【完結】竜の翼と風の王国

藤夜

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29 翼を持つもの8

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「私、この国を守りたいの。魔物はここを荒廃させていく。この国を護る風の精霊は力を封じられてしまっている」

『そもそもビスラは風の約束の地。アルカ=エルラは風を創った時、地上に住まう事を望んだ彼等にこの地を与えた。だが、先の王は神官の長の血をもって風からこの地を奪い、代わりに魔物と契約を結んだ。闇の魔族は遥か神代、光の神々との戦いにおいて太陽を地に下らせた。だが、その代わりに地上から永久に払われたのだ。魔族にとってはうってつけだっただろう。再戦を狙う足掛かりにはもってこいの契約だから』

「でも、私が鏡を元に戻せば、精霊が戻れるのでしょう?」

『鏡は精霊がこの地を司るいわば証のようなもの。鏡が戻れば風の力も戻る。魔を払うのも簡単な事』

「結界が………あるの。すごく強くて。雷に打たれたみたいに痛くて、壊そうとしても硬くて壊れない。どうしたらいい?私の手、火傷でボロボロになっちゃった」

手を目の高さにあげて見せる。
自分で改めてまじまじと見てみると、想像はしていたけれどやっぱりショックだった。
真っ赤に腫れ上がって野球で使うグローブみたいだ。
指先はところどころ黒く炭化している。
手のひらは何箇所か肉がはじけてなくなり、骨がのぞいている。
もう、使い物にならないかな………

『のまれたか?』

なに?

『心配いらぬ。結界の意志にのまれただけだ。そなたの意識から身体に投影された幻覚のようなもの。すぐに治る。その証拠にもう痛みはあるまい』

たしかに、見た目は酷いけど、痛みはすこしもない。
でも、これが幻覚?肉が削げたところを触ってみるけど、この傷はどう見ても現実にしかおもえない。肉がないもの。それともこの認識自体が幻覚のせいなのか?

『結界自体は他者をどうこうする力はもたぬ。ただ純粋な痛みの感覚と幻覚をみせるだけ。結界に仕掛けられた罠があるかもしれないが、精霊が護るだろう。風はそなたが傷つく事を許さない』

許さないって言ったって………

「精霊は私の周りにいないんだよ?」

そう尋ねると、声は低く笑った。

『そなたが呼ばぬからだ。信じてやらねばやって来れぬ。いい加減痺れをきらし始めているぞ。そのうち呼ばずとも来るだろう。そなたの刻印を目指して』

「結界はどうやって解くの?」

『意思を込めよ。結界は思考の実在化。より合わさった意識の糸だ。それを解く』

「いくら念じてもダメだった」

『構成する思念の糸を探るのだ』

「あなたにはできないの?」

『解く呪文はいくつか知っているが、あの地では神々のルーンは役に立たぬ』

「そ………」

やっぱり自分でやらなきゃならないんだ。

「でも、私にできる?」

『心配せずとも精霊に呼び掛ければ力を貸してくれるだろう』

「でも、リューンは精霊と話すのにはルーンでなきゃ駄目だって」

『必要ない』

声は力強く言い切る。

『そなたにはわかるはず。風の心が。人が無垢なる頃、言葉など存在せぬ頃から人は精霊と対話していた。互いの心で。人が心話を忘れた時、ルーンが初めて生まれた』

そこで私ははっとした。

「もしかして、翼って精霊の言葉を聞くものなの?」

アンテナとか。だって、精霊の声が聞こえた時って翼が出た時じゃない?
しかし、それはあっさりと(本当にあっさり)否定された。

『いや、翼は飾りに過ぎぬ』

飾りぃ?

「嘘っ!」

『本当だ』

な、なんだってえ!絶対何かの意味がないと変でしょ!
じゃあ、私のあの苦悩はなんだったのよ!

「飾りなんだったらこんなのいらないじゃない!向こうに帰った時見つかったらすごく困るんだよ。なんで私についてるのよ」

『事象のすべてに意味があるわけではないのだ』

「翼があるってだけで余計に期待されるのに、役に立たないんならあるだけ迷惑!」

『風の乙女である心の支えにはなったであろう?形もたまには必要だ』

「そういう問題じゃないっ」

『練習すれば飛べるようになるぞ』

えっ、それは楽しいかも………イヤイヤ。
どうにかのけてしまうことは出来ないんだろうか。

『仕方あるまい。そなたは我が契約者ゆえ』

「契約?」

そんなものした覚えないけど。

『そなたの母が、主を亡くし眠る我を起こした。主を無くした我等は自我をなくし魔獣に成り果てる。それをとめるために、そなたの母が我が主となった。今は我の元で眠りについているが』

私のママ………
 
『水の王国に生まれた漆黒の髪の美しい王女だ。我の主によく似ていた』

イスターラヤーナの王女…………

『我の為に国を出たため、その妹が王位を継いだと聞いている』 

では、ルイリーン陛下は私の従姉妹なんだ。
あの美少女が従姉妹だなんて信じられないけど。
 
『彼女は不死ではない人を主として守護する我に、血脈との契約を約束したのだ。我は彼女の血筋を守護する。それが途絶えぬ限り、我が魔に落ちることはない』

「貴方は誰?」

『我が名はヘイロン、夜と水の神ロズィールの守護竜』

神獣ヘイロン。

『我の守護を持つゆえに、風鏡では未来が読めぬ。そなたの父はそれゆえにお前を手放した。王からそなたを守るために。水の護りがある事も知らずにな』

光の向こうに、うっすらと影が見えた。
黒い大きな身体が見える。
黒曜石のように鱗が輝く。その背には大きな黒い翼があった。
綺麗だ。
神の竜が身じろぎした。

『さあ、戻るのだ』

「あ、待って!」

まだ、聞きたいことがあるのに。

『戻れ。そなたを待っている者がいる』

すーっと後ろに引っ張られるような感覚がして、徐々に私の周囲の光が薄くなっていく。
声はもうどこからも聞こえなかった。
 
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