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第二章 誰がための罪。
34 英雄と少年
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「大陸は四神に支えられていた。そのバランスが崩れたんです。そうなればどうなるか。大陸は――沈み始めた」
それに気づいたとき、人間たちは恐慌状態に陥った。
「最初はその原因が四神自身だと誰も気づかなかったそうです。だから、『四神の力を借りようとして』人身御供が始まったのは本当だった。何人もがうまくいかずに散っていき……そして、あの四人の番になった」
そのとき、四人の中の一人が言った。『原因は四神にこそあるかもしれない』。
彼らはその身を捧げ、そして悟った。その言葉の通りだったことを。
だから彼らは――地租四神の意識を乗っ取った。
「四神の力を、彼らの手で制御するために」
――そうして、四人の英雄が生まれた。
彼らが地租四神の力を奪ったのはまぎれもない事実だ。それが正義だったなどと、英雄たちは思っていない。
だが、後悔もしていない。
「ただしこのやり方にも限界がある。かつて地租四神の理が崩れたように……今も、四神のバランスが崩れ始めている」
魔女の目に恐怖がにじんだ。
意味を即座に理解できたわけではないだろう。本能的な恐怖だったのかもしれない。
ひずみが生まれたんです、と少年は言った。
「かつては大陸が沈み始めた。今回は、ひずみが生まれた。どうしても消せないそのひずみは、放置しておけばどんどん大きくなり、いずれ世界に多大な影響を及ぼす」
英雄たちは苦心した。力のバランスを保ち直しても、ひずみは消えない。
当然かもしれない。そのひずみはまさしく、四神の力そのものだったのだから。四神の力全てをより集めたがために、歪になったエネルギーだったのだから。
ならばそれを消すよりも――
「彼らはその中のエネルギーを取り出した」
苦肉の策だった。エネルギー自体を残すなら、根本的な解決になどならない。
だが――事態は四神たちにも予想外の方向へと転がり始める。
「すると元はひずみであったエネルギーが凝り固まって、生体となった」
人の姿に。
それは四神の力の集合体――とでも言うべき存在。
その形となった理由は分からない。ただ父とも母とも言うべき四神に影響されて、それに似た姿を取っただけだったのかもしれない。
四神の力のバランスが再び崩れたことの象徴。この生体をどうするのか、英雄四神たちは長く悩んでいた。何しろこの生体には奇妙な特徴があったのだ。
すなわち。
「成長するということ。生まれたときは十歳にも満たない子どもだった。十年経って、ここまでになった」
シグリィはすっと己の胸を指さす。
女の唇が動く。
お前が、とこぼれた独白は、とうてい信じられないという気持ちを如実に表していた。
シグリィは笑った。相手を嘲る笑みではない。ただ、会話を受け入れた相手に対する自然の笑顔。
「信じなくてもけっこうですよ。そのために話したわけじゃない」
……こんな話をしたのはただ、
「地租四神の信奉者に会うのは初めてだったので。……敬意を表しただけです、魔女様。ただひとつだけ考えてほしい――」
森から火が消えている。しんと静まりかえっている。
魔女は今、復讐の炎を燃やすことよりも、目の前の子どもの言葉を聞くことに集中している。
「今、大陸には『前兆』が現れている。四神の力は崩れ始め、《印》なき子どもたちが生まれ、“迷い子”に異変が表れ――」
言葉が途切れる。ひとつ、拍を入れて。
「地租四神の意識が戻ればその危機から逃れられると、本当に思いますか?」
女は唇を引き結んだ。
その薄い唇から血の気が引いている。この幻想の世界の中で、人間らしい色の変化を成す女は、言葉を完全に失っている。
シグリィは語り紡ぐ。――“別に構わないんです”と。
「思想は自由だ。どんな思想だろうと、抱える分には構わない。だが――思想を盾にして他者を害し始めたとき、思想は死ぬ」
……どこまで、魔女に言葉が届いたのかは分からない。
シグリィの下からふっと女の体が消える。
振り向くと、魔女はシグリィの背後、数メートル先にふらりと立っていた。
胸からは大量の血が流れている。常人ならばまもなく絶命するだろうという状況でも、女は体を揺すって笑っていた。
『……お前は私を殺せない。核の位置を見つけられない』
高笑いは火の消えた森を大いに沸かせた。
血の気の引いたまま、勝ち誇った顔で。
『思想を盾に? ええその通り! だが、私たちの理想を現実にするためにはそれしかなかった! 私たちとあなたたちは相容れない――ならばどちらかが滅ぶしか、決着はない』
そうでしょう? 女の囁きは、優しげでさえあった。
『――先に私たちを滅ぼそうとしたのは、お前たちよ』
女は胸の前で両手を組み合わせる。やがて朗々とした声が、独り言のような言葉を紡いだ。
マリアは言った、手を取り合いなさいと。
奇跡は繋がれた手にだけ起こると。
マリアは言った、労り合いなさいと。
奇跡は相手を知ったときにだけ起こると。
マリアは言った、愛し合いなさいと。
奇跡は相手を想ったときにだけ起こると。
『……マリアが何を思ってワイズを村に居続けさせたのか、私には分からない。マリアの心は私たちには決して変えられなかった。――奇跡を起こせるのはマリアだけだったから!』
森に再び火がついた。めらめらと燃え立つ炎は異臭を撒き散らし、荒ぶる女の心のままに拡大する。
女は森の奥へと向かう道を、ふらりふらりと歩き始める。ふふ、ふふ、と狂気の笑いをこぼしながら。
『殺せるものなら殺してみなさい。私は決して消えない――『あの男』が約束したのよ、私の心がある限り、私は消えないと』
「あの男とは誰です」
ワイズ・オストレムでないことだけはたしかだ。魔女が『あの男』と言うときには、あふれるほどの信頼感がその声にある。
魔女はシグリィを振り返った。
ふふ、と薄い唇が笑っている。
『教えないわ』
そうして魔女はかき消えた。後に煙ひとつ残すことなく。
「……」
シグリィは森を見上げた。黒い煙が木々の隙間を埋め尽くし、空など一切見えやしない。
森は轟音を立てて燃える。閉じられた世界に呼吸のできる場所はあと少しきり。
(ここは魔女の精神世界――)
あの女のいかようにでもできる世界だ。だから炎はあっという間にシグリィを襲うかもしれないし、あるいはじわじわとなぶるように襲ってくるかもしれない。
何よりも問題なのは、脱出ができないということ。
あの女の存在の大元――核はいったいどこにあるのか。それが分からない限り助かるのはまず不可能だ。
「――……」
シグリィは目を閉じ、己の内側に意識を向けた。
(“焦り”が湧いてこない)
そのことに、少しだけ苦笑する。いつものことでもあった。――命ある存在なら、この状況ではまず間違いなく感じるはずの感情が湧いてこない。
だが、当然なのだ。
(私は人間ではない)
命はある。消滅もあると予測している。
だが、命に対する『執着』がない――
消えてしまったところで元に戻るだけだ。何も変わらないのだ。ずっと世話になったカミルとセレンを悲しませたいとは思わないが、彼らとてシグリィがいなくては生きられないわけではまったくない。
では何を悲しむことがある? 何を不安がることがある?
(いや……そんなことはない)
今消えてしまったら、後悔ぐらいはする。やりたいことがたくさんある。知りたいこともたくさんある。
それは本心のはずなのに、消えることを恐れることができない。
やはり自分は、生物ではないのだと実感する瞬間。どちらかというと、存在するも消えるも淡々としている自然物に近いだろうか。
(……今さらだ)
そのことに落胆するわけではなかった。彼の望みは、別に『人になること』ではない。
人や動物や植物や――この大陸にあるもの全てを識りたい。ただそれだけ。
彼が生まれた原因であるこの大陸と――そして四人の英雄たちが命を賭けて護った、その存在たちのことをずっと見守りたかったのだ。
瞼を上げて、もう一度燃える森を見る。
炎が徐々に迫ってきている。少しでも永らえるよう自分の位置を変えながら、シグリィは思う。
――ひとつだけ、今生き延びたいと思う理由がある。
(ラナーニャ)
その名だけが胸に内にあった。
かの少女を、今見放すわけにはいかない。あの、自分の立ち位置を見失っている少女を。一個の生命でありながら、あまりに儚い存在の彼女を――
だから、今は。
シグリィは炎に向き合った。手をかかげる。
ひとつだけ、やれることがある。
ここは魔女の精神世界。魔女の理想の世界。
すなわち魔女の――心そのもの。
(潜っていけば、核心に行きつけるかもしれない)
それは心の同調。真の意味で心を触れ合わせるということ。
とても危険な行為だ。双方にとって影響が大きすぎる。
ゆえに魔術師の間では禁忌とされる行為。シグリィも、普段ならやらないことだったが。
(脱出する。必ず)
何よりも優先したい思いがある。だから彼は、力を解放する。
感情と願望そのものを力に変える朱雀の《印》。その夢想の世界に分け入るために、精神を集中する。
――森の景色が歪む。炎が、薄らいで行く。
*
炎が見える。
何もない荒野であるはずのクルッカに、燃え上がる幻の森がうっすらと見える。
鬱蒼とした森は、そのままなら内部が見えるわけがない。それなのに、ラナーニャには視えていた。少年が静かに目を閉じている姿が。
「シグリィ……!」
背筋にひやりとした悪寒を覚えた。一見、シグリィは何もしていない。
だが、彼の肩の《印》が輝いているのが見えていた。朱雀の《印》――
彼はたしかに、何かを成そうとしているのだ。
――何を?
焦る気持ちを何とか抑え込み、ラナーニャは必死で状況を掴もうとする。
(あの森は朱雀の幻影――か? あの魔女の精神世界……。シグリィはその中にいて、脱出しようとしてる……?)
朱雀の術ならば、術者を倒すしか解除する方法はないはずだ。それどころか、下手をすると術者を倒しても脱出できない場合がある。
そして、ラナーニャの目に映る中に、あの魔女の姿はない。
(森が消えていない……ということは、倒せなかったのか? あのシグリィに?)
魔女はたしかに強大な術者ではあったけれど、戦い慣れた戦士ではないはずだった。いわゆる一般人と言っていいはずだ。
それなのに、あのシグリィが勝てなかった?――いや。
(あの魔女は人間じゃない。あの魔女自体が術の産物か何かなんだ。あの女の魂そのものが)
それに気づいたとき、人間たちは恐慌状態に陥った。
「最初はその原因が四神自身だと誰も気づかなかったそうです。だから、『四神の力を借りようとして』人身御供が始まったのは本当だった。何人もがうまくいかずに散っていき……そして、あの四人の番になった」
そのとき、四人の中の一人が言った。『原因は四神にこそあるかもしれない』。
彼らはその身を捧げ、そして悟った。その言葉の通りだったことを。
だから彼らは――地租四神の意識を乗っ取った。
「四神の力を、彼らの手で制御するために」
――そうして、四人の英雄が生まれた。
彼らが地租四神の力を奪ったのはまぎれもない事実だ。それが正義だったなどと、英雄たちは思っていない。
だが、後悔もしていない。
「ただしこのやり方にも限界がある。かつて地租四神の理が崩れたように……今も、四神のバランスが崩れ始めている」
魔女の目に恐怖がにじんだ。
意味を即座に理解できたわけではないだろう。本能的な恐怖だったのかもしれない。
ひずみが生まれたんです、と少年は言った。
「かつては大陸が沈み始めた。今回は、ひずみが生まれた。どうしても消せないそのひずみは、放置しておけばどんどん大きくなり、いずれ世界に多大な影響を及ぼす」
英雄たちは苦心した。力のバランスを保ち直しても、ひずみは消えない。
当然かもしれない。そのひずみはまさしく、四神の力そのものだったのだから。四神の力全てをより集めたがために、歪になったエネルギーだったのだから。
ならばそれを消すよりも――
「彼らはその中のエネルギーを取り出した」
苦肉の策だった。エネルギー自体を残すなら、根本的な解決になどならない。
だが――事態は四神たちにも予想外の方向へと転がり始める。
「すると元はひずみであったエネルギーが凝り固まって、生体となった」
人の姿に。
それは四神の力の集合体――とでも言うべき存在。
その形となった理由は分からない。ただ父とも母とも言うべき四神に影響されて、それに似た姿を取っただけだったのかもしれない。
四神の力のバランスが再び崩れたことの象徴。この生体をどうするのか、英雄四神たちは長く悩んでいた。何しろこの生体には奇妙な特徴があったのだ。
すなわち。
「成長するということ。生まれたときは十歳にも満たない子どもだった。十年経って、ここまでになった」
シグリィはすっと己の胸を指さす。
女の唇が動く。
お前が、とこぼれた独白は、とうてい信じられないという気持ちを如実に表していた。
シグリィは笑った。相手を嘲る笑みではない。ただ、会話を受け入れた相手に対する自然の笑顔。
「信じなくてもけっこうですよ。そのために話したわけじゃない」
……こんな話をしたのはただ、
「地租四神の信奉者に会うのは初めてだったので。……敬意を表しただけです、魔女様。ただひとつだけ考えてほしい――」
森から火が消えている。しんと静まりかえっている。
魔女は今、復讐の炎を燃やすことよりも、目の前の子どもの言葉を聞くことに集中している。
「今、大陸には『前兆』が現れている。四神の力は崩れ始め、《印》なき子どもたちが生まれ、“迷い子”に異変が表れ――」
言葉が途切れる。ひとつ、拍を入れて。
「地租四神の意識が戻ればその危機から逃れられると、本当に思いますか?」
女は唇を引き結んだ。
その薄い唇から血の気が引いている。この幻想の世界の中で、人間らしい色の変化を成す女は、言葉を完全に失っている。
シグリィは語り紡ぐ。――“別に構わないんです”と。
「思想は自由だ。どんな思想だろうと、抱える分には構わない。だが――思想を盾にして他者を害し始めたとき、思想は死ぬ」
……どこまで、魔女に言葉が届いたのかは分からない。
シグリィの下からふっと女の体が消える。
振り向くと、魔女はシグリィの背後、数メートル先にふらりと立っていた。
胸からは大量の血が流れている。常人ならばまもなく絶命するだろうという状況でも、女は体を揺すって笑っていた。
『……お前は私を殺せない。核の位置を見つけられない』
高笑いは火の消えた森を大いに沸かせた。
血の気の引いたまま、勝ち誇った顔で。
『思想を盾に? ええその通り! だが、私たちの理想を現実にするためにはそれしかなかった! 私たちとあなたたちは相容れない――ならばどちらかが滅ぶしか、決着はない』
そうでしょう? 女の囁きは、優しげでさえあった。
『――先に私たちを滅ぼそうとしたのは、お前たちよ』
女は胸の前で両手を組み合わせる。やがて朗々とした声が、独り言のような言葉を紡いだ。
マリアは言った、手を取り合いなさいと。
奇跡は繋がれた手にだけ起こると。
マリアは言った、労り合いなさいと。
奇跡は相手を知ったときにだけ起こると。
マリアは言った、愛し合いなさいと。
奇跡は相手を想ったときにだけ起こると。
『……マリアが何を思ってワイズを村に居続けさせたのか、私には分からない。マリアの心は私たちには決して変えられなかった。――奇跡を起こせるのはマリアだけだったから!』
森に再び火がついた。めらめらと燃え立つ炎は異臭を撒き散らし、荒ぶる女の心のままに拡大する。
女は森の奥へと向かう道を、ふらりふらりと歩き始める。ふふ、ふふ、と狂気の笑いをこぼしながら。
『殺せるものなら殺してみなさい。私は決して消えない――『あの男』が約束したのよ、私の心がある限り、私は消えないと』
「あの男とは誰です」
ワイズ・オストレムでないことだけはたしかだ。魔女が『あの男』と言うときには、あふれるほどの信頼感がその声にある。
魔女はシグリィを振り返った。
ふふ、と薄い唇が笑っている。
『教えないわ』
そうして魔女はかき消えた。後に煙ひとつ残すことなく。
「……」
シグリィは森を見上げた。黒い煙が木々の隙間を埋め尽くし、空など一切見えやしない。
森は轟音を立てて燃える。閉じられた世界に呼吸のできる場所はあと少しきり。
(ここは魔女の精神世界――)
あの女のいかようにでもできる世界だ。だから炎はあっという間にシグリィを襲うかもしれないし、あるいはじわじわとなぶるように襲ってくるかもしれない。
何よりも問題なのは、脱出ができないということ。
あの女の存在の大元――核はいったいどこにあるのか。それが分からない限り助かるのはまず不可能だ。
「――……」
シグリィは目を閉じ、己の内側に意識を向けた。
(“焦り”が湧いてこない)
そのことに、少しだけ苦笑する。いつものことでもあった。――命ある存在なら、この状況ではまず間違いなく感じるはずの感情が湧いてこない。
だが、当然なのだ。
(私は人間ではない)
命はある。消滅もあると予測している。
だが、命に対する『執着』がない――
消えてしまったところで元に戻るだけだ。何も変わらないのだ。ずっと世話になったカミルとセレンを悲しませたいとは思わないが、彼らとてシグリィがいなくては生きられないわけではまったくない。
では何を悲しむことがある? 何を不安がることがある?
(いや……そんなことはない)
今消えてしまったら、後悔ぐらいはする。やりたいことがたくさんある。知りたいこともたくさんある。
それは本心のはずなのに、消えることを恐れることができない。
やはり自分は、生物ではないのだと実感する瞬間。どちらかというと、存在するも消えるも淡々としている自然物に近いだろうか。
(……今さらだ)
そのことに落胆するわけではなかった。彼の望みは、別に『人になること』ではない。
人や動物や植物や――この大陸にあるもの全てを識りたい。ただそれだけ。
彼が生まれた原因であるこの大陸と――そして四人の英雄たちが命を賭けて護った、その存在たちのことをずっと見守りたかったのだ。
瞼を上げて、もう一度燃える森を見る。
炎が徐々に迫ってきている。少しでも永らえるよう自分の位置を変えながら、シグリィは思う。
――ひとつだけ、今生き延びたいと思う理由がある。
(ラナーニャ)
その名だけが胸に内にあった。
かの少女を、今見放すわけにはいかない。あの、自分の立ち位置を見失っている少女を。一個の生命でありながら、あまりに儚い存在の彼女を――
だから、今は。
シグリィは炎に向き合った。手をかかげる。
ひとつだけ、やれることがある。
ここは魔女の精神世界。魔女の理想の世界。
すなわち魔女の――心そのもの。
(潜っていけば、核心に行きつけるかもしれない)
それは心の同調。真の意味で心を触れ合わせるということ。
とても危険な行為だ。双方にとって影響が大きすぎる。
ゆえに魔術師の間では禁忌とされる行為。シグリィも、普段ならやらないことだったが。
(脱出する。必ず)
何よりも優先したい思いがある。だから彼は、力を解放する。
感情と願望そのものを力に変える朱雀の《印》。その夢想の世界に分け入るために、精神を集中する。
――森の景色が歪む。炎が、薄らいで行く。
*
炎が見える。
何もない荒野であるはずのクルッカに、燃え上がる幻の森がうっすらと見える。
鬱蒼とした森は、そのままなら内部が見えるわけがない。それなのに、ラナーニャには視えていた。少年が静かに目を閉じている姿が。
「シグリィ……!」
背筋にひやりとした悪寒を覚えた。一見、シグリィは何もしていない。
だが、彼の肩の《印》が輝いているのが見えていた。朱雀の《印》――
彼はたしかに、何かを成そうとしているのだ。
――何を?
焦る気持ちを何とか抑え込み、ラナーニャは必死で状況を掴もうとする。
(あの森は朱雀の幻影――か? あの魔女の精神世界……。シグリィはその中にいて、脱出しようとしてる……?)
朱雀の術ならば、術者を倒すしか解除する方法はないはずだ。それどころか、下手をすると術者を倒しても脱出できない場合がある。
そして、ラナーニャの目に映る中に、あの魔女の姿はない。
(森が消えていない……ということは、倒せなかったのか? あのシグリィに?)
魔女はたしかに強大な術者ではあったけれど、戦い慣れた戦士ではないはずだった。いわゆる一般人と言っていいはずだ。
それなのに、あのシグリィが勝てなかった?――いや。
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