命を詠う華

YUE

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その時、空は何者かが近付いてくる気配を感じた。
瞬間、刹那と久遠を庇うように立ち、符を取り出し構える。
その一呼吸にも満たない間に、完全に術士としての気構えになっていた。
刹那と久遠は、そんな空を感じてから、ようやく立ち上がる。
「(速いな。じゃが、敵意が、ない?)」
空が妖気を感じ思案する間に、障子が破られ、何者かが飛び込んでくる。
「「天様あっ!」」
「なっ!?」
その声に、その表情に、完全に虚を突かれた空が一瞬動きを止めた。
その僅かな間に、2つの人影は空の脇をすり抜ける。
同時に、
「どぁはっ!?」
「ほにゃあっ!?」
刹那と久遠の驚く声が聞こえた。
「(しまっ・・・)」
空が慌てて振り返る、
「た?」
と、
刹那と久遠を押し倒し、角の生えた娘と、狐の耳と尻尾が生えた娘が、2人に抱き付きながら、わんわんと声を上げて泣いていたのだ。
当然、刹那と久遠も困惑しながら、どうして良いか分からずに居る。
空は取り合えず、害意はないと判断したが、気掛かりはあった。
娘達の泣き声に混じる呼び名。
まさかとは思いつつ、別の気配を感じる破られた障子へと視線を戻す。
するとそこには、額に目を持つ三眼の男が1人、静かに立っていた。
左側頭部に1本の角を生やしていたが、左腕は無かった。
「(強い、な)」
空は男の強さを肌で感じていた。
どんな形にせよ、刹那と久遠は動けない。
最悪は囮になることも覚悟した。
だが、
「御初に御目にかかります。私は茨城童子と申します。以後、お見知り置きを」
男は会釈をする。
「お主が、この娘等の保護者かのう?」
空はまだ警戒を緩めるつもりはない。
「はい。左様に御座います」
茨城の口調は、まるで空を敬うようだ。
しかし、その表情は何かに困惑したような、決めかねているような、迷いのある表情だった。
「(読めぬ、な。何が目的じゃ?)」
読めぬなら、読めぬなりに話を進める空。
「そうであったか。ならば、先に言わねばならぬ」
「はい。何でございますか?」
「お主の娘が泣いておる理由じゃが、儂にはまったく見当がつかぬ。ただ言えるのは、儂等が泣かせた訳ではない。と言うことじゃ」
「そのことでしたら、存じております。その娘等は、走る最中に既に泣いておりました。落ち度があるなら私の責任にございます」
「そう言ってくれるのなら助かる。ではもう1つ」
「はい。伺います」
「儂等に、お主等と敵対する意思はない。無用な争いもしとうない。互いに子を持つ身であり、誤解が無いのであれば、この場は平穏に収めぬか?」
「これは有り難い申し出でございます。此方としても、この場で事を構えるのは無用としたいのです」
「そうか」
空はゆっくりと構えを解く。
「後れ馳せながら名乗らせて貰おう。儂の名は、空。じゃ」
空の名を聞いて、茨城は目を見開いて驚愕する。
「や、やはり・・・」
茨城の声は震える。
「し、失礼を承知でお尋ね致します」
「聞こう」
「あ、貴女様の、御子息方の、御名前を伺いたい」
「あ、ああ。息子の名は、刹那。娘の名は、久遠。じゃ」
空の返答に、茨城は涙が浮かべ、ひざまづいた。
「今日と言う日を心待ちにしておりました!奥方様!御子息様!」
「な、何を!?」
茨城の急変に、空はたじろいた。
「私は、貴女様の夫、朱天童子様。天様に仕えていた者でございます」
「なん、じゃと?」
茨城の言葉に、空は訝る。
「驚かれるのも無理はありません。私とその娘達は、奥方様が下山された後に、天様に救われたのですから」
茨城は真摯に空を見上げる。
あまりの急展開に、空の思考は鈍る。
それでもなお、動揺を表に出すことはなかった。
「ではやはり、あの娘等が呼んでおるのは」
「はい。鬼の娘は燐童。狐の娘は琴葉。と申します。あの2人は、御子息様がお戻りになられた時、天様が対応に困らぬよう、子供がどういうものかを学んで頂くために付けておりました。恐らく、御子息様達から、天様の妖気の波長を感じ取り、それで、このような状況になってしまっと思われます」
「ならば、お主も感じておるのか?その波長を」
「はい。僅かではございますが」
「僅か、か。なるほど。それでお主だけは、確証を持てず、困惑しておったのか」
「お恥ずかしながら、私は波長を感じ分けるのが疎い方でございまして。ですので、天様より伺っていた奥方様の御名前と、身体的特徴により、確証を得てございます」
空は一呼吸置いて思案する。
茨城の態度、言動に嘘は感じられない。
信じよう。
そう決めた時、
「いきなりこのような話を妖からされても信じられますまい」
その思案の僅かな間が、茨城を不安にさせたのか、
「なればここに、誓いを立てましょうぞ」
茨城は自分の小指を口にふくむ。
空が気付き、声を出そうとした頃には遅かった。
茨城は自分の指を噛み千切った。
そして、口内から小指の先を出し、床に置く。
「この指と痛みを持って、奥方様への忠節と、我が身の潔白を証明致します」
茨城は額が床につくほどに頭を下げた。
 「愚か者が!」
空が怒鳴りながら駆け寄り、茨城の小指を拾い、その手を押さえ、指を繋げるために霊力を送る。
「奥方様?」
茨城は恐る恐る顔を上げる。
「早合点しおって!この様なことなどせずとも良い!子供等も見ておるというのに!」
「いえ。このくらいの事では足りません」
「おい!」
「奥方様と、御子息様方の悲しみと苦しみを考えれば、この程度の痛みなど・・・っ!・・・遠く及びません!」
肩を震わせ、声を殺し、茨城は涙を溢す。
「・・・愚か者め。そう思うかは、お主の話を聞いた後のことじゃ。指を繋げた後、お主の知りうること、儂の問いに答えらること。全て話せ」
「はい」
空が治癒術を施している間、茨城は泣き続けた。
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