世界の中心は君だった

KOROU

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一章

お仕事の楽しい事と苦手な事

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 訪問看護を依頼して正式に決まった訪問日。『すずかぜ』の鈴城さんが訪れた。
 鈴城さんは丁寧な作法で家に上がると、前回と同じくダイニングキッチンの椅子に座った。テーブルに契約書などを広げて、私に控えや原本を渡してくれた。

 その最初のお題は何だろうと待ち構えながら臨む私に、鈴城さんはこう尋ねてくる。

「狐さんは過去と現在どちらからが話しやすいですか。人によっては過去の事、現在の事からという方もいらっしゃるのですが、狐さんはどちらが話しやすいですか?」

 なるほど、そういうていで来るのかと思いながら、私は考える素振りを見せて答えた。

「どちらからでもいいですよ。鈴城さんが進めやすい方から話しましょう」
「分かりました。では、現在、直近の事からお伺いしてもよろしいですか?」

 私は素直に「はい」と答える。鈴城さんが直近の事から聞くのはなぜだろうと考えつつ、鈴城さんが話し始めるのを待つ。

「そうですね……まず、お仕事についていくつかお伺いしてもよろしいですか?」
「はい。なんでしょう」
「お仕事でコールセンターのSVをされていたという事ですが、楽しかった点とここは苦手だなと思った点は何かありますか?」

 鈴城さんの尋ね方が面接のようで、私は内心楽しくなる。面接は苦手だが、面接で誰が何を言うのかが私は楽しい。ちょっと変わっているかもしれないけれど。
 そのため私は両手に膝をついてピンと背筋を伸ばし、キリッとした顔で答える。もちろんふざけて。

「はい。SVをさせて頂いて楽しかった点は、人に教える事や人が成長していく姿を見られる事です。反対に、苦手だと思ったのは折衝での人間関係です。苦手と言うより難しいという事を覚えた次第です」
「ふふ、ごめんなさい。なんだか面接みたいになってしまいましたね。ありがとうございます」

 私は笑いながら「とんでもない事でございます」とさらにふざける。私の良くも悪い点はなんでも楽しんでしまう事だ。今は良い方向に働いた事を信じる。

「それでは、他のお仕事で楽しかった事は何でしょうか。このお仕事は苦手だなぁという事も教えてください」
「えーっと、営業のお仕事ですかね。不動産だったんですけど、物件を見たり案内したりするのが楽しかったです。苦手だったのは工場とか建設現場の作業員です。なんて言っても、体力がないので」
「肉体労働は苦手という事ですね?」
「そうなりますね」

 ふむふむといった様子で、鈴城さんはメモを取る。私は特にメモを取る事はないが、一応メモ帳は置いている。

「そうしたら、何か一つずつ楽しかった事と苦手だなって感じた事のエピソードを教えてください」
「苦手なエピソードは、建設現場であっちこっち走りまわされた事ですね。子供のお手伝いみたいな感覚で、正直言うと走り回っているだけで特に何かを得られたという事は……ああ、多少体力はついたかもしれません」

 うんうんと鈴城さんは首を縦に振る。

「楽しかったエピソードはどんなのでしょうか?」
「楽しかったエピソードは、やっぱりSVの時で、今朝出来なかった人が出来たり、先週出来なかった人が今週は出来たりするのを教えて見ているのが楽しかったです。それで私自身が成長できたのかは謎ですけど」

 ふふ、と鈴城さんはまた笑ってくれる。管理者として同じような思いがあるのだろうか。それともそういう事もあったなぁと思いだしているのだろうか。

 鈴城さんの考えている事を想像して、私は楽しさを表すかのように体を左右に揺らす。ちなみにこれは私の癖だ。楽しい事があると体が揺れたり、足をぶらつかせたりしてしまう、無意識の癖だ。

「狐さんは、お仕事自体は好きですか?」
「好きです。好きな仕事をしている時間とゲームとかの趣味をしている時間が一番好きです」
「一番が二つあるって良いですね」

 はい、と大きめの声で私はニコリと笑みを見せる。その傍ら、鈴城さんは本当に言葉選びが上手だなぁと思う。経験の差なのか、元々言葉に秀でているのか。
 私を飽きさせないあたり、この人とは仲良く出来たら良いなぁと思う。

「では、今日の最後にお聞きしたいのは、今後一般事務のお仕事に就くにあたって必要な事はなんだと思いますか?」
「忍耐力と継続力と効率化と気遣いとかですかねぇ?」

 唸るように鈴城さんは深く頷いた。実際それらで合っているのかは分からない。当てずっぽうで言ったからだ。
 それでも何か思う所はあるらしい鈴城さんの様子に、私は満足さと物足りなさを多少感じていた。
 それが何を意味するのかはさておき、鈴城さんが帰り支度を始めたのを見て私は一つ尋ねてみる事にした。

「鈴城さんは春が好きですか?」
「好きですよ。温かいですし、動きやすいので。まぁ、最近は暑いですけどね」
「ですよねぇー」

 そんな他愛もない世間話をして見送り、私は一人思う。
 春が好きなんだ――。
 私は冬が好きなんだけどなぁと。
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