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第二章 誰がための罪。
20 四神の陰で
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シグリィは小さな声で何かを詠唱した。
途端に耳に痛いほどだった雨音が小さくなった。防音の膜のようなものを張ったらしい。
セレン、と彼は何気なく呼ぶ。
彼の透き通るような声は、この雨音の中をも軽く渡っていく。反応があるまで時間は必要なかった。
「シグリィ様ああああああ」
少し離れたところの家の陰からセレンが飛び出してきた。そのまままっすぐ駆けてくると、勢いのままシグリィに飛びつく。
「ごめんなさいー! こんなに破壊し回るつもりなかったんですよぅ」
「分かってる。家を崩すのが一番戦いやすかったんだな?」
「……はい」
「傭兵はどれくらいいた?」
「十人そこそこです。でもこの雨がつらくて」
セレンは顔をしかめて飛び跳ねてくる雨を払う。
「そうだろうな」
シグリィは何でもないことのように応答するが、ラナーニャは内心舌を巻いた。
朱雀の術者は、精神統一を阻害する環境を嫌う。荒れ模様の天気はその最たるところで、シレジアの術師たちも、空模様はとても気にしていたのだ。
そのためシレジアの重臣には、必ず青龍の『読師』がいた。天候を読むのに長けた彼らは、シレジアでは非常に重宝されるわけで……
(この雷雨の中、一人で十倍の人数に応戦していたのか)
もちろんセレンの魔力なら遅れを取らないのだろうが、ここは狭い住宅街だ。家を壊さないようにするなら威力を抑えるしかない。
小規模魔術を連発する労力よりも、中規模の威力で家もろとも破壊することで、攻撃力を上乗せしたということだ。
でも私だけじゃありませんよ、とセレンは杖を持ち直しながら言った。
「あっちも平気で家を壊していたので、遠慮するのはやめました。でも怒られたらごめんなさい」
「そのときはそのときだ。雨の中大変だったな」
はい大変でした、とセレンは真正直に答える。
その頃にはラナーニャも気づいていた。ずぶ濡れのセレンの顔や白い腕に、うっすらと傷がある。この雨の夜では見づらいが、本当はもっと怪我をしているのかもしれない。
(どうしてこんな……)
セレンはあくまで明るい。それを見上げて、ラナーニャは胸が痛むのを感じる。
“迷い子”に襲われるのならともかく、なぜ人間に襲われなくてはいけないのだろう?
襲ってきたのは傭兵だと言う。お金で雇われた戦士たち。
では、雇ったのは誰?
セレンも加わり三人、家の軒下に立って空を見上げる。
雨は絶え間なく降り続き、夜と雲は二重に重なって重厚な闇を作り出す。
「……今すぐにでもクルッカに戻ろうと思っていたんだが……」
シグリィが軽くため息をついた。「この天気では、下手に動かないほうがよさそうだな」
明るいセレンも、空を見上げるときだけは心底憂鬱そうだ。この雨の中戦い続けるのは、ラナーニャの予想以上に大変だったのだろう。
本当は、とシグリィも雨を見ながら続けた。
「セレンの転移術で移動するつもりだったんだ。そもそも、セレンが転移術をできる人間だと察したからこそ、『彼』はセレン一人を危険視した」
「……彼というのは、やっぱり――」
「ユドクリフ・ウォレスター。……だと思われる人物」
まだ確定ではないな、と言い足してあごに指をかける。「彼は今ごろクルッカにいるんだと思うんだが……いったい何がしたいのだろうな」
「カミルたちを始末しちゃいたいんじゃないですかー?」
「明るく言うんじゃないセレン。とはいえ、そうだな、普通に考えたらそうしたいんだろうが――」
ふと、これが気になるな、とシグリィはずっと閉じたままだった片手の掌を開いた。
彼の手にあったのは、掌に包んでしまえるほど小さな、木彫り細工の像――
あ、とセレンが口を手で覆う。
「それ、地租四神の朱雀じゃないですか! アブないですよシグリィ様、捨てちゃわないと、誰かに見られでもしたら!」
「心配するな。サモラには地租四神信仰を排斥した歴史はない」
「でもでもマザーヒルズは地租四神が大っ嫌いじゃないですか」
「まあそうなんだが。……どうした、ラナ?」
シグリィの視線が黙っていたラナーニャに向く。重ねてセレンの視線も。
ラナーニャはおそるおそる口を開いた。
「ち、地租四神って……大陸四神の、か?」
「地租四神と言ったら一種類しかないと思うよ」
「で、でも。だったら!」
思わず声が強くなった。「排斥なんて、どうして……!」
それを聞いて――
シグリィが珍しく目を丸くした。何かを考えるように視線を虚空に投げ、それから改めてラナーニャを見つめる。
とても真剣に。
「ラナ。シレジアでは地租四神をどう伝えているのか、教えてくれないか」
「――、シレジア、では……」
言葉に詰まった。シレジアでは。それはとりもなおさず『シレジア以外では』違うということだ。
……分かっていたつもりだった。自分の国の価値観が全てではないと、リーディナはよく教えてくれたはずだった。なのに。
現実となって突きつけられると、ふしぎなくらい混乱する。自分の足下に穴があいたような心地がするのだ。
ラナーニャは慌てて首を振る。慌てるな。
「……シレジアでは地租四神は、かつて大陸に危機が訪れたときに、今の四神に力を貸し与えた古えの神だと」
――教育係だったリーディナから教わったのは、それだけだ。
シグリィはひとつうなずいた。「間違ってはいないな」
そうですねえ、とセレンが腕を組む。
「なーんか、ごまかしてる感ありますけど。シレジアって意外と守りに入る国ですか?」
「それはそうだろう。島国だからな――それに崇めている神がイリス、つまり慈愛の神だ」
「イリス様かぁ」
――彼らは何の話をしている?
会話を聞く耳が耳鳴りを起こす。小さくなっていたはずの雨音が、急にざあざあと聴覚を責め立てる。
ラナ、とシグリィが穏やかな声でラナーニャを呼ぶ。
「君が学んだ話は、大筋では間違ってない。けど、色んなことを隠してる」
「……隠して……?」
「それを聞くかい? たぶん簡単には信じられない話だろうが――大陸のほうではすでに、通説になっていることだ」
「――」
ラナーニャはうなずいた。
それが本当に自分の意思だったのかは分からない。『聞きたくない』と答えてシグリィたちを失望させるのが恐かっただけなのかもしれない。
ただ、聞かずにはおれないと感じたのも事実だった。
シグリィは一度空を見上げ、雨足を確かめた。時々雷光でまぶしくなる暗雲は厚く、当分やみそうもない。
話す時間はたっぷりあると判断したのだろうか。彼はまもなく語り始めた。
「現在『四神』と呼ばれている四つ柱――コーライン、イリス、アルファディス、ラティシェリ。彼らは元は人間だ。……これは知っているかい?」
問いに肯定を返す。ラナーニャも、そのことなら知っていた。元々人間だからこそ、その後長らく人を護ってくれているのだと――童話によく語られていることだ。
「彼らは人間だった。そして彼らが生きていた時代に、この大陸に大きな危機が起こった。――その危機が具体的に何であったかは現在も研究が続けられている。天変地異であったとも言われるし、“迷い子”の大量発生だとも言われるし――この時代に“迷い子”がいたかどうかも、まだ調査中だけどね。何であれ、とにかく大きな危機で、人間は窮地に陥った。そこで立ち上がったのが、四人の人間だ」
シグリィの語り口調はすでに出来上がった文章を読むように滑らかなのに、ほんのりと懐かしそうな情感がたゆたって、ラナーニャの意識に優しく滑り込んでくる。
「しかし人間としては大層な力を持っていたこの四人も、大陸を襲った危機の前ではなすすべもなかった。四人は考えた。『もっと力が要る』――彼らの脳裏に浮かんだのは地租四神と呼ばれる存在だった。すなわち青龍、朱雀、白虎、玄武。……この大陸に昔からいる、古の神だ」
地租四神は人ではない。その昔、大陸にたしかにいた神だと――言われている。
実際にはどんな存在だったのか、今となっては分からない。彼らはすでに力尽き、姿を隠したのだとラナーニャは学んでいた。シレジアの一般家庭でどんな風に習うのかまでは知らないが、リーディナが極端に一般論とかけ離れたことを教えるとは思えない。
シレジアでは、地租四神が『もういない』とは断言していない。そのため地租四神を崇める人間が大陸にはまだいるのだと――そういう話は聞いた。
しかし。
「力を得るため、コーラインたちが考えた方法は単純だった。彼らは地租四神に、その身を丸ごと与えた」
ざあ。――また耳鳴りが強くなる。
ラナーニャの脳裏に幻影が生まれる。彫像でしか見たことのない四人の人間が、得体の知れない『神』と対峙する――やがて呑み込まれ。
ぶるりと、震えが走った。
「いや。与える――と言う言い方も少し違うな。彼らは地租四神と一体化しながら、意識を保った。地租四神の力を意のままに操れるようになった――」
それは、つまり……
「乗っ取った……?」
「そういう状況に近いかもしれない」
断言しないのは、現四神に対する遠慮だろうか。ラナーニャがじっと見つめる先で、シグリィは少し考えるように目を伏せる。
軒の一部から染み出した一滴のしずくが、はたりと彼の横を落ちていく。
「……本当は。立ち上がった人間は四人だけではなかった」
彼は静かに、呟いた。
「『それ』に挑んだのは何人もの――何十、何百人もの人間だった。志を一にして、次々と地租四神に躍り込んだ。そして、成功したのがあの四人だった――」
くらりとめまいがした。
途方もなく恐ろしい言葉を聞いた気がして。
シグリィ様、とセレンが何かを咎めるように呼ぶ。シグリィは唇の端に、苦笑を浮かべて。
「そうしなくては大陸が全滅するから、彼らはそうしたんだ。それ以上でもそれ以下でもなかった。彼らの意志だ」
そして四人は英雄となり、神となり――…
途端に耳に痛いほどだった雨音が小さくなった。防音の膜のようなものを張ったらしい。
セレン、と彼は何気なく呼ぶ。
彼の透き通るような声は、この雨音の中をも軽く渡っていく。反応があるまで時間は必要なかった。
「シグリィ様ああああああ」
少し離れたところの家の陰からセレンが飛び出してきた。そのまままっすぐ駆けてくると、勢いのままシグリィに飛びつく。
「ごめんなさいー! こんなに破壊し回るつもりなかったんですよぅ」
「分かってる。家を崩すのが一番戦いやすかったんだな?」
「……はい」
「傭兵はどれくらいいた?」
「十人そこそこです。でもこの雨がつらくて」
セレンは顔をしかめて飛び跳ねてくる雨を払う。
「そうだろうな」
シグリィは何でもないことのように応答するが、ラナーニャは内心舌を巻いた。
朱雀の術者は、精神統一を阻害する環境を嫌う。荒れ模様の天気はその最たるところで、シレジアの術師たちも、空模様はとても気にしていたのだ。
そのためシレジアの重臣には、必ず青龍の『読師』がいた。天候を読むのに長けた彼らは、シレジアでは非常に重宝されるわけで……
(この雷雨の中、一人で十倍の人数に応戦していたのか)
もちろんセレンの魔力なら遅れを取らないのだろうが、ここは狭い住宅街だ。家を壊さないようにするなら威力を抑えるしかない。
小規模魔術を連発する労力よりも、中規模の威力で家もろとも破壊することで、攻撃力を上乗せしたということだ。
でも私だけじゃありませんよ、とセレンは杖を持ち直しながら言った。
「あっちも平気で家を壊していたので、遠慮するのはやめました。でも怒られたらごめんなさい」
「そのときはそのときだ。雨の中大変だったな」
はい大変でした、とセレンは真正直に答える。
その頃にはラナーニャも気づいていた。ずぶ濡れのセレンの顔や白い腕に、うっすらと傷がある。この雨の夜では見づらいが、本当はもっと怪我をしているのかもしれない。
(どうしてこんな……)
セレンはあくまで明るい。それを見上げて、ラナーニャは胸が痛むのを感じる。
“迷い子”に襲われるのならともかく、なぜ人間に襲われなくてはいけないのだろう?
襲ってきたのは傭兵だと言う。お金で雇われた戦士たち。
では、雇ったのは誰?
セレンも加わり三人、家の軒下に立って空を見上げる。
雨は絶え間なく降り続き、夜と雲は二重に重なって重厚な闇を作り出す。
「……今すぐにでもクルッカに戻ろうと思っていたんだが……」
シグリィが軽くため息をついた。「この天気では、下手に動かないほうがよさそうだな」
明るいセレンも、空を見上げるときだけは心底憂鬱そうだ。この雨の中戦い続けるのは、ラナーニャの予想以上に大変だったのだろう。
本当は、とシグリィも雨を見ながら続けた。
「セレンの転移術で移動するつもりだったんだ。そもそも、セレンが転移術をできる人間だと察したからこそ、『彼』はセレン一人を危険視した」
「……彼というのは、やっぱり――」
「ユドクリフ・ウォレスター。……だと思われる人物」
まだ確定ではないな、と言い足してあごに指をかける。「彼は今ごろクルッカにいるんだと思うんだが……いったい何がしたいのだろうな」
「カミルたちを始末しちゃいたいんじゃないですかー?」
「明るく言うんじゃないセレン。とはいえ、そうだな、普通に考えたらそうしたいんだろうが――」
ふと、これが気になるな、とシグリィはずっと閉じたままだった片手の掌を開いた。
彼の手にあったのは、掌に包んでしまえるほど小さな、木彫り細工の像――
あ、とセレンが口を手で覆う。
「それ、地租四神の朱雀じゃないですか! アブないですよシグリィ様、捨てちゃわないと、誰かに見られでもしたら!」
「心配するな。サモラには地租四神信仰を排斥した歴史はない」
「でもでもマザーヒルズは地租四神が大っ嫌いじゃないですか」
「まあそうなんだが。……どうした、ラナ?」
シグリィの視線が黙っていたラナーニャに向く。重ねてセレンの視線も。
ラナーニャはおそるおそる口を開いた。
「ち、地租四神って……大陸四神の、か?」
「地租四神と言ったら一種類しかないと思うよ」
「で、でも。だったら!」
思わず声が強くなった。「排斥なんて、どうして……!」
それを聞いて――
シグリィが珍しく目を丸くした。何かを考えるように視線を虚空に投げ、それから改めてラナーニャを見つめる。
とても真剣に。
「ラナ。シレジアでは地租四神をどう伝えているのか、教えてくれないか」
「――、シレジア、では……」
言葉に詰まった。シレジアでは。それはとりもなおさず『シレジア以外では』違うということだ。
……分かっていたつもりだった。自分の国の価値観が全てではないと、リーディナはよく教えてくれたはずだった。なのに。
現実となって突きつけられると、ふしぎなくらい混乱する。自分の足下に穴があいたような心地がするのだ。
ラナーニャは慌てて首を振る。慌てるな。
「……シレジアでは地租四神は、かつて大陸に危機が訪れたときに、今の四神に力を貸し与えた古えの神だと」
――教育係だったリーディナから教わったのは、それだけだ。
シグリィはひとつうなずいた。「間違ってはいないな」
そうですねえ、とセレンが腕を組む。
「なーんか、ごまかしてる感ありますけど。シレジアって意外と守りに入る国ですか?」
「それはそうだろう。島国だからな――それに崇めている神がイリス、つまり慈愛の神だ」
「イリス様かぁ」
――彼らは何の話をしている?
会話を聞く耳が耳鳴りを起こす。小さくなっていたはずの雨音が、急にざあざあと聴覚を責め立てる。
ラナ、とシグリィが穏やかな声でラナーニャを呼ぶ。
「君が学んだ話は、大筋では間違ってない。けど、色んなことを隠してる」
「……隠して……?」
「それを聞くかい? たぶん簡単には信じられない話だろうが――大陸のほうではすでに、通説になっていることだ」
「――」
ラナーニャはうなずいた。
それが本当に自分の意思だったのかは分からない。『聞きたくない』と答えてシグリィたちを失望させるのが恐かっただけなのかもしれない。
ただ、聞かずにはおれないと感じたのも事実だった。
シグリィは一度空を見上げ、雨足を確かめた。時々雷光でまぶしくなる暗雲は厚く、当分やみそうもない。
話す時間はたっぷりあると判断したのだろうか。彼はまもなく語り始めた。
「現在『四神』と呼ばれている四つ柱――コーライン、イリス、アルファディス、ラティシェリ。彼らは元は人間だ。……これは知っているかい?」
問いに肯定を返す。ラナーニャも、そのことなら知っていた。元々人間だからこそ、その後長らく人を護ってくれているのだと――童話によく語られていることだ。
「彼らは人間だった。そして彼らが生きていた時代に、この大陸に大きな危機が起こった。――その危機が具体的に何であったかは現在も研究が続けられている。天変地異であったとも言われるし、“迷い子”の大量発生だとも言われるし――この時代に“迷い子”がいたかどうかも、まだ調査中だけどね。何であれ、とにかく大きな危機で、人間は窮地に陥った。そこで立ち上がったのが、四人の人間だ」
シグリィの語り口調はすでに出来上がった文章を読むように滑らかなのに、ほんのりと懐かしそうな情感がたゆたって、ラナーニャの意識に優しく滑り込んでくる。
「しかし人間としては大層な力を持っていたこの四人も、大陸を襲った危機の前ではなすすべもなかった。四人は考えた。『もっと力が要る』――彼らの脳裏に浮かんだのは地租四神と呼ばれる存在だった。すなわち青龍、朱雀、白虎、玄武。……この大陸に昔からいる、古の神だ」
地租四神は人ではない。その昔、大陸にたしかにいた神だと――言われている。
実際にはどんな存在だったのか、今となっては分からない。彼らはすでに力尽き、姿を隠したのだとラナーニャは学んでいた。シレジアの一般家庭でどんな風に習うのかまでは知らないが、リーディナが極端に一般論とかけ離れたことを教えるとは思えない。
シレジアでは、地租四神が『もういない』とは断言していない。そのため地租四神を崇める人間が大陸にはまだいるのだと――そういう話は聞いた。
しかし。
「力を得るため、コーラインたちが考えた方法は単純だった。彼らは地租四神に、その身を丸ごと与えた」
ざあ。――また耳鳴りが強くなる。
ラナーニャの脳裏に幻影が生まれる。彫像でしか見たことのない四人の人間が、得体の知れない『神』と対峙する――やがて呑み込まれ。
ぶるりと、震えが走った。
「いや。与える――と言う言い方も少し違うな。彼らは地租四神と一体化しながら、意識を保った。地租四神の力を意のままに操れるようになった――」
それは、つまり……
「乗っ取った……?」
「そういう状況に近いかもしれない」
断言しないのは、現四神に対する遠慮だろうか。ラナーニャがじっと見つめる先で、シグリィは少し考えるように目を伏せる。
軒の一部から染み出した一滴のしずくが、はたりと彼の横を落ちていく。
「……本当は。立ち上がった人間は四人だけではなかった」
彼は静かに、呟いた。
「『それ』に挑んだのは何人もの――何十、何百人もの人間だった。志を一にして、次々と地租四神に躍り込んだ。そして、成功したのがあの四人だった――」
くらりとめまいがした。
途方もなく恐ろしい言葉を聞いた気がして。
シグリィ様、とセレンが何かを咎めるように呼ぶ。シグリィは唇の端に、苦笑を浮かべて。
「そうしなくては大陸が全滅するから、彼らはそうしたんだ。それ以上でもそれ以下でもなかった。彼らの意志だ」
そして四人は英雄となり、神となり――…
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