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拘りの理由④
しおりを挟む『ほう?…妾の力を得ても尚、そう思うか?』
「……はい。」
「っ。」
『面白い小僧よの…。』
私はグリニエル様とアネモスのやり取りをただ聞く。
彼がその職をよく思っていないことは知っていた。しかし役には立っているものと思っていた私にとって、衝撃的な答えだったのだ。
今までの私が用済みになるのは有り得なくもない。しかし、私がアネモスの力を得、それを使いこなせることができるのであれば、私は彼の役にもっと立つはずだ。
先程までは側にいて構わないと言っていた。
それなのに、彼は私のその役が降りたことに安堵しているという。
それがとても悲しかった。
「…。」
『はっはっ…小僧。お前は言葉が足りぬ。
だから上手くいかなんだ。』
「そうでしょうか…?」
『ああ。今のままでは「解任は嬉しい」所しか伝わってはおらぬわ。
本当。幾世も男は皆求める女に伝える力がない。無能じゃ…。』
「っ。え、エミリー。」
「…。」
慌てたように私を確認する彼に、私は眉を下げて応える。
私にもアネモスとグリニエル様の話は聞こえていた。それでいて、彼に問いかけた。
「…グリニエル様には、私は必要ありませんでしょうか…。」
私には彼が必要だというのに、彼は私の望む形を否定する。義妹の立場のまま彼の役に立とうとすれば、その方法はひとつしかない。
政略結婚で外国との仲を取り持つことだ。
そうなってしまえば私は彼と直接会うこともできなくなってしまう。
彼がそう望むのであれば、私は受け入れはするが、彼は私に政略結婚を求めではいないと口にした。
ならばもっと長く彼の側にいられる道を選んだのに、それは解任したいと思うものだったと突き放される。
私はただ、彼の側にいたいだけだというのに…。
そこまで思って私は唇を噛む。
グッと力の入ったそこは、微かに痛みを感じた。
「…エミリー、よく聞いておくれ。
ちゃんと話すから、耳を塞がないで欲しい。」
「…。はい。」
グリニエル様はまた私の元へと歩み寄ると、その口元に指を滑らせ、傷がないことを確認する。そして、私室内の椅子へと私を誘った。
「…エミリー、順を追って話そう。
疑問に思ったらそこで聞いておくれ。
もう、君とすれ違うのは嫌なんだ。」
「…。」
コクンと頷き、私は少し不安になりながらもその場に座る。
それを見て、グリニエル様は口を開いた。
「私はまず、昔は君と兄妹の関係が嬉しくて堪らなかったよ。
可愛くて勉強もできて、とても守りたくて仕方のない存在だった。」
「…。」
「社交界では噂となっていた。
王には預かりの養女がおり、その子は容姿も才もあり、性格もいいと…。
既に沢山の面々から面会を求める声があった。だから、君が16で社交界に出ていれば、すぐにでも結婚という流れになったかもしれない。
私はそれが嫌だった。」
「…。」
彼は話をしながら、温かいミルクティーを淹れてくれた。彼はその紅茶を一口、口へと含み、また話を再開した。
「その時だ。君から義妹を止め、私の元に居たいと願うその言葉に、私はすぐに頷いてしまった。
義妹よりも、もう少し長く一緒に居られるように。私はその申し出を受け入れてしまったんだよ。」
「…。」
「あの頃、私たちは対等だった。
それなのに、私は一緒に居たいがために君を私の配下に置いた。そこで君は私を対等の立場として見てくれなくなってしまったね。」
それはそうだ。
妹の立場を捨てて、彼に仕えることを選んだ私が、いつまでも彼と対等で居ていいわけがない。
「私はそこで初めて、失った関係に後悔したよ。
だから2人の時は甘えて欲しかった。
お義兄様…そう言って私に笑顔を向けてほしかった。」
「…。」
配下が主人に笑顔を見せることはあまりない。仕事なのだからと割り切ってしていたことは、意外にも彼を苦しませていたのだと知る。
「だから私はエミリーの前で何度も兄の存在を押し付け、義兄妹であり主従関係という難しいものに変わった。」
それはなんとなく気付いていた。
主従関係となったのに、つい最近までずっと、お義兄様と呼んで欲しいと言われていたのだ。
「でも私はそれ以上の関係になりたかったんだ。」
「………それ以上?」
ずっと口を挟まないようにしていたが、疑問がそのまま口から出た。
「…エミリー。君はもうヴィサレンス家の者だ。私の配下に置くわけにはいかない。
だから対等の関係で側にいてくれないだろうか…。」
「…っ。」
「私は義妹であるエミリーでもなく、
部下のエミリーでもなく、
対等の関係であるエミリーを求めている。
それは君が君であるから求めていることで、能力云々は関係ない。
だから、精霊アネモスの加護がなくとも、私の近くに望みたいと思っていた。
…私はエミリーだから求めている。
………側に、居て欲しいんだ。」
「…グ、リニエル…様…。」
私は、なんだか喉の辺りがグッと熱くなり、涙が一筋溢れた。
「エミリー…。返事は…?」
「っ…。勿論です…!」
私がそう告げると、彼は急に立ち上がり、私の元へ来たかと思えば、そのまま抱きしめてくる。
「グリニエル様…。」
「今日からはグレンと呼んでほしい。
対等の証に…。」
「ぐ、グレン…様…。」
「っ。」
私は彼の胸へと寄り添い、求められた通りにそう呼び見上げると、急に恥ずかしさが込み上げた。
彼も同様に顔を赤らめたのが少しだけ伺えたが、すぐにまた胸へと埋められた。
「だから…私の魔力石ももらって欲しい。君のがひとつならば私のもひとつ…
互いの耳に付けて対称としたい。」
「…それがお望みとあれば。」
「……エミリー…違うだろう?
私達はもう主従関係ではない。
…君の気持ちを聞かせて欲しい。」
「私の、気持ち…」
そうだ。私は昼間、レヴィにも素直になるようにとアドバイスを受けたばかりだ。
グリニエル様が私に対等の存在を求めておられるのであればそれに応えたいと思うのが私の気持ち。
そうして私がコクンと頷くと、彼はホッとしたように優しく笑ってくれた。
「まずはピアスをつける穴を開けなければならないな。…私がやっても良いのだが、侍女を呼ぼうか。多少血も出るし、あとはゆっくり休むように…」
クドクドとグリニエル様から発せられる注意点が耳を流れていく。
それを私はとりあえず聞いていた。
すると、チクッと右耳に痛みが走る。
「っ。」
私がピクッと動くと、暫く聞こえなかった声が響いた。
『いつまでも決断しないのは良くない。
気が変わる前にしてやらねばならぬ。』
アネモスは風の力で私の耳たぶを突き抜けた。それは糸のように細く、とても素早いもので、痛みなど一瞬のことだった。
「だ、大丈夫かい?エミリー。
…アネモス殿。せめて一声掛けてからに願いたい。エミリーが痛みで気絶でもしたらどうするのです。」
『………其方こそ何を言っておる。
怖さばかりが瀬に立つような説明ばかりしおってからに。
妾の力は繊細じゃ。
針で開けるより痛みも少ない。
むしろ感謝して欲しいものじゃ。』
アネモスの声が脳内に響く中、グリニエル様は私の髪をかき上げ、その傷を確認した。
「……大丈夫かい?エミリー。」
「はい。痛みはないですが、見た感じはどうでしょう?血は出ていますか?」
「いや。…上手いコントロールだよ。
少しも滲んですらいない。」
アネモスが上手くやってくれたおかげで、特に痛みもないらしい。きっと何か手が込んでいるのだろうが、精霊の力はそもそも計り知れないものの為、私は深くは聞こうとしなかった。
「それなら良かったです。
ところで、アネモス。加護を受けた場合、何か変わることはあるのですか?…私も魔法が使えるようになったり…」
『勿論じゃ。まだ馴染むまでは難しいが、妾を信用してくれればそれ相応に力を貸してやれるようになる。
力が欲しい時は妾に声をかけ、イメージすれば良い。
しかしそれは己の器にあった分のみじゃ。
それが分からないようであれば加護に飲み込まれるでな…用心するがよい。』
「…え、ええ。そうですね。」
信用しつつ用心する。
どこまでがそれで、自分のキャパはどれくらいなのか。と分からないことが沢山だ。
とにかく日を追うごとに知っていくしかないのだろう。
『お主が妾の力を上手くコントロールすれば、此奴に力を貸す事もできよう…。まあ、かなり上級テクニックではあるが、妾の契約に参加し、更に主から魔力石を受け取ったのだから、その辺の輩とは違う。
…まあ、30…50年も有れば可能かのぉ。フフフ。』
「さ、30年…。」
それではあまりにも長すぎるとも思う。
「30年ではあまりにも長いさ。
私は別に加護の力を求めているわけではない。
だから自分の力としてそれを使うことだけ考えればいい。分かったね?」
「は、はい。」
『其方も良いことを言うよのぉ。
まぁ、妾が主の側にいるのは其方への心が真っ直ぐで眩しく、心地良いからじゃ。
それが歪めばどうなるかなどは、まだ決めてはおらぬ。
妾は自由じゃ。契約を結んだからと言って、他に惹かれればここを去ろう。
精々お前は主に愛想を尽かされぬように精進するんじゃな。クックック…。』
「っ。」
売り言葉に買い言葉とはこういうことだろうか。煽り煽られ、グリニエル様とアネモスはあまり仲良くないようだった。
「アネモス…」
『なんじゃ。』
「私はグリニエル様の側にずっとおります。だから2人には仲良くしてほしいわ…。」
私の気持ちがアネモスを引き寄せたというのに、等の2人は言い合いを重ねている。私が少し落ちた声でそう言うと、グリニエル様は少し慌てたようだ。
『はぁ。仕方がないのう…。』
「そ、そうですね。エミリーに悲しい顔をさせたいわけではありませんし、互いにエミリーの気持ちが変わらぬようにしていきましょう。」
『なぜ妾が其方の手助けをしてやらなければならぬのじゃ。
主の気持ちが今以上に別の者に向き、更に真っ直ぐであればそれはそれで面白いと思うぞ。』
「っ⁈」
「アネモス…。」
『はぁぁあぁああぁあぁ。
分かった。分かった。善処してやろう。
それでいいんじゃろう?』
私が名を呼ぶと、アネモスは折れてくれて、やっと話が進みそうだ。
「良かったです。それより、ピアスはいつから付けられそうでしょうか。」
「あ、ああ…そうだな。この様子だと1日置けば付けられそうだ。明日の夜か、明後日の朝には付けられるだろう。」
「早めに付けられそうで良かったです…」
「っ。」
早く付けられることに越したことはない。
グリニエル様が喜んでくれることは私が彼と対等であると証明することらしいので、私はホッとした。
「…エミリー……今日は一緒に休もうか。」
「……え?」
「「……。」」
良く聞き取れなかった。
しかし、もう1度聞こうと聞き返したはずなのに、彼は少し考えているようで、口を開いてはくれないのだ。
1度聞き返してしまった手前、もう1度どう聞き返したら良いかと悩んでいると、グリニエル様は小さくため息をついた。
「はぁぁ…悪い。
これではがっついているようだな…。
今回はいい。聞かなかったことにしてくれ。
ただ、次があれば、また誘うとするよ。」
「…あ、はい。」
先程彼はなんと言っていたのだろうか。
しかし聞かなかったことにしろというのだから知らない方が好都合かもしれない。それに、次回があればまた言ってくれるというので、私はただ返事をした。
「それでは、今日はもう失礼致します。
おやすみなさいませ、グリニエル様。」
私が一礼し、借りていたカーディガンを手渡すと、それを受け取った彼はまたそれを私に羽織らせた。
「…こちらの夜は寒い。
部屋まで着ていくんだ。」
「でもすぐ隣ですし…」
「私がそうしたいのだ。」
「っ。」
私がまたそれを脱ごうとすれば、着ていろと言うように、肩をぐいっと押される。
「分かりました。
それでは、申し訳ありませんが、このままお借りいたします。」
そう言われてしまえば断るのも失礼かと思い、今度は素直に受け取り、この場を後にしようと振り返る。
「ひゃっ…」
急に腕を引かれ、彼の胸板へ頭を付けると、そのまま抱きしめられる。
「エミリー。」
「ぐ、グリニエル様?」
「グレン…だ。」
「っ。」
耳元で囁かれる声は、なんだかいつもよりも甘い気がするのは何故だろうか。
「ぐ、グレン様…どうかなさいましたか?」
「……行ってしまうというのに、抱きしめさせてももらえないのが耐えられなかっただけだ。」
「…。」
彼はこんなにも甘えるような人だっただろうか。彼の初めて見る顔に、私は不覚にもキュンとした。
「あの…離して下さいますか?」
「嫌だ。」
すぐに返事をくれたが、それは否定的なもので、私はクスリと笑みを溢す。
「……振り返りたいのですが…」
「…。」
仕方がないようにゆっくりと彼の腕から解放された私は、そのまま振り返って彼の頭を数回撫でる。
「エミリー…」
「私も寂しいです。ずっとお側にいられたらいいのに。」
「っ。」
私の言葉にピクッと反応した彼は、そのまま固まっている。
ならばその隙に、私は戻ろうと扉を開けた。
「明日からはもっと一緒に過ごせたらいいですね。
おやすみなさいませ。グレン様。」
にっこりと笑いかけ、そう言って扉を閉じた私は、そのまま自室へと戻る。
その廊下は、いつもの通りに寒いというのに、グリニエル様のカーディガンのおかげか、それとも仲直りのおかげか、あまり寒さは感じないものだった。
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