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8.なんの為の推し活か?

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はぁ、最悪だ。殆ど眠れなかった。
あの後、父に呼び出され想定内の婚姻の話とか、想定外の国庫の話とか、税収についてだとか、それはそれは長々と議論が続き深夜まで及んだおかげで脳内アドレナリンが爆発して目が冴えてしまった。
会社員時代にも繁忙期など特に深夜まで続く会議と状況把握に加えてのそこから出た課題の消化などは熟していたので慣れてはいるとはいえここにはパソコンがないのだ!
ツールが何一つ使えないのだ!
魔法も攻撃・防御・支援は出来ても事務作業に置いては無意味!
この時代に2人くらい人を連れて来れるのだとしたら某創業者を召喚したいくらいだよ!マジでっ!

そんな事を言ってもキリがないので古典的にタスクを紙に書く。
進行把握も必要なのでガンチャートを作るのも忘れない。
ボタン一つで上書きとかコピペ出来ないのがアナログのしんどいところだ。
紙に戻る機能がないんだから。
…………魔法でなんとかならないかな?
登城してきたらルイあたりに相談してみよう。…嫌な顔されそうだけど、書類の処理速度と正確さは彼に敵う者は現状いない。

愚痴は後にしてアリーシャ王女のお披露目と決起会の晩餐、それから支援体制の構築を考えねば…と仕事をしていたら、窓から差し込む目に沁みるくらいの朝日に現在晒されているのである。
朝チュンってやつですね、知ってます(違います)
晩餐会周りは流石に母上に相談が必要なのでハーラル…にはなんだか気まずいので直接話をするか。
取り敢えずは今日やっておかないといけない事は済ませたので紅茶でも淹れようかな、うん。
立ち上がって茶葉の入ってる棚に手を掛ける。
基本的にこいう事はハーラルにやって貰っているんだけど、昨日のやりとりがリフレインしてしまって、あの後、下がって貰っていた。

ハーラルは城内で過ごせるように一室を貰って居るので呼べばいいのは分かっているんだけど、気持ちがまだ整理出来てなくて。
出来てないというか…したくないというか。
そんなモヤモヤを消したくて仕事に打ち込んでた。

時々、自分の感情なのかアルフリートの感情なのかわからなくなる時がある。

アルフリートの姿は借り物なんだ、という気持ちの反面、フラグや強制力に贖ってアリーシャのように自分の人生なのだと割り切って全力で楽しみたい気持ちとグラつき始めている事に気付いているところもある。
ぼーっと考えながら湯を注いでポットで紅茶の葉を蒸らしてからカップに紅茶を注ぐ。
アルフリートになってからあまりやってなかったな、なんて考えていたらギギギッと重い音を立てて扉が開いて、そこにはハーラルが立っていた。

「めずらしー…、もう起きてたんだ?」
「…ハーラル。おはよう」
紅茶を一口啜る、決して落ち着けるためではない。
断じてない。

それにそても自分で入れる紅茶ってこんなに不味かったっけ?
蒸らしすぎて苦い…。
「紅茶、入れれたんだ?」
「ハーラルのように美味しくは淹れられないけど。正直、美味しくはないかな」
「何それ、誰が淹れても同じでしょ」
「そんな事はないよ。ハーラルのは特別。…来て早々申し訳ないのだけど紅茶貰えないかな?」
…不味くて飲めやしない。
ハーラルの美味しい紅茶でリフレッシュしてから、次の公務の下準備をしておかないと。
「そんなに…?」
クスクス笑いながら持っていたカップをハーラルは奪い取ると興味を持ったのかじっと見つめた後、自分の口に含んだ。
「まっず!にっが!!!!よく平気な顔で飲んでられるよ!」
「美味しくないとは言ったんだけど…」
ポーカーフェイスは得意なんです。すみません。
プリプリ怒ってる姿には思わず笑っちゃうけど。

そうだ!
ふと思いついて机に戻り
「ハーラル、口開けて」
「…………?」
眉間に皺を寄せつつも小さめに口を開いてくれたので、その隙間にチョコレートを押し込んだ。
「……あまい」
「でしょ?」

押し込んだ時に触れた唇の感覚がまだ指に残っていて、
隙あらばもう少し触っていたかったけど、余計な事をする前に自分のデスクへと戻り、椅子に深く身を沈める。
ひと段落はついてるのだから、少し寝たいかも。
いや、ハーラルが目の前に居るのにそれは勿体無いか。
なんて考えながら少しだけ目を閉じた。
議会は3日後。
あと3日でアリーシャのレベルを最低限上げる事。
その他にも課題はあるものの少しは寝れたらいいんだけど。
アルフリートは若いし体力もあるから3徹くらいは余裕で行けそうだな。
なんて考えてると温かいてのひらが目を優しく覆った。

「もしかして寝てない?」
「バレたか…」
「そりゃ、この書類の山を見ればね。また、変わったまとめ方してる」
「やる事が多いからね。整理しとかないと。…だから、この気持ち良い手を退けてくれる?」
「ダメ。やり過ぎるのは昔から悪い癖だよ。ほっとくと倒れるまでやっちゃうんだから」

…そんな設定あったっけ?
アルフリートって何食わぬ顔でスマートに熟してるイメージしかないんだけども。
私は学校と、公務と帝王学やら王位継承に向けた教育の両立で死にそうだけど、ゲームではその上、ヒロインとのデート時間まで捻出してスパダリを発揮してたんだから、アイツどーなってんの?と思ってた。
人間らしい部分て、あまり描かれてなかったような気がする。

「さすがに…。倒れた後の処理の方がしんどいから限度は見極めるよ」
「だったら、今は少し休んで。そしたら手を離してあげる」
目隠しされていた状態から、ハーラルの小さな手が離れていく。
温もりが消えるのが、少し名残惜しいと思った。

「わかった。淹れてくれた紅茶を飲んだら20分くらい仮眠するよ」
「そんな短くて大丈夫?別に無理して飲まなくても…」
「仮眠前に飲んだ方が目覚めはいいからね。ちょうど美味しい紅茶を飲みたかったから」
「ふーん、そんなもん」
一口紅茶を口に含むと同じ茶葉なのに甘さと鼻に抜ける華やかさを感じる。さすが、と独り言のように呟いたらハーラルが笑顔で返してくれたので、どうやら彼の耳にも届いていたみたい。
紅茶を飲んでいる間も時間が惜しくてペンを走らせていると怪訝な顔をした顔のまま、こちらを窺っていた彼にペンを奪われてしまった。
まったく…。
時間はないのだけども。
と困ったように眉を下げて表情を作ってみても、彼は首を振るだけで聞き入れてくれるつもりはないらしい。
仕方なく紅茶を飲みきり、カップを置いて立ち上がると傍に立つハーラルの横に向き直る。
「…やっと仮眠する気になった?」
「そうだね…」

にやり、と笑って彼の身体を横抱きにして抱き上げるとそのままベットに向かって歩き出し
「ちょっ!なに?!なんで担がれてんの?!」
「お姫様だっこ、って巷では言うらしいよ?」
「そんなの知らないよ!どうだっていい!てか、降ろして!」
「仰せのままに…」
と、自分のベットの上に降ろして覆い被さるようにハーラルを抱き締める。

「…なんか違う!てか僕は寝るつもりないんだけど?」
「寝れそうにないんだ。…ハーラルが添い寝してくれたら寝れるかも」
と言って線の細い肩に顔を埋める。
…めっちゃいい匂い。
ヤバい、このまま襲いそう…。
「とても眠るような体制じゃないんですけど?アルフリート殿下?」
うわ、冷めきった声。
…でも抵抗はされてないからまだ大丈夫かな?
それをいい事にスリスリと華奢な首元に擦り寄れば、くすぐったそうに腰を捩らせるだけで抵抗らしい抵抗はしてこなかった。
その事に満足して覆い被さる体制からハーラルの横に寝転がるとその細い腰を引いてすっぽりと腕の中に納める。
ちょっと高めの体温とハーラル自身から香る甘さが心地いい。
表情は見えないけど嫌がられてはなさそうだから暫く堪能させて貰おう。

ギュッと抱き締めれば、さらり、とハーラルの髪が俺の頬に触れて、それすらも心地良くて重くなる瞼と沈んでいく微睡の中でハーラルの前髪にキスを落とした。






その後、寝落ちしたらしく、きっちり20分で起こされた私は猪の如く働いた。
対象メンバーを呼びつけて最強ダンジョンへと送り出し、王女を保護する環境を城内に整える。
調度品とか内装とかは女の子が欲しかったと豪語する母上へと丸投げし、ついでにお披露目会の準備も押し付けておいたから安心だ。
自分で出来なくはないのだけど、アリーシャに関わり過ぎるとお互いに望まぬフラグも立ちそうなので距離はある程度取りたいところなのだ。

自分の事、
ハーラルの事、
これからの事。

自分自身で答えを出さないと行けないものがあるのだけど、それは多忙な状況に甘えて一旦は後回しにした。

ハーラルもそばに置いて置くと本能のまま何かしでかしそうなので、暫くは母上と共に王女受け入れの体制作りの方に回ってもらっている。
曖昧な気持ちのままでは向き合ってはいけないような気がして…。

そうしてる内に議会が開かれ一悶着もニ悶着もあったが事前の根回しが功を奏して思った通りに物事が進み始めた。
このままラーゼスへ進軍してしまいたかったのだけど、国内外の体裁というものが必要でアリーシャのお披露目と援軍を送り出す為の舞踏会を開く事となり現在、その舞踏会に向けての身支度中だ。
普段は面倒で自分でやっているのだけど、今日みたいな日は好き放題メイドたちにやられている。
「アルフリート殿下は着飾り甲斐がありますのに、普段は無頓着ですからね」
メイド長のラーニャがそんな姿を見て笑う。
無頓着…確かに。
中身が入れ替わる前は好き放題させて煌びやかな王子に仕立てられてたようだけど、私になってからその時間すらも面倒でこういう公の場に出る場合以外は断っているからなぁ。
「そうかな?最低限はやっていると思うんだが…」
「ここ最近は仕事の虫ですものね。政務にご興味があるのは良い事ですけども、そろそろ身も固める準備をして下さいませんと」
ラーニャは元々ハーラルの叔母でもあり、アルの乳母でもあるため中々に容赦ない。
アルの癖毛の銀髪が綺麗にセットされて全体をオールバックにしてサイドだけ流しているがさすがイケメン、白を基調とした正装も似合う。
勲章だとかなんとかジャラジャラついてるサッシュが地味に重い。
早朝は剣を握ってるので体力はそこそこあると思うんだけど。
レベルも休日に上級者向けのダンジョンに凸しすぎてカンストに近いんだけど、重いものは重いのだ。
「堅苦しい格好はどうも苦手でね」
「ハーラルを連れ立って遊んでないでお休みの日くらいは舞踏会などにも参加して下さいませ!」
しっかり釘を刺してくるからなぁ、実は最強説。

「分かったよ、今日はちゃんとアリーシャ王女のエスコートをするつもりだから」
この辺で勘弁してくれ、と両手を上げると
「アリーシャ王女の準備は既に整っておいでです!早く迎えに行ってくださいませ!」
はいはい、と返事して半ば強引に部屋を追い出されてしまったのでアリーシャの部屋に向かう事にした。


「アル様!!」

「うん、前々から思ってたんだけど、アル様呼びやめようか?」
「す、すいません!癖で」
「わかるけども。…じゃせめて公式な場だけは徹底して。誤解されると面倒なのはそっちもでしょ」
「はぁい…」
本当に分かってんだか、やれやれと溜息を吐いているとアリーシャ王女につけたメイド達が咎めるような視線を送ってきているのに気付いてこめかみの当たりがちょっと痛くなる。
きっとラーニャにチクられて怒られるやつだわ、これ。
「今後の話があるので王女以外は外して貰えないだろうか?」
王女はこちらへと手を差し伸べてソファに案内して人払いをする。
本来、未婚の男女が2人きりで個室に篭るのは外聞が良くないのだが状況が状況なだけにメイドだちは部屋を出て扉の外で待機させた。

「それで?エクストラヒールは使えるようになった?」
「お、おかげさまで…」
「よしよし、よく頑張った」
と撫で撫でしてみればわぷくーっと頬を膨らませ
「そーゆーのはハーラル様とやってくださいまし」
「確かに」
妙に納得して手を引いた。
「聖痕もおかげでくっきりとしてきましたし、正当性を認めざる証拠としては十分ですよね?」
「ちょうど背中の空いたドレスにしてるからね、髪もアップにしてるし見せつけるにはちょうどいいんじゃない?ドレスはハーラルが選んでたから間違いないと思うし」
「ハーラル様が選んでくださったんですか?!推しに選ばれたドレス…っ!」
「そこだけ聞くと激しめにズルいわ…」
「いいでしょー!ヒロイン特権です。むふふ」
「中身が台無しにさせてるからなぁ…」
「ヒドイ、今日も手厳しい」
「あはは、手助けはしてるじゃない。だから、ちゃんと幸せになりなよー」
「…アル様は、どうされるんですか?ハーラル様とは…」
「おおぅ、そちらも容赦ないね」
「だってドレス贈るのってフラグ立つじゃないですか…」
「………忘れてた…!」
「えぇえええぇ…?!」
「…マズったな、この後のイベントは発生させないようには善処するよ」
「私も…頑張ります…」
2人して大きな溜息を吐いて項垂れる。最後までどう転ぶか正直わかっていない。
強制力というものがどこまで行使されるものなのかも。
「実際、どうなんですか?
アル様はハーラル様に恋愛感情をお持ちなんですか?」
「うーん…、そこがね。よく分かってなくて。まだ、自分がどうしたいかを決めかねてるんだよね」
「…アル様はアル様らしく生きるおつもりですか?自分の気持ちもお考えも閉じ込めて」
「うーん、それは正直難しいかな。今回の行動とか含めて言えば口調こそアルに寄せてるけど割と好き勝手やってるかもね」
「そうですよね、アル様の高スペック使いまくって遊び倒してるってイメージです」
「…言ってくれるね」
「だからこそ不思議だったんです。そこまで全力で楽しんでるくせに、ハーラル様の事とか、人を想う気持ちに一本引いてるのが」
「…推し、だからかな。多分」
「全くわかりません。推しだからこそ、もっと傍に居たいとか可愛がりたいとか押し倒したいとか押し倒したいとかないんですか?!」
「なんで2回言った」
「大事な事だからです!」
「気持ちはない訳ではないよ?でも、推しだから好きなのか…ちゃんとハーラル・ヴァルドハイムだから好きなのか。…一個人として好きなのか分からないんだ」
「………アル様ってば変なとこ頭硬い。なんてゆーかゲームとアル様とそーゆとこ似てますね」
「そう、かな?あんまり似てないように思うんだけども」
「けっこー似てます。時々、素なのか分からないくらいに」
「あんなに王子キャラでも人タラシでもないんだけどね~」
「何をいいますか!…自分の気持ちより人の気持ちを優先しちゃうとこなんてそっくりです!」
何故、こんなに怒っているのかわからないけれども興奮して立ち上がって熱弁する彼女に圧倒されて言葉を無くしてしまう。
「いいですか?!推しを想う心は自由なんです!それがファンとしての憧れだろうが、恋愛対象としての恋だろうが誰に何を想うかは制限なんて出来ないんです!」
さらに拳を握りしめる彼女の目には涙が溜まり始め

「自由に生きてください。アル様。貴方が傍に居たいと思えるのは誰ですか?
貴方が共に行きたいと願うのは誰ですか?
…誰のためにこんなに頑張っておられるのですか?
よく、考えてみてください。逃げないでください」

その言葉を言い終えた彼女の瞳からはポロリと一雫の涙がこぼれ落ちた。
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