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140 雨天決行
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「ああ、やっぱ降ってきたな。どうする? 出かけるのやめるか?」
ぼさぼさの頭で窓の外を見たリトが、大あくびした。
さっきからずっと外を見ている私は、みるみる色を変えていく景色を見守った後、首を傾げた。
「どうちて?」
「雨が降ってるだろ」
「雨、りゅー外出たい」
「ああ……お前には『いい天気』だったか」
こくりと頷いて、暗い空を見上げる。
以前いた場所より、ここはよく雨が降る。だから、珍しくはなくなったけれど。
それでも、晴れの日よりも雨の日の方が珍しいと思う。
「ええー雨の日にわざわざ出かけるなんて、酔狂である! 我は反対!」
ファエルがぶつくさ言っている。私の知識だと、カエルは雨が好きなはずなのに。
「雨具、買っておいたのがあったはずだが……」
「あまぐ?」
目を輝かせて窓から離れると、荷物を漁るリトの手元を覗き込む。
これだろうか。それだろうか。
何か取り出すたびにリトを見上げるけれど、違うらしい。
傘だろうか、カッパだろうか、それとも他の物?
辛抱強く見守る私を笑って、リトが唇をつまんだ。
どうしてリトは、私が集中していると口を摘まむのか。
怒って振り払ったところで、ぽんと頭の上に何か乗せられた。
滑り落ちてきたそれを、両手で広げてみる。
「服……?」
「雨具だ。それ着ていくぞ」
「我のは?」
「あるか!」
文句を言うファエルの声を聞き流しつつ広げたそれは、普通のポンチョに思えるけれど、撥水加工なのだろうか。
さっそく寝間着を脱いで羽織ると、先に服を着ろと怒られた。どうやら服の上に着るらしい。
服を着て、雨具を着て、ブーツを履いて。
リトも雨具だろうかと見上げると、いつものマントにフードを被っただけ。
「りと、雨具なない?」
「俺のは冒険者仕様だからな、常に兼用だ。お前には重いだろ」
確かに、雨具はすこしずっしりしている。何かの皮だろうか。
どうやら傘は差さないらしい。
「もう、いい?」
「いいけど、転ぶなよ」
「転ばない」
わくわくしながら宿を飛び出し、まず第一歩目でひっくり返った私を、見事にリトがキャッチした。
それ見たことか、と言わんばかりの視線にむくれる。
「……いちゅも、ここ滑やない」
「そうだな。けど、今は雨が降ってるから滑るんだ。濡れると滑りやすい場所は多いぞ」
抱き上げられるんじゃないかと用心して、じりじり距離をとると、リトが苦笑して私の背中を叩いた。
「気を付けて歩け。走るやつも多いし、馬車が水を跳ねるから、背中を向けるんだぞ」
「大丈夫」
「何も大丈夫じゃなさそうだけどな……」
ぼやくリトを見上げてフードをしっかり押さえると、雨降りの景色に足を踏み出した。
ばばばば、と音がする。私のフードを雨が叩いて、結構大きな音がする。
大量の水が全部を濡らして、景色は普段より一段濃い色に見えた。
ファエルは、リトのポケットの中にすっぽり入り込んで、顔も出さない。本当に雨の嫌いなカエルなんだな。
雨具は、凄かった。全然水を通さない。
腕に落ちた雨粒が、生き物のようにするする逃げていく。
腕を持ち上げてじっと待っていると、いくつかの粒が、そこへ留まった。
丸く、玉になった雨がきれいだ。つまんだ途端、ただの水になって私の指を濡らす。
私に当たった水玉が、雨具に弾けて滑るのが面白くて、じっと見ていた。
「おーーい。早く歩いてくれ……」
既に疲れたようなリトの声に、ハッと顔を上げる。
とても面白いけれど、今日は用事がある。急がなくては。
リトを見上げた途端、目に衝撃を受けてぎゅむと閉じた。額に、頬に、冷たい雫がいっぱい落ちてくる。
「こらこら、雨具の意味がねえだろ」
「目々、雨入った」
「大丈夫だ、水だから」
くいっと頭を正面に戻され、濡れた顔が乱暴に拭われた。
ぱちぱち瞬いているうち、リトの手が私の手を握って歩き出す。
「手、繋いでりゃこっち見なくても大丈夫だろ。滑っても大丈夫だ」
なるほど、合理的だ。見上げかけた顔を戻して、こくりと頷いた。
これなら、私がよそ見しても大丈夫。
珍しい雨の中、色んな音を聞きながら町を歩く。
雨の日は、匂いも違うと初めて知った。雨にぬれると、いつもより強く香る気がする。
土も、漁網も、木も、草も、全部いつもより強く主張する。
やっぱり、皆雨の日を好きなのだろう。どうしてリトとファエルは好きじゃないのか。
坂道を、レースのように波打ちながら流れる水と一緒に、リトと歩く。時折滑る足が頼りないけれど、リトが手を掴んでいたら何も心配はない。
やがて坂道が終わった時、いつもの海が鈍色で、どおん、という音が大きく聞こえた。これが、荒れているということなのだろう。
ぱちゃ、と鳴った足元を見ると、水の膜が張っている。
歩くと、波紋が広がる。
まるで、水面を歩いているよう。
しっかり撥水しているブーツは、もしかすると水の上を歩けたりするだろうか。
ぱちゃ、と踏みしめると、リトが悲鳴をあげた。
もう一度ぱちゃ、とやると怒られた。
じゃあ離れていればいい、と手を離そうとしたのに、それは許してもらえない。
「濡れるだろうが、やめろっつうの!」
「りゅー、濡れてもいい」
「ダメだ、病気になるだろ」
濡れたくらいで、病気になるだろうか。
だけど、あんまりやると抱き上げられそうな気配を感じて、渋々諦めた。
「さて、儀礼の間と本屋、どっちの方が近かったか……」
「ぎえいの間」
「ああ、ならそっちに行くか」
商店街に差し掛かると、いつもより人が速い。みんな、何かを急ぐように俯いて足早に歩いている。
あんまり私とぶつかりそうになるものだから、ついに抱き上げられてしまった。下を向いているのに、皆私が見えないんだろうか。
「どうちて、みんな急いでる?」
「濡れたくねえからだよ」
「雨具、持ってない?」
「まあ……お前が着ているクラスのは、あんまり持ってねえだろうな。たとえ持っていても、早く濡れない場所に行きたいだろ」
分からない。私は、もうちょっと濡れて遊びたい。
急ぐ気持ちが理解できずに、眉根を寄せてリトに笑われた。
フードの中から、リトの銀の目がきらりとする。雨の日は、リトの目も、銀色が濃く見える。
普段は、色んな色が映しこまれる銀が、ちゃんと本来の色に見える。
「ほら、もう着くけど、もらった人の顔分かるのか?」
まじまじ見つめていたら、リトの目もこちらに向いた。
「りゅー、分かる」
「さすがだな。お前には、指名手配書とか見せておくべきだな」
なるほど……? それはいいアイディアだ。危険を避けることにもつながる。
それは、どこにあるんだろうか。
話を続けようとした時、フッと世界から音が消えた。
びっくりして顔を上げると、リトがフードを後ろへ避けたのが見えた。
「どうした、目がデカくなってるぞ」
「……聞こえた。りゅー、音なくなって、びっくりちた」
「ああ、雨の音か」
リトが、私のフードも後ろへやった。
そうか、建物に入ったから。
耳を塞ぐほどに大きかった雨音が遠くなると、こんなに静かだ。
ざああ、と離れた場所で鳴る音を聞きながら、儀礼の間受け付けへと向かった。
ぼさぼさの頭で窓の外を見たリトが、大あくびした。
さっきからずっと外を見ている私は、みるみる色を変えていく景色を見守った後、首を傾げた。
「どうちて?」
「雨が降ってるだろ」
「雨、りゅー外出たい」
「ああ……お前には『いい天気』だったか」
こくりと頷いて、暗い空を見上げる。
以前いた場所より、ここはよく雨が降る。だから、珍しくはなくなったけれど。
それでも、晴れの日よりも雨の日の方が珍しいと思う。
「ええー雨の日にわざわざ出かけるなんて、酔狂である! 我は反対!」
ファエルがぶつくさ言っている。私の知識だと、カエルは雨が好きなはずなのに。
「雨具、買っておいたのがあったはずだが……」
「あまぐ?」
目を輝かせて窓から離れると、荷物を漁るリトの手元を覗き込む。
これだろうか。それだろうか。
何か取り出すたびにリトを見上げるけれど、違うらしい。
傘だろうか、カッパだろうか、それとも他の物?
辛抱強く見守る私を笑って、リトが唇をつまんだ。
どうしてリトは、私が集中していると口を摘まむのか。
怒って振り払ったところで、ぽんと頭の上に何か乗せられた。
滑り落ちてきたそれを、両手で広げてみる。
「服……?」
「雨具だ。それ着ていくぞ」
「我のは?」
「あるか!」
文句を言うファエルの声を聞き流しつつ広げたそれは、普通のポンチョに思えるけれど、撥水加工なのだろうか。
さっそく寝間着を脱いで羽織ると、先に服を着ろと怒られた。どうやら服の上に着るらしい。
服を着て、雨具を着て、ブーツを履いて。
リトも雨具だろうかと見上げると、いつものマントにフードを被っただけ。
「りと、雨具なない?」
「俺のは冒険者仕様だからな、常に兼用だ。お前には重いだろ」
確かに、雨具はすこしずっしりしている。何かの皮だろうか。
どうやら傘は差さないらしい。
「もう、いい?」
「いいけど、転ぶなよ」
「転ばない」
わくわくしながら宿を飛び出し、まず第一歩目でひっくり返った私を、見事にリトがキャッチした。
それ見たことか、と言わんばかりの視線にむくれる。
「……いちゅも、ここ滑やない」
「そうだな。けど、今は雨が降ってるから滑るんだ。濡れると滑りやすい場所は多いぞ」
抱き上げられるんじゃないかと用心して、じりじり距離をとると、リトが苦笑して私の背中を叩いた。
「気を付けて歩け。走るやつも多いし、馬車が水を跳ねるから、背中を向けるんだぞ」
「大丈夫」
「何も大丈夫じゃなさそうだけどな……」
ぼやくリトを見上げてフードをしっかり押さえると、雨降りの景色に足を踏み出した。
ばばばば、と音がする。私のフードを雨が叩いて、結構大きな音がする。
大量の水が全部を濡らして、景色は普段より一段濃い色に見えた。
ファエルは、リトのポケットの中にすっぽり入り込んで、顔も出さない。本当に雨の嫌いなカエルなんだな。
雨具は、凄かった。全然水を通さない。
腕に落ちた雨粒が、生き物のようにするする逃げていく。
腕を持ち上げてじっと待っていると、いくつかの粒が、そこへ留まった。
丸く、玉になった雨がきれいだ。つまんだ途端、ただの水になって私の指を濡らす。
私に当たった水玉が、雨具に弾けて滑るのが面白くて、じっと見ていた。
「おーーい。早く歩いてくれ……」
既に疲れたようなリトの声に、ハッと顔を上げる。
とても面白いけれど、今日は用事がある。急がなくては。
リトを見上げた途端、目に衝撃を受けてぎゅむと閉じた。額に、頬に、冷たい雫がいっぱい落ちてくる。
「こらこら、雨具の意味がねえだろ」
「目々、雨入った」
「大丈夫だ、水だから」
くいっと頭を正面に戻され、濡れた顔が乱暴に拭われた。
ぱちぱち瞬いているうち、リトの手が私の手を握って歩き出す。
「手、繋いでりゃこっち見なくても大丈夫だろ。滑っても大丈夫だ」
なるほど、合理的だ。見上げかけた顔を戻して、こくりと頷いた。
これなら、私がよそ見しても大丈夫。
珍しい雨の中、色んな音を聞きながら町を歩く。
雨の日は、匂いも違うと初めて知った。雨にぬれると、いつもより強く香る気がする。
土も、漁網も、木も、草も、全部いつもより強く主張する。
やっぱり、皆雨の日を好きなのだろう。どうしてリトとファエルは好きじゃないのか。
坂道を、レースのように波打ちながら流れる水と一緒に、リトと歩く。時折滑る足が頼りないけれど、リトが手を掴んでいたら何も心配はない。
やがて坂道が終わった時、いつもの海が鈍色で、どおん、という音が大きく聞こえた。これが、荒れているということなのだろう。
ぱちゃ、と鳴った足元を見ると、水の膜が張っている。
歩くと、波紋が広がる。
まるで、水面を歩いているよう。
しっかり撥水しているブーツは、もしかすると水の上を歩けたりするだろうか。
ぱちゃ、と踏みしめると、リトが悲鳴をあげた。
もう一度ぱちゃ、とやると怒られた。
じゃあ離れていればいい、と手を離そうとしたのに、それは許してもらえない。
「濡れるだろうが、やめろっつうの!」
「りゅー、濡れてもいい」
「ダメだ、病気になるだろ」
濡れたくらいで、病気になるだろうか。
だけど、あんまりやると抱き上げられそうな気配を感じて、渋々諦めた。
「さて、儀礼の間と本屋、どっちの方が近かったか……」
「ぎえいの間」
「ああ、ならそっちに行くか」
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「濡れたくねえからだよ」
「雨具、持ってない?」
「まあ……お前が着ているクラスのは、あんまり持ってねえだろうな。たとえ持っていても、早く濡れない場所に行きたいだろ」
分からない。私は、もうちょっと濡れて遊びたい。
急ぐ気持ちが理解できずに、眉根を寄せてリトに笑われた。
フードの中から、リトの銀の目がきらりとする。雨の日は、リトの目も、銀色が濃く見える。
普段は、色んな色が映しこまれる銀が、ちゃんと本来の色に見える。
「ほら、もう着くけど、もらった人の顔分かるのか?」
まじまじ見つめていたら、リトの目もこちらに向いた。
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「さすがだな。お前には、指名手配書とか見せておくべきだな」
なるほど……? それはいいアイディアだ。危険を避けることにもつながる。
それは、どこにあるんだろうか。
話を続けようとした時、フッと世界から音が消えた。
びっくりして顔を上げると、リトがフードを後ろへ避けたのが見えた。
「どうした、目がデカくなってるぞ」
「……聞こえた。りゅー、音なくなって、びっくりちた」
「ああ、雨の音か」
リトが、私のフードも後ろへやった。
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