四季を彩るアルビノへ

夜月 真

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二章 冬

焦茶色

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 無理に掴まれた腕を振り解き、初めて聞く大きな声に場が凍る。周りの音に意識が向かぬほどの静寂のようだった。
「私は、もうお母さんとは一緒に暮らしたくない! お母さんと呼ぶことも嫌だ! あの家には戻りたくない! 私はもう、傷つきたくない!」
 涙を浮かべた瞳を母親に突き刺し、僕は体が痺れているようだった。母親も、動揺が隠せていないようだ。
「…………あんた、誰にそんな口を使ってるの?」
 数秒驚いた末に、一変して口調が落ち着いた。どうにも違和感だ。
「そういうのなら、こっちも無理に連れていかなきゃ」
 右ポケットから取り出されたナイフの先が、真っ直ぐと彩音に向けられる。その予想外なものを見て、鎖で身体が縛られてるように筋肉が硬直してしまう。

「悪いけど、あんまり抵抗できないようにさせてもらうわ」
 振り下ろされる刃先がゆっくりと動いているようだった。動け、動けと自分に言い聞かせ、呪いが解けるように足は前へ出てくれた。
 僕は刃物を握る腕を押し込むように彩音から遠ざけ、身体をぶつけて押し倒す。勢いよく廊下へ倒れ込こんだ母親に、隙をつくる前にうつ伏せにさせて起き上がらないように上へ乗る。
「僕の鞄にスマホが入ってる! 画面を開いて左にスライドすると電話をかけられるから警察を呼んで!」
「……う、うん」
 喚き叫ぶ母親を抑えるのは、女性とはいえ大変だった。五分ほどで警察は到着し、僕らは色々と話をさせられた。親子関係、ナイフ、これまでの生活、全てだった。彩音は僕の後ろで袖を掴みながら稀に声を挟む。母親は家の中で暴れている様子だった。しかしそれも数分のうちに落ち着いたようで、外で話をしているうちに外へ連れ出された。

「どうだい? 実の親をパトカーに乗せる気持ちは?」
 手錠をかけられた母親が車に乗り込む直前に、僕らへ話掛けた。何も言わない彩音は近寄り、頭を深く下げて返事をする。
「普通の子じゃなくてごめんなさい。けれど、私だってできることなら普通で生まれたかった。もう会うことはないと思うけれど、今までありがとう」
 頭を押さえつけられながら車内に押し込まれる母親は、最後の抵抗のように叫んでいた。
「あんたさえいなければ! あんたじゃなく普通の子が産まれていれば!」
 僕はパトカーが動き、大通りへと消えていった後も頭を上げない彩音の背中を見守るしかできなかった。あまりにも残酷な人間同士の物語に、心の行き場がわからない。彩音の横へと移動した。その足元には水が数滴落ちた跡が残る。僕は両手の居場所がわからず、ポケットの中へと隠す。
「寒いね……中へ戻ろう。掃除もしなきゃだ」
 うん、とそれだけ返事をもらい、僕らは廊下につけられた足跡を拭き取った。フローリングに雑巾を滑らせ、一通りのことが済んだ後も、僕は言葉を掛けるべきなのかわからない。

「……ありがとう」
 沈黙に負けそうなほどに小さな声を掛けられた。僕は顔を上げて、声主の方を向く。思い出を俯瞰しているような、そんな表情が目に映る。日もすっかり登りきり、薄いカーテンの奥から差し込む明かりが温かかった。
「私、ずっとあの人に縛られているような人生だった。多分、この先もずっとそうだった。けど、貴方がいてくれたから、何だか肩の荷を下ろしたような、そんな感覚。……ありがとう」
 寂しそうな表情と、嬉しそうな表情を混ぜたような、とても落ち着いた様子だ。
「そっか。良かったよ。あの場でちゃんとお礼を言うのも、偉かったよ」
 僕の言葉を聴いて、彩音はふふっと声を漏らし、微笑んだ。今日、初めて見る笑顔だった。
「何だか、貴方が親だったら良かったのになって思う」
 僕はプッと吹き出し、なにそれ、と言って笑う。

「けど……親じゃなくて良かったな、とも思う」
 その意味がわからなかった。安心したような面持ちの彩音に疑問を抱いたが、その先は何も聞かないこととした。荒れた午前中に、年が明けたばかりだということを今になって思い出す。
「今日はどこかへ食べにいこう」
 重い腰を持ち上げ、上着を羽織る。彩音はうん、とだけ言うとすぐに身支度を始めてくれた。
 僕の提案で駅前の回転寿司へと向かうこととした。彩音は回転寿司すらも初めてらしい。澄んだ空模様の下を歩く彩音は、冬の気温に反したような、暖かい顔つきだった。
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