宝珠の姫と仏頂面魔法士

瑞原チヒロ

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本編

1:西山の主

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「おーい、西の」
 呼ばれて、リュウ・フレアレントは振り向いた。
 後ろから『東の』魔法士カッツェ・ヴァータが追ってくる。空を飛びながら。
 呼ばれたリュウも空を飛んでいた。快晴の空を、まっすぐ目的地に向かって。
 やがてカッツェはリュウの隣まで追いついた。
「何の用だ」
 リュウは素っ気なく応じる。「つれないなー」とカッツェは動じた様子もなく笑い、
「今回の三角ドラゴンの討伐、お前さんは出なくていいんだぞ?」
 リュウは眉をひそめる。
「……三角ドラゴンは西の領分内に出た。俺が行くのが当然だろう」
「でもよ、連絡が早かったおかげで俺と、おまけに南のまで来てるし」
 カッツェは後ろを指さす。彼らのはるか後方に、もう一人の魔法士が空を飛んでいるはずだった。正直見えないほど距離があるのだが。
「……俺の領分だ。俺が始末する」
「真面目だねえ。別に俺ら下心なんてないって」
「嘘をつくな。お前のことだ、何かを企んでいる」
 リュウはその赤い眼を静かに燃やしてカッツェをにらみつける。変わらず目的地に向かって飛び続けたまま。
 カッツェはおどけた様子で大げさに両腕を広げた。
「おお親友よ、信用してくれないなんて俺は悲しい」
「自分の過去の言動をよっく振り返ることだな。それとお前と親友になった覚えはない」
「親友みたいなもんだろう? 『四山の主』になった時点で、俺たち四人はさ」
「ただの『役割』だ。友などではない」
 あくまでつれないリュウに、カッツェはとほほと肩を落とす。空の上で、色々と器用なことだ。
 そして彼は、とんでもないことを言い出した。
「俺はだなー、あー、お前さんにはもうひとつ大事な『お役目』があるからー、無駄に力使うことないんだぞー? って言いたいわけでなー?」
 その瞬間、リュウのてのひらから火が噴いた。
 のわ! と叫んでカッツェが避ける。炎はしばらく行ったところで自然と消えた。
 リュウは地を這うような声音で東の魔法士に告げる――
「……そのことについて二度と口にしてみろ。貴様の股間を焼いてやる」
「ひどい!? 俺性転換する予定ないのよ!?」
「その無駄に長い髪があれば女になっても似合うだろうよ」
 馬鹿話をしている時間も惜しい――

 三角ドラゴン。その名の通り、三つの角を持つドラゴンだ。『西山』の結界内に発生したとの連絡が入ったとき、リュウはすぐさま空へと飛び立った。
「大きさは『中』。炎と冷気を吐く。まあ絵に描いたようなドラゴンだね」
 カッツェはあくまで軽い口調。
 三角ドラゴンが出たのは『西』であるのに、真反対の『東』の魔法士たるカッツェがなぜ出てきたのかと言えば、リュウの有能な副官がわざわざ知らせたからだった。それも、東北南すべての魔法士に。
 幸いなのかどうか北の『その腰は世界岩より重い』魔法士は来なかったようだが、それでも東のカッツェに南の魔法士まで来てしまった。リュウとしては面倒なことこの上ない。
 リュウは一匹狼だった。『魔物』退治など一人で十分だ。
「まあそんな顔しなさんな。今までだって共同戦線張ったことは何度もあるだろー?」
「そのときお前の放った術に殺されかかった覚えならよくあるが」
「あれはー、ちょっとした術の調整間違いー。もう二度としないから安心してよ」
「一度目がある時点で問題なんだ。お前は『山の魔法士』の自覚があるのか」
「あのねー、まるで術を失敗させないリュウちゃんのほうが異常なのよ? 知ってる? 術の成功率ー」
「俺に関して言えば百%だ」
「だからリュウちゃんだけだってば!」
 そんな会話をしながらも彼らは目的地に向かう。スピードを決して遅らせることなく。
 二人は空をはしる。閃光のように。
 ……最後尾に、のろのろとくっついている『南の』魔法士も含めて。
 


 三角ドラゴンの討伐はあっさりと終わってしまった。東西の『山の魔法士』が力を合わせればそんなものだ。(ちなみに『南』が到着したときにはすでに戦いは終わっていた)
「ち……俺一人で十分だったのに」
「あのねー何で素直にお礼言えないのー?」
 東のカッツェとはそんな会話をしながら別れた。昔からこんな感じなので、仲違いにまで発展することはない。
 ただ――
「魔法力、ちゃんと温存しとかなきゃ駄目だよー? 今夜も『する』んでしょ?」
 にやにやとそんなことを言ったカッツェの髪を炎術で軽く燃やしておくことは忘れなかったが……

「はげる! 俺の自慢の髪がはげる!!!」

 そんなことを言いながら「今に仕返ししてやるからなっ!」とどこぞの子どものような言葉を残し帰っていった東の魔法士のことはすでに頭から消し去り、リュウはまず『西の山』へ帰山した。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
 二十歳であるリュウより七つも若い『副官』、マオがにっこりとして出迎える。黒髪に白い肌がよく映える美少年である。瞳の色は淡いブルー。春空の色だな、とリュウは思う。
「三角ドラゴンの気配は綺麗に消えました。さすがでございます、ご主人様」
「他に異常はないか」
「はい、問題ございません」
 マオは拝礼をし、「ですので――」と続ける。
「今夜は『中央』にお出ましになっても、よろしいかと」
「……そうか」
 リュウは「湯を浴びる」と外套マントをマオに放り投げながら告げる。
「湯浴みでしたら『中央』でお浴びなさればよろしいのに」
「人のやることにいちいちケチをつけるな」
「いちいちではございません。気になったときだけです」
「お前は口うるさいと常々思っているが」
「それは、ご主人様が『気になること』をしているからですね。『中央』の『姫』には、どうかお優しくなさいませ」
「……」
 何も答えず、リュウは風呂へと向かう。
 彼のくすんだ青紫色の髪が、風に拭かれてふわりとなびいた。



 この大陸は四つの山によって守られている。
 それぞれの山の頂から結界が張られ、大陸外からの魔物の侵入を拒んでいるのだ。
 万一入り込んだ魔物がいれば、それぞれの山の『魔法士』が討伐する。そうして、この大陸は平和を保ってきた。
 結界を張るのは山の頂にある宝珠オーブ。ここから、通常の人間には見えぬ力が放たれ大陸を守っている。
 魔法士は英雄だ。この大陸、この国で四人を知らぬ者などいない。どこへ行っても賓客ひんきゃく扱いであり、どこへ行っても歓待される。
 だが――大陸の大半の者は知らない。
 平和を守るために、もう一人、なくてはならぬ存在がいるということに。



 空が宵のとばりを降ろすころ――
 リュウはその地へ足を踏み入れた。
 いつ来てもそこは入るのにためらう場所だった。何しろ『気』が清浄すぎる。
 この世というものはほどよく淀んでいてこそ人がいられるのだ。それなのに、ここの清らかさと言ったらどうだ。
 下手に入ると異質なものとして排除されそうな、そんな危機感さえ覚える。
 ――だが、週に二回この場所に来るリュウは、あいにくこの地で排除されたことなど一度もなかった。

 そこは大陸中央、神殿のある小高い丘――
 周囲を泉に囲まれ、遠目からはまるで水に浮かんでいるように見える神殿だ。実際満潮になると神殿へ渡る道がなくなってしまう。
 だから、時間に気をつけて来なくてはならない。もちろん『歩く精密人形』と呼ばれるリュウは満潮に来るようなミスなど犯したことはない。

 神殿の大扉の前に立つ。
 大扉は己でそこに立つ者を識別し、自ら扉を開ける。
 リュウは神殿へと一歩踏み込む。
 いっそう空気が透き通る気がした。ますます居づらい気配だ。こんなところに週に二回も、よくぞ通っているものだとリュウは自分で自分に感心する。
 小さな神殿だった。中央に、台座がある。丸い宝珠オーブが置かれている。
 これは力が溜まったらそのまま四山の宝珠と交換される。要するにスペアだ。結界を強く保ち続けるための。
 リュウは宝珠の置かれた台座に近づく。
 台座の上で、宝珠はほの白く輝いている。今まさに力を注がれている瞬間――

 その台座の、前に。
 ひざまずく女が一人、いた。

 歳はリュウと同じ二十歳。今は祈りを捧げていて顔は分からないが、背中に流れる髪は神々しいほどに輝く銀髪だ。肌もそれに見合う程度に白く、艶やかだった。それがはっきりわかるのは、今この女が着ている服がシースルーの衣だからだ。白い衣の奥に、白い肌が楚々として包まれている。
 この女を見るたびに、リュウはこいつは作られた人形なんじゃないかと思う。それほどまでに、この女の造作は整っている。
 
 宝珠に力を注いでいるのは、他ならぬこの女だ――
 
 リュウは近くの柱に背中をもたせかけ、女の祈りが終わるのを待つ。
 やがて宝珠はひときわ大きく光を放ち、緑に色を変えた。
(……東の宝珠か)
 カッツェの奴め、何も言っていなかったが宝珠の取り替えが必要な時期に入っていたのか。呑気に西の魔物討伐など手伝っている場合ではなかったろうに。
 とにかく、力の補充は終わった――

 女がすうと立ち上がる。動く所作さえ人形じみている。
「リラ」
 リュウは彼女の名前を呼ぶ。すると、
「ひゃっ!?」
 変な裏声で女は――リラは反応した。そしてリュウを見るなり、
「きゃああああリュウ様!? いつの間に!」
「……もう時間だ。来るに決まっているだろう」
「あ、あれ? もうそんな時間ですか……?」
 リラはもじもじとして己の身を隠そうとする。衣は着ていてもすべては丸見え(下着だけは穿いているが)。おまけに男の前では隠したくもなるだろう。
 だが、リュウにとってはそれは無意味な動作だった。
「今まで散々見てる。今更隠しても意味はない」
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