上 下
6 / 98

6話 ハゲ治療

しおりを挟む
 「ブルブルブル」

 マナーモードにしてあった俺のスマホが震えだした。
 
 良かった、ここが何処かは解らないが現代だと確信できて安堵した。

 「も、もしもし?」
 「あれ?もしもし、もしもし。」

 「クククっ、楽しかろう?」

 「邪っ、神様あ!」

 「何気に邪神とか言おうとしたかの?」

 「気のせいっすよ、そんな事言う訳ないじゃないすか。」

 「何か言葉遣いが変わったかの?」

 「そんな事ないっすよ」

 駄目だ駄目だ怒らしたら駄目だこの悪魔は怒り耐性が低い。普通に接してたら不味い。へりくだれ!ここはへりくだれ時だ!
 
 「嬉しいっすよ、憧れの異世界」
 「もう興奮しっぱなしっす」

 「では充分楽しむ事じゃ、さらばじゃ!」

 「ちょっ、ちょっとたんまっす。」

 「其方はもう40超えとるじゃろ、言葉遣いがなっとらんのぅ。」

 「幼稚なもんで、すんません。」

 「で、自分はここで何をすれば?」

 「其方はその年齢になって相手から指示がないと動けんとは能無しじゃの」
 「自分の意思はないのかのう?」
 「指示待ち人間とは使えんのう。」

 そう俺も神様同様に怒り耐性がなく普通よりも沸点が低めだ。

 「はあ?何言ってんだ!」
 「何の知識もなく連れてこられて質問しただけで能無し呼ばわりは有り得ん!」
 「能無しはてめぇだろうが!」
 「大した説明もなく仕事を振ってくる上司と同じじゃねえか!」
 「本当カスは何処にでも居るな!」
 「神様?自分で思ってるほど優秀じゃないよ、自覚しろ。」
 「良かったですね。自分で自分の事は分かり辛いから教えて差し上げたんですよ」
 「親切心からなんですよ、カス神様?」

 やったゃたよ。言わなくても良い事を。
一度口に出した事は引っこめれないのに。
会社で学んだ事が生かされてないなあ。

 「クククっ、言いたい事は終わったかの」

 「飽きた飽きたと言っとったじゃろ。」
 「お手並み拝見しようかの。」
 「クククっ」
 
 神様さ楽しそうだ。悪い笑顔全開で。

 もう如何すれば良いのか分かんないよ。

 「ノーヒントでは無理だ!」

 「其方の憧れた世界じゃ好きにすれば良い。」

 「チート!チートを下さいよ、神様あ」

 「チートとな?もう授け済みなんじゃが」

 「はあ?どこ、どれの事!」

 「若返えったじゃろ。」

 ほれっと手渡されたのは大きめの鏡だった。一見しそれは普通に見えるが。神様からのアイテムだけに特別な機能が備わっているに違いない。

 「神様、これは?」

 「うむ、100均で買ってきたんじゃよ。」

 「100均かよ!」

 その鏡で顔を見て診るように促されたらそこには確かに若い頃の自分がいた。

 「どうじゃ、懐かしかろう。」

 確かに懐かしい。もう忘れかけた若い自分の姿に。
 ただ、俺の思うチートとは違う。

 「驚くのはまだ早いぞい。頭を見て診るがよい。」

 まさかと思い俺は恐る恐る鏡を頭の天辺に近ずけた。

 「ハ、ハゲが治ってる!フサフサ!」

 40を過ぎた辺りからの最大の悩みが解消された瞬間だった。
 俺は一般男性よりも身長が高い。だから立ち仕事ならば上から覗かれる心配はないがデスクワークの時は…。誰かが後ろを通る度に『クスクス』っと幻聴が聞こえたものだが。

 「凄げぇ、これ凄げぇよ!」

 「か、神様あ、有難う!」

 どうやら俺は神様を誤解してたようだ。

 「泣くような事かの?」

 俺の心は決まった!俺が異世界にてやるべき事は同じようにハゲで苦しむ人達を救うべき活動をしろ!って事なんですね。

 今度こそ俺は困難な道をやり遂げてみせる!

 「了解です。ハゲを救う旅にでます。」

 「神様、御名前を教えて頂きたい。」

 俺は神様の名前を頭につけた○○流を世の中に広める使徒になります。
 
 「○○流ハゲ治療術免許皆伝」か
 「○○流ハゲ再生術免許皆伝」
 「神様はどちらの名前が宜しいですか?」

 俺は神様の意向に従う積もりでいた。

 「いや、ハゲに拘る必要はないんじゃがな。それよりも血湧き肉躍る冒険をな」

 「何を仰るんですか?」

 現代日本でさえ、ハゲの為にどれだけ多くの人達が苦しんで居ると思われますか?
毎月ハゲ治療に幾ら遣うと。
 治療薬の他にもハゲを隠す為のカツラの購入費用が日々の生活に大きな負担になってるんですよ!
 カツラは一つだけでは収まらない。年中同じヘヤースタイルとか可笑し過ぎる。
 バレたくない一心で幾つもの毛量の商品を購入せざるを得ない。
 しかも、購入したカツラも4,5年で新しく新調せざるを得ない。

 俺たち毛を持たざる者達は一生をカツラに捧げて行きて行くんです。
 欲しい物を我慢する苦しさはハゲ以外の人達には理解出来ないだろうが。

 俺たちは神様のように強くはない!そのヘヤースタイルで街を歩くのは無理なんです。
 帽子を被るという手も有りますが最良ではない。屋外ならまだしも屋内では、特に部屋に入って時には取ざる得ない。
 取った瞬間に周りの視線が釘付けになりますよ。
 ニタニタ笑いの熱視線に俺達は耐えられないんです。

 俺にも神様のような強い精神力があれば。
 「ハゲの事は忘れてくれるかの?

 
しおりを挟む

処理中です...