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足湯①
しおりを挟むそれから私とレヴィは、2人で魔力石作りをした後に組み手をするという日を何日か過ごし、それを終えた今は2人で休憩をしていた。
それはミレンネが聖女式典の準備を終えて戻ってくるまでの数時間で、随分とあっという間に過ぎてしまうものだった。
そんな中で声をかけてきたのはいつものようにグリニエル様の腕に寄り添うセレイン様だ。
「まあまあ!エミリー。
こんな場所で一体何をしていたの?汗までかいているじゃない。」
突然入り口に姿を見せたセレイン様はいつもとは違うドレス…いや、見たこともないデザインの服を纏っている。
「あ、…レヴィと組み手をしていたのです。
ヴィサレンスの武術はジョルジュワーンのものと違うので興味がありまして…。」
「ふーん…。体を動かして汗だくになることを厭わないなんて不思議な子ね…、
武術なんて、魔法が使えれば無意味なものだと思うけど。」
「は、ハハハ…。」
まあ、確かに、魔法の使える彼女らであれば武術など必要ないのだからそう思ってもおかしくはない。しかし、私には使える魔法がないのだから、武術に頼るしかないのだ。
それに、ジョルジュワーンにヴィサレンスの武術の技術を持ち帰るのは、ジョルジュワーンにとって利益と繋がるだろう。
まあ、生まれ持ったセンスは必要となるだろうが、みんながみんなできないわけでもないだろうから、レヴィと共に組み手をさせてもらっているのだ。
「それよりセレイン様、そのドレスは変わったデザインですね。よくお似合いです。」
オレンジ色の生地に大輪のバラがあしらわれたその服は、胸元がY字のようになっており、腹部は太い布で縛られている。
「これは着物…その中でも薄い生地で作られている浴衣、というものなの。
イザベラ様の遠い祖国であるサクリ国での民族衣装のようなものなの。
これを着ていると動きが制限されて、とても落ち着きのある雰囲気になるわ。」
サクリ国。それはとても小さな国で、あまり知られていない国だ。ただ一つ私が知っていることといえば、その国の人は漆黒の髪をしているということ。
隊長やイザベラのように黒髪を持つものは、サクリ国の血を受け継いでいるのだろう。
それくらいだ。
謎の国であれば私の知らない服があってもおかしくはない。そう思った。
「本当なら温泉に行きたいところだけど、グリニエル様と一緒に入ることはできないから、足湯に御案内しようと思っていたの。
エミリーも一緒にどうかしら。
気持ちいいわよ。」
今彼女が身につけている衣装はサクリ国の服で、揺れるたびに腕元のゆったりとしたそれは揺れ、足先まで隠す裾は令嬢のドレスのように淑やかに魅せてくれる。
しかし、胸周りの豊かなセレイン様は、そこだけくっきりとしており、きっとそれをグリニエル様に見せたかったのだろうと思った。
「んー…行ってみたいとは思いますが、今はレヴィと過ごしていたものですから…。」
はっきり言えば、セレイン様とグリニエル様と私の3人で行くことに少しばかり抵抗がある。
2人の時間を邪魔したくはない。
「それならレヴィも一緒に行けばいいわ。
そうでしょ、レヴィ。
断るなんてしないわよね。」
レヴィの意見は求めていない。
そういうようにセレイン様が言うと、レヴィはため息をついた。
「…私も行くよ。少し休憩でもしよう。」
眉を下げ、優しく告げる彼はどこか寂しそうに見える。
「決まりね。
さあ、エミリー。浴衣には色々なデザインがあるから、早速見にいきましょう。
せっかくですからグリニエル様もお召しになってください。男性用もありますの。」
グイグイといつものようにグリニエル様の腕を引っ張るセレイン様は、先程までのはんなりとした大人の色気はなく、強引な女の顔に近い。
しかしそれも彼女の魅力の一つ。
私たちは浴衣を選びに別室へと移動し、その部屋に呼びつけられたであろうステファニーによって様々な施しを受けた。
「さあ、行くわよ、エミリー!」
紺色の生地に沢山の華やかな花が散りばめられた浴衣を着せられた私は、ステファニーに髪を綺麗にまとめ上げられ、準備を終えた。
「お待たせ致しましたわ。」
私の手を引きながら部屋から出たセレイン様はそのままグリニエル様の元へと掛けていく。
「…。」
私は慣れない格好に少しソワソワしていると、レヴィが近づいてきた。
落ち着いたラベンダー色の浴衣を着るグリニエル様とは違い、濃い色の浴衣を着るレヴィは、私のものと色が似ている。
そして寒いのか、その上に羽織を着ていた。
「君は濃い色も似合うね。」
手のひらを差し出しながらそう言うレヴィは、しっかりと私の瞳を見つめている。
「…ありがとう。」
なんだか少し恥ずかしい。
セレイン様の薦めで、慣れない下駄というものも履いているため、私は素直に彼の手を取った。
そんな中で、グリニエル様が
私とレヴィを見ていたことなど、
気付くはずもなかった。
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