好きになっちゃ駄目なのに

瑞原チヒロ

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そして……二人 2

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 真下にアーレン様の大きなお屋敷が見えました。今は五人で暮らしているお屋敷。こうして上から見ると改めて立派なお屋敷です。いつの間にか慣れていたので、全然気にしていなかったんですけど。
 次いでアーレン様は王都の中心部まで空を飛んで連れて行ってくれました。
 見下ろす王都。カラフルなたくさんの屋根と、あふれる植物。
 空気の中に生活の匂いを感じます。ああ、人が暮らしてるってこういうことなんだなって。どこかあったかいその匂いに、私は酔いしれました。
 行き交う人々は活気の塊でした。あちこちから元気な声が聞こえてきます。王宮であんなことがあったことをものともしていません。
 と、そういう話を持ちかけると、アーレン様は言いました。
「前国王は贅沢のために税を上げたりする人間だったからな。リオン陛下になって安心度が高まっているんだろう。リオン陛下はよく市井に出て国民を観察していた」
 おお! 影が薄いと言われていた王子様が、その立場を利用することで今のこの治世につながっているのですね! すごい!
「子どもが泣いてるのがいっぱい聞こえますね。子どもが元気な国っていいですよね!」
「まあ、子どもがいなくなれば国は滅びる一方だろうな」
「実は私の国、今子どもより老人のほうが多くなっちゃって社会問題になってるんですよ。この国はそうならないように、リオン様によく言っといてくださいね?」
「ほう」
 アーレン様は興味を持ったようでした。「我が国ではまだその傾向はないが……たしかにそれは問題だな。そもそもどうしてそうなった? 子どもの出生率が下がったか?」
「寿命がすごーく延びたのと、子どもを産む人が少なくなったのと、両方かなー?」
「……寿命はいくつだ?」
「ええと、女性だと八十歳くらいだっけ?」
 アーレン様はいたく驚いたご様子でした。ん? ということは。
「この国の寿命はいくつですか?」
「せいぜい六十だ。……お前、この国にいると寿命が縮まるぞ」
 私は笑って、「この国の人間になるなら、それを受け入れますよう」と言いました。
 だって代わりにアーレン様と一緒に老いていけるんだから、十分です!
 けれどアーレン様はどこか切なげに私を見て、
「……お前を元の世界に戻すための魔法陣の研究はそれなりに進んでいる。お前、もし帰れたらどうするつもりだ?」
「え?」
 アーレン様が日夜その研究をしてくれていることは知っています。だから私もいっつも考えているのです。日本に帰れたらどうすればいいか。
 どうすれば、みんなで幸せになれるか。
「アーレン様、私の家族ごともう一度こっちの世界に召喚とかできません?」
「……お前の家族なら魔力も高かろうから、不可能ではないだろうが……」
「こっちの世界を見てさえくれれば、父と弟は、あっさり私の話を受け入れてくれそうなんですけど」
 私と同じサブカル大好き人間であるところの父と弟は、むしろ狂喜乱舞しそうです。なんたって異世界転移! これぞ夢の世界!
 行き来するたび顔が変わっちゃうけどね!
「問題はお母さんなんですよね。あまりのことに失神するかも」
 お母さんはごく普通の一般人なのです。説得が一番難しいのも、……今一番心配しているのも、母に違いありません。
 アーレン様は何気なく城下町を見下ろしながら、
「……俺としては、お前が向こうとこちらを自由に行き来できるような魔法陣を構築してみせるつもりだが」
「ほんとですか!? 良かったあ、それならアーレン様とも一緒にいられますね!」
 グロリア様やローランさん、レンジュ君にイオリスさん。
 彼らももう、私にとってもうひとつの家族だから。
 一緒にいられるなら嬉しい。それが正直な気持ちです。
 アーレン様は少し黙ったあと、「だが」と改まった口調で言いました。
「子が産まれたら――こちらの世界で育てるほうがいいと思っている」
「へ?」
 子ども? って、誰の?
 無言の間がありました。アーレン様は黙ったまま。
 あれ、耳が赤くなってるような?
 って。
 え? 子どもってもしや……ええええええ!?
 途端に顔が、ボン! と燃えるように熱くなりました。多分私今ものすごい顔をしています。いやああ恥ずかしい、アーレン様、突然何を!
「そ、そうですね、子どもはこっちのほうがいいかもっ!?」
 声が裏返ってしまいます。だだだって、いきなりそんな話されると!
 こ、子ども、作っちゃいますか! やっぱりそうですか、そうですよね!
 私の反応をひとしきり眺めたアーレン様は、
「お前は子ができるのは嫌なのか?」
 とほんの少し心配げに聞いてきます。
 ぶんぶん。首を思い切り振っちゃいますよ。アーレン様との子ども! 欲しいに決まってます!
 たしかに、日本で育てるのは難しいでしょうけど――
 こっちの世界でなら、平穏無事に、とはいかないまでも、普通に育てていけるだろうし。
 アーレン様の言う通り、私が自由に行き来できる魔法陣ができるなら……私も子育てにちゃんと参加できる。
 もちろん、そんな魔法陣が作れちゃったら絶対よそには漏れないように厳重に厳重に隠さなきゃいけません。どこぞの王族みたいに利用しようとする人がいるかもしれませんしね!
 そして。
 いざとなったら、私はもう、この国で暮らす覚悟ができています。
 日本の家族には申し訳ないけれど、それも運命なんでしょう。
 ……時々、日本の家族がどれだけ私を心配しているかを思っては泣きたくなります。
 けど、それでも。
 その悲しい思いも含めて、私は肚を決めました。
 だから私は、アーレン様に笑顔を向けるのです。
「アーレン様、魔法陣研究で無理しないでくださいね。子どもができたら、子どもといっぱい遊んであげてくださいね」
 アーレン様はかすかに微笑み――
 そのまま、空に浮かんだままで私に口づけをしました。
 私は彼の首にしっかり腕を回しながら、キスに応えます。
 空を渡る風が気持ちいい。でもアーレン様は風くらいでは動じません。
 人一人抱き上げたまま空を飛んでいる彼を改めてすごい人だと感じます。彼の胸にすり寄って、私は甘えた声で言いました。
「アーレン様。私ずっとアーレン様の腕の中にいたいな……」
「……腕の中にいるだけでいいのか」
「へ?」
 どういう意味でしょう?
 私がきょとんとすると、アーレン様は空をすいーっと飛び、また私たちのお屋敷まで帰ってきました。
「空の散歩は終わりだ」
 開け放しの窓からすとんと部屋に入ります。まだ終わってほしくなかった私はしゅんとしおれました。あの開放的な空間で、彼の腕の中にいたかった。ここへ戻ってきたら授業の再開です。
 と、そう思ったのですが――
 アーレン様は私を腕から下ろしません。下ろさないままベッドへ行き、そこへ私を横たえました。
 そして私の上へ覆い被さり、にやりと笑います。
「子を作るのをお前もよしと言ったのだからな。これからは遠慮はしない」
「え――」
 唇を唇でふさがれ、舌を吸い取られます。アーレン様! 待って待って待って!
「ま、まだ昼間ですアーレン様!」
「別に昼間にするのは初めてじゃあるまい」
「そ、そうですけど、あのですね、こちらにも心の準備がですね!」
「心配ない。お前ならすぐその気になる」
 さすがアーレン様よく分かってらっしゃる、じゃなくて!
 もう! もう! アーレン様って羞恥心ってものがないんでしょうか!?
 でも――それは私も同じ。
 だってキスだけで、もう体がじんじんし始めてる。ちょっと魔力を流された気もしています。アーレン様ずるい、魔力も使ってくるなんてずるい。
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