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第一章 夕陽の瞳
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ティエラ王国では今、問題が起こっていた。五歳前後の子供が次々と行方をくらましているのである。
城下町のみを見ても、見つかっていないのは九人。
そして十人目を助けることによって、「彼らは攫われたのだ」という確証が得られた。
他、城下町以外の町や村からも、子供がいなくなったという報告が国に寄せられていた。その数はすでに十人を超えていた。
今回、助けることのできた十人目の少年は、相手がよく見る警邏隊の服を着ていたため、「ついておいで」と言われても怪しまなかったらしい。
ただ、その後に甘い香りがして、急に眠くなったと証言している。
「――以上で、報告は終わりでございます」
終始冷静な声で言葉を紡いだアンゼリスカ・ミスト・ラストレインは、立ったまま国王ブレンダル・ティエラを見つめる。
ブレンダル王は大きくため息をついた。
「そうか……。やはり、他国の者の可能性が高いか」
「父上。各関所を限界態勢に」
そう言ったのはアンゼリスカを背後にひかえていた――十六歳の若きシャールコーラル王女だった。
この国の王妃は五年前に亡くなっている。現在は王と、四人の子供たち、それに宰相と五人の長官が主立って政治を執り行っていた。
アンゼリスカはブレンダル王の第四子、一人娘たるシャールコーラルの親衛隊隊長だった。彼は妹がシャールと同い年のシャールの乳兄妹でもあり、わずか二十歳という異例の若さで親衛隊を任されていたが、彼の剣の腕、紡石生成の腕、そして何よりシャールへの忠誠心は誰もが認めるところだ。
今朝、シャールコーラルは親衛隊長アンゼリスカと副隊長フレデリックの二人を連れて、行方不明の子供を捜索に城下町に出ていた。
捜索と言っても、攫われたのではないかという疑いは前々からの調べで強くなっていた。そのため、必要だったのは攫った人間を突き止めること。
結果――
十人目が攫われるのは避けられたものの、犯人には逃げられた。死んだ他の者たちからは身元が判明するようなものは何一つ出ず、どこの国の者かも分からずじまいだ。
「全員五歳前後の子供か」
つぶやいたのは、第二王子エディレイドだった。
「紡石生成の力が発現し始める年齢だな」
「エディレイド、どう見る?」
関所の話をさりげなく飛ばされた。シャールは無言で、父や兄が話すのを聞く。
王女でありながら、護身術を超えた体術を身につけさせられていた彼女は、しばしば兵士のように問題の解決に乗り出すことがあった。
王族で、男子は全員剣術を習わされる。しかし、女子で戦闘術を習わされた例はいまだかつてない。彼女は珍しい例だった。
「今回の犯人が生かして連れて行こうとしていたことからして――」
エディレイドは父王を見やる。「子供たちは、何かに利用されるために、攫われているのでしょう。殺すためではない」
「ああ、そうだろう。……だがもしも紡石生成に関することで利用されているのなら、まだ不安定な時期だ、命に関わる」
ブレンダル王の顔に苦渋の色が浮かぶ。
「なぜ五歳児なんだ? もっとしっかり生成ができるようになった年齢の子供でいいだろうに」
と、あごをなでながら言ったのは長子、アディルカ。
エディレイドが眼鏡を押し上げながら、兄王子の言葉に返答する。
「それ以上歳がいった子供では反抗するからですよ兄上。五歳児から六歳児程度なら、完全に洗脳も可能だ。親も忘れるほどに」
アディルカは不愉快そうに腕を組む。
「なんだと。何ともふざけた理由じゃないか」
「ええ、ふざけています。だから重大なんです――父上」
「うむ」
ブレンダルはうなずいた。「この件については――」
「私にお任せを父上。今回犯人を取り逃がしたのは私の責任、必ず犯人を突き止め、子供たちを無事に連れ戻す」
シャールが胸に手を置いて宣言する。
だが、そんな一人娘をじっと見つめた国王は、やがてゆるりと首を振った。
「いや。この件は今後エディレイドに任す。シャール、お前は降りなさい」
「そんな!」
「お前には」
国王の目が、少しばかり困ったような色を乗せて娘を見た。
「もうひとつ重要な仕事が出てきたのだよ。シャール」
「もうひとつ? それはなんだ? 父上」
「シグマ」
「は……」
老年のしわを目尻に刻んだ宰相のシグマ・グレッチェルが、重々しく口を開く。
「シャールコーラル様。……このたび、隣国レイネンドランドのご長男、レイサル王子とのご婚約が決定致しました」
……シャールの目がまんまるくなった。
「は?」
「シャールコーラル様のご結婚のお話です。レイネンドランドの次期国王であるレイサル王子との――」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て!」
シャールはバンと両手をテーブルについて立ち上がった。「何なのだ、その話は!」
「シャール」
国王はゆっくりと言い聞かせるように、娘に声を向けた。「この大陸の情勢は分かっていよう」
「分かって――る。どの国も戦争ばかり――で、気の抜けない」
「その中で、戦争を行っていない国はどこだ?」
「わ、我が国ティエラと、……レイネンドランド……」
「レイネンドランドはよい国だ」
腕を組んだ王はうなずく。「私も若い頃は学業のためにかの国へ留学した。自然にあふれ、学業大国であり、人々はおおらかでまことよい国だ」
「それは僕も保証するよシャール」
いたずらっぽっくエディレイドが眼鏡を押し上げながら言った。「僕も、三年間留学していたからね」
シャールはテーブルの上に置いた手を拳に握り、ぶるぶると震わせた。
「だからと言って……! レイネンドランドの王子と結婚することに何の意味があるのだ!」
「もちろん、友好条約ですシャールコーラル様。このご結婚により、我がティエラとレイネンドランドの結びつきはさらに深くなり、物資豊かなレイネンドランドから我が国へたくさんの恵みがあるでしょう」
シグマが変わらず重々しい声音でシャールの言葉を抑えようとする。
シャールは不審そうに細い眉をひそめる。
「そんな友好条約は成り立つまい。それでは我が国がレイネンドランドから一方的に吸収するだけのようではないか」
そもそも、レイネンドランドの方が国土は遥かに広い。
そしてティエラには、レイネンドランドにもたらすような恵みは、ないはずだ――
「我が国は由緒正しい国です、シャール様」
シグマは続ける。「王族は純血を守っている。レイネンドランドは類を見ない学業国ですが、かの国が知りたい知識がこの国にはたくさん埋まっているのですよ」
「知りたい知識?」
確かにティエラは小国ながら、古くから伝わる国だ。他の国に侵略されることもなく、何千年と渡ってきた過去がある。しかし。
貧乏国ゆえに遺跡になるような建物もなく、鉱石が出る山脈が近くにあるわけでもない。海は遠いし、大きな湖もない。珍しい植物も、動物も、ない――
そんな国に魅力などあるだろうか。唯一、可能性があるとすれば――
「まさか」
シャールは、信じられないものを見るような顔で、父王を見る。
「紡石生成の力を――レイネンドランドへ流すおつもりか、父上」
「そうはなるまいよ。我が国の国民はみな誇りをもってしてこの力を守る。レイネンドランドへは流すまい」
「しかし血が」
「過去の研究で分かっているんだよシャール」
ととエディレイドが眼鏡を押し上げる。
「他国の血が混じると、ティエラ人の子供でも紡石の生成はできなくなる。どうやら生成にはティエラという国の血が必要なようだね。ここはまだ研究段階だけれど」
その瞬間、王女は悟った。
彼女はきり、と唇を噛んで、悔しげにつぶやいた。
「……都合のいい政略結婚にも、ほどがあるな……」
――十年前、六歳の誕生日以来、彼女は紡石の生成ができない。
そう、できないのだ。
「シャール」
泣く子をあやすように優しく、父王は言った。「お前の役割は、『ティエラ人であること』だ」
「陛下!」
たまらずアンゼリスカが声を上げる。
「黙りたまえラストレイン隊長。おぬしには口を出す権利はない」
素早く宰相が禁圧する。
『ティエラ人であること』。
それはつまり……
「レイネンドランド王族の前で……私に……生成できるふりを演じていろと……言うのだな……」
はは……とシャールは小さく笑った。
城下町のみを見ても、見つかっていないのは九人。
そして十人目を助けることによって、「彼らは攫われたのだ」という確証が得られた。
他、城下町以外の町や村からも、子供がいなくなったという報告が国に寄せられていた。その数はすでに十人を超えていた。
今回、助けることのできた十人目の少年は、相手がよく見る警邏隊の服を着ていたため、「ついておいで」と言われても怪しまなかったらしい。
ただ、その後に甘い香りがして、急に眠くなったと証言している。
「――以上で、報告は終わりでございます」
終始冷静な声で言葉を紡いだアンゼリスカ・ミスト・ラストレインは、立ったまま国王ブレンダル・ティエラを見つめる。
ブレンダル王は大きくため息をついた。
「そうか……。やはり、他国の者の可能性が高いか」
「父上。各関所を限界態勢に」
そう言ったのはアンゼリスカを背後にひかえていた――十六歳の若きシャールコーラル王女だった。
この国の王妃は五年前に亡くなっている。現在は王と、四人の子供たち、それに宰相と五人の長官が主立って政治を執り行っていた。
アンゼリスカはブレンダル王の第四子、一人娘たるシャールコーラルの親衛隊隊長だった。彼は妹がシャールと同い年のシャールの乳兄妹でもあり、わずか二十歳という異例の若さで親衛隊を任されていたが、彼の剣の腕、紡石生成の腕、そして何よりシャールへの忠誠心は誰もが認めるところだ。
今朝、シャールコーラルは親衛隊長アンゼリスカと副隊長フレデリックの二人を連れて、行方不明の子供を捜索に城下町に出ていた。
捜索と言っても、攫われたのではないかという疑いは前々からの調べで強くなっていた。そのため、必要だったのは攫った人間を突き止めること。
結果――
十人目が攫われるのは避けられたものの、犯人には逃げられた。死んだ他の者たちからは身元が判明するようなものは何一つ出ず、どこの国の者かも分からずじまいだ。
「全員五歳前後の子供か」
つぶやいたのは、第二王子エディレイドだった。
「紡石生成の力が発現し始める年齢だな」
「エディレイド、どう見る?」
関所の話をさりげなく飛ばされた。シャールは無言で、父や兄が話すのを聞く。
王女でありながら、護身術を超えた体術を身につけさせられていた彼女は、しばしば兵士のように問題の解決に乗り出すことがあった。
王族で、男子は全員剣術を習わされる。しかし、女子で戦闘術を習わされた例はいまだかつてない。彼女は珍しい例だった。
「今回の犯人が生かして連れて行こうとしていたことからして――」
エディレイドは父王を見やる。「子供たちは、何かに利用されるために、攫われているのでしょう。殺すためではない」
「ああ、そうだろう。……だがもしも紡石生成に関することで利用されているのなら、まだ不安定な時期だ、命に関わる」
ブレンダル王の顔に苦渋の色が浮かぶ。
「なぜ五歳児なんだ? もっとしっかり生成ができるようになった年齢の子供でいいだろうに」
と、あごをなでながら言ったのは長子、アディルカ。
エディレイドが眼鏡を押し上げながら、兄王子の言葉に返答する。
「それ以上歳がいった子供では反抗するからですよ兄上。五歳児から六歳児程度なら、完全に洗脳も可能だ。親も忘れるほどに」
アディルカは不愉快そうに腕を組む。
「なんだと。何ともふざけた理由じゃないか」
「ええ、ふざけています。だから重大なんです――父上」
「うむ」
ブレンダルはうなずいた。「この件については――」
「私にお任せを父上。今回犯人を取り逃がしたのは私の責任、必ず犯人を突き止め、子供たちを無事に連れ戻す」
シャールが胸に手を置いて宣言する。
だが、そんな一人娘をじっと見つめた国王は、やがてゆるりと首を振った。
「いや。この件は今後エディレイドに任す。シャール、お前は降りなさい」
「そんな!」
「お前には」
国王の目が、少しばかり困ったような色を乗せて娘を見た。
「もうひとつ重要な仕事が出てきたのだよ。シャール」
「もうひとつ? それはなんだ? 父上」
「シグマ」
「は……」
老年のしわを目尻に刻んだ宰相のシグマ・グレッチェルが、重々しく口を開く。
「シャールコーラル様。……このたび、隣国レイネンドランドのご長男、レイサル王子とのご婚約が決定致しました」
……シャールの目がまんまるくなった。
「は?」
「シャールコーラル様のご結婚のお話です。レイネンドランドの次期国王であるレイサル王子との――」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て!」
シャールはバンと両手をテーブルについて立ち上がった。「何なのだ、その話は!」
「シャール」
国王はゆっくりと言い聞かせるように、娘に声を向けた。「この大陸の情勢は分かっていよう」
「分かって――る。どの国も戦争ばかり――で、気の抜けない」
「その中で、戦争を行っていない国はどこだ?」
「わ、我が国ティエラと、……レイネンドランド……」
「レイネンドランドはよい国だ」
腕を組んだ王はうなずく。「私も若い頃は学業のためにかの国へ留学した。自然にあふれ、学業大国であり、人々はおおらかでまことよい国だ」
「それは僕も保証するよシャール」
いたずらっぽっくエディレイドが眼鏡を押し上げながら言った。「僕も、三年間留学していたからね」
シャールはテーブルの上に置いた手を拳に握り、ぶるぶると震わせた。
「だからと言って……! レイネンドランドの王子と結婚することに何の意味があるのだ!」
「もちろん、友好条約ですシャールコーラル様。このご結婚により、我がティエラとレイネンドランドの結びつきはさらに深くなり、物資豊かなレイネンドランドから我が国へたくさんの恵みがあるでしょう」
シグマが変わらず重々しい声音でシャールの言葉を抑えようとする。
シャールは不審そうに細い眉をひそめる。
「そんな友好条約は成り立つまい。それでは我が国がレイネンドランドから一方的に吸収するだけのようではないか」
そもそも、レイネンドランドの方が国土は遥かに広い。
そしてティエラには、レイネンドランドにもたらすような恵みは、ないはずだ――
「我が国は由緒正しい国です、シャール様」
シグマは続ける。「王族は純血を守っている。レイネンドランドは類を見ない学業国ですが、かの国が知りたい知識がこの国にはたくさん埋まっているのですよ」
「知りたい知識?」
確かにティエラは小国ながら、古くから伝わる国だ。他の国に侵略されることもなく、何千年と渡ってきた過去がある。しかし。
貧乏国ゆえに遺跡になるような建物もなく、鉱石が出る山脈が近くにあるわけでもない。海は遠いし、大きな湖もない。珍しい植物も、動物も、ない――
そんな国に魅力などあるだろうか。唯一、可能性があるとすれば――
「まさか」
シャールは、信じられないものを見るような顔で、父王を見る。
「紡石生成の力を――レイネンドランドへ流すおつもりか、父上」
「そうはなるまいよ。我が国の国民はみな誇りをもってしてこの力を守る。レイネンドランドへは流すまい」
「しかし血が」
「過去の研究で分かっているんだよシャール」
ととエディレイドが眼鏡を押し上げる。
「他国の血が混じると、ティエラ人の子供でも紡石の生成はできなくなる。どうやら生成にはティエラという国の血が必要なようだね。ここはまだ研究段階だけれど」
その瞬間、王女は悟った。
彼女はきり、と唇を噛んで、悔しげにつぶやいた。
「……都合のいい政略結婚にも、ほどがあるな……」
――十年前、六歳の誕生日以来、彼女は紡石の生成ができない。
そう、できないのだ。
「シャール」
泣く子をあやすように優しく、父王は言った。「お前の役割は、『ティエラ人であること』だ」
「陛下!」
たまらずアンゼリスカが声を上げる。
「黙りたまえラストレイン隊長。おぬしには口を出す権利はない」
素早く宰相が禁圧する。
『ティエラ人であること』。
それはつまり……
「レイネンドランド王族の前で……私に……生成できるふりを演じていろと……言うのだな……」
はは……とシャールは小さく笑った。
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