こい唄

あさの

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出発

2.

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そういう時に限って、様々な出来事は重なる。

翌朝、自室で物書きをしていた昭仁に掛かる声があった。

「昭仁様、よろしゅうございますか?」

障子越しに、端座している影が見える。すぐに、屋敷の手伝いが訪ねてきたのだと理解した。昭仁が誰何することもなく、いらえを返す。
何か朔良に関することかと思っていた昭仁は、障子戸の向こうにいる姿を認めて、すぐにその間違いに気付いた。

――――彼女は、頭首の側付きだ。

「…どうかしましたか?」

問う声が、一瞬震えそうになった。

「大奥様が昭仁様をお呼びでございます」

完璧に教育されたその側付きは、澱みなくそう口にすると静かに低頭した。
予想通りの言葉に、昭仁の全身をじわじわと緊張が満たしていく。拒否権など初めからない。

一呼吸の後、重い腰をあげた。





朔良の居住が、離れにあることや、昭仁の自室が母屋の端にあることから、屋敷の母屋を訪れるのは実はそんなに多くない。まして、その奥は足を踏み入れたことさえない。

頭首の私室は、その最奥にある。

「昭仁様をお連れいたしました」

ぴたりと閉められた襖戸に側付きが呼び掛ける。しばらくして、ス、と静かに戸が開いた。

「どうぞ、奥へ」

室内から顔を覗かせた別の使用人が、掌を返して奥の部屋を示した。昭仁をこの部屋にまで連れてきた女は、ここで御役御免とばかりに広縁に端座したまま動かず、室内に踏み入れた昭仁を見送った。昭仁は音もなく閉まった襖を肩越しに見遣った。

彼を誘うのは、この屋敷にやって来て初めて目にする使用人だ。おそらく、先程の使用人よりも頭首に近い側付きなのだろう。
ここにやって来てまだ日も浅いが、頭首の私室の周りに控える使用人たちは、先程の彼女も含め一様に人形のように無表情でともすれば見分けがつかない。それが、奥にいるはずの頭首の存在もあわせ、胸を塞ぐような息苦しい居心地の悪さを感じさせる。他の部屋にはない高い天井の室内も、しかし圧迫感しか感じない。


三室を連ねた部屋を横切ると、奥の閉まった襖がはかったようにゆっくりと開いた。
締め切られた室内は薄暗く、そこにみずみずしい青畳が浮かび上がるようだ。胸が一層塞がれる。

「大奥様、昭仁様でございます。お連れいたしました」

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