葉や文法がめちゃくちゃになってしまった司郎は、一同の頭の上に浮かぶクエスチョンマークを見て、さらに緊張してしまった。

渡「えっと、あの、とんちを効かせてらっしゃる……」

司郎「いえ、とんちではなくてですね、お義母さんの送別会でなく、その……」

美歌「もう! なにを言ってるの!」

 業を煮やした美歌は司郎のもとへ駆け寄り、代わりに説明を始めた。

美歌「皆さま申し訳ありません。私からもう一度説明をいたします。私たち夫婦と一緒に高知で暮らす、ということではなく、私たち夫婦がこの家で一緒に暮らすということなんです」

渡「……お二方が若松市へ引っ越してくるということですか?」

美歌「はい、そういうことなんです」

フミ「あ、あらぁ、そうだったの?」

 フミは緊張にまみれてしまっている司郎を見て、昔の事を思い出した。それは美歌と司郎が結婚の挨拶に来たときのことである。
 気絶してしまうのではないか、そう心配してしまうほどに緊張していた司郎は、座布団から離れて畳に手を着き『おとうさん、どうか僕と結婚してください!』と叫んだ。今は亡きフミの夫も負けず劣らず緊張をしていて『はい、こちらこそお願いします!』と手を着き叫んだ。
 いま目の前にいる美歌と司郎は、昔の私と夫にやっぱり似ていると、フミは微笑んでいた。

司郎「すみません! 私がお義母さんと同居することを言い出したのに、その口下手でオッチョコチョイなもので、お義母さんに勘違いをさせた上、私自身も送別会を勘違いしていまして…… 問題に気づいたのも飛行機の中でのことで、もうぽんぽこ舞いになって‥」

美歌「てんてこ舞い!」

司郎「あ、てんてこ舞いで! 『お義母さんには僕から伝えるよ』なんて自ら言ったのにもかかわ‥」

 慌てふためく司郎を見ていた知哉は、縁側から庭へ下りると、司郎の腰に手を添えた。

知哉「まぁまぁ司郎さん落ち着いてください。大丈夫、心配ないですから!」

司郎「えっ、あの……」

修「そうですよ司郎さん。つまり、送別会を中止して、お二方のちょっと早い歓迎会にすれば良いんですから」

重「バカのくせして機転が効くじゃない」

 庭のテーブルのそばに立つ重は、司郎の土産の品を食べながら、他人事のようにして言った。

修「なにを食ってんだ?」

重「これはねぇ、司郎さんから頂いたお土産でねぇ、ゆずを使った餅菓子でねぇ……」

修「そうじゃねぇよバカ! この送別会を考案したお前が呑気に餅を食ってる場合かって言ってんだよ!」

重「……あ、すみません」

 重は餅を飲み込むと、縁側のほうへ駆け寄った。

重「それでは皆さん! この送別会の横断幕を、歓迎会の横断幕に変えますので、少しお待ちになってください! 大塚さん、筆の準備を!」

渡「え、あぁ、うん」

重「久石さんと寺内さんは送別会の横断幕を外してください!」

知哉「お、おう……」

修「……まったく」

 重の機転もここまでは良かった。

重「じゃあこの縁側をお借りして新しい横断幕に文字を書きましょうか! 椎名さん、予備の紙ありましたよねぇ!」

 すると、襖が閉まった次の間から『はーい! いま持っていきます』という椎名の軽やかな返事が聞こえてきた。

重「えっ? あ、いや、椎名さん! いいです、確認しただけですから! 紙は私が取りに行きま…… す……」

 時すでに遅し。椎名はピエロの格好のまま、新しい横断幕用の紙を縁側に持ってきてしまった。当然、突如として現れたピエロに招待客たちは驚き、少しの悲鳴も聞こえた。

椎名「あ、皆さん、少々お待ちになってください! すぐに横断幕を用意し‥」

渡「だから椎名さん! サプライズなんでしょ! いま出てきちゃダメなんですよ!」

 付けまつ毛が足され、いつもよりインパクトがあるメイクにも関わらず、椎名の『しまった』という表情は一目瞭然だった。

椎名「あの、これはですね皆さん、これは素顔でございまして。えぇ、もう母親がマンドリルなもんですから、やっぱりあれですね、男は母親に似るもんなんですねぇ。ははははっ……」

 椎名の瞳の奥には雪が降っていた。

渡「はい、わかりました。修君! マンドリルはどの辺りに生息してるんだい?」

修「カメルーンやコンゴなどです!」

渡「良し! 重君、航空券を用意して! このマンドリルを故郷に返してやるんだ!」

重「いまネットにアクセスしてます」

椎名「いや待って! スマホを置いてよ重君!」

渡「知哉君、マンドリルをロープで縛っておこう!」

知哉「そうですね、そうしましょう!」

椎名「チョット待ってよ!」

渡「チョットだぁ!?」

椎名「違う違う! そのチョットじゃないって!」

修「はっはー、ざまあみろってんだ! マンドリル故郷に帰る、いや、カメルーン故郷に帰るってか?」

 修の古いネタに、フミと幾人かの招待客は笑ったが、渡はクスリともしていなかった。

渡「大先生、航空券を一枚追加」

修「おっ、デクノボウも帰郷ですか?」

知哉「お前が帰るんだよバカ!」

修「なんで俺が!?」

椎名「修君、故郷でみんなが僕らを待ってるよ」

修「俺の故郷は若松なんだよ!」

重「はいはい、取りましたよ、亀戸かめいど行きの航空券」

渡「カメルーンだって言ってるだろ! 亀戸にどう行くんだよ飛行機で!」

 相変わらずの五人であったが、送別会から変更になった歓迎会は盛況のうちに終わり、成功をおさめた。そして、新しく住人が増えることに決まったフミの家は、どこか嬉しそうだった。
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