好きになっちゃ駄目なのに

瑞原チヒロ

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それからというもの 2

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 グロリア様がまたぷーっと噴き出しました。お腹を抱えて笑いながら、
「あの子がとうとうあんな反応するようになるなんて! 社交界でのネタがひとつ増えたわ!」
「えーとグロリア様、何のことか分かりませんけど、そんなことしたら多分お師匠様黙っていないと――」
「だって、だって」
 グロリア様はひたすらひーひー笑っています。ちゃんとしていればちゃんとした淑女なのに、本当に気さくな人です。
 やがてひとしきり笑い終わったあと。グロリア様は言いました。
「あのねトキネ。あの子まだ許されたわけじゃないの。ただ、あの子は事実上この国で最強の“魔導師”だからね。王宮も下手に文句が言えないだけ」
「――イディなんとかさんより、強いんですよね?」
 私はそこにこだわりました。あと名前も、分かってるけど呼びたくない。
 グロリア様はくすくすと笑って、
「もちろんよ。……だからこそ、あの子は今自分に憤ってる。イディアスが細工したところで、自分にどうにかできさえすればトキネを元の世界に帰せるのにって」
「……でも、それはお師匠様のせいじゃありません」
 私は穏やかな気持ちでそう言いました。
 魔力の暴走――放出は、そのまま感情の放出だったのかもしれません。
 今の私は、自分でも驚くほど“その現実”を受け入れ始めていました。
「元の世界には帰りたいです。その希望は正直、捨てきれません。でも……私、皆さんが大好きなので。皆さんのところで、生活させてもらえたら幸せだなーって……イオリスさんとレンジュ君みたいに、使用人でいいので」
 問題はドのつく間抜けな私に使用人が務まるのかどうかですが……
 お、お茶淹れは得意ですから! 掃除くらいたぶんできますし!
「トキネ……」
 グロリア様は目尻に涙をためました。横になったままの私の片手を握りしめ、
「もちろん、トキネの面倒はこのお屋敷で見るわ。将来も、ずっとね!」
「ありがとうございます、グロリア様! 大好きです!」
 感謝と好意の気持ちは言葉にしなさい。お婆ちゃんのお言葉です。
 お婆ちゃんの教えの中でも、私がもっとも好きな教えです。
 だから、私は皆さんが好きって、遠慮なく言います。何度でも言います。例え伝わらなくっても。
 ――でも。
 お師匠様にだけは、言うのが難しいかな。
 だって……“好き"の意味が変わってきちゃいそうだから。

 あの夜、抱きしめられたとき。
 たしかに感じた安心感と……そしてときめき。
 ねえお師匠様、私覚えてるんですよ。「悪かったな」と言ってくれたあの声を。
 「安心して眠れ」って言ってくれた、あの声を。
 それがどれだけ私の心を撫でてくれたか……私の心を喜ばせてくれたか。それがお師匠様に分かりますか?
 ううん、きっと分からない。この気持ちは伝わらない。
 ――だから、お師匠様には、今は「好きです」と言えないのです。
 この気持ちはきっと永遠に、封じなくちゃいけないものだから――。

* * *

「話とは何ですか。ロンバルディア公」
 リオン・ド・ブランジェ王太子は、自分の部屋を訪れた叔父に冷めた目を向けた。
 昔からこのロンバルディアという広い地域を任せている叔父とは仲がよくない。叔父は愛想はいいが、腹の中で何を考えているか、信用にあたいしないとリオンは思っている。
 ロンバルディア公アルバートは真剣な顔をしていた。
「次のパーティに、ジュレーヌ皇女がご参加なさるそうだな」
「ああ、そのことですか」
 隣国の大国、ディアグレッセス帝国。そこの第一皇女ジュレーヌが、一週間後このアルファンドジェラルドで行われるパーティに参加する。
 以前から帝国にはしきりにパーティへの列席の誘いを送っていたが、実際に帝国が応えてくれたのはこれが初めてだ。
「なぜ帝国は急に態度を変えた?」
 ロンバルディア公は真剣な顔でリオンを見る。
 その件でリオンに聞きに来るのは、ごく自然なことだ。帝国はこの国の王族を避けている。唯一の例外がリオンで、リオンは件のジュレーヌ皇女と文のやりとりがあった。
 そのため、あれだけリオンを冷遇する両親も帝国に関することだけはリオンを頼ろうとする部分があった。そもそもリオンを冷遇しだしたのは、ジュレーヌ皇女とリオンの婚約を取りつけるのに失敗したからなのだが、まったくあの両親も大概都合のいい頭をしている。
 それはともかく……リオンは軽い口調で叔父を見た。
「簡単なことですよ。ジュレーヌ皇女は『異世界人』が見たいんです」
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