聖なる森と月の乙女

小春日和

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聖なる森と月の乙女

公爵令嬢と罪の露見①

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頬を撫でる指が心地よくて、ねだるように指に頬を近づける。

クスクスと優しく笑う声に誘われて、ゆっくり目を開けると、私をいつもの温かい目で見下ろすアルフレッドがいた。

「どうして泣いているの?悲しい夢でも見たの?」

私の頬に残る涙を丁寧に拭いながら、アルフレッドが気遣わしげに問い掛ける。
夢から覚醒した頭は、思うように働いてくれない。
夢の名残か、無性に不安になってアルフレッドの温かい腕に抱き締められたかった私は、甘えるように抱きついた。

ーーーーー

「リリアンナ王女殿下。なぜ、あなたがここに呼ばれたか、心当たりはおありか?」

謁見室に響くアルフレッドの硬い声に、王女は首をかしげる。

「いいえ、全く。何の茶番かと些か不愉快ですわ。」

そう憮然と答える王女の後ろで、男爵令嬢がキラキラとした瞳でアルフレッドを見つめている。
その場違いな様子に苛立つ気持ちを、アルフレッドの隣で深呼吸して落ち着ける。
その2人とは対称的に、肉付きが大層立派な男爵は顔を青ざめさせ、額には脂汗を滲ませていた。
ゲイルは相変わらず黒いローブに全身を覆い、気配を消すように王女の後ろに控えている。
彼らの周りは、近衛騎士により包囲されており、下手に逃げ出すことはできない。

「では、男爵。此度の奇病の件、と言えば分かるだろうか?」

アルフレッドの問い掛けに、男爵は分かりやすく身を固くする。
この男爵、娘の男爵令嬢が秘薬を撒いただけで呼ばれているのではない。
王女を月の乙女として祭り上げ、貴族や商人から大金を巻き上げた第一人者であり、私を婚約者から引きずり下ろそうとする勢力の一人であった。

「わ、私は何も…。」
「知らぬ、と?」

男爵の言葉にアルフレッドが冷めた声で言葉を被せる。

「まぁ、貴殿が知らぬ存ぜぬと申しても、周りはそう思ってはいないらしくてな。
我が婚約者であるティアリーゼを辱しめる発言は、多くの者が聞いており、快く証言をしてくれたぞ。」

そして、と声を一段と低くして、アルフレッドが男爵を凄む。

「王女を私の月の乙女として讃え、かつ、王女の癒しとやらで巻き上げた金で貴殿の私腹を肥やしていたこともな。」
「そ、そんなことは…!」

みっともなく言い訳をしようとする男爵を、アルフレッドが手を上げて言葉を制する。

「もう帳簿も抑えてあり、証拠も証言もそろっている。貴殿の言い訳を聞く気はない。
しかし、1つ分からないことがあるんだ。
それに答えれば、少しは減刑を考えてやってもよい。」

青ざめた顔でアルフレッドの言葉を聞いていた男爵は、最後のアルフレッドの言葉にはっと顔を上げる。

「貴殿は王女が最初に癒しを授ける時点から金を巻き上げていた。何故、王女が奇病を癒せると知っていたのだ?」
「そ、それは、娘から言われたのです!これから奇妙な病が流行るが、王女殿下が救ってくださるから心配はいらないと。」
「ほう?では、貴殿の娘が此度の奇病を発生させたということはどうやら本当らしいな。」
「奇病を発生…?」

男爵は脂汗をかきながらも惚けるように首をかしげる。

「今回の奇病は、ある薬が原因であった。そして、その薬を町の井戸に投げ込んでいたのは、貴殿の家の従者であった。」

アルフレッドのその言葉と同時に、地下牢に繋がれていた従者が謁見室の中に連れて来られる。
まだ、罪から逃れられると思っていた男爵にとっては、今回の奇病に男爵家が絡んでいたという痛い証拠だ。

「っ!このような者、私は知りませんな。」

従者を見て鋭く息を飲んだ後、男爵はそう言って保身のために従者を切り捨てた。

「そんな!旦那様!」

従者が絶望の声を上げる。

「その者、何か言いたいことがあれば言うがいい。許可を与える。」

アルフレッドのその言葉に、男爵が慌てたように声を上げようとしたが、アルフレッドに睨まれ、男爵はそのまま項垂れた。

「私は、私はお嬢様の命で井戸にあれを投げ捨てていただけです!中身がそんな恐ろしい薬だなんて知らなかったんです!」

本当です、と必死の形相で従者が言い募る。
ちらりと男爵令嬢に目を向けると、相変わらずキラキラした目でアルフレッドを見ている。
正直、この時点でそんな態度を取ることができる男爵令嬢は相当気味が悪かった。

「では、男爵令嬢…」
「レベッカですわ、アルフレッド様!」

アルフレッドが声をかけた瞬間、許可なく発言し、尚且つアルフレッドの名を呼ぶ男爵令嬢に、謁見室の空気が凍りつく。
貴族令嬢としての嗜みのなさに言葉が出てこない。
まさか、これほどお花畑だったとは。
アルフレッドに対し、礼を失した男爵令嬢に対し、近衛殿騎士がチャリっと剣を鳴らす。

「殿下に対して不敬ですわ、レベッカ様。誰の許可を得て発言し、殿下の名を呼んでいますの?」

場を収めるためと、個人的な苛立ちも込めて不機嫌を隠さない声で男爵令嬢へ声を掛ける。
レベッカと私が名前を呼んだのは、アルフレッドに名前を呼んでほしかった男爵令嬢へのちょっとした嫌がらせだ。

「そ、そんな。私がティアリーゼ様より身分が劣るからって、そんな言い方はあんまりです。」

まるで、私が身分を傘に着て男爵令嬢をいじめているかのような言い回しに呆れて言葉が出ない。
アルフレッドは頭が痛むのか、長い指でこめかみを揉んでいる。

「ご令嬢、その薬はどこから手に入れたのだ。」
「殿下にならレベッカと呼んでいただいていいのに。…照れ屋なんですね!」

うふふ、と笑う男爵令嬢に苛立ちを増す私の心情を知ってか知らずか、男爵令嬢がアルフレッド様、私、と言葉を続ける。
何故か瞳を潤ませて。

「私、リリアンナ様から脅されているんです。それで、仕方なくあんなことを…。その後、町の人が次々に倒れていってとても怖かった…!アルフレッド様、私を助けてください!」

そう言って、アルフレッドに駆け寄ってこようとする男爵令嬢のまさかの行動に、近衛騎士が槍と剣で遮り、男爵令嬢を拘束する。

「ちょっと!何するのよ!私はこれからアルフレッド様から寵愛を得るのよ!離しなさい!邪魔よ!!!」

髪を振り乱して、鬼のような形相で叫ぶ男爵令嬢。
そんな娘を前にして、もう逃げられないと観念したのか、男爵が肩を落として項垂れている。

「私が貴様に寵を与えるだと?笑えない戯れ言だな。」

連れていけ、とアルフレッドが近衛騎士に命令する。

「そんな!アルフレッド様!アルフレッド様は私を愛してるのよ!まだ気づいてないだけなんだわ!」

騎士に引っ立てられながらもなお、言い募る男爵令嬢にアルフレッドは冷ややかな視線を投げる。

「私が愛するのはティアだけだ。」

アルフレッドが男爵令嬢に向けてはっきりと口にした。
それを聞いた男爵令嬢が何事か喚きながら、男爵と一緒に騎士によって連行されて行く。

「女って本当怖えぇ…」

お兄様が怯えるように呟く声に、あれと一緒にしないでほしいと私は心の中で文句をつけた。

そんな中、王女が持っている扇をぎりっと握り締め、憎々しげに私を睨み付けていた。
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