月闇の扉

瑞原チヒロ

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番外編

トキモドリ――2

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 それを探すのはなかなか難儀な仕事だった。
「とりあえず……隅っこ、何かの陰になっているところ、日のあたりが悪い、あー……まあ、村の中心とかにはないな、あれは敏感で人間や動物の息吹が感じられるところには生息しないんだ」
「……ものすごくアバウトですよシグリィ様」
 カミルが、はあとため息をつく。
「仕方がない。実際そういう植物なわけだから」
 言いながら、シグリィはてくてくと率先して村の外側まで行き物陰を探し始めた。
 カミルは外が近いことを危惧し、ついてきたセザンに「私の傍にいてください。間違ってもセレンの傍にはいかないように」と忠告する。
「ちょっとー、それじゃ私が匂い袋みたいじゃないの」
 セレンが腰に手を当てて文句を言う。「仕方がないでしょう」とカミルがセレンをじろりと見る。
 匂い袋とは、魔物の好む匂いを集めて、魔物を呼び込むために作られる袋のことだった。
 セレンはべーっと舌を出して、
「へーんだ。セザンさん、あんまりその男に近づいてると魔物じゃなくてそいつに襲われるから気をつけた方がいいわよー」
「え? え?」
 さっきからセザンは何の話をしているのかさっぱり分からないままカミルとセレンを見比べていた。
 仕方なく、カミルが右手の手袋をはずした。
 そこに、不思議なあざのような紋様があった。――白虎の《印》。
 続いてカミルはセレンの服の、肩あたりの布をずり下ろす。
「ちょっ! 何するのよこのエッチ!」
 即座に飛ぶ張り手は慣れた様子でかわされ。セレンはうなりながら服を整えた。
 その間に、セザンは見ていた。セレンの肩、そこにも紋様――朱雀の《印》があったことを。
 白虎――魔よけ。朱雀――魔寄せ。
 それは、大陸の常識。
 ちなみにセザンは『青龍』だ。植物や天候といった自然に関わる体質である。セザンは生まれてこの方、天気予報を間違ったことがない。そしてその《印》は首筋にある。
 シグリィは――
 ハイネックの服を着ているため分からないが、青龍であるらしい。実際彼の、大陸的に見ても白いだろう両手に白虎の《印》はないし、七部袖の服を着ているから肩に朱雀の《印》があるかどうか分からないし、玄武の《印》に至っては背中にあるはずだから調べようもない。
 セザンとしてはこの少年が青龍でいてくれればありがたいと思っている。ラフティも青龍で、だから薬師として成功していると言ってもいい。ラフティがあんなに苦しんでいる理由があの『実』のせいならば、やはり青龍の出番だろう。
 そんなことを考えている間にも、シグリィはもくもくと物陰を探していた。
「大体ですねセレン、この村では働かなくては泊めてもらえないんですよ、あなたがここに来る直前に財布を落としたから!」
「何よそんなに大切な財布なら最初から私に預けなきゃいいじゃない! 私にお金を預けたらろくなことにならないことぐらい知ってるでしょ!」
「認めてどーするんです、とにかく今回はちゃんと働いてもらいますよいつもなら何かと理由をつけて逃げ出されてきましたが、今回こそは……」
 ふ、ふ、ふ、とカミルが引きつった笑みを浮かべた。
 ぐうう、とセレンがうなりながら、戦闘態勢に入って杖を両手で握る。
 その間に何やら木の枝を拾ってきたシグリィが――
 スカン スカン
 自分より十も歳上の二人の頭をそれで殴った。
 そしてごほんと咳払いをして、
「私たちがやるべき『仕事』は、さしあたりあの植物を探すことなんだが……お前たち、理解しているか?」
 にっこり。
 恐るべし絶世の美貌。整いすぎた顔立ちが微笑むとなぜこんなにも恐ろしいのだ。きらきら光りすぎて目にまぶしい。爽やかさが逆に猛毒だ。
 ここはおとなしく探していた方がいい。誰もが察して、それからは静かに四人で捜索隊となった。

     ◆◇◆◇◆

「――ああ、あったあった」
 少年の声がして、もくもくと実を探していた他の三名は、ばっと顔をあげた。
「これはすごいな。群生している――」
 一人で勝手に感心している少年の元へ、三人は駆け寄った。
 村はずれ、壊れた納屋と大きな木の間、日光など決して当たらない場所。そこに――
 見慣れない植物があった。
 おかしな花が咲いている。下を向いている。花びらを開いてもいない。色は薄桃色から白へのグラデーションだろうか――
「……これ、枯れてるの?」
 セザンは尋ねた。シグリィは「いいや」と軽く花のひとつをつついた。
「これで最大限咲いてる状態だ。あと少し経てば実が取れるかな」
「これでですかあ?」
 セレンが不満そうに言った。セザンには悔しいが華やかな美女の彼女には、開いた花がふさわしい。
「年中咲いてる花だからな……実はいつでも採れる。ん、これはちょうど採れそうな時期かな」
 少年はひとつの花を選び出し、その閉じた花の先っぽをちょんちょんとつついた。――茶色に変色している。
「こうなったら、花びらを一枚ずつはがして――」
 言いながらそれを実行していくシグリィ。花弁は合計八枚あった。そしてそれを全部はがすと、
 その中央に、あのくるみのような茶色の実が残っていた。
 シグリィはそれをぷちんと枝から採る。
 そして服の中から護身用の銀のナイフを取り出すと、それの先を使って硬い包皮を割った。
 中からころんと転がり出てきたのは、桃色の柔らかそうな果実――
「うわあいい香り……それにおいしそうな色……」
 セレンがうっとりと主人の掌にある小指大の大きさのそれを見つめる。
「な、中身はこんなに小さかったのね」
 セザンはシグリィの顔色をうかがう。どうやら「触ってもいいか」と訊きたいらしい。
「触っても害はないよ」
 少年の言葉に安心したらしいセザンは、おそるおそる指をその桃色の果実に近づけた。
 ぐっ
「……え?」
 セザンは訝しげにもう一度ぐっと指先で果実を押す。
 硬い。いや、石やそういうものほどではないが、思っていたよりもずっと硬い。
 シグリィが笑った。
「これを食べるとこりこりと食感がたまらないらしいね。私は食べたことはないけれど」
「食べちゃだめなんですかあ?」
 セレンが物欲しそうに指をくわえている。
「危険でしょう」
 カミルが落ち着いた声で言う。
 シグリィは唇の端をおかしげにつりあげて、自分の連れの女性に視線をやった。
「――『トキモドリの実』。この名を聞いてもまだ食べたいと思うのか?」

     ◆◇◆◇◆

 トキモドリの実。
 その名の通り――食べると、時空を越えて過去へと意識が飛ぶのだという。
 過去の、好きな時代へ。
「――そんな都合のいい話ってないわ」
 説明を聞いたセザンはぶるぶると震えていた。
「眠る時にでも常用していたんだろうな、ラフティさんは――そして、使いすぎで禁断症状を起こした」
「あ、あれ禁断症状なんですか」
 シグリィの言葉に、セレンがぽんと手を打つ。
「シグリィ様は最初から知っていて――?」
 カミルの視線に、シグリィは前髪をかきあげ、
「ああいう禁断症状を起こす実は他にもあるからな。あの小瓶の中身が証拠だったとは言え、一応この村に本当に生えているかどうか確認したかった」
「禁断症状……あれが?」
 セザンがつぶやく。
 ――会いたい。
 ――行かないで。
「誰に……言っている言葉だっていうの?」
 セザンの目に熱い何かがこみあげてくる。――わざわざ時を遡らなくては会えない相手。
「あ、ほら、例の薬師のお師匠様とか」
 セレンの思いつきに、セザンはつぶやく。
「薬師のお師匠様は男の方……あんなに熱っぽく呼ぶ相手ではないと……思うの……」
「分かりませんよ。たしかに強く慕っている感じの呼び方ですが」
 カミルが気落ちするセザンを励ますように、その背中を撫でる。
「あ! ちょっとカミルひそかになに触ってんのよ! このむっつりスケベ!」
「誰がですか!」
「若い女の子を見るとすーぐこうなんだから! 絶世の美女の私に触れないからって!」
「つっこみどころがありすぎですがとりあえずそう考える時点であなたの方がむっつりですよ!」
「何ですって! この私のどこがむっつり!?」
「何もかもがもうすべてです!」
 ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー騒ぎ出すセザンよりも歳上の二人組――。
 シグリィは冷静に、
 パン!
 ――と手を叩き鳴らした。
 はっとカミルとセレンは我に返った。
「そういうのは時と場所を考えろ、二人共」
 あくまで冷静に落ち着いた声音で言う少年。彼の従者たちは冷や汗をかいて、
「……はい」
 と声を揃えた。
「よろしい。さて」
 シグリィは周囲を見渡す。
 シグリィが今採取したものの他に、実が採られたらしき跡のあるトキモドリの花がたくさんあった。たくさん――
 シグリィはいくつかの『トキモドリの実』を採取すると、それを袋につめて立ち上がってから、うん、と伸びをした。
「――今度は私が薬師の役でもやるかな」
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