聖なる森と月の乙女

小春日和

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月が消えるとき 迫りくる闇

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穏やかな風に揺られた青々とした緑から、優しく木漏れ日が降り注ぐ。
暖かな光が底まで届くほど透き通っている湖と相まって、この光景や雰囲気があの聖なる森に似ている。
これまで、領地にいる間はよく薬草を探しに来ていて馴染み深い場所ではあったが、聖なる森と似ているところを感じる度、ますます愛着が湧いてくるから不思議である。

王都から逃げるように領地へ帰って、今日で3日目。
そして、私がここへ通うのも3日目。

まだ、たったの3日目。

なのに、もうアルフレッドに会いたくて堪らない。
優しく包んでくれる温かい腕や、不安なんて全部吹き飛ばしてしまうくらいの優しい笑顔が、恋しくて仕方がない。

会わなければアル離れができるんじゃないかって簡単に考えていたけれど、実際はこんなにも辛い。
辛すぎて、会ったときに恋しさが溢れ出して、もっと好きになるんじゃないかと思えてきて、もうどうしていいか分からない。

こんなんじゃ、物語のようなヒロインや側室が現れた時に、心が粉々に割れて壊れてしまいそうで。

だけど、未来の王妃がこんなに軟弱じゃダメ。
ううん、王妃じゃなくても、こんなに弱くちゃアルフレッドを支えられないし、幸せにもできない。
アルフレッドの足を引っ張るなんて、そんなことしたくない。
したくないけど、頭ではそう思ってるのに、心がまだ着いていけない。
アルフレッドの運命の相手を探してたときは、アルフレッドの幸せだけを考えられたのに、私はいつからこんなに欲張りになってしまったんだろう。

ーーーアルを独り占めしたいなんて。

途方に暮れて、湖の畔に座り込んで項垂れるように足の間に顔を埋める。


「あら、何だか1人ですごい暴走して収拾つかなくなっちゃってるわね」

くすくすと、突然隣から声を掛けられる。

ここにいるのは私だけのはずで。
誰も近づいてきていないはずで。

あり得ない状況に驚き、顔を向けた先に居たのは………ーーー。

「ーーーセレーネ様…?」

「久しぶりね、ティアリーゼ」

目をこれでもかというほど見開いて、驚きを隠せない私を、イタズラが成功したような微笑みを浮かべたセレーネ様が見つめる。

「どうして…?」

天上の聖なる森にいるはずの人が、ここにいるのか?

驚きのあまりそれ以上の言葉を紡げない私だったが、何を言いたいのか察したらしいセレーネ様が得意気に胸を張る。

「ここは元々、私のお気に入りの場所だったの。だからね、天上に上がったばかりの頃は、毎日のようにここに降りてきて過ごしていたのだけれど、あの人が拗ねちゃって。私が大人しく天上に留まるようにここに模した聖なる森を創造しちゃったから、それからはこちらに来ることはなかったんだけどね。
久しぶりにこちらの様子を窺ってたら、あなたが何だか拗らせちゃってて、面白そうだったから」

来ちゃった、とお茶目に話すセレーネ様に、私は恐る恐る確認した。

「それは、その…。太陽神様にはきちんと告げて来られたんですよね?」

セレーネがここに来なくてもいいように聖なる森を創造したということは、太陽神はセレーネがここに来るのを良しとしていないということだ。

許可を得てなければ、太陽神の怒りに触れるのでは…?

そう戦々恐々とする私に、セレーネ様はあっけらかんと言い放つ。

「いいえ?」

これは大変なことになったんじゃなかろうか。

「…セレーネ様、悪いことは言いません。今すぐ天上へお戻りください」

「なぜ?」

太陽神様の怒りに晒されるのが怖いからです、と正直に言おうか言うまいか私が悩んでいると、セレーネ様は心底不思議そうな顔をされた。

「あなたもあの子に何も告げずにここへ来たのでしょう?」

「セレーネ様は太陽神様の唯一の巫女にして、ただ1人の伴侶です!私とは訳が違います」

私の必死な訴えに、セレーネ様は不思議そうにコテンと首を横に傾げる。

「どう違うというの?」

「それは…私は婚約者というだけで、唯一というわけではないですし、ただ1人の伴侶というわけでとありませんし…つまり、私の変わりはいると言いますか…」

これまで考えてきたことをごにょごにょと話す私に、セレーネ様から呆れたような視線を感じる。

「あのね、あなたはあの子の月の乙女なのよ?変わりがいるわけないでしょう?」

「…」

そう言われても、すぐすぐ自信なんて出てくるはずもなく俯く私に、セレーネ様は小さく息を吐く。

「私が以前あなたに言ったこと、覚えている?」

そう言われて、聖なる森で意識が薄れる寸前にセレーネ様が言われていた言葉を思い出す。

ーーーあの子の力の使い方は、あなた次第で善にもなり悪にもなり得るということよ。
それを肝に命じて、よく考えて行動しなさい。

こくん、と頷いた私を見て、セレーネ様は良かった、と呟いた。

「私があの人に何も言わずにここへ来たと聞いて、あなたが想像したあの人の様子。そっくりそのままあの子にも当てはまると思うわよ?」

ぎょっとしたように顔を上げた私に、セレーネ様は苦笑すると私の後方へと視線を投げた。

「きっと、先の件で感じた不安はなかなか消えないでしょうね。次、他に意識を移した瞬間、羽が生えて飛び去ってしまうわよ」

「次などありませんよ、決して」

セレーネ様の声に答えた声に、驚いて後ろを振り返る。

ーーーまた会いましょう、私の愛し子………

耳元で、セレーネ様が優しく囁いた瞬間、風がさぁっと流れる。

風に浚われた青々とた葉が舞い踊る向こうに、会いたくて堪らなかった、大好きな金色が見えた…ーーー
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