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最終章
第一部 貴方に、――5
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王宮が原因――?
「ど、どういう意味……ですか?」
わたくしはおそるおそる尋ねました。
何だか……聞いてはいけないことを今から聞こうとしているような、そんな恐れがありました。
「前に話しましたよねぇ、魔物を売買しているグループがいるって。サンミリオンでそのグループと会いました。でもそのグループの目的は、魔物の売買だけじゃなかったんですよぉ」
ヨーハン様はのんびりと。あくまでのんびりと。
けれどその目だけが、真剣に。
「……彼らはね、研究していました。人間に魔物を取り憑ける研究」
「……!!」
「弱い魔物を人間に取り憑けたら、魔物人間ができるでしょう。そうしたら、いい見世物になる……そういう話でした。でもたぶん、首謀者はもっと単純な理由でやってますねえ。『魔物が憑いた人間を見たい』その程度のー」
わたくしの背筋に悪寒が走ります。
なぜ……ヨーハン様はそんなことを知っているのか。
調べた結果? それにしてはずいぶんと断言するような口調で……
「し……知っているのですか? 首謀者を」
わたくしは震え声を出しました。
ヨーハン様は、「何を言っているんだ」とでも言いたげに小首をかしげました。
「たった今言いましたよぅ。『王宮が原因だ』って」
「――!」
「そう、何もかも彼らが仕組んだことです。魔物の売買も、魔物を人間に取り憑けるのも……姫様に魔物が取り憑いた? そりゃそうです、エリシャヴェーラ姫は好んで魔物に近づく人でしたからねえ。うっかり、ってやつでしょう」
それとも――ヨーハン様の目に、暗い光が宿ります。
「今まで手足のごとく使われていたグループが、悪戯心を出したかもしれませんねえ。やつらは王都を騒がせて、益を出そうとしている」
唾を飲み込もうとして、喉がからからに渇いていることに気づきました。
益、とはなに――?
疑問は声にできたでしょうか。
「……益です。魔物の取り憑いた人間を救ってみせたら、信用が上がるでしょう?」
すでに足下には木漏れ日がありません。雲が、空を覆い始めています。
寒い――寒い日だと思い出しました。
「王宮で姫に異変があらわれ、招集されたのは誰でした?」
それは――そう、魔物学の学者さんたち。
「まさか」
「そのまさかです」
く、とヨーハン様は唇の端で笑いました。
「王宮の手足になって魔物を売買していたのは……僕と同じ、魔物学者たちだったんですよぅ」
ああ――
だからヨーハン様はこんなにも。こんなにも……
雲が出て暗くなった木陰。ヨーハン様の顔も、暗がりの下。
「――今、同情しました?」
ヨーハン様にそう問われ――
わたくしは胸に手を抱きました。
「同情……のつもりはありませんが……ヨーハン様はさぞお力落としだろうと……」
ふ。ふふ。
彼は不気味に笑いました。
「……相変わらずお優しい、アルテナ様は」
「ヨーハン様……?」
彼は天を仰ぎました。正しくは木陰を作っている樹を。
常緑樹の樹は冬でもしんなりとたたずんでいます。動じることのない樹。けれどその下にいるわたくしたちは――
ヨーハン様が深呼吸をする気配が、伝わってきました。
「……ひとつ教えますけど。学者たちが飼っていた憑依型の魔物は、硬化型魔物だけじゃなかったんですよ」
声が――抑揚なく紡がれ。
間延びしていた口調がただされ、はっきりと。
暗く。
「普通に憑依する魔物も飼っていました。ただ扱いに困っていたようでしてね」
ヨーハン様が再びこちらを向きます。
わたしくは本能的に、その視線に恐怖を抱きました。違う。いつものヨーハン様と違う。
「……僕はね、その魔物を……どうにかしようとしたんですよ。でも――」
言葉を切って。
彼は、ベンチ上で、わたくしに近づきました。
わたくしは退こうとしました。けれどベンチは端で終わっていました。
腕が――ヨーハン様の腕が、わたくしの肩を強く抱き寄せて。
「……ねえ、アルテナ様。僕があなたを好きだったこと、知っていますか」
「――」
言葉が出ません。抱き寄せられた肩が痛い。掴まれた肩が痛い。あえぐことしかできない。
「ああ……あなたは本当にかわいらしいですね。そんな弱々しい顔をしていてさえも」
結婚するんですって――? 彼は皮肉な笑みを唇の端に刻みました。
「いよいよあなたはヴァイス様のものになるわけだ。ああ、本当に憎たらしい――」
わたくしの肩を掴む手にいっそうの力がこもり、わたしは痛みで小さな悲鳴を上げました。
「僕だってあなたがほしかった。あの男は僕のほしいものを全部持っていく。強さも、凜々しさも、あなたも、全部!」
「――ヨーハン様――」
ようやく名前を呼ぶと、彼は嬉しそうにとろけるような目をしました。
「ねえ、僕のものになってくれますか?」
顔が近づき、息が、頬にかかりました。
わたくしは必死で首を振りました。違う、こんなのはヨーハン様じゃない!
「――わたくしはヴァイス様と結婚する身です。お願い放して!」
息も絶え絶えにそれだけ叫ぶと、ヨーハン様の目の色が変わりました。
彼はわたくしを抱き寄せ、ベンチへと押し倒しました。
固いベンチ。痛みの走る背中。真上から見下ろしてくるヨーハン様。暗くて顔がよく見えない。
「……そう言うと思ってました。だから僕は――こうするしかない」
顔がいっそう近づいて――
わたくしは唇を奪われました。
あまりにも強い、押しつけるような口づけでした。顔を動かそうにも動かせない。呼吸をする隙もない。
やがてわたくしは気づきました。唇の隙間から――何かが忍び込んでくる。
舌、じゃない。もっと――もっと冷たいもの。冷たくて不定型な、空気のようなもの。
冷たい息を、吹き込まれているような。
けれどそれは呼吸じゃない。わたくしの喉を通り、臓腑を通り、ぞろりぞろりと浸食していく。
そしてそこから――広がっていく。体の全部に。手足の先端にまで。
ようやく唇を放したヨーハン様が、耳元で囁きました。
「ごめんなさい。僕は……抗えなかった」
そんなかすかな謝罪を最後に――
わたくしの意識は、ぷつりと途絶えました。
*
次に目を覚ましたとき、最初に見えたのは騎士ヴァイスの姿でした。
「アルテナ! 目が覚めたか」
心配そうにわたくしを覗きこみます。わたくしは何かを答えようとして、激しい頭痛に襲われました。
「ああ、無理に喋ろうとしなくていいからな。今下にクラリスが来ている。呼んでくる」
そう言って慌ただしく部屋を出て行く騎士。
わたくしは痛みの消えない頭をゆっくりと動かして、辺りを見渡しました。
……ここ数週間でようやくなじみ始めた、騎士のお屋敷にあるわたくしの部屋です。やさしい柔らかさのベッドが、わたくしの痛む体を包み込んでくれています。
そう、痛むのは頭だけではありませんでした。手足も、胴体も、重く何かがのしかかったように動きません。
いえ――
のしかかる、という表現はおかしいでしょうか。すべて『内側から』なのです。
まるで体の内側に重い石が生まれてしまったような――
それに気づいたとき、わたくしはどうしようもない焦燥を覚えました。このままではいけない。早く起き上がらなくては。
起き上がらなくては――
「アルテナ、クラリスをつれてきたぞ――アルテナ! 起きて大丈夫なのか?」
騎士が戻ってきたとき、わたくしはベッドの上で上半身を何とか起こしたところでした。
騎士に向かって微笑みかけます。大丈夫、わたくしはまだ動けると。
相変わらず頭はガンガンと痛みますし、体は内部から重いのですが――
騎士は慌ててわたくしの横までやってくると、わたくしの額に手を当てました。
「やはりまだ熱がある。寝ていたほうがいい」
「いえ……」
わたくしは頑として聞きませんでした。
もう一度横になってしまったら、二度と起き上がれなくなる。そんな不安があったのです。
「……大丈夫? 体のどこがおかしいの……」
クラリス様がしずしずと近寄ってきて、わたくしの顔を覗き込みます。
「クラリス! 治癒魔法をかけてやってくれ」
「慌てないでヴァイス……。その前に原因をつきとめないくては治癒はできない」
「原因? 風邪か何かなのだろう?」
何でも――
わたくしは王都の公園のベンチで一人眠りこけていたのだそうです。それを通行人が見つけ、騒ぎになって、騎士の耳にも入ったのだとか。
この寒い中そんなことをしていれば、風邪を引くに決まっています。そう、風邪なのです――原因が分かって、わたくしはほっとしました。風邪なら、体が重いことにだって説明がつくでしょう。
「……一応、風邪の治癒術をかけるけれど……」
クラリス様の翠の瞳は、油断なくわたくしを見つめています。
わたくしはなぜか落ち着かない気分にさせられました。まるで自分が何か悪いことをしたかのように。
なぜ? わたくしは何もしていない――
「……ねえ」
けれどクラリス様はわたくしの両手を取りながら、静かな湖面のような声で言いました。
「あんな公園で何をしていたの……。人気のない公園で眠る趣味があるわけじゃないでしょう……」
「――」
公園――公園?
こめかみがずきずきと痛みます。
急に、不安が襲ってきました。
思い出せなかったのです――自分が、どの公園にいたのかが。
「わたくしは、どこの公園にいたのですか?」
正直にそう尋ねると、騎士が驚いたように場所を教えてくれました。
「本当に大丈夫か? 記憶まで混濁しているのか」
「……その公園で何をしていたのか、思い出せる……?」
重ねてクラリス様。
公園……公園で。
わたくしは何をしていたのでしょう? 一人……で?
思い出せるのは、修道院にシェーラのお見舞いに行っていたところまででした。
たしか……歩きで帰ろうとしたような、そんな記憶もあります。
ですが、そこから先が思い出せません。
「……思い出せません……」
わたくしは泣きそうな声でそう告げました。
なぜ、公園などで寝ていたのか。考えると頭が割れそうに痛みました。
一人……一人だった? わたくしは――
もう一人……誰かいた、よう、な?
もやがかかった記憶の奥に、人影が見えました。あまりにもあいまいな影で……それが誰なのか、まったく分からないのです。
「ど、どういう意味……ですか?」
わたくしはおそるおそる尋ねました。
何だか……聞いてはいけないことを今から聞こうとしているような、そんな恐れがありました。
「前に話しましたよねぇ、魔物を売買しているグループがいるって。サンミリオンでそのグループと会いました。でもそのグループの目的は、魔物の売買だけじゃなかったんですよぉ」
ヨーハン様はのんびりと。あくまでのんびりと。
けれどその目だけが、真剣に。
「……彼らはね、研究していました。人間に魔物を取り憑ける研究」
「……!!」
「弱い魔物を人間に取り憑けたら、魔物人間ができるでしょう。そうしたら、いい見世物になる……そういう話でした。でもたぶん、首謀者はもっと単純な理由でやってますねえ。『魔物が憑いた人間を見たい』その程度のー」
わたくしの背筋に悪寒が走ります。
なぜ……ヨーハン様はそんなことを知っているのか。
調べた結果? それにしてはずいぶんと断言するような口調で……
「し……知っているのですか? 首謀者を」
わたくしは震え声を出しました。
ヨーハン様は、「何を言っているんだ」とでも言いたげに小首をかしげました。
「たった今言いましたよぅ。『王宮が原因だ』って」
「――!」
「そう、何もかも彼らが仕組んだことです。魔物の売買も、魔物を人間に取り憑けるのも……姫様に魔物が取り憑いた? そりゃそうです、エリシャヴェーラ姫は好んで魔物に近づく人でしたからねえ。うっかり、ってやつでしょう」
それとも――ヨーハン様の目に、暗い光が宿ります。
「今まで手足のごとく使われていたグループが、悪戯心を出したかもしれませんねえ。やつらは王都を騒がせて、益を出そうとしている」
唾を飲み込もうとして、喉がからからに渇いていることに気づきました。
益、とはなに――?
疑問は声にできたでしょうか。
「……益です。魔物の取り憑いた人間を救ってみせたら、信用が上がるでしょう?」
すでに足下には木漏れ日がありません。雲が、空を覆い始めています。
寒い――寒い日だと思い出しました。
「王宮で姫に異変があらわれ、招集されたのは誰でした?」
それは――そう、魔物学の学者さんたち。
「まさか」
「そのまさかです」
く、とヨーハン様は唇の端で笑いました。
「王宮の手足になって魔物を売買していたのは……僕と同じ、魔物学者たちだったんですよぅ」
ああ――
だからヨーハン様はこんなにも。こんなにも……
雲が出て暗くなった木陰。ヨーハン様の顔も、暗がりの下。
「――今、同情しました?」
ヨーハン様にそう問われ――
わたくしは胸に手を抱きました。
「同情……のつもりはありませんが……ヨーハン様はさぞお力落としだろうと……」
ふ。ふふ。
彼は不気味に笑いました。
「……相変わらずお優しい、アルテナ様は」
「ヨーハン様……?」
彼は天を仰ぎました。正しくは木陰を作っている樹を。
常緑樹の樹は冬でもしんなりとたたずんでいます。動じることのない樹。けれどその下にいるわたくしたちは――
ヨーハン様が深呼吸をする気配が、伝わってきました。
「……ひとつ教えますけど。学者たちが飼っていた憑依型の魔物は、硬化型魔物だけじゃなかったんですよ」
声が――抑揚なく紡がれ。
間延びしていた口調がただされ、はっきりと。
暗く。
「普通に憑依する魔物も飼っていました。ただ扱いに困っていたようでしてね」
ヨーハン様が再びこちらを向きます。
わたしくは本能的に、その視線に恐怖を抱きました。違う。いつものヨーハン様と違う。
「……僕はね、その魔物を……どうにかしようとしたんですよ。でも――」
言葉を切って。
彼は、ベンチ上で、わたくしに近づきました。
わたくしは退こうとしました。けれどベンチは端で終わっていました。
腕が――ヨーハン様の腕が、わたくしの肩を強く抱き寄せて。
「……ねえ、アルテナ様。僕があなたを好きだったこと、知っていますか」
「――」
言葉が出ません。抱き寄せられた肩が痛い。掴まれた肩が痛い。あえぐことしかできない。
「ああ……あなたは本当にかわいらしいですね。そんな弱々しい顔をしていてさえも」
結婚するんですって――? 彼は皮肉な笑みを唇の端に刻みました。
「いよいよあなたはヴァイス様のものになるわけだ。ああ、本当に憎たらしい――」
わたくしの肩を掴む手にいっそうの力がこもり、わたしは痛みで小さな悲鳴を上げました。
「僕だってあなたがほしかった。あの男は僕のほしいものを全部持っていく。強さも、凜々しさも、あなたも、全部!」
「――ヨーハン様――」
ようやく名前を呼ぶと、彼は嬉しそうにとろけるような目をしました。
「ねえ、僕のものになってくれますか?」
顔が近づき、息が、頬にかかりました。
わたくしは必死で首を振りました。違う、こんなのはヨーハン様じゃない!
「――わたくしはヴァイス様と結婚する身です。お願い放して!」
息も絶え絶えにそれだけ叫ぶと、ヨーハン様の目の色が変わりました。
彼はわたくしを抱き寄せ、ベンチへと押し倒しました。
固いベンチ。痛みの走る背中。真上から見下ろしてくるヨーハン様。暗くて顔がよく見えない。
「……そう言うと思ってました。だから僕は――こうするしかない」
顔がいっそう近づいて――
わたくしは唇を奪われました。
あまりにも強い、押しつけるような口づけでした。顔を動かそうにも動かせない。呼吸をする隙もない。
やがてわたくしは気づきました。唇の隙間から――何かが忍び込んでくる。
舌、じゃない。もっと――もっと冷たいもの。冷たくて不定型な、空気のようなもの。
冷たい息を、吹き込まれているような。
けれどそれは呼吸じゃない。わたくしの喉を通り、臓腑を通り、ぞろりぞろりと浸食していく。
そしてそこから――広がっていく。体の全部に。手足の先端にまで。
ようやく唇を放したヨーハン様が、耳元で囁きました。
「ごめんなさい。僕は……抗えなかった」
そんなかすかな謝罪を最後に――
わたくしの意識は、ぷつりと途絶えました。
*
次に目を覚ましたとき、最初に見えたのは騎士ヴァイスの姿でした。
「アルテナ! 目が覚めたか」
心配そうにわたくしを覗きこみます。わたくしは何かを答えようとして、激しい頭痛に襲われました。
「ああ、無理に喋ろうとしなくていいからな。今下にクラリスが来ている。呼んでくる」
そう言って慌ただしく部屋を出て行く騎士。
わたくしは痛みの消えない頭をゆっくりと動かして、辺りを見渡しました。
……ここ数週間でようやくなじみ始めた、騎士のお屋敷にあるわたくしの部屋です。やさしい柔らかさのベッドが、わたくしの痛む体を包み込んでくれています。
そう、痛むのは頭だけではありませんでした。手足も、胴体も、重く何かがのしかかったように動きません。
いえ――
のしかかる、という表現はおかしいでしょうか。すべて『内側から』なのです。
まるで体の内側に重い石が生まれてしまったような――
それに気づいたとき、わたくしはどうしようもない焦燥を覚えました。このままではいけない。早く起き上がらなくては。
起き上がらなくては――
「アルテナ、クラリスをつれてきたぞ――アルテナ! 起きて大丈夫なのか?」
騎士が戻ってきたとき、わたくしはベッドの上で上半身を何とか起こしたところでした。
騎士に向かって微笑みかけます。大丈夫、わたくしはまだ動けると。
相変わらず頭はガンガンと痛みますし、体は内部から重いのですが――
騎士は慌ててわたくしの横までやってくると、わたくしの額に手を当てました。
「やはりまだ熱がある。寝ていたほうがいい」
「いえ……」
わたくしは頑として聞きませんでした。
もう一度横になってしまったら、二度と起き上がれなくなる。そんな不安があったのです。
「……大丈夫? 体のどこがおかしいの……」
クラリス様がしずしずと近寄ってきて、わたくしの顔を覗き込みます。
「クラリス! 治癒魔法をかけてやってくれ」
「慌てないでヴァイス……。その前に原因をつきとめないくては治癒はできない」
「原因? 風邪か何かなのだろう?」
何でも――
わたくしは王都の公園のベンチで一人眠りこけていたのだそうです。それを通行人が見つけ、騒ぎになって、騎士の耳にも入ったのだとか。
この寒い中そんなことをしていれば、風邪を引くに決まっています。そう、風邪なのです――原因が分かって、わたくしはほっとしました。風邪なら、体が重いことにだって説明がつくでしょう。
「……一応、風邪の治癒術をかけるけれど……」
クラリス様の翠の瞳は、油断なくわたくしを見つめています。
わたくしはなぜか落ち着かない気分にさせられました。まるで自分が何か悪いことをしたかのように。
なぜ? わたくしは何もしていない――
「……ねえ」
けれどクラリス様はわたくしの両手を取りながら、静かな湖面のような声で言いました。
「あんな公園で何をしていたの……。人気のない公園で眠る趣味があるわけじゃないでしょう……」
「――」
公園――公園?
こめかみがずきずきと痛みます。
急に、不安が襲ってきました。
思い出せなかったのです――自分が、どの公園にいたのかが。
「わたくしは、どこの公園にいたのですか?」
正直にそう尋ねると、騎士が驚いたように場所を教えてくれました。
「本当に大丈夫か? 記憶まで混濁しているのか」
「……その公園で何をしていたのか、思い出せる……?」
重ねてクラリス様。
公園……公園で。
わたくしは何をしていたのでしょう? 一人……で?
思い出せるのは、修道院にシェーラのお見舞いに行っていたところまででした。
たしか……歩きで帰ろうとしたような、そんな記憶もあります。
ですが、そこから先が思い出せません。
「……思い出せません……」
わたくしは泣きそうな声でそう告げました。
なぜ、公園などで寝ていたのか。考えると頭が割れそうに痛みました。
一人……一人だった? わたくしは――
もう一人……誰かいた、よう、な?
もやがかかった記憶の奥に、人影が見えました。あまりにもあいまいな影で……それが誰なのか、まったく分からないのです。
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