異世界の姫さまが空から降ってきたとき

杉乃 葵

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第五章 観季

第五十八話:I was just thinking in circles

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 放課後のニーナの件があったため、すっかり忘れていた。
 赤部のハンカチ。これどうしようか。洗って返す方がいいのだろうか。でも、別にこちらが借りたものでもないしな。それに洗って干して、明日持っていけるのか? 出来れば明日渡したい。日が経てば、赤部も忘れてしまいそうだ。それに、赤部のハンカチを持っていても仕方ないし、また捨てるのは抵抗がある。これは、早急に持ち主に返すのがすっきりする。そうしよう。うん。そうしよう。洗うまでもあるまい。

 方針が決まればすっきりする。もう明日までその事は考えずに済む。

 夕食を終え、部屋のベッドでごろ寝していると携帯が鳴った。誰だろう・・・
 スマホの画面を観ると、ヤマゲンの文字。
 アイツか・・・

 「なんだ、ヤマゲン。なんか用か?」

 ヤマゲンと互いの電話番号をやり取りして依頼、そんなに電話を掛け合うような関係にはなっていない。ヤマゲンからかかってくるのは、たいていニーナ絡みのときぐらいだ。なので、今回もニーナについて何か云うつもりなんだろうと思ったら違っていた。

 「美霧の荷物が撤去された…」

 ヤマゲンの声がポツリと聴こえた。

 「今日、夕方に業者が来て、全部持って行った。」

 「業者ってなんだ? 勝手に持ってったのか?」

 「あ、いや、なんか……ご両親からの依頼らしくって。」

 美霧の両親が? まあ、行方不明になってからもう4ヶ月ぐらい経つのかな? 荷物を引き上げるのもやむ無しなのかな。寮の費用の事もあるかも知れない。よくは知らないけれど。美霧が帰ってくる事を諦めていないとしても、一旦退寮させるぐらいはするのかな。
 そんなことより、この件は、美霧の死が自分にそして、きっとヤマゲンにも改めて突き付けられた感じがした。忘れてしまっていた訳ではないが、日々生きていく中で、少しずつ心の奥底へそっと仕舞われかけていた感じだったと思う。それが、急激に、無理やりに引っ張り出されたような、そんな感じだった。
 ヤマゲンも同じ様に感じているのか、声のトーンは低く、哀しみの色を伝えていた。

 「ねえ、やまねこ、今から会えない?」

 「今からか? ちょっと遅すぎるな。」

 「そうだね。なんであんた寮に住まないの。」

 「家が近いからな。」

 「はぁぁ」

 大きなため息をヤマゲンはついた。そして、おそらくは聴かせないように携帯を離して呟いたであろう言葉が聴こえた。それがどう云う意味かわからなかった。まだ解りたく無かったのかも知れない。

 「ねえ、これってただ寂しいってことなのかな?」

 「知らねえよ。」

 「ねえ、美霧との事、黙っといた方がいいの?」

 「まあ、話しても信じて貰えないだろうしなあ、」

 「ねえ…」

 ヤマゲンは、延々と取り留めのない問いを口にした。それはさながら、呪文の様な、掛けられた呪いを解こうと足掻いているような、そんな様だった。
 長い電話に流石に嫌気が差したが、電話を切ることは出来なかった。それは、電話の向こうから聴こえてくる鼻をすする音のせいだろうか。
 最後にヤマゲンは、ごめん、と云って電話を切った。

 いつの間にか、夜はどっぷりと更けていた。

 ベッドに寝転び目を閉じた。
 静けさの中で、ヤマゲンが聴かせない様に云った言葉がこだました。

 まったく、役に立たない

 まったくだ。本当に自分は、何の役にも立たなかった。ヤマゲンの気持ちを楽にさせる事が何一つ出来なかった。ヤマゲンは救いを求めて電話をして来たのだ。単に報告する為じゃない。それは嫌という程に解っていた。何とかしたいという想いはある。しかし、何をどうすればいいのか、まったく見当がつかなかった。

 おまえは、何か出来るつもりでいるのか?

 自分の中のnullさんの幻影が、いたずらっぽくからかう。

 解っている。自分には何も出来やしない。そんな実力はそもそも持ってない。それは解っている。でもほら、目の前で人が溺れてたら助けようと思うでしょ? 泳げないからといって無視する訳にはいかないじゃないか。

 じゃあ、おまえは、飛び込んで一緒に溺れるのか? はた迷惑な奴だな。

 そう、一緒に溺れては、何もしないのと変わらない。とはいえ、どうしようと、悩んでいるだけでは、それも何もしないのと同じだ。誰かに助けを求める? 近くに誰も居なければ? 何か掴まれるものを探して投げるぐらいが、限界か…
 ヤマゲンに投げれる掴まれる物はなんだろうか? また、赤部に投げれるものは? いったい何を投げれば助けになるのだろうか。

 nullさんの幻影は、沈黙したまま

 当たり前か。自分がわからないものを、自分が創り出した幻影が応えられる訳が無い。

 そして、ずっと、ずっと堂々巡りを繰り返していた。
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