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第一話

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 一週間前に来た転校生が、生徒会の面々から熱烈なラブコールを受けているらしい。その話題で校内はしばらく持ちきりだ。男同士の惚れた腫れただのには聞き慣れて来たはずだったが、この異様な熱気には圧倒される。俺・東西幾月はその騒ぎを遠巻きに見ていた。どうせ自分には関係ないことであると。
 ここ、大牟禮学園は幼稚舎から大学までエスカレーター式の、全寮制男子校だ。東京の端も端の山奥、外出も厳しく制限されていることもあり、世間から隔絶されている。名家の子息が集まり、跡を継ぐに必要な教養と礼節を学ぶに相応しく、国内でも選りすぐりの教師陣と設備が整っている。某テーマパークと同じくらいの面積の敷地内には、公立校の数倍の広さの図書館や体育館、果ては公園や乗馬場、ショッピングモールやカラオケまで揃っている。学校とは何なのか、と衝撃を受ける俺の脇を、セグウェイに乗った生徒たちが通り過ぎていく。つまりは、金持ちのためのなんでもアリ学校だ。高等部から編入した、純庶民産まれ・庶民育ちの俺には遠い世界のことに思える。
 そんなド庶民の俺がどうしてこんな金持ち学校にいるかと言えば、話は1年前にさかのぼる。今まで女手一つで俺を育ててくれた母親が、突然再婚したのだ。しかも相手は華族の血を引いているらしく、その上、貿易会社の社長らしいのだ。俺の新しい父親になった嘉一さんは俺にも親切にしてくれた。嘉一さんは母さんと結婚するまで、未婚で、当然子供もいない。だから俺に(気が向けばで良いとは言ってくれたけど)跡を継がないかと言ってくれている。そういうわけで、俺は分不相応にも、跡取り修行の一環としてこの学園に来たわけだ。
 だから、男同士で交際をすることが当たり前だという習慣にはかなり驚いた。それだけではなく、一部の生徒はアイドル視されており、その人と交際することがステータスになっていた。その筆頭が生徒会だ。この学園では学力・品性、そして何より家柄によって、上はSクラスから、A、B、Cクラスと振り分けられる。そしてSクラスの中のさらにトップの奴らが集まるのが生徒会だ。しかも何故か、やけに容姿の整った奴らが揃っており、この全校生徒の憧れの的と言うわけだ。そんな奴らが転校生に惚れているということで、学園中の関心を集めていた。……俺以外は。他人事のように語ってきたが、実は俺もその一員だ。とはいえ、カリスマ集団である生徒会の中で、俺だけが普通。勉強は苦手ではないが、この学園においては劣る方。そんな俺が生徒会にいるのは、ひとえに家柄のおかげ(せい)だろう。あと、庶民育ちであることを心配した先生が、人前に立つことで社交界に出たときの練習になるだろうと気をまわしてくれたこともある。そういうわけで、俺はこの学園の副会長をやっている。(ちなみに副会長はもう一人いる。)

 なんとか俺なりに上手くやっているつもりだが、周りのやつらとはこれまでの生活も価値観も違いすぎて正直気づまりする。だから今日も、いつも通り学食のカウンター席でひとりで飯を食べていた。……が、何やら2階が騒がしいようだ。食堂の2階は生徒会専用席になっており、一般生徒は入れないようになっている。食堂の中央に位置する真っ白な無駄に幅広い階段を上った先、吹きさらしになった天井の中、精緻なつくりの柵に囲われて張り出しになっているスペース。要はものすごく目立つところで、やいのやいのとやっている。つい目をやると、生徒会メンバーの中に、見慣れない顔がある。噂通りあいつが例の「転校生」なのかもしれないが……思わずその奇抜なビジュアルに二度見してしまった。
 不衛生ともとれるもじゃもじゃ頭に、シャツのはみ出した制服、牛乳瓶の底のように分厚いレンズ。金持ちも一周回ったら嗜好が拗れるのだろうか、とんだゲテモノだ。陰気な見た目とは裏腹に、一音ずつ粒だった、溌溂な喋り方がアンバランスな印象を与える。少し離れた位置に座っている俺でさえ、何を言っているか鮮明に聞き取れるくらいだ。(もっとも、食堂にいる生徒全員が聞き耳を立てているせいで、空間が静まりかえっているせいもあるが。)
 
「も~!ちとせ!くっつきすぎだぞ!くっつきすぎだってば!」
見ると、ゆるふわパーマの生徒会会計・高波ちとせとイチャイチャ──揉み合いになっているようだ。高波が転校生の腕にくっつき、転校生が暴れている。満更でもないように見えるのは、気のせいではないだろう。そして、ひと際つよく、転校生が腕を払った瞬間。
「─────い゛ッ」
転校生の手から離れたフォークが勢いをつけ宙を飛び、俺の前髪をかすめて、机に落ちる。
「大丈夫かっ」
2階から声が降ってくる。大丈夫か、ではない。唐突な生命の危機に心臓がばくばく言っている。そいつは小さな身体で、階段を一段とばしに駆け下りてきたと思えば、俺に抱きつくような形でぶつかってくる。危うく椅子ごと倒れそうになった。
「大丈夫、だけど……」
「そうか、よかった!」
耳のすぐ近くで、音が弾ける。10cmくらいの距離に、顔があった。
「ちょっと、離れてくれませんか」
息がかかるくらいの距離に思わずたじろぐ。だけど俺が遠ざけようとするのに反して、余計に近づく。そいつのぶ厚いレンズ越しに、目があった。吸い寄せられるような、奇麗な青い瞳。
「お前、あの時の王子だな!」
華奢な見た目からは想像つかない力強さで手をがしっと握られる。自分を「王子」と呼ぶ声、美しい瞳。今のもさっとした姿からはまるで想像できないが、もしかして。
「ジュリ……?」
「そう!覚えていてくれたんだな!」
まさかあの彼が噂の“転校生”だったとは、思いもしなかった。気になることは山ほどある。どうして俺を”王子”なんて呼ぶのか(もちろん俺がどこかの王家の血筋を継いでいるなんてこともない。王子といわれるような見た目をしているわけでもない。)何でそんな奇妙な格好をしているのかとか。だが俺が尋ねる前に、ジュリが引き剝がされた。
「えーっ、イツキくん、朱璃と知り合いだったのー?」
ジュリを後ろからぎゅっと抱え込み、彼の頭に顎を乗せているのは、先ほどジュリとイチャイチャしていた高波ちとせだ。
「そう!ウンメー的な出会いをしたんだ!」
「運命?」
「山の中でな、王子みたいに眠ってたんだ!」
「それで王子?それじゃあ朱璃がお姫様かな?」
さりげなく人をダシに口説こうとするな。そりゃ朱璃の素顔を見ると、この学園でモテるのはわかるが、普通に友達になれそうな気がしていただけに残念な気がする。ジュリは満更でもなさげに頬を染めている。こいつも“あっち側”の人間だったらしい。
 騒ぎに気付いたのか、生徒会の面々がぞろっと階段を降りてくる。みんな目に険があり、修羅場の空気を察する。こいつらが朱璃にベタ惚れしているという噂は、どうやらマジらしい。
「朱璃?あなたの好きなスープが冷めてしまいますよ」
理知的な眼鏡が印象的な生徒会副会長・楢橋才だ。優等生然とした外見に、常に穏やかな微笑みを浮かべている。だが、口調こそ柔らかだが、俺を居ないものとして扱うその態度が俺は苦手だ。この学園では何より「血統」が重んじられており、そういう生徒は珍しくはないが、俺は好きになれない。
「これが、王子……?」
ぼそりと、何気に失礼なことをつぶやいたのは、書記の小清水悟。ゆうに190㎝は超えているだろう身体はいつも背中がぐにゃりと曲がり、陰気な印象を与えている。無口・無表情で知られていて、“感情がない”なんて噂まであるが……全然デマだったらしい。人を“これ”呼ばわりした挙句、朱璃を遠ざけて後ろに庇う。長い前髪の合間から、ちらりと覗いた眼は鋭く、明確に俺を敵視しているのがわかる。
「へー、朱璃ってー」
「こういうのがタイプなんだー」
「「いがーい」」
陶器のような肌にぱっちりした両目、鏡写しのようにそっくりな双子の鳴海悠(ゆう)と悠(はるか)。2人とも生徒会の庶務だ。ハルカは2年S組、ユウは2年A組で俺と同じクラスだけど、いまいち掴みづらいやつだ。言葉に敵意こそないものの、居心地の悪さを感じる。そして。
「ふぅん、お前が朱璃の言っていた王子様だったのか」
柔らかな黒髪に、余裕のある笑みを浮かべる大きな口。生徒会会長・瑞光利晴だ。長者番付にも載る瑞光家のご令息で、次男という立場でありながら、跡取りになるのではないかと目されている。容姿・学力・運動神経とありとあらゆることに秀でており、そのカリスマ性を以て全校生徒の注目を集めていた。尊大な話し方すらも、他の生徒たちには良く映っているらしい。
と、言うことはつまり。そんな大変な面々を敵に回すと、とにかくマズイってことだ!ここに集まっている面々だけで国家転覆も不可能ではない。それくらいの地位と権力を持った奴らだ。彼らの愛するお姫様に手を出した無礼者なんて勘違いされた日には、良くて退学、最悪の場合お家取り潰しになりかねない。
「あ、あのー、俺、こいつとは全然そういうんじゃないですから」
俺には言うまでもなく、ジュリとどうこうなりたいなんて思っていない。そう伝えようとしたのだが……。
「ひどい!オレは王子にヒトメボレしたのに!」
「朱璃ちゃん、そんなヤツやめておれにしない?」
「朱璃……そいつ、危ない」
「私たちの方が貴方のような可憐な方には相応しいと思うのですが」
「お前らのことも好きだけど!オレは王子の方が好きなの!」
断ったにも関わらず余計に拗れていく。ただ1人、会長は痴話喧嘩には関わらず、意味ありげに笑っている。
「あの、さっきも言いましたけど、俺、こいつには興味ないんで」
「興味ないなんてそんな言い方するなよっ!悲しいだろっ!」
「ああ朱璃、お可哀想に」
「泣かないで、朱璃……」
「「イツキくんこわーい」」
俺もジュリのことを好き、なんて言ったら袋叩きにするくせに、興味が無いと言ってもこの有様。恋は盲目とはこういうことらしい。
「わかったぞ!もしかしてお前、人を好きになったことないんだろう!」
ジュリがビシッとアニメみたいにオーバーな仕草で俺を指さす。あまりにも失礼な言い草に、閉口していると、予感が的中したとばかりに得意げな様子で言い募る。
「カワイソーなお前に、オレが愛ってやつを教えてやるよ!」
そして。いきなり俺のネクタイをぐいっと下に引っ張り、頬にちゅ、と口付けをした。
「どうだ?どきっとしたか?」
トタトタと書記の陰に隠れ、恥ずかしそうに俺の顔を伺う。その時、俺の中で、今まで感じたことのないような気持ちが湧きあがった。驚きや、羞恥などではない、これは───。

「そんなに嫌だったか?まあ、君はそういう感じだからな」
会長だけが、笑っている。何がそんなに面白いのか。俺は───。
「はは、心底嫌そうな顔をしているな」
耳元で、俺にだけ聞こえるようにささやく。そんな顔、していただろうか。目を、至近距離でじっと見つめられる。観察されている、いや、見透かされているようだ。この人が苦手だ、と直感的に思った。不意に、手首をぐいと掴まれ、引き寄せられる。
「────ッ」
唇に、柔らかいものが触れた。キスされている、と気づいた時には離れていた。
「分かるといいな、愛ってやつが」
背筋に寒気が走る。一体この人が何を考えているのかさっぱり分からない。ただ一つ分かるのは、これが決して善意じゃないことだ。
 
この日から、俺の学園生活は一変することとなる。
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