30 / 47
第四章
出張先で、大人のデート(2)
――中高生でももっと上手に甘えるんじゃないかな。
自分のぎこちなさにいたたまれない気持ちになって、しかしそれを気にしていない様子の仁寿に救われる。
二人は、通りを西に向かって進んだ。
クリスマスが近いからだろうか。煉瓦造りの建物が並ぶブルックリン風の街並みは、街灯と色とりどりのカラー・イルミネーションの点滅で、日常を忘れてしまいそうなほどファンタスティカルで華やかな雰囲気一色だ。
「この通りをずっと行くと大学がある。ちょっと離れてはいるけど、この辺りは友達とよく遊びに来た場所なんだ。街並みが好きでね」
「そうなんですね。懐かしいですか?」
「まだ卒業して一年もたってないから、そこまで懐かしい感じではないかな。でも、当時はここへ来るたびに、いつか彩さんと並んで歩きたいと思っていたから夢みたいだよ」
「……夢みたいだなんて。またそんな大袈裟なことを言う」
「だって、本当なら竹内が彩さんとここに来てたわけでしょ? それがタイミングよく骨折なんて、夢じゃないかって疑いたくもなるよ。しかも、誕生日だしさ」
「ほっぺた、つまみましょうか?」
「いや、遠慮しとく。彩さん、優しい顔して思いっきりつまみそうだもん」
「よくご存知ですね」
「僕と彩さんの仲だから」
温厚な仁寿とは対照的な、ラグビーで長年鍛えた肉体が自慢の熱血漢竹内の顔が頭に浮かぶ。確かに、仁寿のいうとおりだと彩は思う。酔っていたとはいえ、屈強なラガーマンがまさか側溝に足を滑らせて骨折するなんて。それも、研修医会の直前になっての出来事だった。
仕事を休むほどではなく、松葉杖をつきながらなんとか研修を継続できているから、それだけが不幸中の幸いだろう。竹内から連絡がきた時、ケガも心配だったし研修もどうなることかと気が気ではなかった。しかし、今夜は仕事の話はしないと約束した。だから、彩は竹内についてはなにも言わなかった。
「あの、せ……。じ、仁寿さん」
「ん?」
「誕生日のプレゼント、なにがいいですか? 渡せる時に渡しておかないと、またしばらく会えないから」
「そうだなぁ。なんでもいい?」
「もちろん、いいですよ」
「うーん。彩さんからもらう初めてのプレゼントだもんなぁ、すごく悩む」
「来年もありますし、そんなに悩まないでください。もっと気軽に考えていただいたほうが、わたしも身構えずに済みます」
「本当?」
仁寿が、歩きながら彩と視線を合わせるように身をかがめる。その顔がとっても嬉しそうで、彩は少し困惑してしまった。特別なことは言っていないのに、イルミネーションみたいに目をきらきら輝かせて、なにがそんなに嬉しいのだろう。
「二十五歳の僕は、今以上にパワフルに生きると思う」
「どういう意味ですか?」
「彩さんが、僕の二十六回目の誕生日もお祝いしてくれるって言うから」
「あ……。わたし、つい来年もなんて言ってしまって。深い意味はないんです。ただ……」
「約束だよ? 来年の十二月九日の夜、僕のために予定を空けておいてね」
小道を渡る歩行者用信号が点滅し始めて足を止める。彩は、仁寿の視線に耐えきれなくなって、ごまかすようにうつむいた。
「いつも前向きに物事を考えるんですね」
「まぁね。特に彩さんに関しては、前向きの前向き。よそ見もしない。五年思い続けた恋の結末は、ハッピーエンドに決まってるからさ。押してだめならもっと押す、遠慮なくね」
「どこまで本気で言ってるんですか?」
笑みをこぼしながら顔をあげた彩に、仁寿が「全部、本気」と言う。慈愛に満ちたまなざしと表情に、彩はくすぐったさと胸が熱くなるのを感じた。
それからしばらく通りを歩いて、ある建物の前で仁寿が「あっ、ここ」と立ち止まった。全身を深い青にコーティングされた細長い二階建て。エントランスを挟んで左右にあるショーウィンドウには総レースやベルベットのドレスが展示され、軒先に「Le ciel bleu」――青空――と書かれた銅製の看板が掲げられている。それは、ヨーロッパの街並みに建っていそうなおしゃれな外観の洋装店だった。
仁寿が、彩の手を引いて店に入る。ドアのベルがカランと上品に鳴って、モデルのように美しい顔とスタイルの女性が二人を出迎えた。奥で接客をしている店員らしき女性も、テレビから飛び出して来たような美女だ。
「いらっしゃいませ」
「先日お電話した藤崎です」
「藤崎様ですね。ありがとうございます。では、そちらのお連れ様が?」
女性に笑顔を向けられて、彩は肩をすくめて仁寿に目で助けを求める。仁寿が「そうです」と返事をして手を離すと、今度は店員が彩の手を取った。いい匂いのするきれいな手の平に乗った自分の手を見て、彩はただただ恐縮するばかり。これは一体、どういう状況なのだろう。
「彩さんの服を頼んであるから、合わせてもらって」
「え……、あの」
美女に手を引かれ、戸惑いながらあれよあれよという間に奥へ連れていかれる彩に、仁寿が「いってらっしゃい」と満面の笑みで小さく手を振る。店の奥に行くとドアがあって、隣接する部屋に大きな一枚張りの大きな鏡と化粧品がずらりと並んだドレッサーがあった。
「素敵なバッグをお持ちですね。思い入れのあるバッグだと、藤崎様からうかがっております」
店員が、彩から預かった青いハンドバッグをドレッサーの横にあるアンティーク調の棚に置く。
手術のあと頑張った自分にご褒美として、トレンド・ブランドのお店で様々なシーンで長く使えそうな本革のバッグを買った。黒や茶などの落ち着いた色ではなくブルー・カラーを選んだのは、爽やかで涼しげで、見ていると心が晴れやかになる青色が大好きだからだ。
彩がそれを仁寿に話したのは、出張前。一緒にショッピングモールへ行ったとき。ただ、何気ない会話の一部だったはずなのに――。
「靴を脱いで、こちらにどうぞ」
店員に言われるがまま、絨毯の上にあがって鏡の前に立つ。すると、店員が一着のカクテルドレスを持って来た。チュール生地のノースリーブで、エーラインのスカート部分にビーズ刺繍が施されたかわいいピンクベージュのドレスだ。
それに着替えるよう笑顔で言われ、困惑しながらコートと服を順に脱いでドレスを着る。着替えが終わると、次はドレスと同色のパンプスが出て来た。シルクサテンにジュエルバックルがあしらわれたローヒール。ドレスもパンプスもサイズがぴったりで、彩は鏡に映る自分の姿を見ながら驚きを隠せない。
「藤崎様がチェスターコートをお召しでしたので、同じシルエットのものを選んでみました。いかがでございましょう」
ノースリーブの肩に、店員が黒いコートを掛ける。ドレスの裾が少し見えるくらいの膝上丈のそれを羽織ると、かわいいドレスの雰囲気にクールな印象が加わって、大人かわいいスタイルが出来上がった。コートの上襟につけられた二つのブリリアントストーン・ブローチが、真っ暗な夜空に輝く双星みたいでとてもきれいだ。
「お気に召されましたか?」
よく似合っておられますよ、と鏡越しに言われて、彩ははにかんで首を縦に振る。
「バッグは大きさや色、形なども申し分ございませんので、お持ちのもので大丈夫ですよ。藤崎様のネクタイの色ともお似合いだと思います」
「……はい」
彩は、店員の言葉の意味を理解できないまま、なんとか気持ちを落ち着かせる。
「着て来られた服と靴は、わたくしどもがお預かりして宿泊されるホテルへお届けしておきます」
「ありがとうございます」
「素敵な時間をお過ごしくださいませ」
まるで魔法をかけるかのように店員がほほえみかける。
肩に掛けられたコートに袖を通して店に戻ると、ソファーに座っていた仁寿が駆け寄って来た。
店員に礼をいい、仁寿が再び彩の手を握る。店員に見送られて店を出ると、一台のタクシーが二人を待っていた。ロンドンの街から来たようなブラック・キャブだ。それに乗って着いた先は、海沿いに建つ高級ホテル「Laule'a」だった。
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
五月病の処方箋
松田丹子(まつだにこ)
恋愛
狩野玲子29歳は五月が大嫌い。その理由を知った会社の後輩、石田椿希27歳に迫られて…
「玲子さん。五月病の特効薬、知ってます?」
キリッと系ツンデレOLとイケメン後輩のお話です。
少しでも、お楽しみいただけたら幸いです。
*Rシーンは予告なく入りますのでご注意ください。
敏腕ドクターは孤独な事務員を溺愛で包み込む
華藤りえ
恋愛
塚森病院の事務員をする朱理は、心ない噂で心に傷を負って以来、メガネとマスクで顔を隠し、人目を避けるようにして一人、カルテ庫で書類整理をして過ごしていた。
ところがそんなある日、カルテ庫での昼寝を日課としていることから“眠り姫”と名付けた外科医・神野に眼鏡とマスクを奪われ、強引にキスをされてしまう。
それからも神野は頻繁にカルテ庫に来ては朱理とお茶をしたり、仕事のアドバイスをしてくれたりと関わりを深めだす……。
神野に惹かれることで、過去に受けた心の傷を徐々に忘れはじめていた朱理。
だが二人に思いもかけない事件が起きて――。
※大人ドクターと真面目事務員の恋愛です🌟
※R18シーン有
※全話投稿予約済
※2018.07.01 にLUNA文庫様より出版していた「眠りの森のドクターは堅物魔女を恋に堕とす」の改稿版です。
※現在の版権は華藤りえにあります。
💕💕💕神野視点と結婚式を追加してます💕💕💕
※イラスト:名残みちる(https://x.com/___NAGORI)様
デザイン:まお(https://x.com/MAO034626) 様 にお願いいたしました🌟
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。