何でも屋

ポテトバサー

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第七章:夏と合宿とワサビと雨と

吹く風夏の風

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 遠くの空いっぱいにそびえる入道雲。輝く太陽の光を受け、蝉たちは一夏ひとなつを懸命に生きている。気まぐれに吹く涼やかな風は、街と人の間をすり抜けて、何でも屋の事務所へと入っていく。軒先でジリジリと身を焦がす蚊取線香の香りをその身にまとって。

知哉「うん夏だ。すっかり夏だ」

 修以外の何でも屋たちは、事務イスに座りボケッと休憩していた。

知哉「はぁーあ、夏だ。ちきしょう、夏じゃねぇか!」

渡「うるさいねぇ、朝から」

重「ホント、ホント」

 いくぶん涼しい夏の朝。情緒のない知哉を見て眉間にシワを寄せる二人。

知哉「だってよ、もう夏だぞ? ミンミンミンミンやりやがって」

渡「前にもその話したでしょ?」

知哉「そうだけどよ、早すぎんだよ一年の奴。借金取りにでも追われてんのかよ」

渡「……なに?」

知哉「いや、なんでもないです……」

重「まあねぇ。でも早いっていえば、椎名さんが辞めてから一週間二週間経つもんね」

知哉「ウソだろ!? はぁー、ヤダヤダ……」

渡「それにしてもさ、椎名さんも辞め時を少し考えてもらいたいよね」

重「それはそう。合宿に行くことも、宿泊の予約を先に済ましてることも知ってるんだからさ。椎名さんが辞めるって言った時にはキャンセル料発生してるからねぇ」

知哉「だよな。四・五・六月は忙しかったし、先月は特にヤバかったしよ。宿泊の人数変更なんか忘れちまうよな」

渡「依頼の引継ぎも中途半端で、ファイルもテキトーでさぁ。書類記入なんかヒドイもんだよ」

重「同棲生活始めるもんだから浮かれちゃってんでしょ?」

知哉「気持ちはわかるけどよ、大人つーか、社会人なんだからしっかりして欲しいよな?」

渡「レッドスクエアを辞める時もそうだったんじゃない?」

重「なんでああいう人が一流の会社に入れるのかね」

知哉「人を書類上の情報でしか判断できないんだろ?」

渡「まっ、はた迷惑な人だよね……… それで、今のことについて、椎名さんはどう思いますか?」

椎名「いや、どうもこうもないよ!」

 待ってましたとばかりに声を荒げる椎名。

椎名「まるで僕がいないかのように悪口を言ってさ! 前にもやったよね、このくだり!」

渡「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ。とりあえず、全裸はマズイんで洋服着てもらえますか?」

椎名「いや、裸じゃないでしょ! 服着てるの!」 

重「椎名さん、ジョークなんですから落ち着いてくださいよ。それにしてもよく一週間も時間が取れましたね。何でも屋の時より忙しいんじゃないんですか?」

椎名「お陰様で少しは忙しくなったけど、合宿に行く日は前から決まってたでしょ? だから空けておいたんだよ」

重「それじゃ、だいぶ前から何でも屋を辞めようと思ってたのに、皆には伝えないでいたんですか?」

椎名「えっ?」

渡「早めに言うとキャンセルされて、一人だけ行けなくなるから言わなかったんですか?」

椎名「……えっ?」

知哉「そういえば合宿費、椎名さんは今月の分が足りてませんからね?」

椎名「………えっ? いくら足りてないの?」

知哉「五千円です」

 椎名は素早く財布を取り出して五千円札を抜き取り、目にも止まらぬ早さで知哉の手に握らせた。

椎名「はい、五千円! よし、それじゃ話を前に進めようか?」

渡「五千円突き返してやんな」

知哉「そりゃもちろん」

椎名「ちょ、ちょっと! 受け取ってよ! じゃないと一緒に行けないじゃない!」

重「まったく。椎名さんは勘違いしてるんじゃないですか? 旅行に行くわけじゃないんですからね?」

椎名「僕だって真面目に合宿に参加するつもりだよ? ただ……」

渡「ただ?」

椎名「絶対に楽しい思い出…… 作れるでしょ?」

渡「なに失った青春を取り返そうとしてるんですか!」

椎名「いいじゃないの! というか合宿はどこに行くの? まだ教えてもらってないんだけど」

重「ワッチ達もまだ教えてもらってないんです」

椎名「あれ、そうなの? ……えっ、ワッチ?」

渡「あ、それは気にしないでください、ここ一週間そんなこと言ってるんで」

椎名「あぁ、そうなの? ……で、明日が出発なのにまだ教えてくれないの修君」

知哉「そうなんですよ。困りますよ、行先によって準備も変わりますからねぇ」

椎名「皆は知ってると思ってたよ」

知哉「俺たちも今日ようやくなんですよ。つーか、修のやつ遅くないか?」

 なんとなく時計を見た知哉が言った。それもそのはず、時計の針は待ち合わせ時間より十五分ほど先をさしていた。

重「なんかねぇ、ちょっとだけ遅れるってさっき連絡あった」

知哉「あ、そうなの?」

渡「変な合宿地を選んじゃったもんだから、俺たちを言いくるめるために言い訳を考えてんじゃないの?」

知哉「時間にはうるさい奴だから、本当に言い訳を考えてるかもな?」

椎名「ねぇねぇ、話は変わるけどさ、皆はどこに行くと思う?」

 椎名の質問に考え出す三人。

知哉「うーん、教授とは山じゃないかって話をしてたんですけど……」

椎名「山かぁ、修君らしいかも」

重「でも山って言ってもいろいろあるじゃない?」

渡「いろいろ? まぁ関東も山はたくさんあるからねぇ」

重「そういう違いじゃなくてさ、川とか湖とか滝とかさ、そういう山の違い」

椎名「なるほどね。それなら僕は川がいいかな。川魚を釣って焚火囲んで食事したいし」

知哉「旅行気分抜けてねぇなピエロ!」

椎名「いや、ほら、自給自足なんて結構きつくて修行になるかもよ?」

重「修行ですか……」

渡「その単語の中に修って字が入ってるのが嫌な感じだね」

知哉「修がおこなうと書いて『修行』なんだ! とか言いそうだな」

椎名「うわぁ、言いそうだねぇ」

重「椎名さん、言いそうなんじゃないんです、言うんです、あのヒゲバカは」

 重が言い終えた直後、事務所の中にヒゲバカの歌声が風と一緒に入ってきた。

修「おぼろげにぃー、泣いているぅー、月明かりを頼りにぃーっと」

 紙袋を片手に、軽い足取りで事務所の中に入ってくる修は、事務イスに座っている四人を見るや否や、満面の笑みで近づいた。そして一番近くに座っていた知哉の肩に腕をまわすと、再び歌い始めた。

修「おぼろげにぃー、泣いているぅー、月明かりを頼りにぃーっと」

知哉「うる‥」

修「穏やかにぃー、咲いているぅー、花明かりを頼りにぃーっと」

知哉「うるせぇな! 何なんだよ!」

修「ビンボー人が集まって何を悪だくみしてんだよ?」

渡「お前も同じ稼ぎだろ!」

修「貧しくとも心は豊かにってな、なぁ知哉?」

知哉「あ? あぁ……」

修「おっ! 椎名さんじゃないですか!」

椎名「やあ、元気にしてた?」

修「元気にしてた? じゃないんですよ。ほんっと、こういう時にはちゃっかり来ますよねぇ。言っときますけど合宿ですからね? 楽しい思い出を作ろう、なんて気持ちじゃ困るんですよ?」

椎名「うっ……」

修「行ってみれば修業なんです。おれわざと書いて修業なんですから!」

重「そっちだったか!」

修「ん? なんだ?」

重「なんでもない、なんでもない……」

修「まっ、珍道中は間違いなしでしょうが」

椎名「あ、やっぱり?」

修「そりゃもちろんですよ」

 修は答えながら持っていた紙袋に手を伸ばすと、ホッチキスで留められた書類をそれぞれに配り始めた。

重「何コレ?」

修「合宿のしおりに決まってんだろ」

渡「行先の発表の前に配っていいの?」

修「行先は書いてないから大丈夫だよ。うーし、それじゃ発表するぞ」

 大した発表でもないのに妙に緊張する四人。

修「今回の合宿場所は…… 奥多摩でございます!」

一同『おぉーー!』

 修にしてはまともな、というより最適な場所を言ったので、四人は少し感心してしまった。

渡「いいねぇ奥多摩!」

修「だろ?」

椎名「いやぁ、僕初めてだよ奥多摩」

知哉「俺もですよ!」

修「いやいや、そりゃー良かっ…… よぉシゲ、何やってんだ?」

 重はいつの間にか事務イスから立ち上がっており、無言のまま数種類のガッツポーズを決めていた。

重「ナイス! ナイスタイミング! 今の時期は奥多摩で妖怪パーティーをしているらしいからね」

修「パーティー? なんだよそりゃ? 相変わらず訳わかんねぇ情報を仕入れてくんなぁ。っていうかよ、みんな浮かれてっけど、今日中に荷物まとめてくれよ?」

渡「は?」

修「明日は朝早いんだよ。だから荷物まとめて事務所に来たらそのまま一泊、朝起きたら出発、そういう流れだから」

渡「なんで来るときに言わないかな? せめて昨日のうちに言っておいてくれればいいでしょ? そうすれば来るときに荷物を持ってこれたのにさ」

修「発表のお楽しみがなくなっちまうし、行先がわからないまま準備したら大変だろ? 自然を甘く見ると痛い目に遭うからな」

渡「だから、もっと前に行先を教えておけって言ってんだよヒゲバカ!」

重「教授さんの言う通りだね。修はいいよ? 行先も知ってるし、一回で荷物持って来られるんだから」

渡「あれ? でも修さ、紙袋しか持ってきてないんじゃない?」

修「…………荷物持ってくんの忘れた」

 それを聞いた四人は、準備のために黙ったまま事務所を後にした。残された修は寂しそうに事務所の戸締りをすると、トボトボと荷物を取りに帰った。
 数時間後、何でも屋たちは荷物を持って事務所へと戻ってきた。そして、合宿担当である修の細かな指示を受け、合宿準備は何とか終えることができた。なんだか疲れてしまった何でも屋達は、夕食を簡単に済ますと銭湯へ向かった。
 さっぱりした何でも屋達は再び事務所に戻ると、修お手製のしおりについて話し合っていた。

知哉「いつの間にしおりなんて作ってたんだよ?」

修「結構いい出来だろ?」

知哉「いい出来と言うよりか、懐かしい出来だな。幼稚園のころのピクニックとか思い出す」

修「なんでだよ?」

知哉「表紙に可愛らしい動物の絵なんか描いてあっからだよ!」

修「あぁ、それか。いや、しおりってどんなだったかなと思ってさ、修学旅行の時のしおり探してたら幼稚園の時のやつしか見つかんなくてよ」

知哉「幼稚園のやつが見つかんねぇんだよ普通。それにしたって他になんかあったろ?」

修「他になぁ……」

知哉「男五人の合宿にウサちゃんとネコちゃんはないだろ?」

 二人が事務イスに座って話していると、控室からお盆を持った渡と重が出てきた。しおりの話は重と渡にも聞こえており、知哉と同意見のようだった。

重「ホント、知ちゃんの言う通り。ウサちゃんネコちゃんはないね」

 渡の持つお盆から麦茶の入ったコップを配り始める重。

渡「でも大先生に任せてたら妖怪だらけの表紙になっちゃうんでしょ?」

 コップを配り終えた重はイスに座り、浅漬けの皿だけが乗っているお盆をテーブルに置くと、渡も自分のイスに座った。

重「いやだな教授さん。妖怪以外にもあるでしょ、この私には」

渡「……? あぁ、わかったわかった、ヒーローものね?」

重「その通り」

修「でも結局それも懐かしい出来になっちまうだろ」

渡「そんなことより修、明日の日程で聞きたい事あるんだけど」

修「それはいいんだけど、ちょっと待ってくれよ。椎名さんがまだトイレから戻ってきてないんだよ」

渡「まだ入ってんの!?」

 その時、かすかではあったが、トイレのほうから水の流れる音が聞こえてきた。さらにドアを開け閉めする音も続けて聞こえてきた。

渡「ようやく出てきたかな?」

椎名「いやー、お持たせ」

 トイレから出てきた椎名はハンカチで手を拭きながら自分のイスに座った。

椎名「もう本当にさ、あれだけしか食べてないのに、よくもまあ出るよね、あんなに」

渡「汚いなぁ、いいですよその話は! 今から明日の日程のことで話するんですから」

椎名「ゴメンゴメン、それじゃどうぞ続けて」

渡「えーっと」

 渡は手元にあるしおりをめくった。

渡「それでさ、向こうに何時ぐらいに着く予定なの? 早朝五時出発とは書いてあるんだけど、到着予定から先の時間が書いてないからさぁ」

修「八時ちょい過ぎぐらいだと思うんだよ」

渡「随分と早く着くね」

修「おう、そしたらすぐにチェックインするから」

知哉「え? すぐに入れんのかよ?」

修「入れる入れる。合宿所と業務提携しててさ、合宿所を利用する客は特別に良いんだって」

知哉「……が、合宿所?」

重「修さ、その後の行程もちゃちゃっと説明しちゃってよ」

修「聞かないでしおりを読めよ! せっかく作ったんだからよ」

重「聞いたほうが早いじゃないの」

 そう言いつつも、重はしおりをめくって目を通す。

重「宿にチェックインして…… 合宿担当教官とお話…… え、何コレ?」

修「なにが?」

重「なにがじゃないんだよ、合宿担当教官のことだよ!」

知哉「訳わかんねぇのヤメろよなぁ!」

修「お前らが俺に全部任せるって言ったんだろ?!」

渡「安全なんだろうね?」

修「大丈夫だよ、心配すんな。もういいから、次の行程を確認してくれよ」

渡「次? えーっと、昼食後に現地を教官の案内で観光」

知哉「まだ教官が一緒にいるじゃねぇかよ!」

修「だって地元で働いてる人なんだぞ!? 案内してもらうにはぴったりだろ?」

知哉「そりゃそうだけどさぁ…… なんか落ち着かないだろ」

椎名「ちょっと待って、その次、夕食後に教官とお話しってあるよ!?」

重「いつまで一緒にいるんだよ!」

渡「そのあとの『教官と入浴』って何なんだよ!」

修「背中の流し合い、裸の付き合いってやつだよ」

知哉「半日以上も教官と一緒か!? まだ合宿始まってもないんだぞ!?」

修「落ち着けよ、次の行程は大丈夫だから見てみろよ」

 修以外の騒ぐ四人は言われた通りに目をやった。

渡「入浴後は…… 教官抜きでお・楽・し・みって書いてある……」

知哉「お楽しみって……」

重「どんなお楽しみ?」

修「そりゃ行ってからのお・楽・し・み」

知哉「くだらねぇんだよ!」

修「なんだよ? そりゃ男五人のむさ苦しい合宿になるんだ、お楽しみとくりゃ大体の見当はつくだろ」

椎名「大丈夫なの? 安全なの? ちゃんとしたお楽しみなの?」

修「椎名さん、愚問ですよ。それに知哉、いやらしいもんだと思ってやがんならお門違いだし、ビンタしてやるから歯を食いしばれ」

知哉「うるせぇよ! ……歯を食いしばればいいんだな?」

渡「考えてたのかバカ!」

修「ったく。んでもって、お楽しみの後で初日は終了だ」

 四人はそれぞれのお楽しみを想像しながら最後の行程に目をやった。

修「お楽しみ後、教官と就寝」

知哉「なんでだよ! 結局、一日中ずっと一緒じゃねぇかよ!」

重「まったく、なんなの?」

修「今回の合宿のことをわかってねぇな。これからの何でも屋のために地獄の一週間を過ごすんだ、より質の高い仕事、より幅の広い仕事をするためにな。そこのへっぽこピエロさんが抜けた穴も埋めなきゃならねぇんだ」

椎名「……ぐうの音も出ない」

修「合宿の担当教官にはこっちの仕事を伝えてあんだ、だから俺達とピエロに適したメニューを組んでくれてんだよ。その過酷な試練を約一週間乗り切るには、初日からガチッと結束を固めなきゃならない。だからずっと一緒なんだよ」

知哉「それにしたってよぉ」

修「しょうがないだろ」

渡「でもまぁ、あれか……」

 意外と真面目だった修の理由に、渡は折れて言った。

渡「充実した合宿になるようにさ、初日から結束力を高めようって教官の人が熱く思ってくれてるのは良いことなんじゃない?」

修「…………なにが?」

渡「いや、だから! 初日から一緒に、ってのは教官の人が言い出したんでしょ?」

修「………………」

 修はゆっくり、ゆっくりと渡から目をそらした。

修「明日は早いんだし、もう寝ようか……」

渡「お前の案かよ!」

 こうして合宿前日は終了した。
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