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7 悪夢の後の発情
しおりを挟む「あああああー……!!」
死にそうな声で叫びながら、俺は体をビクビクと震わせた。
……目を開けると、そこには暗闇しかなかった。
いかがわしい見せ物が行われているステージも、男に不埒なことをされて泣き喚くアリサも、どこにも見当たらない。
――そうだ、ここは伯爵の屋敷。与えられた塔の上の部屋に、俺は寝ていた……。
「ああ……夢、だったのか……」
それに気づいて、俺はようやく安堵した。
ベッドの上に起き直って、深い溜息を漏らす。やけにリアルな悪夢のお陰で、ひどい寝汗をかいていた。
びっしょりになった寝巻を脱ぎ、苛立ちまぎれにベッドの四隅にある柱の一本に向かって投げつける。
悪夢のせいで、眠りは浅かった。
昨日の怒濤のような一日の疲労を取り去るには、全然足りなかった。
……だが、この屋敷の居心地が悪いっていうわけじゃない。
これまで見たことのないような豪華な食事をさせてくれて、清潔でフワフワの寝床が提供された。
だから、メディス伯爵に文句を言うつもりはない。
この苛立ちは、たった今見てしまった悪夢に対して感じているもの。あと、この発情期ゆえの肉体の火照りに対して……だ。
月明かりを頼りに枕元のランプに火を点して、俺は平常心を取り戻そうとした。
しかし、心よりも体のほうが冷静さを失っているように見える。
「マジ、かよ……」
自分の局部が、笑えるくらいに硬くなっている。
下半身の違和感には薄々気づいていたが、ソレを目の当たりにするのはやっぱりショックだった。
寝起きにアソコが元気になるのは自然の摂理だろうけど、今の俺はどこもかしこも過敏になっている気がする。
さっきの悪夢は、俺にとっては淫夢でもあった。
実際にセックスをしたことはないが、話には聞いている。夢の中で犯されているとき、浮遊するような不思議な感覚があり、追いつめられ――行きつくところにまで、達してしまっていた。
許せないのは、勃起だけじゃない。べったりと内腿を汚している自分が放ったものも気分が悪い。
性に関する知識を教えてくれた友人は、いやらしい夢を見るのは、欲求不満の現れだって言っていた。
それがなんだか恥ずかしくて、とてつもなく悔しい。
しかも、夢の中で放ったというのに、いまだに俺の分身はひどく張りつめている。体中が濡れて、性的な刺激を求めている気がした。
……自慰をしたことがないわけじゃない。
友人の猥談で思わず勃ってしまって、こっそり一人になれる場所に行って処理することもあった。
しかし、それは研究所にくる前の話。
研究所の中はすべてが清潔で、他のオメガと接する機会は限られている。俺の場合は、妹と隣り合った居室を与えられたが、それは例外中の例外だ。
抑制剤を与えられていたからか、性的な欲求など起こるわけがないと思っていた。
だから、唐突に訪れた発情期はそれまで性欲をとざしていた俺にはひどく衝撃的で――。
「畜生!」
自分の本能を罵りながら、俺は自分の下肢に手を伸ばした。
「んっ……」
ブランケットを取り去ったせいで冷えた指先が、たぎった欲望に触れると知らぬ間に声が漏れた。
いつか自分で触れたときよりも、何倍も何十倍も敏感になっている気がする。夢の中で一回放っているというのに、すぐに爆発しそうだった。
「あ、んっ……あ、んっ……!!」
拙い手つきで二、三回しごいただけで俺は達してしまっていた。
でも、足りない――。
自慰だけでは、俺の肉体に渦巻く凶暴な欲望は満たされそうになかった。
「あぁ……」
荒い息を吐いている俺の耳に、暗闇の中から小さな笑い声が聞こえた。
「だ、誰だ……!」
誰もいないと思えた暗闇に向かって尋ねた瞬間、空気がゆらりと揺れた。
そして、淡い光とともにメディス伯爵が姿を見せた。
(くっ……コイツが魔術を使う、ってことをすっかり忘れてた!!)
俺は、彼が宿屋でごつい男三人をなぎ倒した時の様子を思い出した。アルファの貴人の血筋には、魔術を使える者が一定数いるという。
それはそれで構わないけど、その力を覗きに使うなんて悪趣味じゃないか!
俺が怒りを露わにしていると、藍色の部屋着に身を包んだ伯爵は形のいい唇の両端をつり上げた。
「てめー、安眠妨害するつもりかよ! 『ゆっくり眠ってくれ』っていうのは、口先だけか? この偽善者が!!」
「これはこれは、お楽しみの最中に失礼」
「お……たのしみ……!」
「私の部屋はここのちょうど真下でしてね。さっき、まるで地響きみたいな叫び声が聞こえたもので、君がまた得体の知れない男どもに狙われていないか心配で……まぁ、安否確認のようなものですよ」
しれっと答える伯爵に、腹立たしさが増した。
自分の痴態を見られてしまったことに混乱していて、八つ当たりしているだけかもしれないんだけど……。
「ちっ、所有者ぶりやがって! 俺は平気だから、もう自分の寝床に帰れよ!」
「へぇー、そうですか。言ってることと、体の反応が正反対のようですね」
揶揄されて、はっとする。
夢の中と、ついさっきで計二回も達したというのに、俺の分身はあきらかに興奮を示しているのだ。
「そ、んな、バカな……」
自分の体の一部に呆然とする俺に、伯爵は追い打ちをかけるように言った。
「オメガの発情期について、まだよくご存じないようですね。男と交わることなしに、その状態が終わるわけがないでしょう?」
「なにっ」
「……困るでしょうねぇ。ずっと物欲しそうにその発情期の匂いをまき散らして、気づけばいつもそんなに熱くなっているだなんて」
「……くっ……」
「一回でも誰かと交われば、ずいぶん軽くなるらしいんですが」
艶のある低い声で囁かれると、いきなり肉体の奥がズクンと疼いた。
メディス伯爵の魅力は、見た目や社会的地位だけじゃない。
蠱惑的な声は、俺にとって何よりも情欲を煽るものだった。
俺は……たぶん、これまでで一番欲情している。発情期だという誰彼かまわないものじゃなくて、伯爵と交わりたいって心のどこかで思っている。
もしかしたら、それも自分の意志とは別の衝動かもしれない。
オメガとして生まれたからには、優秀な男とセックスしたいはずだから……自分の気持ちがどうだとか、そういうのとはまた別物だと思う。
ただ、あの下品な男たちではなく、できればこいつと交わりたいという欲求はどうしても捨てきれない。
いくら俺が社会制度についてムカついたとしても、アルファがこの世界を支配しているのには変わらない。オメガがどうあがいても地位が上がることはないんだ。
それに……アリサのことも気になっていた。
どう考えても、あの下品な男三人に体を与えるのに比べたら、メディス伯爵を誘惑したほうが、アリサの行方を探すのにプラスじゃないのか?
この状況を計算しても、また下半身の困り事を考慮しても、俺はここで伯爵を落とさなきゃならない。
自らのオメガの性を忌み嫌ってプライドを保って餓死するよりも、俺はもっと生き続けたい。
妹のためにも、俺とアリサを裏切った王立研究所の奴らにいつか復讐するためにも……そのために、メディス伯爵を味方につけなきゃいけないんだ!
目的を見出した俺は、開き直ってニヤリと笑った。
「伯爵さんよ、いつまでも回りくどいこと言ってるんじゃねーよ」
「……まわりくどいって、どういうことでしょう?」
首を傾げたメディス伯爵の手首を握って、俺は自分のほうに引き寄せた。
「シェリル……!?」
「俺のこと、抱きたいんだろ?」
「……!」
「アルファのお貴族様が、どんな大層なセックスするか見せてみろってんだ!」
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