託宣が下りました。

瑞原チヒロ

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本編

もう、迷いません。―10

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 あまりに意外すぎました。なぜここにいることが分かったのでしょう。
 それに、どうやら騎士は姫がここにいることを知っているようです。どうして……?
「どうやってここが分かったの、ヴァイス兄? 恋しすぎてお姉さんのことなら何でも分かるようになっちゃったの?」
「まあミミ、もしそうなら気味が悪いわ」
 自由なことを言っている双子は置いておいて、騎士のお父上が「よくここが分かったな」と息子に言いました。
「いや、修道院にいただけだ。修道院はここから近いだろう? そうしたらそこら辺を歩いていた人間が広場の騒ぎのことを噂していたので――慌てて来た」
「修道院に……?」
 たしかにこの広場から修道院はさほど距離がありません。この広場からこっそり出て行った町人がいたなら、何もおかしくはないのです。
 わたくしは広場の人々を見回しました。姫様のことを考える一心ですっかり意識の外になっておりましたが、彼らはすでに緊張を解き、好奇心に輝く顔でこの騒ぎを見守っていました。
 ……今更ながら、顔から火が出そうです。
 ふむ、とアレクサンドル様があごを撫でました。
「修道院か。王宮にはもう行ってきたのか?」
「もちろん真っ先に。というかエヴァレット卿と一緒だったんだが、どこへ行ったんだあの男は」
 初めて不在に気づいたかのように、騎士は辺りを見渡しました。
 するとちょうど広場の入り口から、ひいこらとした声が上がりました。
「ヴァイス! この、急に馬で駆けおって――」
「卿も馬ではないか」
「お主ほど早く町を抜けられるわけがあるか!」
 その言葉の通り、どこかのっそりと馬を操りこちらへやってくる人物が一人。
「エヴァレット卿……?」
 その顔はわたくしにも見覚えがありました。修道院監査室の長ジャン・エヴァレット卿――
 ころころと丸く太った小柄な男性です。彼をのせて走る馬はさぞかし大変でしょうが、それにしても。
「エヴァレット! これはどういうこと!」
 見知った臣下の姿に、姫が威勢を取り戻しました。
 ひっ、とエヴァレット卿は馬の上でのけぞりました。
「ひ、姫様。本当にこんなところにおられたのですか」
「ひっとはなに、ひっとは。お前はこの国の王女を見て悲鳴を上げるのですか」
「いやまさか本当にいらっしゃるとは。噂になっているのは似た面差しの別人かと思っておりまして――はあ、いえ」
 アルベルト老がこっそりため息をつきました。
「影武者であったならよかったのだが……」
「何か言ったかしらアルベルト?」
「滅相も」
 どことなくおどけた調子があります。エヴァレット卿の登場で場が弛緩したことを、喜んでいるようにも見えました。
 エヴァレット卿はのそのそと馬からおりると、姫様の前で膝をつきました。まるで先ほどの礼を失した行いを埋め合わせるかのようです。
 騎士のお父上がその姿をとっくりと見つめ、
「……エヴァレット卿。あなたが息子と一緒にいるということは……シュヴァルツ様は部屋からお出になりましたな?」
「ぐ、アレクサンドル、なぜ貴様がここに」
「話をそらせると思ったら大間違いですぞ、卿」
「………」
 エヴァレット卿がうなだれるのを見て、たぶん誰もが不審に思ったことでしょう。騎士と、騎士のお父上を除いて――
「……ひ、姫様」
「何なのエヴァレット」
 いっそう頭を下げる卿に、姫様は不機嫌な声で応えます。
 卿の額に脂汗が浮いているのが見えました。いったい何をそんなに緊張しているのでしょう?
「お、王宮の一大事であります。かような場所でお話することではないかと。はあ」
「構わないわ。回りくどいのは嫌いよ、今おっしゃい」
「―――」
 わたくしが言うのもなんですが、本当によいのでしょうか? エヴァレット卿の様子をみるに、尋常ではない事態なのは間違いないでしょうに。
 けれど、姫の命は絶対。卿はもぐもぐと歯切れ悪く語り始めました。
「……シュ、シュヴァルツ殿下がすべてお話しになりました。ここにいる非常識な騎士が殿下のお部屋に怒鳴り込みまして。ええ、はあ、ですが殿下のほうも、今回ばかりは立ち上がるつもりだったとおっしゃられておりまして――はあ」
「……お兄様が、何を話したと言うの?」
「ラケシス・リリーフォンスの無実を」
 わたくしは胸の前で両手を組み合わせました。今の言葉は――
 そしてエヴァレット卿は息も絶え絶えに、とんでもないことを口にしたのです。
「殿下は、ラケシス・リリーフォンスとのご結婚を宣言なされました。い、今、王宮はひっくり返るような騒ぎです。はあ」

 ……は?

「―――」
 ぽかんと口が開いてしまいました。何でしょう、今、『結婚』と聞こえたような……?
 いえ、聞き間違いですきっと。そんなはずはありません。
 そう思ったのはわたくしだけではなかったのでしょう。姫はもちろん、姫付きの兵士たちまであんぐり口を開けています。冷静そうなアルベルト老までも。
 やがて姫様がこほんと咳払いをして、
「……エヴァレット、わたくし少し耳の調子が悪いようね。もう一度言ってちょうだい」
「ですから、シュヴァルツ様はラケシス・リリーフォンスと恋仲だと告げられまして、ええ、はい。正式に王室に迎え入れるつもりだと、陛下の前で申されまして――」
「な」
 ……聞き間違いでは、なかったようです。
「ちょっと待ってください」
 さすがに口を出さずにはいられませんでした。だってラケシス、ねえ、ラケシス?
 姉さんちょっと頭がおかしくなりそうよ。
「そ、それは何かの間違いではありませんか? たとえばお優しい王太子殿下が、ラケシスを命だけでもかばうためにつかれた嘘とか……」
「それは真っ先に王妃様がご指摘なされましたなあ。しかしシュヴァルツ様はきっぱり否定なさいまして、はあ」
 珍しいことでございます――と、顔を上げたエヴァレット卿は、懐から出したハンカチで額を拭いました。
「殿下があれほどはっきりと何かを陛下の前でおっしゃることは。よしんば暗殺者ではなかったにしても、下賎の者との結婚などとんでもないと、陛下も王妃様も反対なされたのですが……ええ、はい」
「……本当に、本気で、ラケシスと恋仲だと……?」
「少なくとも本人は大真面目にそう言っていたぞ」
 と、そう答えたのは騎士でした。「俺も直接本人に聞いた。それもシュヴァルツ殿下の一方的な片思いではなく、ちゃんと情の通じた相手だと言い切った。それで俺が牢のラケシス殿にも確認するよう、卿に頼んだんだが」
「……はあ、ええ。否定しておりましたなあ、ラケシス・リリーフォンスは。あれほど下手くそな嘘はまずもって王宮では見つかりません。あまり王宮に向いた人物ではなかろうと思われますが」
「卿の感想などどうでもいい。どうだ、巫女。とりあえずそれが真相らしいぞ?」
「ラ――ラケシスが――」
 では、それでは。
 ラケシスが王宮に侵入したのは、王太子殿下と逢い引きするためだったと――そういうのでしょうか?

『内部に詳しい人間がいなくては王宮には侵入できん』

 騎士はたしかにそう言っていました。
 王太子殿下ご自身が引き入れたというのなら、その条件は叶います。
「……ま、待ちなさい。ラケシス・リリーフォンスは帯剣していたはずよ。逢い引きならばおかしいじゃない――」
 姫様はわなないていました。今聞いた言葉を、必死で否定するかのように。
「はあ……何でも殿下に剣の修業をつけていたのだそうで。そもそもはそういった繋がりで親交を深められたそうですな。以前、サンミリオンに殿下がおいでになったときから」
 ――サンミリオンに、王太子殿下とエリシャヴェーラ王女が来た、と。
 ラケシスはたしかにそう言っていました。
 では、あのときにはもう――
「まあ、姉としては信じられんだろうがねアルテナさん」
 アレクサンドル様ののんびりとした声は、まるでわたくしの背中を叩くかのようでした。
「シュヴァルツ殿下は本気だ。そこは信じてやってくれないかね」
「――お父上は、ご存じだったのですね」
「私は昔殿下の教育係の一人だった。その縁で、今でも文のやりとりをしていてねえ」
「で、その親父殿の助言で俺はシュヴァルツ殿下を直接落とすことにしたわけだな」
 騎士はわたくしの肩を抱いて言いました。「たしかに一番てっとり早かった。殿下が大人しく出てきてくれて助かった」
 もう大丈夫だ――と、わたくしの耳元で囁きます。
 嬉しい言葉でしたが……なぜか安心できません。
 だって、こんなとんでもないこと。わたくしの中にある妹像が崩れ落ちそうなほどの衝撃なのです。ひたすら混乱するしかないではないですか。
「ヴァイス! 何をそんな女に親しげに……っ!」
 姫様が烈火のごとく馬上で憤りをあらわにします。
 騎士は、やれやれといった風情でようやく姫に視線を投げました。
「……少しは王女としての役目に邁進まいしんしてくれるかと思えば」
「邁進しているわ、お前の言う通り! こうして銅像も建てたし、アレクサンドルの話もちゃんと聞こうとしているじゃない!」
 何がいけないの!――叫ぶ姫様を、哀れむように見て。
「それが分からんうちは、俺が巫女を選んだ理由も永遠に分からんだろうよ。分かってほしくもないがな」
 騎士はわたくしから手を放しませんでした。あくまでも、わたくしに寄り添ったまま。
 わたくしは――そっと、彼の体を押し離しました。
「巫女?」
 彼がふしぎそうに呼びます。そんな彼に、首を振ってみせて。
「駄目です……姫様をおとしめるような真似は……」
 ……我ながらかわいくない言動だと思います。

 嬉しくなかった、わけがない。
 そう、嬉しいのです。騎士が、はっきりと自分を選んでくれたことが。

 それでもこれはよくないと思いました。姫様の目の前で――これは。
 姫様が騎士を好いている、それは間違いなく本当だと思うのです。そうである以上、その気持ちをおとしめたくはないと。
 姫様と対等になりたかった。だからこそ。
 騎士はまぶしそうに目を細めてわたくしを見ました。
「分かった、すまん」
 あっさりとわたくしから手を放し、にっこりと笑います。
「だから、俺はあなたがいいんだがな。アルテナ」
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