世界の中心は君だった

KOROU

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二章

過去と未来は相反する

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 その次の訪問看護の日。やって来たのは鈴城さんだった。
 鈴城さんは、ダイニングキッチンの椅子に座り様子に変わりがない事を確認するとこう尋ねた。

「狐さん、今日は少し過去のお話しを聞きたいなと思います」

 どうぞ、と私が言うと鈴城さんは穏やかな笑みを浮かべて頷く。

「まず、本間先生からは双極性障害と解離性同一性障害とお聞きしていますが、それらは同時に表れたもので間違いないですか?」
「そうみたいですね」
「そうですか。そうすると、それが発症したのは十一歳頃というのもお間違いないですか?」
「はい。その頃だと思いますよ」

 答えると、鈴城さんは納得したように頷いた。さて、次は何を聞かれるのかと考える私に、鈴城さんは一拍置いてこう尋ねる。

「その頃の障害として、どちらが辛いなと感じましたか?」

 私は意外な事を聞くなぁと思った。その頃大変でしたよねとかではなく、辛いと感じたのはどちらかという質問は久方ぶりだなぁと私は感心した。

「どちらも辛くなかったですね」
「どうしてですか?」
「その頃の私は心を失くしていたので、辛いとか楽しいとか、そういうのをあまり感じなかったです」

 鈴城さんは驚いた様子もなく、うーん、と唸るかのように深々と頷いた。
 なるほど。この人はどうやら分かっているようだ。なぜそうなるのかを――。
 私はそう捉えて、少しだけ真面目に話してみる事にした。

「鈴城さん、私はこう考えています。心がなくなればいいとか、何も感じなければいいなんて言いますけど、そんな些細な事でなくならないのが心です。私から言わせれば、そういう願いを持つ人って、本当の絶望を知らない人です。絶望の度合いが違うんだって思います」

 私が少しばかり威圧的に言うも、鈴城さんは真っ直ぐな眼差しで私を見つめる。

「そうですよね。それほどに狐さんは傷つき、絶望したんですもんね」
「まぁ、それも今となっては過去の遺物ですけどねぇ」

 私が威圧感を消して「テヘヘ」と笑うと、鈴城さんはニコリと笑った。
 ああ、鈴城さんは理解しようとしているのかもしれない。それとも本間先生の指示書に何かして欲しいとあったのだろうか。
 そう考える私の手前、鈴城さんはこう続ける。

「狐さんにとって、過去と未来のどちらが重要ですか?」
「どちらも重要ですけど、未来の方が割合は大きいです。過去ばかり振り返っても、そこには轍しかないので」
「そうですか。素敵な考え方ですね」

 お礼を言うと、鈴城さんはニコニコと笑う。鈴城さんは手綱をしっかり握ってくれそうな気もする。だからなのか、少しだけ信じてあげても良いと私は思わされる。

「鈴城さんは、傷付いた子供が居たら助けますか?」
「う~ん、難しい質問ですね。助けられるなら助けたいですけど、その子が本当に手助けを欲しているかは分からないですし、私で力になれるのか分からないので」

 その質問の返答に私はこの人は分かっていると確信する。この人はきっと私を理解しようとしているのだと。

「そうですか。今の質問は大抵の人が助けると答えますけど、私はそれを偽善だと思っています」
「どうしてですか?」
「答えは鈴城さんの仰った通りです。力になれる謎の自信がその子を傷つけるかもしれない事を大抵の人は考えないからです。子供だから大人が力になれるだろうと高を括っている愚劣な行為だなと思うので、私はそれを偽善と考えています。変わった価値観ですかね?」
「確かに変わっていますけど、そうですか、狐さんは優しいんですね」

 お礼を言うと、鈴城さんは微笑みながら数度小さく頷いた。

「狐さん、少しご相談なんですが、次回から少しだけ時間を延ばしても宜しいですか?」
「構いませんよ。鈴城さんと話すのは楽しいので」
「ありがとうございます。それでは私の時は少しだけお時間延ばしますね」

 そうして帰ろうとした鈴城さんに、私は一つの疑問を投げかける。

「宿題として考えておいて欲しいのですが、こういう子がいたら鈴城さんはどうしますか?」
「どんな子でしょうか?」
「心に名前を付けて分裂させ、それぞれに役割を持たせた子です。ちなみにその子は実在しますけど」

 その言葉に鈴城さんの笑顔が消えて、少し驚いた様子を見せた。鈴城さんは「考えておきますね」と言って帰っていく。

 鈴城さんが驚いたのは、恐らく質問の内容ではない。私がこのタイミングでそう言った事だ。
 実在する子供――それは他でもない私自身の過去だ。
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